アウトドア料理は、ワイルドに
その部屋は二階の角にあった。一階の通路は玄関側だったが、二階の通路は時計側にある。つまり部屋は玄関側に面しており、その窓からの景色は玄関から出ると見えるものになる。
『ピーマン』が『完熟トマト』を背負いながら『プチトマト』と一緒に部屋の中へ入る。
そこは寝室でキングサイズより大きなベッドが2つ置かれていた。ベッドの間にはローテーブルがあり、その上にあるアンティークなスタンドが部屋をほのかに明るくしている。
部屋の中には十数人おり、何人かはベッドに座っている。『ピーマン』はベッドに近寄ると『完熟トマト』をベッドに座らせるようにして、腰を下ろす。
「本当にありがとうございます」
その『完熟トマト』の感謝の言葉を、『ピーマン』ははにかみながら頷く。
そして窓に向かって歩いた。
窓は高さ4mくらいだろうか、とても大きく綺麗なガラス窓だ。それが観音扉みたいに外にむかって開かれていた。
脇に寄せられている厚手のカーテンが、時折吹く優しい風で揺れる。
窓の外はベランダになっている。石で出来たそれは見晴らし台としか思えないほど頑丈な作りだ。
逆にベランダの手摺り部分は木で作られており、かなりこだわった彫刻がほどこされている。
「……これは……凄いな」
『ピーマン』が呟くのも分かる。
そこからの眺めはこの世のものとは思えないほど、幻想的な景色が広がっていた。
空は曇り空と表現するのが野暮に感じるほど、美しいものだ。オーロラを光りのカーテンと例えるならば、この曇り空は光りの絨毯だ。
そこからの淡い明かりが大地を照らしている。
芝生はまるで緑のカーペットに見え、花壇の通路があり休憩する場所すらみえる。
ただ気になるのは、恐らく玄関から真っ直ぐ伸びている花壇の通路、その先が深い森にぶつかっている。
それなのに、森には道らしきものが見えない事と、ベランダらしき部分がここ以外に見えない事だろう。
「おお、大分集まったな!ここから外に出るにはロープが必要なんだ!だがそんなものを探してる場合じゃないよな!そこで、このカーテンを結んでロープにしようと思う。だが1人2人じゃ引っ張っても外れないんだ。そこで皆んなに力を貸してもらいたい」
『じゃがいも』は皆んなに向けて言う。
そして力のありそうなヤツが10人くらいで、カーテンの裾を持ち思いっきり引っ張った。
バリバリ
何かを壊してる音と共に、厚手のカーテンが床にドサッと落ちる。
同じ要領で隣のカーテンも剥がして、二枚のカーテンを丸めるとキツく結んだ。
「これだと足りないな……」
『ピーマン』は呟く。
4mのカーテンを結んだが、結ぶ事でロスが出来たし、手摺りにもキツく結ぶなら実質7m分にも満たないと『ピーマン』は計算していた。
「分かってるよ!とりあえず皆んなで隣の部屋のカーテンも剥がしに行こうぜ!」
若干苛立ちながら『じゃがいも』が提案した。
それから隣のカーテンも剥がしてきたら、そこに結んだ。念の為、予備のカーテンまで持ってきている。
それを手摺りに結ぶと、ささやかながら歓声が上がる。
「よっしゃー!これでここともおさらばだな!」
『じゃがいも』は嬉しそうに言う。
「お?出来たんだ」
丁度そこに『人参』も戻ってきた。
「じゃあ、早速降りようぜ!」
「だな」
そんな『じゃがいも』と『人参』の掛け合いに、『ピーマン』が思わず声をかける。
「おいおい、女、子供から先に行かせるんじゃないのか?」
その言葉で『じゃがいも』のイライラはピークに達した。
「あのさ、お前はさっきからなんなだよ!なに仕切ってんだ?この逃げ道は俺たちが見つけたんだぞ、それを後から来て偉そうに指図してんじゃねーよ!」
『じゃがいも』と『ピーマン』が一触即発な状況に、あえて空気を読まずに『牛肉』が『モモ』を連れて入ってきた。
「お?なんかすげー光景だな!」
その言葉が外の景色についてなのか、それとも険悪な2人についてなのか分からなかったが、それに『人参』も乗っかった。
「まあ、とりあえず『じゃがいも』もそのへんにしてさ、さっさとここから逃げようぜ!」
