第13話 邪悪に笑う
初めて依頼を受けた翌朝、僕はパライさんに連れられて、再び街に出ていた。
例によって、他のメンバーは別行動だ。
トルマリンさんに手紙を渡されてから、この「別行動」にも何かしらの企みがあるのかもしれないと警戒はしているけれど、だからといって僕に出来ることは何もない。
ただ大人しくパライさんに従っている他ない。
最初に着いたところは、先日訪れた防具屋だ。
店主は変わらず仏頂面で顎に手を添え、肘をついている。
「こんにちは。この子の防具、できてるかな?」
店主はにこやかなパライさんと対照的にジロリと睨み付けると無言で立ち上がり、店の奥から革製らしき胸当てを持ってきた。
「コイツはヒョロいからな。重たい金属製より、それなりに軽いのがイイだろう。胸当てと関節のプロテクターで限界だな。サイズは……、ふん、まぁ、完璧だな。コレは籠手だ。といっても、多少硬い革を使っただけで、無いよりマシ程度の気休めだな。」
店主は僕に断りもなく防具を付けると、その出来に対しての評価を下した。
随分と自信家だ。
籠手というよりも、肘まである指ぬきグローブと言った方が正確だろう。
ただし、手の甲側は布の上に革が張られ、てのひら側には滑り止めの加工が施されている。
確かに無いよりは闘いやすそうだな、という素人目の印象は心の中で呟くだけにおいた。
パライさんは、それを満足そうに眺めていた。
お金を払い終えたパライさんを追って、店を出る。
お金を入れた袋をそのまま渡していたし、向こうも中身を改めたりはしていなかった。
相互確認は大事だと教わってすぐなので疑問に思ったものの、教えてくれた張本人が何も考えずにそうしているわけがないかと、口を閉ざした。
次にたどり着いたのは、あの不思議なお爺さんがいる武器屋だ。
今日は前回と違ってすでに店の方に出てきていた。
品物も既にその手に持っている。
「……来たか。ほれ、例の物だ。短剣の種類は『黒死蛇の牙』だ。猛毒を持つ蛇の牙から削り出したナイフだが、強度も充分。難易度の低い洞窟に出るような弱いモンスターなら、掠っただけでも、ものの数分のうちに死に至るほどの猛毒を付与するだろう。」
刃渡り20センチほどの刀身は、かなり黄ばんだ白で、確かに生物の一部だった面影を残している。
しかしながら、しっかりと磨かれ光沢すらあるそれは、あまりにも見事で素晴らしい切れ味を予感させる。
そこに、赤く細い線がひび割れのように這っていて、かなり不気味な様相だ。
「掠っただけでも死に至らしめる」という説明に相応しい。
同時に、攻撃力は無いくせに、避けて攻撃を当てる事にだけは特化した僕にとっては、うってつけの武器だと理解した。
あの短い問答だけで、どうしてここまでぴったりの品を用意できるのか、甚だ疑問である。
「念のためこれも渡しておこうかね。アンタの命綱さ。」
お爺さんが取り出したのは、暗い紫色に光る蛇革でできた、小さな包みだ。
それを武器と共に僕へ手渡す。
顎で指示されて包みを開けると、赤く小さな丸い粒が7粒入っていた。
「解毒剤さ。万が一自分にその刃を当てた時使いな。死ぬまでの間に飲めば、あとは回復魔法なりポーションなりで、なんとかなるだろう。
ただし、気をつけなさい。その毒は廻り具合が分かりづらく、側から見たら急に倒れたように見える。気づかずポックリ逝くなんてことも、有り得ん話じゃあない。
しかも、解毒剤はそれなりに高価だからね。なくすんじゃないよ。」
その話を聞いた僕は頼もしかった短剣が、急に恐ろしい物に見えてきて、つい取り落としそうになる。
