第12話 いい勉強
パライさんの説明を聞いてから数分で、狭い階段に行き着いた。
地面から削り出したそのままのような、土と砂だけでできた階段は、鎧を着ていると1人がやっと通れるだけの幅しかない。
壁には通路と同じ松明がついているが足元は暗く、一歩一歩確かめながらゆっくりと降りて行く必要があった。
階段を下りた先は今までの通路と違い、広い空間が広がっていた。
パライさん達が何かを探して辺りを見回している。主に、上の方を。
上に何かあるのかな?
僕も一緒になってぼんやりと天井を眺めていると、ポタッと冷たい物が額にあたる。
「冷たっ…なに…?」
拭うとねっとり粘ついている。
見ると紫色の液体で、指を広げると糸を引く。
「…?なにこれ?」
「…っ!ニケ!」
パライさんの慌てた声と同時に身体を強く惹かれる。
どうやら腕を引いたのはトルマリンさんのようだったが、元いた場所にある"その物体"に意識は全て持っていかれる。
ブルブルと震えて、まるで仕留め損なって悔しいと主張するかのようなソレは、道中何度も見かけたスライムそのものだ。
但し、色が毒々しい紫であることを除けば。
「ニケ、ここのボスモンスター、ハイドスライムだ。自身の体を液化させて岩の隙間に入り込んで隠れたり、一部を射出して攻撃したりする。何処から攻撃が来るかわからないから、気をつけなくてはいけない魔物だね。」
解説しながらの片手間で、パライさんは床に染み込んでいくスライムに剣を突き立てる。
すると一度ビクンと大きく跳ねたスライムは、すぐに核を剣に残して消え去った。
パライさんは正確に核を突いたらしい。
「まぁ、核を突いたら死ぬ特徴や、体液部分の硬度なんかは普通のスライムと変わらないから、対処法を知っていれば全く警戒するに値しないんだけどね。」
その対処法とは敵の気配を察知できるスキルを使うか、もしくはスライムの核部分だけは液化できないので探し出して突くからしい。
先ほどみんなが探していたのは、この核だったようだ。
今まで見ていた核と違って色が赤い。赤褐色というのだろうか、赤というにはくすんでいる印象だ。
パライさんはそれをスピネルさんに渡し、腰袋に入れさせるとみんなに声をかけて、降りてきたばかりの階段を上って地上へと戻った。
そうして僕の初めてのダンジョン攻略は、とてもあっさりと幕を閉じた。
ゼノン市街地に戻ってきてすぐに、パライさんと二人での行動になる。
ほかのメンバーは別の組合からの依頼を受けてきたらしく、その報告へ行くので別行動になるそうだ。
「えっ、その…、組合って、冒険者組合だけじゃなかったんですね。」
「あぁ、もちろんだよ。大きなものでは商業組合、情報組合、教会組合なんかが有名だね。
変わり種では各種研究組合とか、テイマー組合とか色々さ。それぞれのトップは定期的に会議をしているそうだよ。ま、俺らには関係のない話だけもね。」
ただし組合の掛け持ちは申請が義務付けられているから、気を付けるように注意をつけ足して、パライさんは説明を終えた。
僕はと言えば、冒険者組合以外はいまいちピンとこずに、ただぼんやりと聞き流し「そ、そうなんですか…。」と気のない返事を返すにとどまった。
組合のゼノン市街地支部へ入り、依頼完了の報告をする。受領した時と同じく、パライさんが先に手本を見せてくれた。
パライさんに預けていた、僕が受けた依頼分の素材を受け取ると、緊張しながらカウンターへ持っていく。
「こんにちは。本日のご用件は?」
「いっ、依頼の完了報告ですっ。」
受付の男性はいかにも高級そうな丸眼鏡をクッと押し上げると、やや緩慢な動作で書類を引っ張り出す。
「冒険者カードの提示を。それと、ご報告いただく依頼の概要は?」
「は、はいっ。えっと、オオカミの牙が…」
「あぁ、オオカミからとれる素材の収拾ですね。確かに受けられてますね。では提出を。」
言われた通り素直にカードを提出し、依頼の内容を口にしようとしたら、冒頭を言いかけたところを冷たい声に遮られた。
緊張でそう感じただけかもしれないが、早くしろと責められている気がして焦る。
顔が熱くなるのを感じながらも、これ以上煩わせてはいけないと、手にしていた布袋をカウンターに置く。
職員の男性は再度眼鏡を軽く持ち上げ、何故か胡乱げな目で僕を見ると、鼻で軽い溜息を吐いてから袋の中身を改めた。
「皮が1、2、3枚に、牙が5本。それから…尾が2本ですね。えぇ、確かに受け取りました。ではコチラの書類にサインをお願いします。」
男性は素材をカウンターの奥に引っ込めると同時に、書類を取り出して、サインを求めた。
説明をしてくれないため、僕はなんの書類なのかもわからないままサインする。
さらにその書類と交換に、丸銅銭5枚と別の書類が出てきた。
「ではこちらが今回の報酬、丸銅銭5枚です。確認したらこちらにもサインを。」
5枚程度なら数えなくてもパッと見でわかる。
僕は銅銭に触れることなくサインをした。
それを見ていた男性はまた、冷めた目で僕を見下ろしたが、それ以上特に何かを言われるでもなく書類だけをしまい込む。
報告の終了を告げられ、それ以上そこに居たくなかった僕は肩を縮こませながらすごすごと去る。
僕は布袋と報酬の銅銭を持ってパライさんの元へと戻った。
だがパライさんの顔を見ると、何やら難しい顔をしている。
何かマズかっただろうか??
パライさんの顔を見上げると、目があった途端苦笑いで返される。
「ニケ、報酬の確認や渡す素材の確認は必ず行った方がいい。”組合”は信用を大事にする組織ではあるけど、中には不正を働く人がいるのも事実だ。それに、世の中には詐欺を働く人なんてゴロゴロいる。そういった事に対して自衛を出来るか否かで、その人の能力を判断する時もあるからね。」
「そ、そうだったんですね…。気をつけます。」
だからあの職員は冷めた目を向けてきたのか、と僕は納得する。
恐らく組合員と冒険者の両者で確認するのが、暗黙の了解なのだろう。
僕が相手に完全に任せっぱなしだったことを考えると、確かに溜息を吐かれても文句は言えないことをしていたらしい。
しょんぼりしてパライさんの靴先を眺めていると、ポンっと頭に手を置かれる。
半ば反射的に見上げると、ニッコリと笑みを浮かべた彼と目が合う。
「大丈夫。いい勉強になっただろう?こうやってやってみたいとわからない事はたくさんある。次から気をつければいいだけだよ。そんなに気を落とさないで。」
そういって僕の髪を軽くかき混ぜたパライさんの手は少し重たかった。