表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/102

第21話 一人の少女

「じゃ、最後におさらいしよう。引き渡し場所は、都の東側にある倉庫群のひとつで、目印は赤い屋根。

 合図はノックを2回、3回、2回の順で、その後は僕らのパーティー名を名乗る。」


「は、はいっ!えっと、た、たしか『(ほむら)()』……、ですよね?」


「そう。大丈夫そうかい?」


「えっと、大丈夫……、だと思います。頑張ります。」


 女将さんの娘として紹介されたテテさんとの挨拶を終えてすぐ。僕ら指定された流れの確認をしていた。


 テテさんは柔らかな雰囲気の女性で、おそらくリュウさんたちと同じくらいの歳の頃。

 スッと静かな(たたず)まいからは可憐さが滲み、リュウさんが鼻の下を伸ばしてゼノンさんに脚を踏まれていた。


 僕はと言えば、ゼノンさんから受けた説明を忘れないように、頭の中で反芻するのに必死で、テテさんに可愛らしいと小さく笑われてしまった。


 ノックは2、3、2。それが終わったら焔の巣、えっとそれから……。


「ニケ君、赤い屋根の倉庫小屋、あれじゃないかな。」


「ひゃっ!あっ、そ、そうですね。」


 出発の挨拶もまともにしていたか覚えてないほど、イメージトレーニングにのめり込んでいた僕は、いつの間にか目的地に到着していたらしい。

 テテさんに声をかけられて、初めて目的地に到着したと気づいた。彼女が差す指の先に、赤色の屋根が見え、ドッと緊張の汗があふれ出る。


 うまくできるかな、やらないと、僕がうまくやらないと、助けてくれた3人に恩を仇で返すことになっちゃう。


 まもなく日が沈むのか、城壁が街に色濃く影を落とす。

 その境界に目的の小屋があり、違う世界に脚を踏み入れようとしているかの様な、不可思議な感覚に陥る。

 僕は思わず身震いして、手紙の入った革袋の口を持つ手に汗がにじむ。


「ニケ君?いかないの?あ、緊張してるのね。大丈夫よ、落ち着いて。はい、深呼吸。」


「は、はい……。すぅ、はぁ、すぅ……。」


 テテさんに(なら)って、言われた通り大きく深く呼吸をする。僕にとっての安心と勇敢の象徴、兄さんを思い浮かべた。


 すごい。ちょっとだけど、楽になった。苦しいほどこわばっていた体が少しほぐれた。

 けれども、できるならこの重責から逃れたいのは変わらなくて。


「うぅ、い、行きたくない…。う、うまくできるかな?」


 不安を解消して欲しくて、テテさんに問いかける。


「ふふふ、大丈夫。私もできる限りサポートするから。ね?」


 テテさんは、にっこりと柔らかく微笑む。夕日の暖かい色を背負って、キラキラ輝いて見えた。そして、期待通りテテさんは僕を安心させてくれた。


 そうだよね、1人じゃないんだ。テテさんは僕よりお姉さんだし、きっと色々フォローしてくれる。大丈夫、大丈夫。

 ドアの正面に立ち、もう一度イメージトレーニングをして、気合を入れるためお腹に力を入れ、ついに意を決してドアをたたく。


 コツコツ


 軽い音が人気のない倉庫群に響く。


 コツコツコツ


 手汗はこぶしの中をぐっしょりと濡らすが、僕は意識して背を伸ばし、戸をまっすぐ見る。


 コツコツ


「ほむっ――」


 声が裏返った。恥かしくて一瞬うつむいてしまう。

 でも、テテさんの靴先が目に入り、変わらず柔らかな笑みを浮かべるテテさんに勇気をもらう。

 咳払いして、もう一度ドアに向き直る。


「ほ、”焔の巣”ですっ。あの、えっと、て、手紙を届けに来ました。」


 少し待っても返事はない。不安になってテテさんを見るも、テテさんも不思議そうに首をかしげている。


「お留守……、なのかな?考えてみれば、ずっと倉庫にいるなんてことないし、もしかしたら先にどこかにお声がけが必要だったのかも。」


 眉をハの字にしたテテさんは、困り顔で僕に言った。

 どうしようかと途方に暮れていると、(おもむろ)に倉庫小屋のドアが開いた。

