第15話 逃走
前話のあらすじ
・ニケがパライに乱暴されそうになっていたところ、トルマリンがニケを助けるために突入してきた。
轟音と埃を巻き上げて、部屋のドアが壁まですっ飛ぶ。
完全に武装したトルマリンさんが、壁にたたきつけられる扉にも負けないスピードで入室し、壁に激突して半分に折れたドアに気を取られていたパライさんを、僕の上から吹き飛ばす。
トルマリンさんが僕を持ち上げて立たせると、サッとローブを羽織らせてくれた。
「ニケっ、渡した手紙を持ってギルドに走れ!!」
僕を背にかばったトルマリンさんが声を荒げる。
僕は状況に理解が追いつかないまま、反射的に走り出す。
メノウさんとコハクさんが階段の踊り場で、宿の職員を相手取っているのが見えた。
オパールさんが、廊下の奥にある唯一の窓で、早く来いと腕を振っている。
「―――こんっっっの!!!!!裏切り者共がぁぁぁぁあーーーーーー!!!!!!!テメェら全員ぶっ殺してやる!!!!」
後ろから聞こえた怒声に肩を揺らす。立ち止まったら、終わりだ。
本能でそう感じ取った僕は必死に走った。
オパールさんのところまで行くと「廊下の窓から飛び降りろ」と身振り手振りで指示される。
ただ、宿のここは3階だ。かなりの高さがあって、一瞬ひるんでしまった。
同時に慌てたような顔で、オパールさんに背中を押される。
僕を庇うように、前に出たオパールさん。
バンッと鋭い音がして、そちらを見ると窓枠にボコボコと凹みだらけの鎧の一部が……いや、トルマリンさんの一部だったと思われる肉塊が、こびりついていた。
「ひっ……」
僕は、目の前の恐怖から逃げるのに必死で体が勝手に前へ出た。
不恰好に窓から落ちていく。
「うわわっっ!」
地面にぶつかると思った瞬間、フワリと一緒浮いて、足が地面につく。
恐る恐る目を開けると、隣にはスピネルさんがいた。
魔法スキルを使ったらしく、彼女の手にする水晶が輝いていた。
スピネルさんが上を見て、サッと顔が青ざめると、早く行けと手で僕を追い払う。
気が動転していて、お礼を言うこともせずに走る。
肺が苦しくても、喉が痛くても、足が重くなっても、ただ真っ直ぐに冒険者組合へ。
建物が見えてきても、そのドアを睨みつけて。
ドアの前で足がもつれてしまい、転がるようにして組合支部へと入る。
「だっっ、誰か!!」
組合の中にいた人々と、必死に走る僕を見て訝しげに後を追ってきた人が、僕の周りに集まってくる。
ただならぬ雰囲気に当てられたのか、緊張した面持ちの職員の1人が代表してこちらに歩いてきた。
先日、依頼の報酬受け取りの業務をしてもらった、メガネの男性職員だ。
「何事です?アナタのような冒険初心者が、あまり騒ぐのは悪目立ちしますよ。」
酸素不足のせいか、はたまた混乱でか、頭が真っ白になっていて一瞬言葉に詰まる。
半ば反射的に封筒を取り出し、はっはと犬のように息をしながら、無言で渡す。
「……なんです?失礼、中を拝見します。」
訝しげに受け取った彼は、眉を寄せたまま封を切る。
中身を取り出し、十数秒間目を通すと、これでもかと言うほど目を広げて僕に掴みかかってきた。
僕は息も整わず、急に胸ぐらを掴みあげられた苦しさと、訳の分からなさでまたもパニックに陥り、ついに涙が出てきた。
「これは!!この手紙の内容は事実か!?どうなんだ、えぇ!?」
「な、なにが……僕、文字が、読めな……」
男性職員に先程までの畏まった雰囲気は全くなく、すごい剣幕で詰問してくる。
僕がやっとの思いで中身を知らないというと、床に放り投げるように手を離される。
「ゔっ、げほっごほっ……あ、あの、手紙には何が……?」
鬼も逃げ出すほどの恐ろしい形相で考え込む職員は、ニケのことは全く視界に入れないまま、顎に当てた左手の、親指の爪をガリガリと噛んでいる。
数秒で顔をばっとあげると、組合中に響く声で言った。
「大至急支部長へ連絡を!緊急事態だ!『黒の花園』だ!!!
伝達委員はゼノン市街地に拠点を置く色月へ連絡!緊急事態出動員及び半月以上の冒険者は、裏3番街の【宵闇の雲】へ!
支部待機の者は常に私と連絡を取れるようにしとけ!現場の指揮は私が取る!準備が出来たものから出発しろ!」
黒の花園。その単語が出た瞬間、辺りに緊張が走る。
冒険者たちの大半は目つきが変わり、各々武器を手にとった。
中には僕と同様に辺りを見回しているものや、動揺の色が濃く、怯えている者もいる。
呆然としていると、ひとりの女性職員が倒れたままの僕に手を差し伸べてくれる。
「ニケ・オッドウィンですね。うちの職員が乱暴してしまい申し訳ありません。詳しい話を聞きたいので、私についてきてください。」
僕が女性職員に連れられて奥へと続く扉をくぐったところで、後ろから冒険者の怒声と、職員たちの悲鳴じみた声が聞こえてくる。
花園が出たって本当か!
支部長がすぐに到着致します!落ち着いて!
落ち着いていられるか!!花園だぞ!
あの手紙一つでここまで混乱を極めるとは、思ってもみなかった。
それに、皆んなが口々に発している「黒の花園」、あるいは「花園」という単語。
どれも不安に満ちた響きをしている。
だが、とりあえずここまでくれば命だけは助かったのだと理解して、場違いにもホッと安堵の息を吐いたのだった。