余り者の食材たち
目の前で行われた残劇を、ただ観戦する事しか出来なかった者達がいた。
そこに並ぶ顔は悲壮を浮かべており、何も言わずただそこにいる。
「ねえ、これからどーするの?そのままじっとしてる気?」
ベランダにいる彼らに『ウメ』は問いかける。
「どーするって、どーしようもないだろ……」
『レタス』は諦めていた。『きゅうり』の事もあり、半ば自棄になっていたから逃げ遅れた。まさかそれで残劇から逃れる事になるとは思っていなかったのだ。
「本当にこのままここに居たら、死ぬのかな?だって、外は確実に死ぬんだ。なら、何処かに隠れた方がいいと思う」
『こんぶ』は消極的な事を言う。
「……だから……ダメって言ったのに……」
『モモ』は部屋の中に座ったままだ。
「ここも危険です。ですが、闇雲に外に出るのも危険です。」
『大根』はショックを受けたままだ。
部屋に残されたのは、彼ら5人だけとなった。一度に20人近くが一気に殺された。それも驚くほど呆気なく。
「ねー、皆んな。これを見てくれないかしら」
『ウメ』は手にアンティークなスタンドを持ち、それを皆んなの方に向ける。
「それがどーしたんだ?」
そう聞く『レタス』は心底どうでもいいと思っていた。
「ここを見て」
スタンドのフードには絵が描かれている。『ウメ』の指さす場所は、何かの風景だった。
そのままスタンドを回していくと、建物がありベランダみたいなものが描かれている。しかも、その下の地面には人らしきものが寝そべっており、その側にペットらしき獣の絵も描かれていた。
「……なんだ、これは?……これじゃまるで……」
『こんぶ』はその絵がまるでたった今起きた残劇と被って見えた。
「ベランダから落ちる事も、獣に襲われる事も予定調和だと言いたいのですか?」
怪訝そうな表情を浮かべながら『大根』は『ウメ』に聞く。
「いいえ。実際、事前にこの絵を見ても、庭で飼い主とペットが戯れている絵にしか見えなかったはずよ。今だから分かるの。つまり、この絵みたいに何かヒントがあるかもしれない」
「……ヒントを見つけたらタマゴを助ける事も出来るの?」
『ウメ』の言葉で『モモ』の目に生気が戻る。
もしタマゴを助ける事が出来るなら、『モモ』はなんでもするつもりだった。
もう一度会いたい。
そして交わしたい言葉があった。
「探してみる価値はあるんじゃないかしら?少なくとも、ここでジッとしてるよりは遥かに価値があるばずよ」
『ウメ』の言葉で、ここに居る皆んなに力が湧いてくる。
「……なあ、関係ないかもしれないが……」
『こんぶ』が何かを言いかけてやめる。
「なによ!ハッキリ言いなさいよね!」
元気になった『モモ』が苛立ちながら言う。
「……俺たちが初めてなのかな?」
「?」
何を言ってるのか意味が分からない。
そんな表情を皆が浮かべてる中、『ウメ』は驚きの表情を浮かべ、『こんぶ』の言葉を補足する。
「そうよ!こんな事も想像出来なかったなんて……、確かにもし私達以外にもここに来させられた人達が居たら?もし、私達以降にここに来させられる人達が居るとしたら?……私なら、何かメッセージを残しておくわ」
「つまり何かメッセージがあるかも知れないって事か?」
「ええ、そして私達も何かメッセージを残すべきじゃないかしら」
「生憎財布なら持ってるが、ペンなんかは持ってないぞ」
「あ、包丁やナイフならあるので、それで壁に傷で書くとかどうでしょうか?」
「学校の机にする落書きじゃあるまいし、壁に傷があったら普通修復すんじゃ……」
「いえ!あり得るわね。例えば何か絵で壁を隠しているとか」
「あ、食堂に大きな絵が沢山飾ってありました」
「じゃー、まずは、皆んなでそこに行こうぜ」
そして皆んなで食堂に向かおうとする時、館のなかに大きな鐘の音が響きわたる。
ゴーーーーーン
ゴーーーーーン
ゴーーーーーン
それは11回続いた。
5人は急いでロビーに戻ると、皆あの大きな時計を見る。
短針が11らしき場所にあり、長針が12らしき場所にある。
もっとも実際には数字ではなく、何かの模様だったが。
「急ぎましょ」
