もーお腹いっぱい
ゴーーーーーン
その鐘の音に思わず注意がそれてしまったのだろう。
『こんぶ』はコインを掴むのを忘れ、コインはそのまま落ちるとコロコロと転がりながら、台から消えた。
咄嗟に転がるコインを手で掴もうと、四つん這いになって追いかけた『こんぶ』は、淵まで行って空を手で掴む。
「フフフ。つまりはそう言うことなのかしら」
『ウメ』はコインの行く末が分からない事に、何かしらの理由を見出したのか、落ち込んでいるのかそのまま固まってる『こんぶ』に言う。
「……ん?あ、すまん。違うんだ、ちょっとここを見て欲しい」
台から乗り出す様にして『こんぶ』は台の下を指差した。
そして『ウメ』も四つん這いになると、淵まできてその指差す先を見る。
「下にも階段があるのね。でも……」
台の下には石らしきものが交互に突き出ており、それを使えば下に降りる事が出来そうではあった。
ただし、その先が真っ暗で大きな穴に繋がっていたが。
だからこそ『ウメ』は言葉に詰まる。
「……なあ、行ってみないか?」
「……」
「実はさっきから鳥肌が立ってる。多分、今から館に入るのはまずい気がするんだ」
「……」
『ウメ』はどう答えるべきか悩んでいた。
『こんぶ』の言う事もなんとなくわかる気がしていた。確かに今から館に入るのは危険なんだと。
だが同時にその危険をもたらす何かに、思いっきりぎゃふんと言わせたい気持ちもあった。
それが例え命懸けであっても。
何故ならあの真っ暗な穴の中に行くのも危険な気がしたからだ。
「どちらも危険な場合、どちらを選ぶのが正しいのかしら」
まるで謎かけのようなその言葉に、『こんぶ』は気軽な気持ちで答えた。
「俺なら未知が多い方が良いと思う」
「なんで?」
「ここに来てから知らない事ばかりで途惑うが、どこかでそれを楽しんでしまってる自分がいることを知る事になった。だから俺は、もっと自分を知りたいのかもしれない」
その言葉は『ウメ』の心に響く。
『ウメ』もどこかでもっと『こんぶ』の事を、知りたいって気持ちがあった。それはきっと凄く大切な気持ちなんだと言う事も、なんとなく分かってしまう。
消えてしまった姉と今この場にいる『こんぶ』のどちらかしか選ぶ事が出来無いというなら、今を選ぶべきなんだと思った。
「なら、行ってみましょう」
その言葉に『こんぶ』は喜ぶ。
同意して欲しい気持ちはあったが、『ウメ』の姉に対する気持ちを考えると、多分自分より姉を選ぶと思っていたのだ。
「なら俺から降りてみる」
「私から降りるわ」
『こんぶ』は真っ暗な穴が危険かも知れないと思い、自分から降りるべきだと考えるが、『ウメ』にしてみたら別の考えで自分から降りるしかないと思っていた。
「いや、なにがあるか分からないから、俺から降りるべきだと思う」
「……あのね、ヒントは私がスカートって事よ」
夜だしそもそも下を見ながらじゃないと降りる事すら困難な場所でも、そんな事を気にするのかと呆れる気持ちもあったが、これ以上は面倒になりそうだったから『こんぶ」は頷くだけにした。
2人は慎重に降りていく。
既に地面の下に入っており、掴む場所や足を置く場所を目で見る事も出来なかった。
それでも手の感覚と足の感覚を使って、少しずつ降りていく。
時折『こんぶ』の足が『ウメ』の手にあたってしまってからは、お互いに声を掛けながら降りていく。
「降りたか?」
「ええ。降りても大丈夫よ」
「降りたか?」
「……多分、地面に着いたわ」
「やっとか」
「フフフ。やっとね」
真っ暗な中で地面を探しながら足を伸ばしてる『こんぶ』の身体を、『ウメ』が触れる。
「うおっ」
「……真っ暗だから、触れていないとはぐれるわ」
言ってる意味は正しいし、実際そうすべきなのも分かるが、『こんぶ』にしてみたら異性に触れられるのがこんなにもドキドキする事だと、初めて知った。
地面に足をつけた後は、なんとなく2人で手を繋いだ。
『こんぶ』は自分の手が汗で濡れてないか気になったが、『ウメ』の方は特に気にした様子は無かった。
「このまま壁に沿って歩いてみましょう」
「ぁあ。そーだな」
若干声を上ずりながら、『こんぶ』は答える。
2人は壁にお互い片手をつきながら、カニ歩きしながら進んでいる。すると『こんぶ』の右手がなにも触れない。
左手は『ウメ』の右手と繋がっている。
思わず立ち止まる『こんぶ』に『ウメ』は声を掛けた。
「何かあったかしら」
「ああ。どうやら別の横穴があるみたいだ」
「フフフ。なんだかワクワクしてきたかも」
「そうだな。それにしても、こんな事なら明かりとして燭台を持って来れば良かった……」
「今から取りに戻ってみる?」
楽しそうに『ウメ』が聞く。
「すまん。無理だな。」
「仕方ないわ。何がどこで必要になるのか分からないもの」
2人は話しながら歩く。
だが、また『こんぶ』が立ち止まった。
「今度は何かしら」
「……不味いかも知れない。なんか足場が無い」
「え?なら引き返すしか……」
どこかで不安があったのか、『ウメ』は消極的になっていた。
「んー。その前にちょっとしゃがんでみないか?」
2人は真っ暗な中でしゃがみ込み、『こんぶ』は右足を地面から離すと、その下に何かないか足を動かしながら探ってみる。
「あ、階段がある」
真っ暗な中だと階段にすら気づかないのだと、改めて2人は知った。
