第19話 開発と発展の都:ニュートン
トレントの切り株を囲んでパンを食べた後、3人と僕はとぼとぼと街に向かって歩いていた。
3人から喧嘩による気まずさは感じられないものの、せっかく掴んだと思った可能性が失われて、明らかに落ち込んでいる。
僕は助けてもらったお礼をどうにかできないかと考えてみるものの、今のところできることはなけなしの銅貨を渡して、せめて自分が消費してしまった食料分を返すくらいだ。
でも、それをしたところで彼らの落胆は変わらないと思う。
「……とりあえず、街に着いたら片っ端から声をかけていこうぜ。
もしかしたら奉仕精神の高い物好きがいるかもしれない。」
「はぁ、そうだね……。」
リュウさんは少しでも建設的な考えをしようとして失敗した。ゴーシュさんとアゼスさんもろくに頭が回っていないのか、生返事になる。
一同は重苦しい雰囲気に包まれるばかりだ。
「あっ、あの!依頼に立ち会うのは……、その、出来ませんが、ほかに僕に手伝えることがあればなんでも言ってください!」
暗い雰囲気を払拭しようと、あえて声を張って立ち上がると、3人が一様にコチラを見上げ、表情を柔らかくした。
「ありがとう。そうだよね、ここで立ち止まって考えていても仕方ない。とにかく街へ行こう。話はそれからだ。」
アゼスさんがそう言って立ち上がると、2人もおくれて立つ。
3人で顔を見合わせて頷き合うと、僕に顔を向けた。
「さて、僕らは君を街まで送ると約束した。
そして僕らもこれから街へ向かう。君の言葉も有り難く受け取って、もし何かあったら君を頼るとするよ。
道中、よろしくね。」
「は、はい!」
街へはその日の夕方についた。日は傾きかけ、もう数刻もせず月と太陽を同時に見ることができる時間になる。
その街は見上げるほど高い石造りの外壁に囲われ、中の様子を伺うことはできない。
黒ずみや白っちゃけた部分が多く、その歴史を感じさせながらも手入れを欠かさないであろう事は見て取れた。
威厳がある城壁は、比率小さな口を開けて、人の入出を管理しているようだ。
街に入る通路と出る通路は、木製の杭にロープを掛け仕切られており、両サイドには退屈そうな顔の見張り兵が1人ずつと、荷物を検める兵が2人ずつ。
全員同じ甲冑を身につけて、腰には細身の剣を提げている。
恐る恐る門を潜ると、前の3人が立ち止まったので僕もそれに習う。
「身分証をお持ちでしたら、拝見いたします。」
3人はすぐ出せるよう用意していたのか、すぐに兵士に冒険者カードを渡す。
それを見た僕も取り出そうとして、布袋に報酬などと一緒くたにしていたせいでもたつく。
兵士は嫌な顔もせず待っていてくれたので、やや気恥ずかしい思いをしながらも、その手に冒険者カードを載せた。
まず、それぞれのカードの記載内容を丁寧に確認した兵士は、次に傍らに2つ並べられた水晶を指差す。
1つは緑色で、もう1つは薄い紫色だ。
「では、本人確認を。水晶でのやり方はわかりますか?」
「あぁ。じゃあ、俺から。リュウ・プアールだぜ。」
リュウさん達は一人ずつ前に出て、名を告げてから緑の水晶に手をかざす。
紫の方には兵士が冒険者カードをかざし、緑の水晶が穏やかに光ると、カードを本人に返す。
最後に僕も前に出て、見様見真似で名乗り、緑の水晶に手をかざす。
全く同じ流れで滞りなく終われたようで、ほっと息を吐いた。
何事もなく門を潜り、僕らは街に歓迎された。街並みはゼノン市街地とそう変わりないが、その規模は段違いだ。
大通りでは小さいながらも水路が走り、夕陽を浴びてチロチロと輝いている。
僕が街並みに感動していると、門から少し離れたところでリュウさんが急に立ち止まり、勢いよく振り向いた。
「なぁなぁ、見たか!?水晶での照会!本で読んだ通りだったぜ!?
