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第23話 文字を読みたい

「あ、そうだった!ニケに礼をしないとだったな。」


 いきなり元気に起き上がったリュウさんは、そういった。


「え!?い、いえ、僕こそ助けてもらったお礼をしただけなので……。」


 そう、僕が彼らに協力するに至った経緯は、まず最初に”(ほむら)()”に助けてもらったからだ。お礼にお礼をされたら、また何かお礼を返し、無限に続いてしまう。


 そう思って断ろうとしたところを、ゴーシュさんに止められる。


「いや、断らないで欲しい。

 本来ならば、人探しを手伝って貰うだけの予定だったところ、結局は俺たちが受けた依頼を、ニケが代行した。

 依頼の代行は、依頼報酬以上の金額を吹っかけられても文句は言えん。何か礼をしなければ、俺達はあまりにも礼儀知らずだ。」


「そ、そうなんですか……?」


  3人の目は真剣だ。僕に気を(つか)ってもいるのだろうけれど、それ以上にゴーシュさんの言葉はその通りなのだと語っている。

 俺達を礼儀知らずのパーティーにしないでくれ、と。


「わ、わかりました。えっと、それじゃあ……、も、文字を教えてください。実は僕、文字の読み書きができなくて……。」


「勿論!おやすい御用だよ!」


 パッと3人の表情が明るくなる。釣られて僕も、つい笑顔になってしまった。

 いいな、この三人は暖かくて。

 今思い返せば、パライさんのパーティーは常に重苦しく、冷たい空気が漂っていた。

 嫌なことを思い出しちゃった。うんん、気持ちを切り替えて、しっかり教えて貰おう。


「よっ、よろしくお願いします!」


 翌日から僕は、文字を教わることになった。けれどもなにぶん、生活費も宿泊費もない。なので先ずは自分の名前だけ書けるように教えて貰い、依頼を受ける際に困らないようにしてもらう。

 そして読み方は、掲示板に貼り出された依頼の内容を読むことで、実践的に教えてくれるそうだ。

「基本的には僕たちが話してる言葉と同じだから、文字に当てられた音だけ覚えれば、直ぐに読めるようになるよ。」と、アゼスさんは笑ってくれた。

 3人と共に組合へ向かう。朝早くから明るく活気のあるこの街は、夜とはまた別の美しさを誇っていた。


 組合に入ると、狭い支部は冒険者でごった返していた。

 掲示板の場所を知っている3人から(はぐ)れてしまわない様に注意して、人をかき分けつつ歩く。

 みんな掲示板から僅かばかりの距離取り、剥がされては新しく貼られてる依頼書を、上から下へと眺めては悩ましげに唸っている。

 僕の頭の上でも「うーん」と3人悩む声。


「やっぱ薬品用の素材集めが、一番手っ取り早く遂行できるよな?近場で簡単そうなの無いか?」


「いやいや、ここはガツンと儲けるために、レアアイテムの納品だよ。比較的難易度の高い物を狙おう。」


「落ち着け二人とも。今俺たちは一文無しなんだ。確実性を重視し、街の中で完結する依頼を探すべきだ。」


 わいわいとヒトの頭の上で討論する3人は、いつの間にか「受ける依頼を探す」という目的からやや逸れ、どんな依頼を受けるべきかの話し合いに夢中になっている。

 そのうちにめぼしい依頼は無くなったのか、集まっていた人々は散っていった。


 先ほどとは打って変わって閑散とした支部内を見渡した三人は、()(たま)れない表情でやっと掲示板に向き合った。


「あ、あの……、い、今残っているのは、どんな依頼があるんですか?」


 気を取り直して僕が訊くと、リュウさんが1つずつ指差して教えてくれる。 


  「掲示板に今も貼られている依頼は、見ての通り6枚だぜ。そのうち4枚は恒常依頼だな。依頼の種類について説明はいるか?」


  僕が首を振って大丈夫だと示すと、わかったと頷いて内容の説明をしてくれる。


「まず恒常依頼は、薬草が4株ごとに角銅銭3枚と、トレント系の皮が1枚ごとに角銅銭5枚、種類問わずの動物皮素材が一枚毎に丸銅銭1枚、ガラス玉が大きさ中以上で1つごとに丸銅銭6枚の4種類だな。」


「うーん……。恒常依頼は大抵、他の依頼のついでに採取した素材をより確実に売るためのものだから、これだけをメインにするのはちょっと労力と報酬が見合わないっていうか……。」


