表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

『豚肉』と『豆腐』



真っ赤な絨毯に26人が寝そべっていた。1人また1人起き上がると、彼らの行動は皆似ている。誰もが何故自分が此処にいるのか理解しておらず、混乱していた。


「おい!此処はどこだ!」


「なんで?どおして?」


「意味がわかんない」


言葉に出すヤツもいれば、ただ辺りをキョロキョロ見渡すヤツもいる。


「ねぇ、おばあちゃん。ここどこ?」


「どこかしらねえー」


孫の言葉に祖母は答える。

とはいえ、明確な答えを祖母も知らないゆえ、こんな回答しか出来ないのだろう。


「え?お前なんでここにいんの?」


「いやレタスこそ」


友人達らしきヤツもいる。

彼らの会話で皆気づいた。

自分の名前が食材だと言うことに。

しかも相手がなんの食材名かもなんとなく分かる。

完全な異常状態だった。



ピンポンパンポーン



「お目覚めでしょうか、食材の皆様。本日こうしてお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。今宵の食卓を彩る皆様に、お知らせが御座います。晩餐の調理は順次行っていきますが、0時にまだ残ってしまった場合は、私どもスタッフによって美味しくいただきたいと存じます。もし晩餐のメニューから外れてしまっても、ご安心下さい。それでは、素敵なメニューになる事を願いながら、ゆっくりとお寛ぎ下さいませ。」


館内に流れたアナウンスは、その場にいる者たちに絶望をもたらした。

スピーカーらしきものなど、何処にも見当たらないのに聞こえてくる。

それを不思議に思う人は何処にも居なかった。

それは食材としての名前しか思い出せないからかもしれない。


「はっ、バカバカしい!こんなんは何かのトリックに過ぎない。記憶を違法に操作してるに決まっている!こんな馬鹿げたこに付き合ってられるか!」


そう言うと玄関ドアから外に出ようと歩きだし、重厚なドアの取っ手に手をかける。



ドォーン



爆音と共に『豚肉』は吹っ飛ぶ。

巨体を感じさせないくらい軽やかに宙に浮き、ロビーの赤い絨毯に盛り付けられた。

目が溶けたのかその部分は真っ黒に穴があき煙りを出し、口は煙突のように丸く開かれモクモクと煙りを出していた。


肉の焦げた匂いが辺りに広がっていく。その匂いが香ばしく感じられないのは、同じ食材だからなのかもしれない。


その呆気ない光景は、死より調理と言うべきなのだろう。

唖然としてただ見てる者達や、悲鳴を必死に押さえてる者、そして状況を把握しようとする者達もいた。


『豆腐』はこのあり得ない状況を可能な限り客観的に考えていた。

分からない事は保留し、分かってる事を並べていく。


自分の事を『豆腐』だと分かってるが、それが真実では無いとも感じている。この建物がどこの何かは分からないが、少なくとも空気はあるから呼吸は出来る。吹き抜けのロビーの正面には馬鹿げた大きさの振り子時計がある。これの時間が10時を過ぎたところだった。アナウンスが正しい場合、あと約2時間ほどで死ぬ事になる。



『豆腐』は余りに馬鹿げた事実の羅列に軽く頭が痛くなる。

だが『豚肉』の調理を目の前で見た以上、納得出来なくてもするしかないのだろう。


ならばどうするか?

決まっている、ここから逃げるしかない。

辺りを見渡すと発狂気味に喚くヤツや、『完熟トマト』みたいに『プチトマト』を身体で隠して『豚肉』を見せないようにしてる者もいる。


「これ、このままでいいのか……」


『きゅうり』の呟きに反応して、『レタス』が答える。


「これが『豚肉』を指してるなら、どうしようもないだろ」


そう言いながら『レタス』は『豚肉』を見るが、そこには何も無かった。


「え?どー言う事?」


「俺に分かる訳ないだろ」


『きゅうり』や『レタス』だけではない。他の者達も皆、意味わからない状況を理解出来ずにいる。

もしかして……そう思うには微かに残る焦げた香りが否定していた。


「皆んな!落ち着いて聞いて欲しい。僕は『ピーマン』だ、勿論これが本当の名前では無いが今はこれでいい。大事な事はここから外に逃げる事だと思うんだ。」


『ピーマン』のその言葉にチラホラと「そうだ!」「そうだ!」と同意の声が聞こえくる。

『ピーマン』は同意した相手を見ては軽く頷き、また話しだす。


「そこで、ここは皆んなで協力して脱出しよう!勿論先ほどのような危険な事もあるかもしれない。だから、それぞれペアを組んで脱出方法を見つけ、その方法を皆んなで共有しよう!」


