第18話 3人と
「ふっ、ふぇっ、ふえぇ……、もうだめぇ。」
僕は人の往来によって自然とできた道を、その先にどこかしらの街があるだろうと、ひたすらに歩いていた。
最低限渡された食料と水は3日分。それに加えて少量の銅銭と冒険者カード、そして腰に下げる”黒蛇の牙”とその解毒剤。
口止め料という名目で渡されたそれらは、僕をただの一般人として放り出すことへの、謝罪を兼ねていると理解している。
食料は既に切れた。水はまだあるけれど、お腹が空いてしまってもう動けない。
多少なりとも人が通る道を歩いているおかげか、今のところ魔物に出会ってないのが、唯一の救いではあるけれど。
「うぅ……。お腹すいたー足痛いー!もうやだよ……。」
半べそをかきながら近くの木陰に座り込む。
長らく体重を支え続けた足は、重みから解放されて喜んでいる。
ヒンヤリとした根っこが心地よくて、うたた寝してしまいそうだ。
このまま寝て仕舞えば、2度と起きられない気もしているが、この心地よさには抗えない。
まるで夢に吸い寄せられるように、瞼が落ちて行く。
ビシャッ
「ひゃわ!!」
突然の衝撃に飛び起きて、何事かと辺りを見回す。
「おぉ、起きた起きた。大丈夫か?その木、動かないけどモンスターだから……、そこで寝てると生気を吸われるぜ?」
水筒を逆さに持って僕の顔を覗き込む存在は、柔らかく話しかけてくる。
話し終わってようやく、赤髪の彼が水をかけて起こしてくれたのだと理解した。
よく見れば後ろにさらに2人の青年が、心配そうな顔で立っている。
――この人たち、パーティーだろうか。
「そ、そうなんですね……。えと、た、助けていただいてありがとうございま……、わわっ!」
立ち上がろうとしたところで、膝の力が抜けて青年の胸へ倒れこむ。
必然的に抱きとめられた僕は慌てて離れようとするが、その前に腕を掴まれる。
「そんなに生気を吸われていたんだね……。こんなに華奢な体で。
僕らが通り掛からなかったらどうなっていたか。良ければ一緒に来ない?道中危険なモンスターも出るかもしれないし、目的地まで送ってあげるよ。」
「ほ、ほんとですか!ありがとうございます!ぜひお願いします!とりあえずどこか街を目指していたんです!」
多少勘違いをされている気がするが、助けられたのは確かだ。
僕がぺこりと頭を下げると、全員が人の良さそうな笑みを浮かべた。
5日間誰とも話せなかった僕は、優しそうな人達に出会えてホッとした。
安心したと同時に、身体が空腹を思い出したらしい。腹の虫が主張してきた。
「もしかして、お腹すいてる?んー、丁度いいし、ここでお昼にしようか。」
とは、青髪の青年の言葉。
それに赤髪の彼と、もう1人緑の髪の青年も頷いた。
「こ、ここで、ですか?でもこの木、モンスターなんじゃ……。」
「あぁ、まぁな。でもこれはトレントつって、動かない植物モンスターなんだぜ。弱い上に切り倒すと切株になるから、机にすりゃ便利ってな。」
言いながら剣を振り抜いた彼は、それなりに太い幹であったのに、その細い剣で簡単にトレントを切り倒した。
一緒ほんの数ミリ浮いて、切株にぶつかり、僕らとは違う方向に倒れて行く。
砂埃が舞って僕は咳こむが、他の3人は平気そうだ。
緑髪の青年が、軽い手つきで切株から砂を払うと、その断面は綺麗で、ささくれの一つもなかった。
きっと剣技系のスキルを持ってるんだろうなぁ……。うぅ、羨ましい。
「手持ちが安いパンと果物しかなくて……、すまない。だいぶ生気を吸われたようだし、果物から食べるといい。」
「あ、ありがとうございます。あの、助けていただいた上に食料まで……。すみません。」
緑髪の青年に渡されたリンゴに齧り付く前に、まずお礼を言う。
すると3人はパッと顔を明るくして笑った。
「いいんだよ。困った時はお互い様さ。と言うかその……、言いづらいんだけど、実は僕らの頼みもきいてはくれないかなって言う打算もあるんだ。
だからさ、遠慮せずに。」
「そうなんですね。それなら、ありがたく頂きます!」
正直に「打算もある」と言われたので安心してしまい、その詳細を聞くこともなく与えられたリンゴに齧り付く。
1日半ぶりに固形物を口にしたが、みずみずしいリンゴは口の中で小気味のいい音を立てて解け、すんなりと喉を通ってくれた。
お腹が久々の食べ物に興奮して、もっと食わせろと主張を強める。
僕はそれに抗うことなく、リンゴ丸々一つをものの数分で食べきってしまった。
それを見た緑髪の青年は、今度はパンを手渡してくれた。
今度はがっついたりせず、一口ずつしっかり噛む。でないとこのパサパサのパンは、喉に詰まってしまう。
レンブラントの村に居た時に、嫌という程詰まらせて学んだ。
僕が落ちて食べ始めた頃合いを見計らっていたのか、赤髪の青年がゆっくりと話し出す。
「お願いがあるとは言ったけど、そんなに難しいことじゃないぜ。
