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『アジ』と『大根』



『アジ』と『大根』はふと立ち止まる。かなり先を『レタス』や『きゅうり』が歩いていたが、直角の角を曲がり1つ目の扉の前だ。


「なんか、いい匂いがしませんか?」


『大根』の問いに『アジ』も同じような事を言う。


「なんだろ?美味しそうな匂いだよな」


2人は扉の取っ手をチェックしたら、普通に開けた。

そこはとても広い食堂だった。


バカみたいに広い部屋に、負けないくらいバカみたいに大きく長いテーブルがあり、そのテーブルにはテーブルクロスが二重に重ねられている。


数える気も失せるようなイスの数があるが、その中の2つだけテーブルの上に料理が置かれていた。

それはまるで今調理したばかりと言わんばかりに、美味しそうに湯気が立つ。


「これを見てると無性に腹が減るんですけど」


「そうだろうな」


「食べてみますか?」


「アホか。こんなあからさまに怪しもの口に入れる訳ないだろ」


『アジ』の言葉に同意出来るが『大根』のお腹は非情にもクーと泣く。


「ですよねー」


テーブルの上には幾つも花が飾られている。それが大きな壺に入っているのが丁度いい感じな時点で、テーブルの大きさが分かるだろう。


2人はその花や、壁に飾られた絵を見ながら向こうに見える扉を目指して歩く。


絵はどれも素晴らしく美しい風景画だった。

日差しを存分に浴び、その世界は光に満ちて輝いている。


「この絵って誰の作品なんですかね?」


『大根』の問いに、『アジ』は首を傾げるだけだ。


「……さあな。それが何か重要なのか?」


「重要なんでしょうか?」


『アジ』は理解した。

『大根』に疑問を持つくらいなら、始めから自分で考えたほうが建設的だと。

絵の作者から場所が特定出来るとも思えないし、この絵になにか意味があるか考えるより、まずは出口を探すべきだと結論を出した。


「……まあ、気にかけておこう。」


「そうですね」


そんな他愛ない話をしながら部屋の中にあるもう一つの扉の前に2人は立つ。

部屋と扉の位置関係から、おそらく隣の部屋に繋がる扉だと思われた。


「ここを開けるのですか?」


「ああ。恐らくはキッチンだと思う。」


「あ!武器ですか!分かります!自分の身を守る為に必要な物ですよね」


『大根』の物騒な話も役に立つものだ。『アジ』はただ勝手口から脱出出来ないか調べておきたかっただけだが、確かに武器も必要な物だった。

今のところは敵の姿は見えないが、自分達に対して敵対的関係の存在は把握しているのだから。


「……それも必要な物だな。あと勝手口とかも調べておきたい」


「おお!なるほどです。頭いいですね」


『大根』は無邪気に『アジ』を褒める。それがなんとなく心地よく感じていた。


扉をチェックしてあけたら、『アジ』の予想通りのキッチンがあった。

部屋の中心には作業ようの大きなテーブルがあり、食器棚や冷蔵庫やシンクやオーブンやコンロなどがある。


そして勝手口らしき扉もある。


2人は取り敢えず色々物色すると、お互い包丁を持つ事にした。


「さて、取り敢えず勝手口らしき扉のチェックをしたが、開けてみるか」


「ですです」


『アジ』の独り言のような呟きにも、『大根』はきっちり合いの手を入れる。


『アジ』は勝手口のドアノブを押して開けようとするが開かない。

引いても開かない。

ドアはビクともしなかった。


「なんだこのドアは?」


「なんですかね。もしかして悪質なイタズラですかね」


もし『大根』の言葉通りなら、なるほど悪質だ。まあ、それならむしろ開いたらコンクリートの壁があったほうが効果的ではないか、などと『アジ』は考えていた。


カチッ


ボォウ


音の方を見ると、『大根』がコンロに火を着けていた。


「何してるんだ?」


「あ、この火もなにかの役に立つのかなーと思いまして」


死なば諸共で屋敷に火を着けるくらいしか『アジ』には思いつかなかった。


「まあ、何かの役に立つかもしれないな」


そう答えた『アジ』の視線は、コンロの上にあるフードに移る。


「今は取り敢えず消してくれ」


『アジ』に言われるまま、『大根』はコンロのツマミを回して火を消す。

火が消えたのを確認した後、『アジ』はフードを覗く。


そこには煙突があった。

それもかなり大きな煙突だ。

人一人余裕で入ることが出来るだろう。


『アジ』はコンロに身を乗り出して、更に煙突を観察した。


「どーしたんですか?」


「……もしかしたら、ここから外に出られるかもしれないな」


煙突は途中で斜めになっている為、先まで見る事は出来なかった。

だが人が余裕で入る事が出来るのだから、先がどうなっているのかだけでも調べておく必要があるかもしれない。


