第三十八篇 龍からの脱出
1分が長く感じられる。リールを巻き始めて4分、シェイが倒れて3分半以上経過した。龍が暴れる範囲も次第に大きくなっている。栗鼠山の魔力はもう限界を超えている。しかし、まだどうにか耐えている。予想された時間は既に過ぎていた。理由は簡単だ。他の魔法使いが力を貸していた。多分、フロールの母親の姉妹、次女と三女が力を貸していたのではないか。ただ、2人とも疲労困憊のようだ。
「エキュル様!?」
ロバがリムジンの扉を開けて連呼する。栗鼠山の本名エキュル・ウォーレル。どうやら、栗鼠山もダウンのようだ。
龍は咆哮する!
「ピンチ!!」
熊沢はリールを一気に巻きながら、龍の反対方向へ走る! 少しでも釣り糸を外へ。龍が自由に行動すれば、釣り糸が切れてしまい、脱出作戦は失敗に終わる!
イオは首飾りを右手で強く握りしめていた。いつでも首飾りを契れるように……。封石の首飾りが無くなれば、イオは……
どっちに転んでもおかしくない。言うなれば、奇跡だろうか。奇跡が起こるのか。ただ、確率的には五分五分で奇跡とは言いがたいのだが……。
「釣ったぁー!!」
熊沢が最後の力で頭から後ろへ転ける。龍の口からルアーが出てくる! フロールとスミシュも一緒だ。
「ぐはっ」
転倒した熊沢は意識が朦朧とする。
さて、龍の口は地上から30メートルほど離れている。そこから脱出するとなると……
2人は落下するのみ! 下はアスファルトだ。フロールは眠っているため、魔法を使えない。
動けるとしたら、メナードリーとイオのみ。だが2人と落下予想地点との距離は遠く、救出は間に合わない。
すると、2人が地面落下する直前にバルーンが出現!
「ギリギリか……」
倒れながらも、シェイがバルーンを魔法で出したのだ。タイミングも魔力もギリギリだった。倒れていた分、少しは回復したか。
メナードリーはスミシュと再会。ただ、スミシュはロバがメナードリーと同一人物であることは知らない。でも、
「スミシュ、無事で何よりだ」
「……もしかして、あなたメナードリー!? 何よ、その格好?」
スミシュは笑った。
呪詛石の呪いが解ける条件、自分の願い事が叶ったことにより、ロバであったメナードリーは光に包まれ人間の姿へと戻る。
フロールが目を覚まし、シェイと熊沢はなんとか立ち上がった。
「呪詛石の呪いが解けたのか……。ということは…」
シェイは、なんとなく分かっていた。2人の本来の寿命は既に終わっている。
メナードリーは言わなかったが、本当の願い事は"生きている間にスミシュの最高の笑顔をもう一度見たい"ということであった。不死となっていた理由はこれだろう。不老の理由は、最高の笑顔に関してなのだろうか。その辺りは呪詛石にしか分からない。
「やっと会えたんだね」
フロールは2人の再会を祝福する。でも、
「ありがとう、貴方のお陰でメナードリーに会えた。本当にありがとうね」
スミシュは実感していた。メナードリーはさらに実感していた。もう長くはない。
栗鼠山が自分でリムジンから降りてきた。それに気づいたメナードリーは
「エキュル・ウォーレル様、旅立つことをお許しください」
深々と頭を下げた。栗鼠山はクルミをメナードリーに渡す。承諾したのだ。
「ありがとうございます」
「2人ともお元気で」
熊沢とシェイも見送る。
「君もありがとう」
メナードリーはイオに言うが、イオは黙って軽く頷き見送る。
周りの空気に気づいてしまったフロールは
「ねぇ? 行っちゃうの? もう少し……」
「いえ、私達はここに長くいすぎました。向こうで、2人仲良く暮らしますから」
メナードリーは優しくそう言った。
フロールの右目から涙がこぼれた。多くはない。ほんの少しだけだった。
「本当に2人仲良くするよね?」
「えぇ、もちろん」
メナードリーが答えた。
2人はだんだん光となる。
「また会えるよね?」
「信じていれば、会えるかもね」
今度はスミシュが答えた。フロールは元気よく、
「また会おうね!」
手を振った。光が空へと舞い、消えるまで……
To be continued…
『メイズ・ラビリンス』に合わせて、この時間に更新です。
呪詛石の願いが叶い、2人が光となりましたが、あの世で2人幸せに過ごせることを祈るばかりです。
次回、最終回です。