やっぱり最先端の技術は凄げぇ!一々署名しなくていい分、スムーズだ!!
これぞまさに、【開発と発展の都:ニュートン】って感じだよな!」
【開発と発展の都:ニュートン】
その街では都市や国にまでも技術を売って、発展してきた。
興味と知識欲に取り憑かれた酔狂達が寄り集まってできた街は、その恐るべき開発力によって様々な技術を売り、遂には”都”にまで至る。
今もなお新しい技術と発想が生まれ育つニュートンは、いずれ都市、あるいは国にまで発展するであろう。
――その街はまさに、時代の最先端そのものである。
「それがこの街、ニュートンさ。凄いだろ?」
「そ、そうなんですか……?」
熱をたっぷり込めた声音でキラキラと語るリュウさん。
僕は想像が追いつかず、気の抜けた返事を返した。
「ちょっとリュウ、そんな話いきなりされても困るでしょ。
ごめんね、えぇっと、ニケ…君?であってるかな?」
「あっ、えっと、はい。そ、そうです。」
僕はここで、お互い自己紹介をしてないことを思い出し、慌てて肯定する。
ところが、リュウさんは子供のような目で辺りを見渡すことに夢中だし、アゼスさんはそんなリュウを窘めているゴーシュさんを見れば、呆れ顔で短く嘆息していた。
「リュウ、君の新しい者好きは昔からよく知ってるけどね、まずは宿の確保と依頼の達成だからね?観光はその後!」
「わーかってるって!おっ、あそこ見ろ!袋型のマジックパックだってよ!すげぇー、初めて見たぜ!いくらすんのかな?」
「はぁ……。わかってないよ……。」
そんな3人を疎外感を感じながらも、どこか暖かい気持ちで後ろから見つめていた。
そのうち、あちこちの店にへばり付き始めたリュウさんをアゼスさんが引きずるようにして、冒険者組合のニュートン支部へ向かうことになって、僕は小さく笑ってしまった。
ぶつくさ文句を言いながら、支部の戸を開くのはリュウさんだ。
目的は宿の確保と、加えてリュウさんを落ち着かせるため。
「実は冒険者組合は、宿屋組合との協定関係にあるんだ。
冒険者はひと処に留まらない人も多い。すると必然的に宿屋に泊まる。
だから、組合に登録された正規の宿屋が、未登録の悪質な宿屋に客を取られないようにする工夫をしているのさ。」
アゼスさんは、受付カウンターに並んでいる間にそんな話をしてくれた。
要は冒険者組合からの紹介なら、融通が効いて少し割引を受けたりできるらしい。
そして紹介される宿屋は、宿場組合に正規登録された宿屋に限る。
冒険者組合としては悪質な宿屋に泊まって冒険者がトラブルを起こすのを防げる上に、手数料を宿屋組合から得られる。
宿屋組合は未登録の宿屋の撲滅と、客の確保が両立できる。
互いに利益を得られる関係になるわけだ。
「えっと……?りょ、両方に良いことがあるから、冒険者組合でも宿屋が紹介してもらえるって……、そういうことですか?」
「まぁ、おおよそそんな感じかな。」
順番が来たので、受付に金銭が心許ない事情を話して、出来る限り安い宿屋を紹介してらえるように交渉する。予算は丸銅銭6枚だ。
受付のおじさんは暫く渋い顔をして書類を何束か捲っていたが、短く溜息を吐いて顔を上げた。
「あー、残念だが、ここにゃ、あんたらに紹介出来るほど安い宿屋はねぇな。
他の街を当たるか、この後貼り出される依頼でも受けな。まったく、余裕ある行動ってのが取れねぇもんかね……。
最安値でも1人当たり丸銅銭3枚だから、今の予算じゃあ、丁度2人分たんねぇな。」
ちなみに予算の6枚も、そのうちの5枚を僕の所持金から全額出せば、の話だ。
