第2話 旅立ち
彼らが村長の家に入ったのを見届けた僕は、現在その玄関前で暇をしている。
このまま1泊していく予定らしい冒険者一行に、宿などないこの村で部屋を貸し出している家に案内するよう、言いつけられたためである。
何もせず村長宅の前で石を蹴っ飛ばしていると、たまにふらっと前を通った村人から怪訝な目を向けられる。
サボってると思われてるんだろうなぁ…。
これなら畑の仕事の方が楽しいや、なんて思いながらまた石を蹴ると、壁に跳ね返って茂みに入ってしまった。
もう五つも同じようにして無くしてしまった。新しい石を探すも、もう手頃な石はなかった。
数日前の石拾いを、真面目にやったことを少しだけ悔やんだ。
次は何をして暇を潰そうかと考え始めたタイミングで、村長宅から冒険者一行が出てきた。最後に村長が出てきて、軽く挨拶をしている。
「ではこの者が、本日お泊まりいただく場所までご案内いたしますので。立派な宿などなくご不便もございますでしょうが、どうぞご勘弁ください。さ、ニケ頼んだよ。」
挨拶が済んだのか、村長が僕に冒険者達を案内するよう促す。
それを受けて、彼らの前を歩き始める。
宿代わりに自宅二階を解放している家は、僕と同い年の男の子の家だが、昔から僕と兄さんを家族ぐるみで蔑んでいて、正直苦手だ。
道中で、結局先ほどの魔物の首は、はぐれの魔物だったことを、彼らの会話で知った。
なんだ、はぐれだったなら冒険者が討伐済みだから討伐組が軽く調査して終わりだね。
魔物がはぐれではなく、住み着いていたりすると、村民総出で狩りにいかなければならない。
その心配がないことに、ほっと安堵した。戦闘は苦手だ。
小さい村だ。例の家にはすぐにたどり着いた。
深呼吸をしてドアノッカーを打ち鳴らす。
3回丁寧に打つと、すぐに恰幅のいいエプロンをつけた女性が出てくる。
「こ、こんにちは、マドレーヌさん。えっと、冒険者の方々を…お連れしました。」
マドレーヌさんは、一瞬鋭く僕を睨むとすぐ陽気な笑顔を浮かべ、リーダーらしき先ほど首を持っていた青年に向けた。
「こんな辺鄙なところまで来てもらって、ありがとうねぇ!それにしても、冒険者はごつい連中ばかりだと思っていたけど、こんな綺麗な方々がいるんだね!おばちゃん、みなさんには特別にサービスしちゃおうね!疲れただろう?ささ、早くおいりよ。」
マドレーヌさんはパッとドアから手を離すと、中に入って息子を大声で呼ぶ。
僕は慌ててそのドアをキャッチして、一行が入りやすいように開けなおすが、先頭のリーダーは入ろうとしない。
「え、えっと、ど、うぞ…」
僕が恐る恐る声をかけると、僕をじっと見つめていたリーダーさんは、ニコリとこちらに笑いかけてから入っていった。
それを仲間達は眉間にしわを寄せて見ていた。
部屋の案内するのは、マドレーヌさんの息子のブラウニーのようで、少しだけ声が漏れ聞こえる。
僕はと言うと、一行の背中を見つめてボーッとしていた。
「ほらニケ!あんた何チンタラしてんだい!お客様に湯浴みの準備!それが済んだら洗濯、そのあとは軽食と夕食の支度だよ!ついでにウチの掃除も終わらせときな!」
「は、はいっ!」
マドレーヌさんの恐ろしい怒鳴り声に尻を叩かれ、僕は慌てて中に入った。
指示されたことをテキパキとこなし、色々小言を言われながらも、なんとか今日の仕事を終えた。
マドレーヌさん宅の家事も肩代わりしていたので、かなり遅くなってしまった。
時間で言えば村人達はとっくに仕事を終え、食事をし、川沿いの小屋で順番に湯浴みをしている頃だろう。
「仕事が終わったらとっとと帰りな!いつまでもウチにいられたら邪魔だよ!」
そう言って僕を追い出そうとするマドレーヌさんに、返事をしようと口を開いた瞬間、二階から降りて来たリーダーさんが、僕の言葉に被せるように話しかけてきた。
「あ、よかった。君まだいたんだね。今忙しい?もし時間が大丈夫ならちょっと顔をかしてくれないか?マドレーヌさん、しばらくこの子をお借しますね。」
