第11話 やっぱり何かが……
ベケット神殿跡地に入ってから出現したモンスターは、ほとんどがスライムだ。
僕はといえば、スライム相手ではやれる事なんて無くて、ただみんなに引っ付いていくだけ。
パライさんの動向にも注意したかったが、モンスターに警戒する事ですでにいっぱいいっぱいだ。
せめてダンジョン内で僕に害が及ぶようなことをされないように祈るばかりである。
しばらくスライムを倒しながら奥へと進んでいく。
ある程度進んだところで、カチリと聞き覚えのある音を耳が拾う。
「お、やっとオオカミが出てきたね。ニケ、今回はこれを使ってごらん。」
そう言ってパライさんが手渡してきたのは、何やら液体の入った紫色の瓶だ。
栓まで全てガラスでできた瓶は、自身の色の為に中の液体がどんな色か判別がつかない。
少し傾けてその流動をみるに、水と同じくらいサラッとした液体のようだ。
僕は説明を求めてパライさんに視線を戻す。
「あの、これは?」
「昨日買った身体能力アップのポーションだよ。主に筋力や脚力に影響があるとされてるんだ。最低位の物だけど、ニケはポーション類の効果が高まるスキルを獲得したから、オオカミ程度ならこれでも充分役に立つはずさ。倒す必要はないから、少しでも傷をつけておくんだ。そうすれば、ミストを吸収できる。」
「は、はい」
ど、毒じゃないよね?というか、やっぱり僕も戦うのか...。
そりゃそうか、僕の受けた依頼だもんね。
正直言って、前回のことがトラウマ気味でものすごく怖い。
今度こそ命にかかわるような、大きな怪我をするかもしれない。
それでも、ミストを吸収するのは僕のためになるんだ…、と自分に言い聞かせ、前回も初撃はうまくできたはずだからと奮い立たせる。
瓶の栓を抜き、ツンとした匂いに一瞬顔をしかめるが、ゴクリと唾を飲み込んで一気に煽る。
ハッカより更に辛く、口の中に清涼感を残しつつ舌にピリリとした感覚が残る。
「あの、飲みましたが、その、あまり実感がわかないような...」
「ははは、レベルが低い上にポーションも品質悪いからね。自覚があるほどには変化しないんだね。」
パライさんがそういって笑う。
えぇ、飲んだ意味あったのかすごく不安なんだけど...。
そう思いながら、暗闇から姿を現したオオカミに目を向ける。
喉をならし、警戒を露わにする一匹のオオカミに、ナイフを抜いて対峙する。
落ち着け、大丈夫。すぐ後ろにはトルマリンさんたちもいるし、大事にはならないはず。
前回もミストを吸収できる程度には傷つけられたし、大丈夫。
「すぅ、はぁ、よし。いきます!」
僕が両手でナイフを握り込み、同時に走り出す。オオカミは態勢を低くして、唸り声に殺気がこもる。
トルマリンさんがやってたみたいに、兄さんがやってたみたいに。
決して伝説では無いけれど、僕だけの英雄を強く強く、思い描く。
あとはそれを、ただなぞればいい。
さっきの薬のおかげか、身体がよく動く。
オオカミの鼻先が、僕の喉に触れようかというタイミングで、僕の体は横へ逸れる。
そのまま、斜め後ろに構えていたナイフに、オオカミの胸が刺さる。
「ビャッ」
驚愕8割、痛みによる反射2割と言った情けない声が聞こえる。
それを認識した瞬間と、腕を重い衝撃が襲うのは同時だった。
「いっ…」
痛みにあげた僕の声は、寸前のオオカミの声とほぼ同じものだった。
慣れない上に、見様見真似な動作では不完全な部分があった為に、無理な負荷のかけ方で、オオカミの体重がかかったらしい。
腕は明らかに不調を訴えている。
強い痛みに呻きつつもオオカミに向き直ると、すでにパライさんがトドメを刺しているところだった。
「ご苦労様、ニケ。君は避けるのだけは本当に上手なのに…ほら、腕をスピネルに見せて。初心者でこれだけ出来れば充分ではあるけど、ナイフもモンスターの身体刺さりっぱなしだし、トドメもさせてなかったから、一人だったら丸腰な上に腕を負傷した状態で戦闘を続けるはめになってたよ。避け方はほぼ満点だから、攻撃の仕方を学んでいこうね。」
「す、すみません…。よろしくお願いします。」
「避け方や攻撃を出すタイミングがなまじ玄人レベルなものだから、戦闘スタイルと戦闘経験に差がありすぎるんだろうね。不思議な動きをする…。ただまぁ、ニケはまず基礎からだなぁ。」
なんて苦笑いしたパライさんは、オオカミから引き抜いた僕用のナイフを丁寧に拭いた後、その布で刃の部分を包み、僕に渡す。
ミストが入ってくると同時に、薬の効果が切れたのを感じた。
飲んだ時はあまり感じなくても、効果切れは何となくそうとわかるから不思議だ。
若干体が重くなったように感じる。
「さて、そのナイフで素材を取っちゃおうか。必要なのは確か、牙と爪と皮だったよね?皮は大変だからトルマリンにやらせるとして、まずは牙の取り方から教えてあげる。」
何度か同じことを続け、僕のクエスト達成に必要な分の素材が集まる頃にはある程度素材を採取できるようになっていた。
うーん、僕が勝手に警戒してるけど、こういった冒険者に必要なことはちゃんと教えてくれてるんだよなぁ。
パライさんを横目で盗み見る。
すると視線に気付いたのか、パライさんは僕にウィンクをした。
何かを企んでいるような顔には見えなくて、やはりもしかしたら僕の勘違いなのかもと思いかけた。
ただ、その後視線を逸らしてもう一度横目で彼を見たとき、なんとも言えない卑下た笑みを浮かべた彼
は、何処を見ているとも取れない様子で通路の先に何かを見ていた。
ゾッ
やっぱり、彼は何かがおかしい。
僕は警戒を怠らないようにしようと改めて決意した。
「ニケ、今日はこのままこのダンジョンのボスを倒しに行くよ。僕の受けた依頼がここのボスから取れる素材と、ドロップアイテムなんだ。」
「へ…?ドロップ…ですか?なんですか、それ??」
そう言ってポカンとした僕に、パライさんは丁寧に説明をしてくれる。
「あぁ。ダンジョンには必ず一体以上の、ボスが存在していてね。奴らは倒されると、通常通り取れる素材の他にも、アイテムが見つかる事があるんだ。コレがドロップアイテムと言われるもので、必ずではないけれど、やつらの体の一部とは思えないものが出てくることが多いんだよ。例えば、武具や薬品類、魔道具、珍しい植物や何に使うのかわからないものまで様々さ。僕が受けた依頼は、ここのダンジョンのボス『ハイドスライム』から取れるスライムの『スライムの赤核』と、そのドロップアイテム『マジックポーション』を一つずつ取ってくることなんだ。」
ふむふむと相槌を打ちながら、パライさんの説明を頭に叩き込む。
説明も丁寧だし、先程ポーションをくれたし、僕が警戒するようなことは何もないように思える。
いや、それならそれでいいんだ。それで…。
先程の嫌な笑みを思い出しかけて、首を横に振る。
今は考え事をするよりも、みんなの迷惑にならないように周囲を警戒する方が優先だ。