『じゃがいも』は渋々頷くと、カーテンを引っ張る。
しっかり手摺りに結んであったし、地面まで伸びていた。
「先に『人参』から降りてイイぞ」
「ん?おう、じゃあお先に」
そして『人参』はカーテンのロープにしがみつきながら、器用にスルスルと下まで降りていく。
『ピーマン』は気付く。
『じゃがいも』は自分とよく似たタイプだと。
きっとロープの信用性を確かめる為に、まず『人参』に行かせたんだ。
しかもそれを恩着せがましくしてだ。
計算高い癖を悪用していると言うべきなのか、それとも自分の為に使っていると言うべきなのか。
どちらにせよ自分とは合わないと『ピーマン』は感じた。
その後『じゃがいも』も下に降り、次ぎに誰が行くかになる。
『ピーマン』はそのやり取りから外れて、ベッドに座っている『完熟トマト』のもとに行く。
「あの、これを降りる事は出来そうですか?」
「……どうでしょうか、まず『プチトマト』を背負ってもらう事をお願いしてもいいですか?」
多分降りる事は出来ないのだろう。
「ん?なんだ、そんな事なら俺が婆さんを背負って、『ピーマン』がチビを背負ったらすむだろ」
『牛肉』は簡単に言う。
「最悪、片手で抑えながら、片手でロープを降りる事になるんだぞ」
『ピーマン』がすかさず警告した。
「ははは、余裕!余裕!」
『牛肉』は笑いながら右手で力こぶを作ると、それを見せつけてきた。
『ピーマン』は『牛肉』のこういうところが好きだった。
自分が幼い頃に憧れていたヒーローそのものだ。
既に他にも何人か降りていた。
そこにそれぞれおんぶした『ピーマン』と『牛肉』が並ぶ。
その光景を壁にくっ付いて、しゃがみなから『モモ』は見てる。
ボソボソと何かを口にしながら……
「……ダメなのに……外には……黒いのが……」
だがその小さな言葉は誰にも届かなかった。
『プチトマト』を背負った『ピーマン』が地面に降りた。
2人はこれから降りてくる『牛肉』と『完熟トマト』を見ている。
半分ほど降りてくると音が聞こえる。
ミシッ
ミシッ
ミシッ
ミシッ
そこからはアッと言う間に手摺りはバキバキと音を立ててベランダから外れる。
ドスン
『牛肉』と『完熟トマト』は落っこちた。
咄嗟に『牛肉』は自分が下になるように足から着地して、そのまま前に倒れながら右手で地面を支える。
「悪りぃ、婆さん大丈夫だったか?」
「私の事よりあなたの事でしょ、大丈夫なの?怪我は?」
『完熟トマト』が心配する。
「ま、たいした事はねーな!だが念の為、おんぶは『ピーマン』にしてもらってくれないか?」
『牛肉』の空元気の言葉を、『ピーマン』は拒否した。
「生憎だが、それは無理そうだな」
「なんでだよ!」
背中から『完熟トマト』に降りてもらった『牛肉』が、否定した『ピーマン』を見ると、そこには血だらけになった『ピーマン』がいた。
高さ10mから降ってきた立派な木製の手摺りは、『ピーマン』と『プチトマト』に目掛けて飛んできた。
そして『プチトマト』を庇うようにした『ピーマン』に直撃する。
「おい、『プチトマト』!お前だけが頼りだ!婆さんと一緒に逃げろよ」
血だらけの『ピーマン』が『プチトマト』に言う。
『プチトマト』にとってそれは紛れもなくヒーローの言葉だった。
「うん!」
心配そうな『完熟トマト』を連れて、『プチトマト』は手押しの買い物カゴみたいな役割をしながら、『完熟トマト』のペースに合わせてゆっくりと森に向かって歩き出す。
その光景をみながら、2人は笑った。
どうしようもないくらいの笑顔だった。
「くくく、まさかこんな事になるとは思わなかった」
「ま、こんなもんだろ。ところでそっちはどんな感じだ?」
「視界の半分がよく見えないな、後脱臼したのか左手も動かない。耳鳴りも酷いし、どうにもグラグラして立っているのも辛いな。そっちはどうなんだ?」
「両足をやっちまったし、右手もヤバそうだな」
2人はボロボロだった。
だが2人は笑う。
「最悪なんだが、あれだな」
「ああ、不思議と悪くねーな」
「この後はどーすっか?」
