ヒーローに憧れて
「今、なにか聞こえなかったか?」
「いや?気のせいだろ」
『ピーマン』の言葉は『牛肉』によってかき消される。
2人は右側通路の二つ目の部屋の中に居た。扉は片方だけ開けたままだったから外から何かの声が聞こえた気がしたらしい。
「それにしても、こんだけ探しても見つからないってことは、俺たちの気のせいだったんじゃないか?」
『牛肉』は『ピーマン』にそう言った。
その発言を聞いて若干眉をしかめさせた『ピーマン』は、軽くため息をつく。
「はぁ、そーかもしれないな」
2人は最初に調べた隣の部屋と、今いる部屋の間に何かの空間があると考えていた。
今いる部屋は書斎というよりは、図書館とでも言えるくらいに広い部屋だ。
所狭しと本棚が並べられており、背伸びしたくらいではとても届かな高さの本棚だった。そこにはビッシリと本が入っているが、背表紙の文字も読めないし中身の文字も知らない。
少なくとも地球じゃないか、もしくは2人が知らない過去か未来の地球の文字なのか、兎に角読めない本に価値はないと、本自体には興味を失っている。
それより気になるのが空間だった。
通路から入れるようになってない以上、この部屋か最初に調べた部屋のどちらかから行けるはずだと思い、ここまで調べていた。
「やっぱアレかな、どれかの本をイジるとそれがスイッチになって、本棚が動きだしそこに道が開かれるとか?」
「あるあるだな」
『牛肉』の言葉に『ピーマン』は同意した。問題はどの本棚のどの本なのか皆目見当もつかないだけだ。
「あ!いた!」
そこに『プチトマト』が現れる。
「?」
「どーした?」
『ピーマン』は首を傾け、『牛肉』が優しく『プチトマト』に聞く。
「なんかね、おばあちゃんが呼んできてって。急いでるって」
訳が分からないが、2人は『プチトマト』について行くことにした。
「もー、早くー」
『プチトマト』は走りながら部屋から出ると、ロビーの方へ曲がる。
その後を『ピーマン』と『牛肉』が怪訝そうについていった。
「おばあちゃん!連れてきたよ!」
「おや、ありがとう。『ピーマン』さん『牛肉』さん急いであの部屋に行ってあげて下さい。あそこから女性の悲鳴が聞こえました」
『完熟トマト』はロビーに座りながら、左側通路の開かれた扉を指差しながら言う。
「おう」
2人は『完熟トマト』に頷きながらその部屋に走り、中に入った。
「おい!大丈夫か!」
「なんだ?どーした?」
部屋の中で床に座りながら泣いている『モモ』に、2人は声を掛ける。
「……ひっく……わぁーーーん」
2人の声を聞いて『モモ』は更に大きな声で泣き出す。
訳も分からない2人はとにかく『モモ』をなだめ続け、なんとか聞き出す。
「教えてくれ、何があった?」
「……ひっく……黒い……ひっ……モヤモヤが……『タマゴ』を……『タマゴ』を……うわぁーーーーーん」
『ピーマン』の問いに対して、頑張って答えた『モモ』だったが、2人にはよく伝わらなかった。
2人は顔を見合わせて、どうするべきか悩む。
このまま放っておく訳にもいかないが、だからと言って貴重な時間を無駄に過ごす訳にもいかない。
そこに走って入ってくるヤツがいた。
「お!ここにも居たか!おい!出口を見つけたぞ!二階の左側の1番奥の部屋だ!扉が開いてるから直ぐに分かるはず!」
『人参』は全力疾走してきたのか、息を荒げながら強く言う。
「本当か?」
思わず『ピーマン』は聞き返してしまう。
「ああ!オレは他のヤツにも声を掛けてくるから、お前らも皆んなに伝えてくれ!」
「おお!任せとけ!」
『牛肉』は強く応える。
それに頷きながら、また『人参』は走って部屋から出ていった。
「なあ、聞こえただろ?とりあえず『モモ』も二階のその部屋に行こうぜ」
『牛肉』はそう声をかけながら、泣いてる『モモ』の左手を掴みながら起き上がらせようとする。
その光景を『ピーマン』は見ると、『牛肉』に話す。
「なら俺は他ヤツに声を掛けてくる。あの婆さんも気になるからな」
「おう、そっちは任せた!」
そして『ピーマン』はロビーに戻る。
そこにはまだ座ったままの『完熟トマト』と側に心配そうにしてる『プチトマト』がいた。
さっきまで着ていたカーディガンを『完熟トマト』は脱いでおり、かわりにその場に来た『大根』がそれを着ていた。
「『人参』から聞きましたか?出口が見つかったらしいので、一緒に行きましょう」
「あら、ありがとうございます。ですが、少し腰を痛めてしまって……この子だけでも連れていっていただけますでしょうか?」
『完熟トマト』は側にいる『プチトマト』の背を軽く押すようにして、『ピーマン』へと誘導しようとする。
「やだ!おばあちゃんから離れないもん」
だが『プチトマト』は直ぐに『完熟トマト』に抱きつく。
「もお、困ったわ……」
そのやり取りを見て『ピーマン』は思い出す。
自分が昔ヒーローに憧れていた事を。だが自分の理想とするヒーローと、自分の癖がどうしても一致せずに諦めてしまっていた。
『ピーマン』は二階への階段を見ると、直ぐに計算する。
一段を約25cmだとして、高さ10mの二階までなら40段、ならば『完熟トマト』を背負っても登れるのではないか。
『ピーマン』は『完熟トマト』の前にしゃがむと、『完熟トマト』に背を向けて言う。
「俺が背負うから、乗っかって欲しい」
「本当に宜しいのですか?」
「ああ、構わない!」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
『完熟トマト』をおんぶしながら、一段一段『ピーマン』は階段を登っていく。
自分の計算高い性格がどうしてもヒーローらしくなくて嫌いだったが、たとえ偽善だと言われも構わなかった。
口先だけで何もしないヤツより、行動する偽善者の方が自分には合っていると思ったのだ。
だが、その光景を間近で見てる『プチトマト』には、その姿はまさしくヒーローそのものに見えていた。