第99話 天使とカラクリ部屋
激しく衝突を繰り返していたが、ついに決着がついた。
大きな天使が膝をつき、手放した槍が床に落ちた。
ガランガランむなしく転がる音は、主人が土クズに戻りゆくのを、嘆いているようだ。
すべてがただの土に戻ってしまったあと、眩しいほど激しく発光していた白い壁も、穏やかな光を携えるのみとなった。
「ほら、これ。」
師匠が土くれの中から掘り起こした物は、ボスがドロップするアイテムだ。
「天使の、涙?」
「それを使って出来る錬金に、『天使の籠』がある。戦闘系ジョブが持っているパッシブスキルの効果上昇が付与されるから、あとで作ってみるんだぞ。」
「確かこのボスの名前、嘆きの天使……だったけか。すげぇ強いけど、きれいで泣きたくなるな。」
彼の口にした名前は、まさにこの天使に相応しいだろうと。そう思えた。
名付けた人も同じ気持ちになったのだろう。涙をドロップする天使、けれど悲しい気持ちになるのは天使だけではなく……。
――3日後。
「って、良い雰囲気で終わったと思ったのによ!!なんで再誕生すんだこの天使!!」
天使の攻撃を盾でうけながら、ヒロは恨めしそうに叫んだ。
そんなヒロに師匠は、呆れたように肩をすくめた。
「いや、そりゃするだろ。大した難易度のダンジョンでもないんだし。」
たしかにこの世には、ボスを倒すと消えてしまって、二度と挑戦することの叶わないダンジョンもある。
けれども、そういったダンジョンは一般的に、高難易度であることが多いと認知されている。
初心者・中級車が挑戦できる程度のダンジョンで一度きりというのは、聞いたことがない。
「ほらほら、喋ってる間に次来るぞ!」
レベル上げにも、スキル磨きにも効率がいいという理由で、師匠は僕らを何度もこのボスに挑ませた。
実際には別の理由――、討伐回数などの条件を満たすか、レアドロップのアイテム使用などで、隠し通路が出現したりしないかと試しているのだが。
それだけにしては、師匠はやたらと楽しそうだった。
ある程度、天使の攻撃パターンも読めてきたころ、師匠の倒した天使の使用していた盾が、土くれに戻らず、小さくなって床にとどまった。
「お!やっと落ちたか、レアドロップだ。」
師匠の鑑定スキルで見た結果、白い盾の名前は「天使像の盾」。安直ながら分かりやすい。
ヒロが早速装備してみたところ、サイズ感は今まで使っていた物とそう変わらず、ヒロも違和感なく扱えそうだ。
「へぇ、天使が持ってると大盾に見えたのに。ドロップすると随分縮まっちまうんだな。」
「それで、何か見つかりましたか?」
僕の問いに師匠は、首をすくめて横に振った。
「ま、その盾持って、もう一度ダンジョンを一周してみっか。なにか変化した所があるかもしれん。」
師匠の言葉に頷いて、僕らは一度隠し部屋に戻って体力を回復し、準備を整えたうえで、再度ダンジョンに潜った。
周囲に十分注意を払いながら、地図の隅から隅まで調べつくすように歩く。
何度も休憩を取りながら進み、ついには何も発見できないまま、ボス部屋の前まで来てしまった。
僕らの間に諦めムードが漂っていたその時、ヒロは何か思い当たる節があるのか、ボス部屋の扉を調べ出した。
「……やっぱり。よいしょっと、これでよし。
ジェフ師匠、この状態で扉を開いてみてください。」
「む……? 何をしたんだ、ヒロマサ。 まぁ、いい。開けるぞ。」
ヒロは何やら地面でゴソゴソやっていたが、僕らに背を向けていたので、何をしたのか見えなかった。
ヒロの声がけで師匠がいつも通り、天使のガラス細工を扉に投げつける。
すると驚いたことに、扉を開く光の回路。 その色がいつもと異なっていた。
そして、その音も。
以前はヒューンと長く伸びるような音だったが、今回はヒュンヒュンと忙しない。
次いで岩の内部で仕掛けが動いているような、地響きにも似た音が壁中を走る。
怪しげな地響きがおさまると、両開きだったはずの石の扉は、地面に沈むようにして開いた。
部屋の中はさほど変わらず、以前と同じ白い光に包まれた空間だった。
けれど異なる点もある。
「幾何学模様の浮かんだ壁、丸みのない直方体の空間、そして――」
「あの天使が、ろ、6体も……。」
左右の壁に3体ずつ、合計6体が鎮座している。
「はは、なんだ。ボス部屋の入口に答えがあったか。何度も足を運んだ場所なのに、なぜ気づかなかったんだろうな。
で、ヒロ。扉には一体どんな細工があったんだ?」
「あーっと、地面に埋め込まれたパズルがあってよ。それが連携型のカラクリになってんだ。
決まった形になるように弄ってやれば、いっちょ別回路の出来上がりって寸法だぜ。」
「へぇ……? なぜその『決まった形』をヒロマサが知ってたかは、聞かないでおいてやるさ。」
「は、ははは、そりゃありがてーぜ」
師匠はヒロに若干の疑いの目を向けている。
それがなんだか心地悪くて、僕は天使との戦闘について師匠に訪ねた。
「6体となると、かなり厳しいだろう。けど、ここを切り抜けないわけには、いかないさ。
あそこ、みえるか?」
指の先に視線をむけると、床には模様のない場所がある。
まるで「ここに仕掛けがありますよー」と言わんばかりだ。
確かにあそこまで怪しい場所は、他にない以上、ここで戦闘を避けるわけにはいかない。
「でも師匠、どうやって勝つんですか? 2体くらいなら師匠だけでも行けそうですけど、流石に6体は多勢に無勢です。」
「本当なら『お前達は一度外に出ていなさい』と言いたい所だが……。」
師匠の視線に合わせて僕らも振り返る。
さきほど入ってきた扉は、3人全員が部屋の中央に来た時点で、すっかり閉じてしまっていた。
「ニケ、脱出系アイテムは?」
「あ、そっか。……あれ、あれ?! なんで?? 1体の部屋の時は使えたのに、この部屋じゃ使えないです!」
「だろうな」
まるで分かっていたかのように肩をすくめられ、僕も混乱が引いていく。
「中級クラス以上のダンジョンではよくあることさ。特に、難易度が半月を超えるダンジョンのボス部屋は、基本的に脱出系アイテムが使えない。
それがこの世界の理ってやつさ。」
「世界の、理……。」
理。ルール。決まった法則。
賢者の石を手にした者は、その理を歪める力をもつという。
そんな物が手に入るとなれば、確かにみんな血眼になって探し求めるのも納得だ。
魔物が身近にいるこの世界では、「死」というものが、人々の背中にピタリと付いてくる。
『賢者の石』で理を歪めることが出来るなら、それに2歩3歩、後ろを歩かせることだってできるかもしれないのだから。
「しかし、どうしたものかな。」
「床に流す起動用の魔力を少なくするとか……。1体、せめて2体ずつでなら、師匠だけでもなんとかなりますよね?」
「いや、魔力の量は関係ない。流した時点で、天使の像は起動される。1体部屋の時も、私が流していた魔力は最小限さ。」
僕らがうんうん悩んでいる横で、ヒロは黙ってなにやら考え込んでいた。
頭を叩いたり、床の模様をなぞったりと、はたから見れば「考える」というよりも、「思い出す」作業をしているようだった。
そのヒロがパッと顔をあげる。
「ジェフ師匠、少しいいっすか。」