第17話 不穏な影
結局その日は退室を命じられて、何もわからず終いだった。
次の日に必ず事の顛末を教えてもらう約束で、組合が斡旋した宿屋に泊まる。
ちなみにパライさんに与えられた装備類や道具は、調査のためと言われて、支部長さんにすべて渡してしまった。
1人で狭い宿屋の一室に入り、ベッドに腰掛けると、途端に言いようもない感情に襲われた。
恐怖かもしれないし、不安、混乱、寂しさ、或いはそのどれでもないものかもしれない。
優しくて朗らかな受付のおばさんが、バケットとミルクを持ってきてくれたのに、固形物は喉を通らない。
仕方ないからミルクだけを2〜3口チビチビと舐めるように飲んで、サイドテーブルへ。
ほんのりと甘い蜂蜜の味がした。
翌朝、一睡もできないまま、トボトボと組合へ出向く。
昨夜に比べて、人がだいぶ増えた組合のロビーを抜けて、受付の女性に支部長へ通して貰うようお願いする。
受付の女性に連れられて部屋に入ると、ホルンさん、支部長さんともう1人、昨夜僕を問い詰めたメガネの男性が座っていた。
既に書類は机の上に散らばり、全員の目には隈が出来ていることから、一晩中ここで会議が行われていたのだろうと予測できた。
「あぁ、おはよう、ニケ。彼は昨日【宵闇の雲】へ乗り込んだ、冒険者たちの指揮を執ったダリだ。その後を聞かせる約束だったからね。」
部屋にいるメンバーは皆一様に疲れた顔をしているが、僕を視界に入れた支部長さんはそれを感じさせない笑顔を浮かべた。
「さて、ニケも来たことだし、ここまでの話を整理しよう。ダリが【宵闇の雲】に到着した時には、既に敵影は無し。
中庭で3名の重傷者を保護し、彼らの体を確認したところ、全員に奴隷化と口封じのスキルを、かけられていたことが判明した。
どちらも現時点での解除は不可能だが、筆記による会話を試み、彼らの名前とスキルの痕跡を分析したことにより、奴隷化スキルの登録された主人がパライ・マリンであると判明した。
花園については、ニケと同じく何も知らされておらず、彼らは恐らく組織に所属していると言うよりも、パライの所有物的性格が強いと考えられる。
以上が現在判明していることだ。なにかあるかい?」
支部長さんが一通り説明しきり、一度話を区切った。僕が今の話を整理できるのを、待ってくれているようだ。
「あ、あの……!保護された3名の名前を、教えてください!」
口封じのスキルついては初耳だったが、トルマリンさん以外のメンバーが、一度も声を発しなかったことに結び付ければ納得できる。
口封じのスキルによって、喋ることができなかったのだろう。
だが同時にそれは、トルマリンさんが保護された中にいなかったことにもなる。
僕としては一番よくしてくれ、なおかつ先陣を切って僕を助けに飛び込んできてくれたトルマリンさんが、助かっていないとは思いたくなかった。
「私が保護したのは、スピネル、コハク、メノウと名乗る3名です。
彼らの話だとあと2名パーティーにいたらしいのですが、その2名は現在行方不明という扱いになっています。」
ダリさんは、軽くメガネの位置を調整しながら、僕と目も合わせず平坦に言いのけた。
「そんな……。」
「行方不明の2名については、冒険者組合の上層部に、捜索願いはしておこう。
あまり期待しないではほしいが、他組合への協力要請も出してもらうよう掛け合うつもりでいる。
さて……。それでねニケ君、大変申し訳ないが、君は当事者から外れて、今回の出来事は忘れなさい。一人の平凡な冒険者として、別の街に移動してしまうといい。」
ダリさんのセリフにも言葉を無くしたが、続いたウイリーさんの言葉には愕然とした。
いつパライさんが、再び僕の前に現れるかもわからない。
トルマリンさんとオパールさんの無事も確認できない。
僕を助けてくれたみんなにお礼も言えない。
どうしてそんな酷いことをいうのだろう。
「落ち着いて。よく聞くんだ、ニケ・オッドウィン。僕らは何も意地悪で言っているわけじゃない。」
支部長さんが言うには、その方が僕のためらしい。
花園は危険な組織として広く知れ渡っていて、世界中で警戒している組織でもある。
そのため、間接的にでも花園の活動に加担した者は、長期間の監禁は必須。
そしてほとんどの場合は、監禁中に拷問を受けることになる。勿論、保護対象といえど、彼ら3人も。
本来ならば、彼らと共に行動していた僕も例外ではないが、今回に限って、僕は完全に被害者であると主張できる。
僕が字を読めないこと。