実は、依頼でとある人物と会うことになってんだけど、相手方が女性でな……。一度会った時に突き放されて、女性の立会人を連れて行く事になったんだ。
それだけのために人を雇うと、場合によっては報酬より多い出費がかかる。
そこで、その立会人を君にお願いしたいんだ。どうだ?」
お願いの内容は予想外ではあったが、パンを詰まらせることはない。
この手の勘違いには慣れているので、「あぁ、またこのパターンかぁ」と冷静だった。
女性が男性の冒険者に対して女性の立会を求めるのは至極当然だし、なにより僕は今、この3人に命を助けてもらった大恩がある。
このお願いを聞くには、これ以上ない理由だ。
でもそれには「ただし僕が女の子なら」という注釈を付けなければならない。
「あ、あの、助けていただいたのに、とっても言いづらいんですけど、僕は……」
「だっ、大丈夫!安全な依頼だよ。
手紙を直接渡して、その手紙を相手が読んだ事を見届けて欲しいって、ただそれだけの。だから何もする必要は無いし危険なこともない。依頼難易度も最低ランクの三日月だし、手紙を持って行くのは、僕らの中で1番腕の立つリュウの予定だから。
何かあっても全力で守るって約束する。だから、ね?お願い!この通り!」
僕の断る空気を感じたのか、青髪の青年が慌てた様子で言い募る。
リュウ、とはこの赤髪の青年らしい。
他2人も眉の下がった情け無い顔をこちらに向けている。
「あの、でも、男なんです。」
???
みんなの頭に疑問符が浮かんでいるのが目に見えるようだ。
「えっと、だからあの、僕は女の子じゃなくて男なので、立会人はその……」
「っえ……??ええええぇぇ!?!?」
3人が3人、悲鳴じみた声を挙げる。
「ききき、君が、お、男!?」
「そ、そうか、子供は見分けがつきにくくて――。あぁ、そうではなく……、その、なんというか、すまない。」
「こんなに可愛いのに男の子なのか……。うーん、世の不条理を見た気がする。」
悲鳴の後は三者三様の感想が待っていた。
僕は苦笑いするしかできず「えっと、ど、どうもすみません。」と力なく笑いかけたのだった。
2人が予想外の現実から立ち直っても、リュウさんはまだ口をパクパクさせて僕を指差した格好で固まっていた。
「しかし、そういうことなら仕方がない。先方との約束を違えるわけにもいかない。この子を街に送り届けたら、なんとか他に人を見繕うとしよう。」
「そうだね。」
青髪の青年と緑髪の青年がそう纏めて、どこで見繕うかといった算段を話し合い始める。
僕が申し訳なさでショゲていると、リュウがいきなりガッチリと僕の両肩を掴んだ。
「いや、イケる。イケるぞ。この容姿だ、俺らも女の子だと思い込んでたんだから、体格のわかりづらいローブなんかを着せればバレやしないさ。」
――へっ??
呆けていると、緑髪が身を乗り出してリュウさんを制した。
「リュウ、バレるとバレないとか、そういう問題じゃないだろう。」
「だけど、ゴーシュ。正式に誰かを雇うと、組合を通せと言われるんだから、手数料に報酬のほとんどが飛ぶぜ。
雇い賃なんて払ったら赤字だぞ。もう食料を買う金も殆どないんだぜ。前金も払えない。ここで恩を売れたこの子が、最後のチャンスなんだ。」
「それは……、そうだが……。割り切る他にないだろう。
諦めて街で手当たり次第声をかけてみよう。きっと1人くらい受けてくれる。」
「なんの対価も無しにか?三日月依頼ごときの報酬じゃあ、全部使ってもパンを数個が精々だが?酒ならたったのひと瓶。誰でも買えるぞ。」
「それは……。」
ゴーシュ、と呼ばれた緑髪とリュウさんが言い争い始める。
ゴーシュさんが論破されそうになってるのを見て、オロオロしていた青髪も慌てて口を開いた。
「し、仕方ないんじゃないかな。依頼不達成とか、失敗とかで、違約金まで払うよりはマシだと思う。
もしも男の子だって相手が気づいて、組合に報告されたら、困るのは僕らなんだよ!」
「けどよ、アゼス!受けた依頼の内容は『手紙を相手方に直接渡した上で、内容をその場で確認してもらえ。それを見届けるまでが依頼だ。』だ。
受取人の指示を聞けなんて規約はないぜ!」
「それはそうだけど、男の子だって気づかれたら、また門前払いで会ってすらくれない可能性もあるんだよ?
現に僕らだけの時はそうだった!そしたらどうするの?そこからまた人探し?騙そうとした後で本当の女性を連れてきても、もう信用されないかもしれないよ!」
「うっ……。そ、うだよな……。いや、ごめん。もしかしたらって期待しちゃってたから、つい。
それに、断ろうとしてる人を尻目にするような内容の話じゃなかったよな……。ごめん。」
リュウは申し訳なさそうに萎れてしまい、制止に回っていた二人は、ほっとした顔で彼を慰めにはいる。
僕はといえば、申し訳ない気持ちで3人のやり取りを見ていることしかできなかった。