『アジ』は自分の考えをまとめると、『大根』に話す。


「この煙突を登ってみようと思う」


「あの……私こう見えても体力には自信がありませんのです」


どう見ても『大根』にスポーツ全般が似合うとは『アジ』には思えなかったが、本人は見た目をスポーツする人に見えているのかもしれない。


「俺が確認してくる」


その『アジ』の言葉に、『大根』は目を輝かせながら頷く。


「凄いです」


『アジ』は履いていた革靴を脱ぐと、靴下も脱いで素足になる。

更にスーツのズボンも折り曲げてハーフパンツみたいにして、Yシャツも袖を捲る。

これで頭にネクタイでも巻けば、立派な宴会芸スタイルと言えるだろう。


その格好でコンロの上に登ると、煙突のところで立ち上がる。

頭だけじゃなく胸まで煙突に入っていた。

これならなんとかなるかもしれない。

『アジ』はよく週末に楽しんだボルダリングみたいな気持ちで、手を伸ばして煙突の中突っ張ってみる。


普通ならベコベコ、バコバコと薄い金属の板らしい音が聞こえるところだが、この煙突はかなり丈夫に出来ているのだろう。

そういった音がしない。


『アジ』は1度手を離してコンロの上に立った状態から、まるでバネをつけるように何度か屈伸すると、思いっきりしゃがみこみ、そこから垂直に飛び上がる。


そして煙突の中に腰くらいまで入ると手を伸ばして突っ張って、更に足を曲げて無理矢理煙突に入った。


「……ふう」


両手両足で煙突内で突っ張ってるため、安定した状態で軽く息を吐いた。


「凄い凄いです」


その様子を見ていた『大根』がべた褒めする。


「このまま登ってみる」


『アジ』はそう伝えると、登りだした。


だが直ぐに大きな音がする。



ガン



ソレは煙突の入り口を塞ぐ。

ソレは太い鉄の格子で5cmほどの間隔で隙間が空いていた。



カチ カチ カチ



ボウッ



コンロに火が勝手に着く。

その炎は徐々に大きくなっていく。


「おい!どうなってんだ?」


『アジ』は煙突から出ようとしたが、鉄の格子に阻まれて出れない。何度も何度も鉄の格子を足で蹴るが、鉄の格子はビクともしない。


「なにしてるんですか!早く登って下さい!」


「登れないんだ!上にも格子がある!」


「……そんな」


炎はドンドン強く大きくなっていく。


「あっちぃーーーー!」


『アジ』の絶叫が煙突内に響く。

『大根』は炎を消そうとコンロのツマミをいじるが全く変わらな。


「どうしよう、どうしよう。そうだ!」


『大根』はフライパンや鍋をコンロに置けばなんとかなると思い、キッチンを探すがあるのは包丁や果物ナイフなど刃物しか見当たらない。


「あーーぢーーーーーー」


『アジ』の絶叫が増す。

コンロの炎は既に高さ1m50cmは超えている。

それでもまだ炎は強く大きくなっていた。


『大根』は着ていたTシャツを脱いで、コンロの炎に被せる。

だが炎はそれをアッというまに燃やして、更に火力を上げていた。

もはや鉄の格子にまで炎は達している。


「ーーーーーーーーー」


『アジ』の絶叫は音階から飛び出し、魂の叫びになっていた。

『大根』は辺りを見渡し、食器棚の中にある重なった皿を見つけると、慌ててそこに行き棚を開こうとするが、開かない。

ガラスで出来た開き戸を包丁の柄で割ると、自分の手がガラスで切れるのも気にせず、皿を20枚ちかく重ねたまま持ち、それをコンロ目掛けて放った。


陶器の皿がコンロ一面に広がる。


すると今までの火力が嘘みたいに、コンロは火を消した。


「……はぁ……はぁ……はぁ……」


『大根』の呼吸は乱れ、額に汗を浮かべている。


「『アジ』さん、大丈夫ですか?火は消しましたよ」


『大根』のその言葉に『アジ』は返事をする事は無かった。

煙突の中で胎児のように丸まりながら、格子の隙間から黒く焦げたモノを見せている。


それが何を意味するかは『大根』にも理解出来た。

いや、理解より先に身体が反応した。


『大根』はシンクに駆け寄り、シンクの中に嘔吐する。


「……うぇ……おぇー…………」


自分の吐いたモノの酸っぱい香りと、そばから漂う焦げた香りが混ざる。


『大根』はその場から逃げた。

一分一秒たりともその場には居たくない、そう思う『大根』はヨタヨタとフラつきながら、漠然とロビーへと歩いて行った。




その後ろ姿は、萎びた大根のようだった。



【アジ】

塩焼きも干物もイケるヤツ。

しかも刺身だって大丈夫!

本人のオススメは、なんと言ってアジのフライ!食堂の定食から弁当までなんでも出来る一線級の猛者。

文武両道を地で行くヤツ。

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