渋りながらも携帯紐で腰へ差した僕の顔は、害虫だらけの虫籠を提げるのと同じ顔でをしていたことだろう。
「では、支払いはこれで。」
「……ふん、まぁ、いいだろう。全ては花園の為に。」
「えぇ。全ては花園の為に。」
またも2人は、袋の中身を改める事なく支払いを済ませた。
さらには謎の挨拶まで交わしていた。
店を出てから少し歩くと、あの陰鬱な空気は霧散し、活気ある街道へと出る。
そこで先程の挨拶について聞いてみる。
「あの、さっきの……、花園ってなんですか?」
「あのご老人との会話かい?彼と僕のちょっと特殊な挨拶だよ。僕らが所属する団体で決められた挨拶さ。マイナーな団体だからニケは知らないかもね。」
「へぇ!そうなんですね。なるほどです。」
マイナーどころか、メジャーな団体ですら知らない田舎ものが僕である。
なにせ、組合が冒険者組合だけではないってことさえ、つい数刻前に知ったのだ。
団体で決められた挨拶があるなんて、面白いなぁー。
それ以上の感想は出てこないのだった。
僕らの利用している【宵闇の雲】に戻って、今日もらった装備を眺める。
こうして防具と武器を揃えると、正式に冒険者になれたんだという実感がわいてくる。
何から何までパライさんに任せっきりなので心苦しい。
こんなに良くしてくれているのに、変な疑いをかけていることがさらに僕に罪悪感を募らせている。
一度、面と向かって聞いてみた方がいいのだろうか?
そう考えることもあるものの、例の手紙の存在は、パライさんを疑っていることを悟られるべきでないように、僕に思わせてくる。
受け取った手紙は常に持ち歩いているが、中身が気になって仕方がないと同時に、開けたら何か恐ろしい事実を知ってしまう予感がして、トルマリンさんの言葉以上に僕の好奇心を抑えている。
ドアがノックされ、開く。
顔を覗かせたのはパライさんだ。
「ニケ、今日の夕飯は部屋で食べようか。はい、パンと蜂蜜を貰ってきたよ。こっちはミルクが入ってるからね。」
「あ、えっと、ありがとうございます。で、でもあの……、なんで急に?」
「宿ではこういう食事の取り方もあるんだよ、って見せたかっただけさ。ニケはあんまりここの食堂が合わなかったみたいだし、たまにはいいだろう?」
さすがパライさんだ。僕が周囲の人達の雰囲気に怯えていたと、気づいていたらしい。
殆どの人が顔を隠して、暗い雰囲気でモソモソ食事をしているあの雰囲気は、正直あまり心地の良いものではなかった。
その気遣いにお礼を言って、シンプルな丸いパンに蜂蜜をかけて齧り付く。
口の中に広がった甘味が消えないうちにミルクを飲んで、二度美味しい。
「パンもミルクも美味しいですね!蜂蜜って僕初めて食べました。甘いとは聞いてましたが、こんなに甘味が強いなんて……。すごいです!」
「ふふ、蜂蜜は採集する難易度が高いからね。ちょっとした贅沢品なんだ。そんなに喜んでくれたら、奮発した甲斐があるよ。」
そう言ってクスリと笑うパライさんだが、ふと違和感を覚える。
どこか、イタズラを仕掛ける前の子供のような、ソワソワした雰囲気があった。
なんだろう?と感じた瞬間だった。
いきなり身体中の力が抜けて、動こうにも動けなくなった。
パンを取りこぼし、手をつくこともできずに、うつ伏せに倒れ込む。
「っっ!?なん……え!?」
体が動かない混乱と、突然の出来事への驚きの声が出た。
僕のすぐ上ではパライさんがクツクツと笑っている。
「ふふ、驚いたかい?いやー、やっとだよ。君と村で出会ってからずぅーーっと今日という日を待ち侘びていたんだ!さぁ、ニケ。僕のかわいい奴隷にしてあげようねー。」
クスクスと邪悪に笑う彼の声に、僕は反応できなかった。