その『ウメ』の言葉に、皆頷きながら走って食堂に入った。
そこは初めて『大根』が『アジ』と入った時と変わっていた。
明らかにテーブルの上の料理が増えている。ざっと見ても20人ぶんの料理が、テーブルの上に用意されている。
「?」
それに『大根』は気づいたが、それが何を意味してるのか分からず、またそれを伝える必要があるのかも分からなかった。以前の『大根』なら、何も考えずに口にしていたが、『アジ』の事があり不用意に口にする事を躊躇う。
「どーかしたの?」
「あ、いえ。なんでもないです。」
思わず『ウメ』にそう答えてしまう。
そして『ウメ』もその返答に、それ以上気にする事をやめてしまう。
5人は絵の前に立って、思わず見上げてしまう。
絵は縦2m横3mほどの大きな物だったが、それよりも豪華な額縁の重量を皆んなは想像してしまう。
「これ、持ち上がるのか?」
「試してみるしかないでしょ」
『レタス』の愚痴を『モモ』がばっさり終わらせる。
「そーね、両脇に2人で真ん中に3人で持ち上げてみましょう」
『ウメ』の提案を受け、『レタス』と『こんぶ』が両脇に立って残りが真ん中に立つ。
「せーの」
その掛け声で持ち上げると絵は少し上に上がって止まる。
途端グラグラとバランスを崩したのを、『レタス』と『こんぶ』が倒れてくる絵をなんとか支えていた。
「ちょ、重い!マジで重い!」
「……キツイ」
2人の弱音をBGMにしながら、『ウメ』は隙間から壁を覗きこむ。
「……薄暗くてハッキリしないけど、この絵の裏には書いて無さそうね」
「おーけー、戻すぞ!」
すぐに『レタス』はそう言って、絵を元に戻す。
隣を見れば『モモ』も『大根』も余りに予想より重かったらしく、言葉を失っている。
「これを後、4回やるのか……」
『こんぶ』のぼやきは、等間隔にスペースを空けて飾られている残りの絵に向かっていた。
「まだなんとか持ち上がる重量だったことを、今は喜ぶべきよね」
ポジティブ過ぎる『ウメ』の発言を聞き流しながら、それでも5人は次の絵を持ち上げる。
二枚目の絵の後ろも壁には何も書かれていなかった。
だが三枚目の時に『ウメ』が声をあげる。
「ちょっとそのままジッとしてて」
残りの4人は腕をプルプル震わせながら、引きつった顔で『ウメ』を見ていた。
「おい、なんかあったのかよ」
「……ええ。書いてあったわ」
「マジでか!」
「もう、戻して大丈夫よ」
5人は絵を直ぐに元に戻す。
そして、『ウメ』が話すのを待つが、直ぐに話してくれない。
「ねえ、何が書いてあったのか教えてよ!」
『モモ』の言葉を聞いて、『ウメ』が答える。
「カタカナで、カゼタチイノリソトヘノミチって書いてあったわ」
「?」
「なんでしょうか?」
『大根』だけではなく、皆んな頭にハテナマークが付いていた。
「風達祈り外への道って、風に祈れば外へ逃げれるって事なんだろうか?」
「風に祈るってなんだよ」
「意味分かんないんだけどー」
「そもそもなんでこんな暗号みたいなんだよ!普通に答えを書けよ!」
『レタス』の怒りは真っ当だった。
皆んな頷きながら、これを書いた奴に頭にきていた。
「そうよね、わざわざ分かりづらくする理由がないもの。だからこれも分かりやすくなってるはずなのよ」
「分かりやすくねー、風が吹くところがヒントなんだろうか?」
「ここに来てから風を感じたのは、あのベランダだけなんですけど?」
「では、祈りがヒントなんでしょうか?」
『大根』の言葉を聞いで、ふと『こんぶ』は気づいた。
「……もしかして、あそこかな」
相変わらずの曖昧な言い方に、『モモ』がツッコミする。
「あそこで分かるほどこの場所に詳しい訳ないでしょ!」
「あ、すまん。なんか二階の右側の突き当たりにある部屋が、何と無くそんな祈りを捧げる雰囲気だったから、つい」
「別に気づいた事を言った事については怒ってないわよ!」
「とりあえず、次はそこに行きましょ」
2人の掛け合いをキャンセルするかのように、『ウメ』が皆んなに言った。
5人はロビーに戻ると、二階を目指す。
その時、彼らの目には時計の針が映っていた。
時間は確実に進んでいる……