「慎重に進みましょ」
「ああ。それにしても、まさか見えない事がこんなにも大変な事だとは思わなかった」
「そうね。実際体験して分かる事ってかなり大事な事なのかも知れないわ」
「体験と言えば、今頃あの手作りロープウェイを体験してるアイツらは、どうしてるかな?」
「『モモ』と『大根』に怒られてる『レタス』が思い浮かぶわ」
「ははは。それはありそうだ」
「それより私が気になるのは、ここが何の為の場所なのかかしら」
「言われてみれば、気になるな。地面に大きな穴が開いていて、しかも横穴もある。その道には階段があるし、人工的な物なのは間違いないと思うが……」
「そうなのよね。なのに、何の為なのかが想像出来ないのが、とても気になるわ」
「地面の下にある建造物と言えば、地下鉄とかかな?」
「それなら上下水道の方があり得そうだわ」
「……なんだろ、凄く嫌な予感がしてきた」
「奇遇かしら、私も同じ気持ちよ」
階段はほんの数段で終わり、そこからは少しだけ急な下り坂になっていた。
しかも筒のような形状の為、とても歩きにくい。
それは2人にとって、下水管の中を歩いてる気分にさせる。
緩やかにカーブしていたり、直線だったりヘビみたいにウネウネしてる中を歩いていると、どっちの方角に向かってるのか全く分からなくなっていた。
「もし下水管だとして、その先にあるのはやっぱり川かな?」
「普通ならそうだと思うわ。まさか下水処理場だとは思いたくないもの」
「あぁ。確かに……それは勘弁して欲しい……」
話しの最中、2人の耳に音が入る。
ゴオオオオーーーー
獣の唸り声に良く似たそれは、大量の水が流れてくる音。
「フフフ。なんでこう嫌な予感ほど良く当たるのかしら」
「あるあるだ……悪いが少しだけ我慢してくれ」
『こんぶ』は自分の前に『ウメ』を立たせると、背後から抱きつくように両手を『ウメ』の腰に回す。
「フフフ。このまま立ってるより、斜めに座った方がいいわ」
2人はリクライニングシートに座るように、その場に座った。
『ウメ』はまるでシートベルトのような『こんぶ』の腕を両手で大切そうに押さえる。
ゴオオオオーーーー
『こんぶ』の背後から大量の水が襲ってきた。
筒の中にある異物を洗い流すように、大量の水が流れてくると2人を一気に押し流していった……
そして……
そこには誰も居なくなった……
「クックックッアハハハハ。……よりにもよって、下水管扱いされてるわよ」
まだ幼さが若干残る美しい少女は、心底楽しそうに側にいる美女に話しかける。
「失礼な連中です。それよりもお嬢様、これで終わりにしてよろしかったのでしょうか?」
「ええ。構わないわ。だってとても楽しかったもの。それに会場のみんなにも楽しんでもらえたわ。最高の余興よ、褒めてあげるわ。それより、貴女の方こそコレで良かったのかしら?……あの娘、貴女の妹なんでしょ」
お嬢様と呼ばれた少女は、そう言うと賑やかなパーティー会場に目を向ける。
そこには大勢の人の姿に似た方達が、巨大モニターに映し出された映像を見ている。
字幕付きのそれは、まるで映画そのものだった。
「それはそれは……恐悦至極。ですが、妹といっても私がまだ人間だった頃の話。こちらでかなりお世話になっておりますが、時間の流れが地球とは違うみたいですね。まさかまだあんなに若い姿をしているとは……それに、かつての妹の幸せを奪う気にはなれません」
「そお?まあ貴女がそれで良ければ、私は何も問題ないわ。それにしても貴女の妹は逸材よね。特にラストの、あのウォータースライダーを下水管扱いしたのは最高よ」
「……かなり苦労して作った傑作を……本当に失礼な妹です」
美女の嘆きは、主人であるお嬢様の笑い声と会場の賑やかな空気の中に消えていった。
「さて、そろそろメインゲストをお迎えしましょう」
「畏まりました……お嬢様」
美女はうやうやしくお辞儀をすると、その場から離れていく。
その姿を見ながら、少女は呟いた。
「食べる側と食べられる側、彼らはどちらを選ぶのかしら……彼らが私たち夜の一族に仕える者として相応しいといいわね……」
少女は背中から生えてる羽根を楽しそうにパタパタ動かしている。
その音に片方だけ耳を向けながら、少女の足元で丸く寝てる黒い獣は軽く欠伸をすると、また眠りについた。
【ウメ】
日の丸弁当の名前は伊達じゃない。
食欲を増進させる効果を発揮し、周囲に活力を与えることができる。
おにぎりの具材でも、常に上位をキープできる実力者。
こんぶとの相性もかなり良く、合わさる事で1つの味覚を確立させるぐらい素晴らしい存在だったりする。
【こんぶ】
昆布ダシとして、居なくても影響を与えることができる隠れた実力者。
おでんもいけるし、おにぎりの具材だって大丈夫な奴。
酢昆布などお菓子としてもロングセラーで、女性や子供にも人気がある。
だが場所によっては海藻を食べ物として見ていない所はかなりある。
そういう場所では、敵対的侵略植物として脅威を振りまく面もある。
【あとがき】
ここまでお読み下さいまして、誠にありがとうございます。
これにて、食材たちの物語は完結となります。
この先の彼らについては、皆様のご想像にお任せ致します。
少しでも楽しんで頂けたのなら、私としてはとても嬉しいです。
では、また何処かで見かけましたら、その時はよろしくお願いします。