9話
「ラインハルト様」
夜の帰り道。家の近くで男性の声に足を止める。
振り返ると、夏だというのに全身を青いコートに身を包んだ男が立っていた。大き目のフードを被っており、顔が半分ほど隠れているが、知った人間だ。
「久しぶりですね。カーウェン先生」
カーウェンは宮廷魔道師で、魔法の先生だ。日本に送ってくれたのも先生である。
「どうしたんですか。こっちの世界に来られるなんて珍しいじゃないですか」
「とぼけないで下さい。こちらの学校とやらはもうとっくに夏休みとやらに入っているはずですよね。なぜ帰ってこられないのです? 国王様も心配なされています」
「すまないな。こちらでもやることがいろいろあって。それに、エルダさんの定食屋がかなり繁盛していてね。手伝ったりもしているし」
「それならば、こちらから人員を派遣しましょう。それらにエルダの定食屋を手伝わせればいい。ラインハルト様が手伝うことはない」
「まぁそう言うなよ。俺も楽しくやってるんだ」
別に宮廷に帰りたくないわけじゃない。父や母の顔も見たい。
こちらに残りたい理由も、夏休みにあわせてアニメのイベントなんかがあったりするてのもあるが、気になる人物が一人いるってのもある。
「ところで、彼女はなんなんだ? カーウェン先生は知っていたんですか?」
「彼女とは?」
「先生もとぼけたりするんですね。知ってるんでしょ? 彼女、エグゼローザのこと」
「ええ知ってますよ。なかなか面白い娘でしょう」
「あぁ面白いね。自分のことを魔王と言っている」
「そう。冗談も上手い」
「冗談? 彼女は魔法を使おうとしたんだぞ」
「使えたんですか?」
「いや詠唱しただけだけど。でも魔力の集まりは感じた。かなり強大な」
「本当ですか。それはかなり興味深い」
「興味深いって、、、彼女はいったいなんなんだ?」
「古い知人の娘ですよ。貴方様と同じでこちらの世界に興味を持たれておいでのようでしたので。ですが若い娘一人での、慣れない世界での生活はなにかと大変でしょう。エルダと一緒ならば安心かと。それに、貴方様のこちらの世界での生活の刺激にもなると思いましたので。若い娘との共同生活、いいものでしょう」
「42だって言ってたけどな」
「あら、そうでしたか? なにより問題なく楽しんでいただけているようで、私も安心しました」
この男、何を考えているんだ?
「父上や母上はこのことは知っているのか?」
「ええ。私の知人の子供を一緒に住まわせると報告はしましたよ。同じ世界からのモノが一緒に暮らしてくれれば、友人となり生活面でも心の面でも助けになるのではと喜んでおいででした」
知人の子供って。魔王だけどな。なんなら俺、あいつの仇だけどな。
「では、ラインハルト様。こちらに帰る意思はないということでよろしいですか?」
「そうだな。今年の夏はやめておくよ。そろそろ夏コミもあるんだ」
「わかりました。ではそのように報告しておきます」
そう言うとカーウェンは、目の前からスっと姿を消した。
カーウェン先生は、昔から何を考えているのかよくわからない人だったが。やはりあの人がマオを差し向けてきたのか。
とりあえず今は、問題なく暮らせている。エルダの定食屋が繁盛しているっていうのもウソではない。実は、定食屋が少し忙しくなったので俺とマオとで手伝っていたら、マオにファンがついてしまい、更に忙しくなってしまったのだ。そういう意味でも、今は帰れない。
「しまったな。バイト要員、お願いするんだった」
俺は、家に戻るとエルダさんに相談することにした。