 アゼスさんが困った表情で僕に笑う。恐らくそうは言いつつ、今の状況なら確実に報酬を得られる恒常依頼を受けたいんだろう。

 リュウさんとゴーシュさんはその含意を汲み取って、恒常依頼の吟味に入っている。

 アゼスさんが説明を継いで、今度は2枚残っているピンクの依頼書を指差す。


  「限定依頼は、こっちがオオカミ系の牙4本とスライムの核5つで丸銅銭9枚。

 で、こっちのはサラマンダーの皮3枚で角金銭1枚。

 後者は無しかなぁ……。難易度が小望月(こもちづき)だから、危険すぎるよ。」


 街の中で完結する依頼はなさそうなので、ゴーシュさんも今は恒常依頼の吟味をしている様だ。

 アゼスさんは説明を終えると、リュウさんとゴーシュさんの話し合いに参加する。


  「やはり定石(じょうせき)(なら)い、限定依頼を受けつつ余裕が有れば、恒常依頼の素材を集める。これが無難だろう。」


「そうだね……。それなら、こっちの限定依頼を受けて――」


 3人の話し合いの結果、オオカミの牙とスライムの核を納品する限定依頼を受け、そのついでに薬草を集めることになった。

 そこで3人が目星を付けたのは、この街から東へ3時間ほどの森だ。

 【ゴーリー大森林】と呼ばれるその森は、深く広大な森林地帯で、様々な魔物が住んでいる狩場と同時に、神秘的な景色の広がる観光地でもある。


 そんな説明を受けたあと、3人は改めて僕を見る。


  「ニケはどうする?限定依頼は同一パーティーじゃないと、同じ依頼を受けることはできないし、かと言ってサラマンダーの依頼は、ニケにはレベルが高すぎるよな……。」


 トレントの根本で瀕死になっていた僕の姿を思い出していたのか、あるいは門で見た冒険者カードの記載が新月だったからか。

 リュウさんはやや同情的な表情を僕にむけた。

 限定依頼は同じパーティーに居ないと、一緒には受けられないんだ。そういえばパライさんも、僕にだけ別の依頼を受けさせた。

 単に教える為だけじゃなかったんだなぁ。

 そっちに思考が取られかけたが、3人の悩む姿を見てすぐに声をかける。


「あの、僕は薬草だけを集めることに集中するので……、えと、その、みなさんと、ご一緒させていただいても良いですか?」


「そうだな。それが良いだろう。」


 3人に戦闘を任せて、僕はただ後ろにくっついて行き、隙を見て薬草を集める。


 我ながら情け無いけれど、未だに1人で戦闘したことがない僕が安全にお金を稼ぐには、現状これ以上の方法がない。

 3人も「冒険者になって日は浅い」とは言っていたけれど、トレントを倒したリュウさんの剣(さば)きは素晴らしかったし、魔物に関する知識は僕より豊富そうだ。

 何より、失敗が続いたと言いつつ、冒険者カードは上弦の月。3人といればある程度は安心だろう。


 彼らとしてもそう思ったのか、すんなりと了承してくれた。


 限定依頼の依頼書をはがし、すぐに受付に行くかと思ったらそうではなく。入り口付近の机に呼ばれる。


「ほら、文字を教える約束だったでしょ?まずこの依頼書を読んでみようよ。」


 そうだった。ついさっきまで楽しみにしていたのに、一瞬忘れてた。

 アゼスさんの言葉に甘え、机の上の依頼書を覗き込む。


「いい?この文字が依頼内容で、読み方は――」


「じ、じゃあ、これは……、えっと、き、ば、牙……?これが4?ですか?」


「そうそう。どう?文字の形だけ覚えれば簡単でしょ。でもニケ、小さいときに絵本とか読まなかったの?

 僕らはみんな絵本で文字を覚えたんだけど……。」


 確かに村の同年代の子供たちはみんな、大多数は基本的な読み書きはできたはず。

 不定期にくる行商人が持ってきた絵本を、手の空いた親が村中の子供たちを集めて読んでくれていたからだ。

 一方僕は、人間関係の構築に失敗していた関係で、人が集まるところには、可能な限り近寄らないことにしていた。

 加えて兄さんは、読み書きができないわけではなかったはずなのに、なぜか書物を毛嫌いして、意識的に僕から遠ざけていたように思う。

 そんな様々な要因が重なって、僕は生まれてから今までほとんど、文字に触れてこなかった。


「そうだったんだ。えっと、もしかして話し辛いことを聞いちゃったかな?」


「あっ、い、いいえ!そんなことないです!」


 申し訳なさそうなアゼスさんに、慌てて明るく否定する。

 実際村人たちは多少()()()が強かった程度で、僕自身そこまで気にしてはいない。 それを感じ取ったのか、アゼスさんはホッとした様子で「そっか」と笑った。


「そ、そんなことより!この依頼書は読めるようになったので……、その、そろそろ依頼を受領して大森林に行きませんか?」


「そうだな!行こうぜ行こうぜ!」


 リュウさんは僕がアゼスさんに文字を教わっている時から、早く出発したかったらしくソワソワしていたため、僕の言葉に満面の笑みで答えた。

 やっと終わったとばかりに、机の上の依頼書をひっつかんで、ルンルンと受付に持っていくリュウさん。


「あっ、ちょっとリュウ!まったくもう……。ごめんね、慌ただしいヤツで。」


 そういって呆れたように笑うアゼスさんとゴーシュさん。この3人は本当に、お互い信頼し合ってるんだなぁ。

 少しの羨ましさと疎外感。

 でも受付を終えて帰ってきたリュウさんの楽しそうな笑顔に、そんな些細なことは完全に消え去っていった。


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