手紙の内容と、そこに裏切り者として名を書いた団員が、保護対象だということ。
保護したメンバーが「私たちは6人のパーティーだった」と明言したこと。
僕を正式にパーティーに組み込む手続きがされてなかったこと。
僕が冒険者組合に駆け込んだ時の必死な様子が、多くの人に目撃されていたこと。
今回の騒動の詳細は、この場にいる4人しか知らないこと。
そこに加えて、「既に冒険者組合の支部長が、僕の取り調べを行った」という事実もある。
僕としては、軽く状況を話しただけだが、「支部長室で立会人のもと話をした」事実さえあれば支部長の力で、どうとでも言い逃れできるという事らしい。
「……難しく言ったが、つまり今ならまだ、『君はパライ・マリンとは関係ない』という暴論を押し通せるんだ。
組合が正式に保護してしまえば、そうはいかない。保護されたパーティーメンバーに会いに行くのも同じ理由で許可できない。
偶々ターゲットにされた、可愛そうな一般人として放りだしてしまう方が君のためなんだ。」
「僭越ながら補足させていただきますと、花園は裏切りを絶対許さないと聞きます。
貴方を助けたという者達の責任を、パライ・マリンは取らされるでしょうから、……絶対とはいえませんが、しばらくは安全な筈です。
その間に貴方自身が、パライマリンが再び現れても、それを退ける力をつけると期待しての判断でもあります。」
「……そういうことだ。ニケ、なにも知らなかったことにして、平凡に冒険者を続けた方が、いいのではないかな。」
僕は唇を噛みしめる。
悔しい。僕は1人騙されて、守られてばかりで、なのに守ってくれた人に、お礼を言うことすらできない。
オパールさんとトルマリンさんに至っては、安否の確認も取れていない。
兄さんなら騙されず、それどころかみんなを守ってみせるだろう。
兄さんの影が霞んでしまうほど遠くに思える。
ダリさんの話は推測でしかない。れど僕は、自分でも恐ろしいことに、心ではこのまま解放してほしいと感じてしまっている。
冒険者として名をはせるという夢を手放さないために、この提案は魅力的なんだと、心は理解してしまっている。
何年も拘束されていたら、それだけ兄さんが遠くに行ってしまうような、そんな気がしていた。
一方で、理性の方は否定している。僕の目指す兄さんだったら、彼らに何も言わずに去るなんて、そんな無礼を働くだろうか。
「僕は……」
もごもごとして答えあぐねていると、ホルンさんが僕の耳にあることを囁く。
「 」
僕はパチクリと目を瞬かせて、そっと微笑むホルンさんを見た。
———匿名で彼らに手紙を代筆し、預かりましょうか。今は手紙に留め、今後ニケ様が強くなってから、改めてお礼をしたらよいのではないですか?
そうか、焦る必要はないんだ。
トルマリンさん、オパールさん。僕はいつか絶対に貴方達を見つけ出してみせる。
メノウさん、スピネルさん、コハクさん。今回助けていただいた感謝は忘れません。
……そして、パライさん。僕が冒険者になれたのは貴方のおかげでした。でも、もう貴方とは決別します。
僕は夢のためにも、僕を助けてくれたみんなのためにも、弱いままではいられない。
僕は弱い心につられた逃避的なものではなく、覚悟を決めて自身の意思で、提案にうなづいた。
「わかりました。今回のこと、お世話になりました。ありがとうございます。」
僕の返答に対し、ウイリーさんは少し寂しそうに笑った。
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チョロい、チョロいわ!
チョロチョロのチョロ助ね!操りやすいったらありゃしない!
あんなチョロちゃんに能力の使用なんて、もったいなかったかしら!
アレでよく冒険者なんてやっていられるものだわ、あー笑った笑った。
なによ?……わかってるわよ。
けど、なんであの方はあんな小者を……ふんっ、何とでもいえばいいわ。
あの方の命令でなければ、あんなお子ちゃますぐ私の傀儡にしてやるというのに。
あーはいはい、うるさいわね。
まったく、リーダーは相変わらず、あの方至上主義なのね。
あらやだ、そんな目で見ないでちょうだい。わかったわ、これ以上はやめておきましょう。
報告なんてされたら、たまらないもの。
はぁー、何か面白いこと起きないかしら。
ここまでお読みくださって、ありがとうございます。
これにて第1章は完結となりますが、第2章以降も随時更新してまいりますので、応援してください。
拙い作品ではありますが、評価・感想・ブックマークよろしくお願いいたします!