第10話 依頼を受けてみよう
ふらふらと宿に戻ってくる。
どこかへ出かけていったパライさんは未だに帰ってきていないようだ。
よかった。今自分がどんな顔をしているか分かったものじゃない。
もし、この疑心が表情に出てパライさんにバレたとき、なんと言われるかわからない。思い過ごしなら彼は笑って許してくれるだろう。
けれど、もしそうでなかったら?
想像してしまうと余計に不安になる。
違う、違うと言い聞かせる一方で、警鐘は頭の中に鳴り響いたまま。
他のメンバーに嫌悪感を抱いたことはないけれど、あの夜の会話を考えるとみんな怪しく思えてくる。
僕は、倒れるようにベッドに座り込んだ。
しばらくの間ぐるぐると思考を彷徨わせていたが、ドアの開く音がしてバッと顔をあげる。
パライさんかと焦った僕の予想に反して、そこにいたのはトルマリンさんだ。
「少し、いいだろうか」
「え?あ、はい。勿論です。」
沈痛な面持ちで部屋へ入ってきたトルマリンさんは、僕の対面、パライさんのベッドへ腰掛ける。
僕は今までの思考が吹き飛んで、ただキョトンとしていた。
彼は暗い顔で黙り込んだまま、しばらく床を見つめていた。
まるで別れ話を始める前のカップルな様な空気が部屋に流れる。
「ニケ、これをお前に預ける。予測だが、今日から7日間の間に必要になるだろうものだ。それまではしっかり持っていてくれ。ニケが今だと思ったタイミングで冒険者組合の職員に渡してほしい。」
彼はそう言って懐から手紙を取り出した。
僕が受け取ったのを確認すると、パライさんには手紙の存在がバレない様にすること、組合で誰かに渡すまで、手紙を開けてはいけないことの2点を伝えられた。
随分と曖昧な指示ではあるが、そのときのトルマリンさんはとても真剣に僕の目を見つめていて、とても
悪事の計略を巡らせているようには思えなかった。
だから、思わず詳細を聞かずにうなづいてしまう。
「…わかりました。」
パライさんにバレてはいけないという謎の手紙を渡された事で、パライさんへの疑心はさらに深まるが、ここはトルマリンさんを信じてみよう。
きっとこの手紙は僕にとっても大事な物だという予感がしていた。
トルマリンさんの目がそれを訴えているように見えたからだ。
僕が頷いた事に安堵したトルマリンさんは、「話はそれだけだ」と言って部屋を去っていった。
心なしか軽やかさと緊張がおり混ざった様な複雑な声をしていたようだった。
その日、気分が優れないと言って、パライさんと顔を合わせない為にベッドでずっと寝ていた。
外出したことを悟られたくなくて「寝すぎて逆に寝疲れたのかもしれませんね」と力なく笑ってみせた。
存外、信じきっていた様に思える。
明日からは気持ちを切り替えて行動しないと。そう考えながら、僕は眠りに落ちた。
それから2日間は特に問題もなく過ごした。パライさんは普段通りで、僕も出来る限り今まで通りを装う。
最初はパライさんが視界に入るたびぐるぐると余計なことを考えてしまっていたが、2日も経てば自分を騙すことに慣れた。
トルマリンさんをはじめとする他のメンバーと、パライさんなしで話そうとも測ってみたが、どうもパライさんに邪魔される。
これが意図的になのか、偶然が重なった結果かはわからない。
パライさんをよく観察すると、時折目が笑っていなかったり、柔らかい微笑みの裏に不穏な気配を感じたりするように思う。
僕の感じている不安が気のせいか否かは、未だに判断できていない。
願わくば昨夜トルマリンさんから受け取った手紙が、僕やパライさんと関係のないものであってほしい。
翌朝、朝食をとりながらの話し合いで、今日はダンジョンにもぐることになった。
僕のレベル上げと、組合から依頼を受ける流れを体験させることを兼ねているらしい。
パライさんが横で別件を受けているのを見て真似をする。
ちなみに、トルマリンさんたちは組合の外で待っている。
「えっと、この支部はどこに…お、あったあった。おいで、これが掲示板だよ。」
パライさんの手招きに応えて歩み寄る。
組合の入り口から少しだけ奥まったところの壁に、びっしりと紙が貼り付けてある。
それらにザッと目を通すも、文字が読めない僕には何が書いてあるのかわからない。
「これらの紙は書かれている内容によって、色と貼る区画が分けられているんだ。例えば、こっちのピンクの紙は限定依頼。限定依頼は白い紙の恒常依頼と区別するために色分けされている。基本的には掲示板の紙ははがしてはいけないのだけど、限定依頼だけは、受理したい依頼書を剥がして受付へ持って行くんだ。」
パライさんの説明によると、以下の様に色分けがされている。