この『ピーマン』のアイデアは皆良いものだと感じた。

もし自分が脱出方法を見つける事が出来なくても、誰かが見つけてくれれば自分も助かるのだから。


もっとも例外は何処にでもいる。

『豆腐』もその1人だった。


『豆腐』は自分ではそれなりに協調性があると思っているが、同時に自己中な部分も自覚していた。

周囲が次々とペアを組んいくなかで、『豆腐』は決めた。



『豆腐』はおもむろに歩き出した。まるで巨大なホテルのロビーみたいな空間。吹き抜け構造のその場所は、天井まで20mありそうだ。そこから何重にも輪を繋げた豪華なシャンデリアが、太い鎖で天井から吊り下げられている。


『豆腐』はそのロビーから階段をくぐるように左側の通路を歩く。


「なにアイツ……」


背後から『豆腐』に対する否定的な言葉がポツポツ出る。


「いーから、ほっとけ」


呆れる声も聞こえてくる。

だが『豆腐』は無言で歩いた。

もちろん『豆腐』にも言い訳はあった。

自分が誰かとペアを組んだ場合、相手に迷惑がかかるかもしれない。だから、1人で行くのだと。

もっともその言い訳自体が迷惑になることまで考え過ぎた結果の、この単独行動になる。

これを理解しろと言われても、無理な話だ。



左側の通路は天井まで10mほどあるだろうか、左手はところどころ窓があり、右手にはところどころにドアがある。

窓はかなり高い位置にあり、かろうじて窓に手を触れる事が出来る高さだった。


『豆腐』はおもむろに窓に触れた。


だがそれは考えていた感触とは異なる。まるでコンクリートに触れたかのようだった。

試しに広げていた掌を丸めて拳を作り、裏拳みたいに手の甲で窓を軽く叩く。



コン、コン



窓の外は角度的に空しか見えない。

ところどころに薄い雲が膜のように広がっている。その合間に見える星の輝きが、薄いベールを照らすスポットライトのように幻想的な空を演出していた。


それらの景色がコンクリートに写し出されてるだけとしか思えない硬さだった。


窓を割って外に出るのは難しいかもしれない。『豆腐』はそう考えていた。

もちろん試す価値はあるが。



通路は文明開化の時に作られたガス灯みたいなものが照らしており、それなりの明るさがある。だからこそ、先までの距離が100mくらいあるのが分かり、同時にうんざりもした。


「一体何部屋あるんだよ……」


『豆腐』が小さな声でぼやく。

最初の扉の前に立つと、嫌が応にも『豚肉』を思い出す。

この取っ手に触れて良いものだろうか?


『豆腐』は取り敢えずズボンに巻いていたベルトを外す。

そのベルトのバックルは金属で、もし『豚肉』が感電したのであれば、これで取っ手部分に通電してるか分かるかもしれない。


取っ手から少し離れた位置から、ベルトを軽く揺らし取っ手に向けて放り投げた。


コツンッ


金属同士がぶつかった軽い音が聞こえ、ベルトは真っ赤な絨毯に静かに落ちる。


「……ふぅー」


思いの外緊張していたらしい。

『豆腐』の口から安堵の息が聞こえる。

ベルトを拾い付け直そうとしてやめた。

まだ他にも開けるべきドアはあるのだ。これが大丈夫だからと他まで大丈夫にはならないだろう。


『豆腐』はそう考えてベルトを丸めるとポケットに無理矢理しまう。

恐る恐るゆっくりと取っ手に手を伸ばし、チョンと触れると直ぐに手を引っ込める。


大丈夫だと分かっていても感電の可能性は『豆腐』に恐怖を刻んでいた。


またゆっくり手を伸ばして今度は取っ手を握る。そして扉を開けようと引っ張るがビクともしない。

だが押してみたら開いた。

なんで開けるときは引いて開けると思い込んでるのか『豆腐』は自重気味に笑う。


扉の片側だけを開けていくとカチャっと音がした。


試しに取っ手から手を離してみたが、扉は開いたままで固定されている。

『豆腐』はこのまま開けておく事にした。

本能的に逃げ道が塞がるのを嫌がったのかもしれない。



その部屋は幾つもテーブルとソファーがあり、広い部屋を贅沢に使って配置されている。どこかのソファーに座ったらウェイターがやってきて、注文したらカフェでも出てくるようなオシャレな喫茶店だと思える部屋だ。


壁の片面にはとても大きなガラス窓があり、そこからは手入れが行き届いた綺麗な庭が微かに見える。


『豆腐』はなんとなく窓に近づき外を眺めようとした。

部屋の中も明るいためガラスには部屋の内部が映り、それが外の景色と重なっている。


窓に近づくにつれて自分らしき人影が窓に映り、それがだんだん大きなハッキリした者に見える。





「……誰だ。」







『豆腐』はその呟きを最後に消えた。



【豚肉】

牛丼界に豚丼として殴り込みをかけるくらいイケイケな奴。

トンカツは最強だと思っており、豚しゃぶは優しい面だ。

豚汁など集団を率いる力もある。


【豆腐】

寒い日には湯豆腐。すき焼きやおでんなど周囲の影響を受け易く、それ故に冷奴のような自分らしさを大切にしてる奴。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