第二十二篇 頬を伝う紅涙
「──あれから毎晩頼みに来た。そんなある日、閃いた」
「祖父の願いを一時的に叶える代わりとして、フロールと俺を引き離すように言ったのか」
シェイは言い難かった。怒りなど当てる相手ではない。感謝など言える相手ではない。
頼み込んだのはシェイの祖父。頼まれたのはマードレ。花屋の店長はラオ。本屋の店長は熊沢兄だろう。
何を言えば良いのか、答えが見つからない。むしろ、答えなどあるのか? 正解が無いとしても、答えがあるのか。
シェイは思った。それらの疑問よりも、まず第一に聞かねばならぬことがあることを。しかし、聞いて答えが返ってくるのか? 答えは分からない。いっそのこと、聞いてしまおう。
「……今、どうなっている?」
複数の疑問がまとまった質問。果たして答えはいくつ返ってくるのか。
「雑な聞き方だな。その前にこれを言っておく。私は君とフロールが再び会うことを許さない。また、今私は時間稼ぎをしている。これらを承知の上で聞くか? まずここは幼いフロールが創った空間だ。フロールとは分離しているが……」
シェイは浮かんだ疑問を訊かない、言わない。いや、訊けないし言えないのだ。何故かは解らない。ただ、話を聞くことしかできない。
「通常、構築された空間は構築者の魔法力を半永久的に必要とするため、構築者と繋がっていることは知っているだろう。しかし、この空間はその関係を断ち切られている。断截空間。この空間は何故存在するのか、その解答は簡単だ。……それは、化け物をここに閉じ込めるため。つまり、フロールの役目が何か分かっただろ? そのフロール達だが、厄介なことに、龍の異空間に飛んでしまった。幻覚を見ているはずだ。これ以上は言わない。お前の役目を理解してもらえたな? この役目を終えたら、フロールに別れの言葉を述べろ。そして、フロールと会うな!」
次の瞬間、シェイはリムジンの中にいた。周りを見渡すと、フロールや熊沢達は意識を失っており、動かない。異空間は幻覚に近い。実体は現に存在する。意識だけが飛んでいる、言い方を換えれば、夢を見ている状態だ。
リムジンから降りると、龍がそれを待っていたかのように、上空から姿を現した。
「空間を紡ぐ。それと同時に、移動系魔法を使う。指定は、龍を含めて……か。結構な魔力を消費しそうだな」
シェイはアスファルトに石を用いて魔方陣を描く。複雑な魔方陣だ、書物を出して何度も確認をした。字が霞んで見えなかった時もあったが、出来る限り冷静になって魔方陣を描ききった。魔方陣は3つ。1つは空間を繋ぎ現実へと導く魔法。1つは移動する魔法。1つは2つをほぼ同時に行う魔法。魔力の消費はおそらく半端なモノではない。シェイが持つ全魔力のおおよそ60%といったところだろう。これにプラスして、細かな技術も必要になり、最低でも70%だろう。いずれにせよ、膨大な魔力を必要とすることに変わりはない。
シェイは目を閉じて一呼吸した後、力を入れる。魔方陣が輝き、1つは朱色、1つは瑠璃色、1つは白色。天へと高く光が放たれ、色を失った。シェイが目を開けると、そこにリムジンは無かった。
「別れの言葉なんて、言えるわけないだろ……」
雨。いや、空は満天の星が輝いている。ならば、この雨粒は……
自分の感情よりも、自分の身体の方が正直だ。泣きたいときは泣けばいい。紅涙、悲嘆の涙が頬へと伝わった。
しかし次の瞬間、激痛に襲われ、目の前の空気に亀裂が入った。空間が割れた。ただでさえ、先程の魔法で膨大な魔力を使って疲労困憊状態なのに、袖で涙を拭い考える。ふと、過去の記憶が呼び覚まされた。昔、フロールから"おまじない"としてもらったモノがある。お守り。フロールがそれを渡すとき、"いつも一緒にいられるように──"と言っていた。つまり、シェイの推測はこうだ。フロールが何らかの魔法を知ってか否か、このお守りにかけたのではないか。しかし、それ以上の推測はやめた。これを理由にまた会えるかもしれない。でも甘い考えだった……
「あれ?」
フロールは首をかしげた。夢から覚めたが、場所は熊沢書店前。リムジンから降りると、豪雪により寒さを感じた。けれど、雪は宙に浮いたまま動かない。
熊沢がリムジンから降りると、
「タイムシフト…」
「?」
フロールが再び首をかしげると、熊沢は咳払いをして
「いえ、何でもありません」
街は時が止まったように、雪だけではなく人や動物も静止していた。熊沢の後方、いやフロールの後方200メートル程の位置で空間がねじまがり、程無くしてシェイが現れた。リムジンに残っていた栗鼠山がそれに気付くと、様子を詮索してロバにのみそれを伝える。ロバはシェイを助け、リムジンに乗せた。一部始終をフロールと熊沢は知らない。2人は熊沢書店の店内を捜索していたからだ。栗鼠山はリムジンの窓に設けられたカーテンをして、外部からの視覚によるシェイの発見を遮断した。
熟、栗鼠山が何者かと考えさせられる。ただの"リスにされた人間"ではなさそうだ……。
さて、店内を捜索するフロールと熊沢は、元だが飛蝗1匹のことどころか龍のことさえ忘れ、店長を探していた。
「いないね? かくれんぼかな?」
「兄貴にそんな趣味がないことは、百どころか万も承知ですよ……」
熊沢は目を細め、冷めたようにフロールへ返答した。キッチンへの扉を開くと、目の前に
「ぎゃあぁぁぁ!? クマぁぁぁ!?」
お前もクマだろ。
「熊沢のお兄さん?」
扉を開けてすぐ目の前に、お盆を持った熊が石像のように固まって立っていた。
「……あぁ、兄貴か」
気付くのが遅い。まぁ、急に目の前に立ちはだかるように現れたら、誰でも驚くだろうけど……。
店内捜索後、
「家宅捜索でも答えは出なかったか……」
お手上げのポーズをする熊沢にフロールは
「あれ? えっと……、メネア君は?」
熊沢はフロールがメネアと呼ぶことに関し、少し沈黙したあと
「はぐれたみたいですね…」
とだけ答えた。フロールの前でシェイのことを話せない歯痒さ……、いや口の軽い熊沢にとって喋れないことは、死に値するほど……らしいので、彼なりに苦労しているようだ。
To be continued…
当時、『紅頭巾4 ~潸然と頬を伝う紅涙~』のサブタイトルが使用された回。ちなみに、紅涙は血の涙というよりも、悲嘆の涙の意味で使用してます。




