5話
「晴人よ。これは酒か?」
「そうだよ。それはビール」
「なぁ晴人よ。これも酒か?」
「そうだよ。それはチューハイ」
「なぁ晴人よ。これもか」
「それもだよ」
「カラフルだな。多彩だな」
マオはニコニコしながら、一つ一つの商品を指差し聞いてくる。
確かにマースフィードの、特に魔族側にはこんなスーパーマーケットのような店はないだろう。
人間側にも小さな商店があるくらいだ。市場に行けば、スーパーの生鮮コーナーくらいには野菜や肉、魚くらいはあるだろうけど。
俺は今、マオと二人で大学近くのスーパーに買い物に来ている。
マオの歓迎会をすることになり、居酒屋を予約することになったのだが、そういえば、葵先輩もダイちゃん先輩もそれほどお金を持っていないのだ。もちろん俺も。
なぜならバイトなんかで稼いだ金はすべて、オタクグッズに消えてしまうからだ。
そこで、スーパーで買って飲めば安上がりと、マオと食料調達に来たわけだ。ちなみに先輩二人は、まだ桜が散ってない場所を探しに行ってしまった。そういえばまだ四月。もう後半だが、まだ桜が残っている場所があるかもしれない。マースフィードには桜はない。花見をしたこともないだろう。ちょうど良い歓迎会になりそうだ。
ビールやチューハイ、ジュースやお茶なんかを適当にカゴに入れていく。
「そういえばマオ。お前いくつなんだ? 酒飲めるのか」
「ん? 私は今年で42才だぞ」
「え? マジで、、、」
めっちゃ年上じゃん。俺はこの間20才になったばかりなのに。まさかのダブルスコアかよ。
「、、、いい歳なんだな」
「何を言ってるんだ? 私は魔族だぞ? 魔族が何千年生きると思ってるんだ。42など、まだまだ子供よ」
なるほど、そういうことか。しかし魔族の中では子供でも、20才を過ぎていれば酒は飲めるのか? そこんところよくわからない。マースフィードには酒による年齢制限はなかった気がする。祖父に20才までは飲むなと言われて、それに従ってはきたが。
「そんなことより見てくれ晴人。私の酒があるぞ!」
そういって持ってきた一升瓶には『魔王様』と書かれていた。
「それはダメだ」
「なぜだ! これはマオウサマと読むのであろう? 私の酒ではないか。まさかこちらの世界に私の酒があるとは」
「ダメだよ、高すぎる。先輩たちから預かったお金ではぜんぜん足りない」
「軍資金が足りんのであれば仕方がないな。いいだろう、こちらの世界で稼いで、いつか飲んでやる」
稼いでってのが、魔王らしくないな。分捕ったりしないところが。
とりあえず、マオ用にアルコール度数の低い缶チューハイを一つ入れておく。
「次はつまみだな。どんなのがいい?」
「お菓子か? 私は甘いのが好きだな。チョコレートとやらは魔性の味だ。あんなものが、魔族界で流行ったら、みんな腑抜けになって、戦争どころか仕事もしなくなるだろうな」
そういいながら、キラキラした目でチョココーナーを見ている。
「でも酒にチョコは会わないだろ。ワインとかなら合うのかな。最近では日本酒にチョコなんてのも聞くが。ウイスキーなんかは、、、」
「晴人、これはなんだ?」
もう話しを聞いていない。ホント、娘と買い物に来ているようだ。
「それはスルメイカだよ」
「スルメイカ?」
スマホで画像を見せてやると、すごく驚いた表情を見せた。
「これはクラーケンではないか。この世界の住人は、我が軍でもかなり強大で優秀なあのクラーケンを大量に仕留めて、酒と一緒に食べるのか。そんな種族なら、我が祖父を単身打倒したと言われても不思議ではないな」
「いやスルメイカはかなり小さいから。そんな危険じゃないから」
それならタコも買ってやるか。
あとで、惣菜コーナーで酢ダコも買ってやった。
◆
「おう遅かったな。もうはじめてるぞ」
そう言いて葵先輩は、缶ビールを掲げた。
葵先輩からスマホに送られてきた場所は大学近くの公園だった。ほとんど桜は散ってしまっていたが、まだ少し残っている。
「もうはじめてたんですか? どこで買ってきたんです?」
「そこのコンビニで買ってきた。葵が待てないっていうから」
ダイちゃん先輩がすまなさそうに言う。
「おぉ、これが桜の木というやつか」
薄暗くなりはじめた公園で、マオは桜の木を見上げている。
「そう、この国では、この時期にみんなで桜を見ながら酒を飲む風習があるんだ」
「そうなのか。魔族の村ではあまり花などは咲かぬからな。興味深い風習だ」
「では、あらためて」
そういって葵先輩は立ち上がる。
「マオちゃんの魔法研究会の入会にカンパーイ」
そうやって、花見兼マオの歓迎会がはじまった。
結局マオは少し酒を飲んだところで酔っ払い、何かはわからないが魔法の詠唱をはじめたので慌てて止めたら、そのままぶっ倒れて寝てしまった。
その後は、いつものごとく葵先輩のアニメ論をダイちゃん先輩と一緒に聞いてお開きになった。
みんなの仲がよくなったかどうかはわからないが、みんな楽しそうにしていたから良かった。
もしかしたら、無理して仲を取り持とうとしなくても、勝手に仲良くなっていたのかもしれない。
その後、葵先輩も酔いつぶれ、花見はお開きになった。
「葵は俺が連れて帰るから、マオちゃんを頼む」
ダイちゃん先輩にそう言われたので、マオを起こして帰ろうとしたがなかなか起きない。
結局おぶって帰ることにした。そういえば、女の子を背負うのなんて初めてだな。
帰り道、背中から寝言が聞こえる。
「母上殿、こっちの世界は良いところですよ」
そうか、魔王と言いつつ、一人の娘なんだよな。
「母上、こっちの世界は良いところですよ」
俺もそう夜空につぶやいた。