ピンク→限定依頼、つまり期間限定や1回限りの依頼、数量が決まっている依頼など。
白 →恒常依頼。これはほぼ常に張り出されている依頼で、生産者からの採取依頼が大半を占めている。恒常依頼は「薬草一房につき、丸銅銭3枚の報酬」といった具合に、報酬に関しては基本単位が書かれる。
青 →組合、もしくは街や国など"機関"から出された依頼。依頼内容は書かれておらず、別室で職員から詳細を聞くことになる。この手の依頼は実績や信頼度などで受けられない場合があるために区別化しているらしい。
黄色 →依頼ではない。最近のニュースやその日の天気予報、モンスターの出現情報やダンジョンに関する新しいデータなどが張り出される。当然無断で剥がしてはいけない。
赤 →緊急性や危険性の高い情報、依頼。これは張り出されていることの方が稀だそうだ。こちらも無断で剥がしたり、傷つけたりすることは許されていない上、赤に限っては当該行為を行なった場合は罰則を受ける可能性もある。
張り出し区画は分けてると言えるほど整然とはしていない。
同じ色の紙は、大体同じくらいの位置にまとめて貼ろうね、程度のものらしい。
ただし、基本的に剥がす必要のあるものは下の方、剥がしてはいけないものは上の方に、赤は掲示板中央部に貼る決まりがあるらしい。
貼り出しは基本、1日に3回。
因みにだが、これらの説明は掲示板近くの柱にも貼ってある紙に書いてあるらしい。
冒険者組合は字の読み書きができない人に優しくないんだなぁ。
今の時間の組合は、依頼が貼り出されてから暫く経っているために人がすくないが、多いときは掲示板前だけではなく組合の建物の中全体が冒険者でごった返すらしい。
「ニケなんか押し潰されちゃうかもね。」
なんてパライさんは笑っているが、単なる冗談と笑うにはあまりに鮮明に想像できてしまう話で、小柄な僕は思わず苦笑した。
「さてと、ニケは植物系の採取依頼がいいって言うかもしれないけど、今回はレベル上げも兼ねてることだし、思い切って魔物から採取する素材に挑戦してみようか。」
そう言ってパライさんが指したのは、向かって右下にあるピンクの依頼書だ。
「内容はオオカミの皮が3匹分に、尻尾が2本、牙が5本。 先日ニケが対峙したあのオオカミを、最低でも3匹は倒さなければいけないね。大丈夫、受けた本人しか依頼に関われないわけじゃないからね。僕らも手伝うよ。 ちなみに報酬は丸銅銭5枚。 どうかな?」
「が、頑張ります…」
「 どうかな」なんて聞かれても、字が読めないは僕に、他の依頼を選ぶなんて選択肢はない。
パライさんが読み上げてくれないと、その内容すらわからないんだ。
「うん。決まりだね。 あ、そうだ忘れてた。依頼書には組合が定めた難易度があってね。ほら、右上に文字とマークの、2パターンで書いてあるんだ。内容と難易度をよく見比べて決めなきゃダメだからね。
ま、ニケが文字を読めるようになるまでは僕が決めるから問題ないか。読み書きもそのうち、教えてあげるからね。」
そう言いながらパライさんも、自分の分の依頼書を剥がす。
すぐに教えてくれないのは、やっぱり何か裏があるから…?
浮かんだ疑念をかきけし、パライさんに倣って依頼書を手にし、受付へと向かう。
パライさんの後ろに並んで待つが、受付から少し離れたところに白線が引いてあり、それ以上前に出れないので、何を話しているのか聞こえない。
辛うじてわかったのは、依頼書を受付のお姉さんに渡して2、3言話したあと、何やらペンで書き物をしていたくらいのことだ。
こちらに戻ってきたパライさんに促されて、受付カウンターまで進む。
振り返るとパライさんは、後方の壁に寄りかかって待つ体制に入っているのが見えた。
「あの、これ…依頼を、お願いします!」
「ありがとうございます。えー、依頼内容は素材の採取で、詳細はオオカミの皮3匹分、牙5本、尻尾2本。難易度は『三日月』。期限は3日以内。達成時の報酬は丸銅銭5枚。特筆事項なし。以上、認識に相違はないですか?」
「あ、ありません。」
「では、受理申請書にサインをお願いします。」
あわあわと言われるがままにサインする。
インクは先日も使ったあの特殊なインクだ。
組合のカードに書いたサインを申請書に模写して、なんとか書き終えた。
最後に冒険者カードのサインと、受理申請書のサインが同じ魔力であることを確認して、正式に依頼を受けたことになる。
「では、お気をつけて。いってらっしゃいませ。」
受付のお姉さんにお礼を言って、パライさんと組合を後にする。
パーティメンバーと合流して、僕らは先日潜ったダンジョン、【ベケット神殿跡地】へと向かった。