「んー、そうだな。皆んなが森まで逃げるまで見送って、その後にゆっくり考えてみようぜ」
2人は眺める。
『じゃがいも』や『人参』らしき影は、かなり遠くに見えた。
柔らかな明かりに照らされて、皆んなは森に逃げていく。
だが、ソレは現れた。
黒くモヤモヤしたソレは、まるで四足歩行の獣みたいに見える。
ソレは『じゃがいも』と『人参』を一瞬のうちにバラバラに切り刻む。
頭が空を飛び、右手が大地に転がり、左足はその場に残る。
そしてすぐさま他のヤツを襲いだした。
どれだけ逃げても、すぐに、追いつき仕留めていく。
頭から上半身を噛み千切り、胴を咥えては空高くに放り投げる。
次々とまるで他愛ない作業をするかのように淡々とこなしながら、それでいてどこか、楽しそうに仕留めていた。
獣が『プチトマト』を標的にするまで、たいして時間はかからなかった。
「おばあちゃんは大丈夫だから、『プチトマト』は逃げるのよ」
『完熟トマト』の言葉に『プチトマト』は首を横に振る。
「ね、お願いだから言う事を聞いて……」
『プチトマト』は『完熟トマト』から離れた。
その為その場に『完熟トマト』は座ってしまうが、その表情はホッとしている。
だがそれもすぐに変わる。
『プチトマト』は『完熟トマト』と獣の間に立ち、両手を広げて立ち塞がる。
それはヒーローの言葉を信じた勇気だった。
無駄な事かもしれない。
無意味な蛮勇だと言うものもいるだろう。
それでも『プチトマト』にとっては、それは大切な事だった。
ヒーローみたいに助けたい人を助けられないとしても、自分が出来る精一杯の事を今するなら、自分らしくあり続けた証なのだろう。
黒いモヤモヤした獣はそんな2人を、まとめて踏み潰した。
ベシャ
辺りに赤い液体と、細かく千切れた固形物を散乱する。
それはコンクリートにトマトを叩きつけたような光景だった。
『ピーマン』と『牛肉』はそれを黙って見ている。
2人からは笑顔が消えていた。
怒りに満ちた表情は、獣に向けられていた。
「なんとか一矢報いたいところだな」
「ああー」
ボロボロの2人は戦う気だった。
2人以外を全て始末した獣は、ゆっくりと2人の方に歩いてくる。
2人がその場から動けないとみているのか、ゆっくりとだ。
獣がどんな表情を浮かべいるのか、2人には分からない。
目は口ほどに物を言うの言葉を当てはめるなら、この目がない獣は無言になる。
確かに鳴き声1つあげないし、唸り声もしない。
不気味な程、その獣は静かだった。
地面に横になっている『牛肉』の側までくると、前脚で『牛肉』を踏む。
「ぐおーーーー」
『牛肉』は左手でその前脚をぶん殴る。
「うおりゃーーーー」
『ピーマン』もすかさず右手で殴る。
だがそれは衝撃吸収マットを殴ってるかのように、まったくなんの効果も感じられなかった。
「くそが……」
「俺を食って腹でも壊しやがれ」
それが2人の最後の言葉だった……
【じゃがいも】
肉じゃがやじゃがバターなど、実はかなり家庭的なヤツ。
逆に家族は大事だが、どこかそれ以外と一線を引いている。
ポテトチップスやフライドポテトなど、女性や子供やお菓子好きな方々からも好かれる面を持ってるヤツ。
【人参】
野菜スティックで単独行動も出来るが、本人は基本的にサラダや添え物としての方が合ってる気がしてる。
【牛肉】
食材の王様。
カレーやビーフシチューやステーキなどでじゃがいもや人参と競演する為、本当は2人とかなり相性が良かったりする。
それでもピーマンと一緒にいたのは、どこか気になる部分があったのかもしれない。
【ピーマン】
基本的に嫌われやすいが、チャーハンとか微塵切りにされると食べて貰えるらしい。
本人は、ピーマンの肉詰めを考えた人をリスペクトしている。
その人こそ本物のヒーローだ。
【完熟トマト】
サラダだけではなく、パスタやサラダうどんなどでも活躍してるヤツ。
塩をつけるとスイカみたいな味がするし、フルーツの可能性が……
【プチトマト】
サラダがメインだが、実は手作り弁当でも大人気。
小さくて可愛くて、奥さまにモテモテなヤツ。