驚くべきことに、3人は全財産が丸銅銭1枚だったのだ。僕は食料を分けてもらったことが、さらに申し訳なくなった。
「俺らは無理でもニケ君1人なら泊まれるわけだし、紹介して貰ったらいいんじゃないか?」
「そうだなぁ……。ま、仕方ないか。手紙を渡し終わってからまた来よう。」
「えっ、でも、も、申し訳ないです!ぼ、僕だけなんて……。」
2人の会話に抗議の声をあげる。3人の力になりたくて、組合支部までくっついて来たのに、逆に僕だけ宿屋を紹介してもらう結果は望んだものではない。
「ニケ、自分の金は自分の為に使うべきだ。
俺たちは遂行中の依頼の報酬が入れば、それでなんとかなる。だから問題はない。」
ゴーシュさんは、僕の頭に軽く手を置いてそういった。暖かくて大きく、無骨な手だ。
僕はそれ以上の反論が出来ず、押し黙ってしまった。これを無言の肯定と取ったらしいリュウさんは、受付のおじさんに1人分の宿を紹介してもらう手続きを始めていた。
「ほらよ、これが紹介状だ。無くすなよ。」
そう言って渡された紙は、それなりに上質そうな黄色い紙で、冒険者カードを横に2つ並べたくらいの大きさだ。
料金にこれを添えて宿屋の受付に提出すれば良いらしい。
礼を言って受け取り、気持ち丁寧に布袋にしまいこむ。
「よし。それじゃあ、立会人を探しに行こうか。ニケは、どうする?一度宿屋に行く?」
リュウさんの提案に僕は首を横に振り、僕も一緒に探したいと主張した。
何から何まで世話になっているのだから、せめてそれくらいの手助けはしたい。
見るからに男性だらけの集団に声をかけられるよりは、女性に間違われやすい上、小柄で非力そうな僕がいた方が、警戒心が薄れていいだろうと思ってのことだ。
「あ、あの……、依頼は期限とかって、その、決まってるんですか?」
「とりあえず食事処にでも行けば人はいるだろう」ということで、飲み屋街に向かって歩いているところに、ふと湧いた疑問を投げかけてみる。
「あるにはあるが、まだ猶予はかなりある。だが……。」
「急がないと、僕らの食費がね、ないんだよね……。このままだと、餓死しちゃう。」
ゴーシュさんの濁した言を引き継ぎ、アゼスさんは遠い目をして言いのけた。
今日の宿代も出せなかったのだ。その言葉に苦笑いすら返すこともできないほど納得してしまった。
飲み屋街で1番最初に目についたレストランにはいるようで、リュウさんを先頭にスイングドアを軽く押し開き、目を付けた店に入っていく。
中はそれなりに賑わっているようだが、光明はやや抑えられていて騒ぐものもおらず、多少の団欒があるに留まっている。
ザッと見渡すと、たしかにそれなりに女性客も多い。
「当たりだな。」
リュウさんの呟きに軽く同意して、全員が中に入る。
奥にあるカウンターには誰もおらず、更にその奥に見える厨房からは、良い匂いと共にガチャガチャと食器を扱う音がする。
恐らく店員は厨房で調理中だろう。
リュウさんが、1組の客に目をつけたのか、ゆっくり近づいていく。
3人組の女性のみのグループで、食事はまだなのか、飲み物だけをテーブルに乗せていた。
「なぁなぁ、ちょっとお願いがあんだけど、聞いてくれねーかな?」
リュウさんがにっこりと笑みを浮かべて、彼女たちに近づく。
4人掛けのテーブルだったため、空いていた1つの椅子に図々しくも座り、右肘をテーブルに乗せた大勢で話しかけた。
3人の女性は露骨に不快な雰囲気を醸し出している。
「俺ら冒険者なんだけど、依頼の遂行に女性必要でよ。力を貸してくんねぇかな?