「あ、あぁ。別に構わないよ。ニケ、粗相があったらただじゃおかないからね。」
たった今僕を追い出そうとしていたマドレーヌさんは、少しだけバツが悪そうな顔をしてから僕に向き直った。
マドレーヌさんに脅されながら、さらには何を求めて僕に声かけたのかもわからない、冒険者の青年に困惑しながらも、僕は階段を登っていく。
窓辺にベッドとその横にサイドテーブル、簡単なテーブルセット、小さなクローゼットがあるだけのシンプルな部屋。
僕はそのテーブルに着くよう促されるまま、それに従う。
彼は僕の正面に座り、先ほどマドレーヌさんが用意した紅茶を飲んでいる。
「えっと、その、僕になにか…?」
無言の雰囲気に耐えられず声をかけると、リーダーさんは、一度紅茶をティーソーサーに置いて一息ついた後、ふっと微笑んだ。
「君はいつもあの様な扱いを受けているのかい?」
「あのような…?えっと、マドレーヌさんのこと…ですか?まぁその、いつもあんな感じかと言われたらそうです。」
「そうなのか。」
再び、沈黙が戻ってきてしまった。
けれど、さっきと違ってリーダーさんは紅茶を飲まず、思案する様に何処とも言えない一点を見つめている。
なんとなく落ち着かなくて、今度は僕が、淹れてもらった紅茶をすする。…渋い。
彼はしばらく考え込んでいた様子だったが、優しげな笑顔で顔を上げて言った。
「君、僕と一緒に来る気はないかい?この村を出て、冒険者になるのさ。」
その一言に、僕の思考は止まってしまった。
「えっと、いま、なんて…?」
「だから、ここを出て冒険者にならないかって言ったのさ。この閉鎖的な村で、毎日あんな扱いを受けているのはかわいそうだ。かといってこの村には"組合"も"教会"も無いから、街の外に出るような職業に就くのは難しいだろう。僕らと一緒に来ないかい?」
僕は自分の耳を疑った。
魔物は一切倒せないし、それ故に村からも出られない。そんな僕じゃ冒険者になることなんて、一生出来ないかもしれないと半分諦めかけていた。
だけど、目の前のリーダーさんは「一緒に冒険者をやろう」と誘ってくれた。
これ以上ない甘美な誘いに、乗らないではいられなかった。
「い、行きます!一緒に連れて行ってください‼︎」
「いい返事が聞けて嬉しいよ。」
だから、彼が笑顔の裏に潜ませていた欲望に、その時は気づくことができなかった。
——昼に感じた嫌な感覚も忘れて。
翌日は昼過ぎの彼らの見送りに参加する様に言われていたのを、すっぽかした。
彼らが乗ってきたという、キャラバン型の馬車に一足先に乗り込み、身を屈めていたからだ。
村のみんなの声が聞こえて、リーダーさんを中心に冒険者の人達が乗ってくる。
シー、と唇に人差し指を当てて、ウインクするリーダーさん。
御者台には、槍を持っていた男性のうち、グループ内でも1番歳上らしい青年が座った。
「よし、出発だ!」
リーダーさんの号令で、僕の隠れている馬車が動き出した。みんなの歓声が聞こえる。
また来てくれよー!なんて叫んでるのはブラウニーだろうか。彼も過去の冒険者たちを描いた武勇伝が、大好きだったはずだ。
思えば、生まれてから一度別の街でかけることはなかった。
僕は少しだけ寂しい様な、ワクワクしている様な、複雑な感情を胸に、これから起こることへの期待で、興奮をおぼえていた。
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「本当に行っちまうんだな、ニケ…。」
その男は、見送りに参加せず、村から外れた大樹の木陰で見守っていた。
ニケが今朝の朝礼から挙動不審だったので後をつけてみれば、冒険者達と仲良く話し込み、馬車に乗って隠れていた。
常々冒険者になりたいと言っていたのを聞いていた自分が、その意味に気づかないわけもなくて。
「俺もいつか絶対、お前の元へ行くからな。待ってろよ、ニケ。」
その日、レンブラントの村から2人の男がいなくなった。