 立っていたのは僕とほとんど同じくらいの身長の、フードを被った少女。


「”焔の巣”は男性のみのパーティーだと聞いていたから、女性の立ち合いを求めたのだけれど?貴方たちは誰なのよ。」


 高圧的な文言と態度に僕は一瞬怯むが、事情を知っているテテさんが前に出て、少女に説明してくれる。


「そう……。貴方は代理なのね。いいわ、入りなさい。」


 剣呑な雰囲気をまとったまま、入室を許可したフードの少女は、悠然と室内の闇に消えていく。

 僕はテテさんと目を合わせ、テテさんを前にして戸をくぐる。静かにドアを閉めるのと、フードの少女が灯りを灯したのが同時だった。

 ほんのわずかな灯りに照らされて、暗い室内に小さな机と二つの向き合った椅子が浮かび上がる。


 上品な動作で奥の椅子に静かに腰かける少女。着席を促されて僕も恐る恐る座った。


「手紙を預かって来たのでしょう。頂戴するわ。」


 強い鋭さをはらんだ口調で、少女が言う。

 言葉に従って、預かってきた封筒を取り出す。その封筒は黒い紙で出来ていて、赤い蝋で封をされている。


 それを見て、一瞬少女の空気が変わった。眉を寄せ、あきれた様相を隠そうともしない。


 小さく嘆息した彼女は、手紙の中身を見ようともせずに懐へしまい込む。


「はぁ、またなの……。ともかく、ご苦労様。」


「あ、あの……!えと、め、目を通した事を確認してから、受け取り証明をもらってくるようにって……。」



 手紙の封を切ることすらせずに、サッとしまい込んでしまった少女に対し、僕は怒られるかもしれないと、ビクビクしながら声をかける。

 そんな僕を尻目に、少女は片眉をあげていかにも「仕方ない」といった様子で、もう一度封筒を机の上に取り出した。


「手紙の内容なんて、いつも同じようなものよ。最初の3通だけ読んだけど、4通目からは読まずに、燃やして暖を取らせてもらったわ。」


 そう言いながらも、果物ナイフで封を切る手はとても柔らかく丁寧だ。

 机の上に手紙を広げ、机中央の灯りに寄せる。手紙は2枚から成り、一枚を読み終えてめくると、少女は再び小さくため息をついた。


「どうしてこうも、同じ内容ばかり送ってくるのかしら。それも2枚目が受け取りの証文になってるわ。

 ここに私の署名が必要なのね。私が封を切らない限り、”焔の巣”は依頼が達成できない。相変わらず意地の悪い事をなさる方だわ。」


 独り言のように発せられた声は、呆れと少しの怒りが混じっている。


 手紙は一体、誰からどんな内容の物なのだろう。

 冒険者に依頼してまで読ませたいという事は、何か重要なことが書いてありそうなのに、少女は呆れるばかり。


「あの、て、手紙にはなんて……?」


 好奇心が募って抑えられなくなってしまった僕は、何の気もなしに疑問を口にした。


「貴方には関係のないことよ。」


 ところが少女は、ピシャリと言い退ける。

 少女は羽ペンを取り出し手紙の2枚目にサインをすると、丁寧に乾かして丸め、それを無言で差し出してくる。


「あ、あの…」


「”焔の巣”に渡しなさい。あとは彼らのサインが有れば、証文として成立するはずよ。」


「えっと、その、あ、ありがとうございます。」


 僕が恐る恐る受け取ると、「面倒な用は終わり」とばかりに、少女は暗い倉庫の奥へと消えていく。


 テテさんに促され、僕たちも退室し、ドアを閉めるために振り返る。

 瞬間、心臓が石になった様な恐怖を感じた。


 暗闇の中で、僅かな明かりを反射して光る目は、2組。たった数秒前まで居たその空間には、少女以外の何者かがジッと潜んでいたのだ。

 見えたのは一瞬。もしかしたら見間違いだったかもしれない。


 もう閉じてしまったそのドアを、再度開けて確認する勇気は無く、頭を振って恐怖を振り払い、女将さんと”焔の巣”が待つ酒場へと帰っていくのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