ただ立っているだけでいいんだぜ。人助けだと思って……、な?」
リュウさんは彼女らの雰囲気に気付かないのか、一方的に話を進めようとしている。
それがより一層彼女らの警戒心を煽っていることにも、一切気が付く様子がない。
傍から見たら女性の体目当てで、話しかけているようにしか見えない姿に、アゼスさんとゴーシュさんは頭を抱えた。
ね?と、体を近づけた瞬間、リュウさんの鼻先にナイフが突き立てられる。
こちらまで音が聞こえるほどの勢いで突き立てられたそれは、リュウさんの眼下にあるテーブルを、容易く貫通していた。
驚いて僕らは、その柄を握る女性を見る。
リュウさんはあまりのことに硬直し、笑顔のまま顔を青くして固まっていた。
「あらやだ、羽虫がいるのかと思ったじゃない。さっきから耳障りったらありゃしないわ。――失せろ、この羽虫野郎。」
笑顔だった。ただし、目は笑っていなかった。
羽虫どころか汚物でも見るかのような目をリュウさんに向けている。
出入口で硬直する僕らにまで伝わる殺気を、至近距離でその身に受けたリュウさんは「ひっ……ひゃい……」となんとも情けない返事をやっと絞り出し、僕らのもとへ正しく逃げ帰ってきた。
その店の客は皆、僕らに奇異と侮蔑の目を投げかけていて、これ以上ここでの交渉は無理だと悟った僕らは、すごすごと店を後にした。
「リュウ……。その、大丈夫…?」
すっかり青くなって萎縮してしまったリュウさんの背中を摩りながら、なんと声をかけていいのかわからないのか、アゼスさんはもごもごと彼を案じる言葉を口にした。
その態度が琴線に触れたのか、リュウさんが勢いよく顔を上げ、アゼスさんに詰め寄る。
「体は平気だけど、心は砕け散ったぜ!!次はアゼスに、任せていいんだよな?な?」
「えっ!?えぇ、そうなるのか……。仕方ない、出来る限り頑張るよ……。」
そうして次は、アゼスさんのチョイスした店に入ることになった。
今度はしっかりと一枚扉のある店で、軒先に吊るされた魔石灯が穏やかな雰囲気を見せる。
軋みもしない、重くて立派なドアを開けて中へ入ると、先ほどの店より数段明るく、客は静かな雰囲気を味わいながら食事をしている。
「いらっしゃいませ。4名様でよろしいですか?お席へご案内させていただきます。」
ドアの真横に立つカッチリした服の男性は、軽く一礼して奥の空間を差す。
先程の店よりも上質な内装に、椅子は革張りのソファー。
更にボックス型になっている席には低めの仕切りが設置され、なんと表通りに面した席には、大きな窓まである。
食事処に窓があるのは珍しい。食事自体も大皿ではなく個人で1皿ずつと言った感じだ。
こんなところでは、他所の席に声を掛けるのすら憚られる。
「と、とりあえず座らせてもらおうか。」
アゼスさんは額に冷や汗をかきながらそう言った。
僕らはギョッとしてアゼスさんを見る。心の内は一緒だ。すなわち「え、この店に入るの?本気?」である。
店員がメニューを持ってくるが、何から何まで初めての形態で、全員窮屈な思いをしている。
見栄を張ったのか、アゼスさんは誰よりも先にメニューに手を伸ばした。
しかし、その直後アゼスさんは完全に固まってしまい、不審に思ってメニューを覗き込んだリュウさんも表情を凍らせた。
何か変なことでも書かれていたんだろうか?と、読めない文字の羅列を眺めていたが、一足先に正気を取り戻したアゼスさんが、無言でユラリと立ち上がると一目散に店内へ出て行ってしまった。
僕とゴーシュさんは、それを慌てて追いかける。
一足遅れてリュウさんが出てきて、ゴーシュさんがどうしたのかと事情を尋ねると。
「いやいやいや、無理だよ!
水一杯で丸銅銭3枚も取るんだよ!?スープ一皿、角銀銭1枚……!あ、ありえない……。」
アゼスさんが恐ろしいものを見た、と自分の両腕を抱え込み、リュウさんも激しく首を縦に振って肯定した。
たしかに、破格の安宿とはいえ一泊できてしまう値段を、水一杯に払うのは馬鹿げているとしか言いようがない。
魔法で作ったものではない、自然の飲料水が貴重で高価だとは聞いたことあるので、恐らくその類だろう。
結果、住む世界の違いを見せつけられた僕らは、この店での交渉を諦めた。