36話
マオを抱き抱えたまま着地する。
ここは宇宙船のデッキか。いや宇宙船にデッキがあるのかわからないが。
「大丈夫か、マオ」
意識を失っているのか、しかし息はしているようだ。身体は冷たいが、ほのかな暖かさを感じる。
「間に合ったようだな」
一瞬、マオのことを言っているのかと思ったが、違うようだ。
側で倒れているエストリアが虚空に手を伸ばす。いや虚空ではない、ゲートだ。
先ほどまでマオが縛り付けられていたゲートから、禍々しいとしか形容できないような、化物たちが顔を覗かせている。
「あれが魔界のモンスターなのですか?」
「あんなものがこちらに来たら、マースフィードはめちゃくちゃになるな」
恐怖に怯えた表情でつぶやくイルナに、リディアも答える。
「ハルト様、こちらへ」
そう言ってリナがコンソールに手をかけた途端、船が大きく揺てた。
「「「えっ!?」」」
俺、リディア、イルナの声が重なる。
「いったい何をしたの?」
「私、なんか触っちゃいました?」
「船を起動させてしまったようだな」
エストリアの疑問にリナは疑問で返したが、その答えをリディアが言った。
天井から大きな石が落ちてくるのを、障壁を張って防ぐ。
それ以外の石は、船にガンガン当たっているが、凹みどころか傷もついていないようだ。
さすがはオーバーテクノロジーの宇宙船といったところか。
船は、徐々に上昇する。迫り来る天井に押しつぶされる恐怖と闘いながら必死に頭上に障壁を貼り続ける。
そして船は、外へと飛び出す。眼下には、魔族の町が広がっている。
その中心、エストリアの屋敷があった場所には、大穴が空き、黒いゲートがある。
船はある程度、上昇したところで止まった。
「ん? ここは?」
「気が付いたか、マオ?」
「晴人?」
マオが目を覚ます。
「なにここ、空?」
「なんか、そうみたいだ」
「なんで?」
俺はこれまでの経緯を簡単に説明する。
「魔界、ゲート、お母さん。そんなことが、、、」
落ち込んだような表情を見せるマオ。それにエストリアが声をかける。
「さぁ、私の可愛いエグゼ。こちらにおいで。私と一緒にこの世界を支配しましょう」
さっきまでマオをゲートに磔にしていたとは思えない発言をする。
ゲートに魔力を吸われ、死ぬかもしれなかったのに。
「いえお母様。私は、晴人と共にいたいと思います」
マオは俺の腕から降りると、俺の手を取った。
「晴人の世界を壊させるわけにはいかない。晴人、ゲートを閉じよう」
「わかった」
マオの言葉に俺は頷く。
「でもどうやって」
「ゲートを開けるには、この船のアプリケーションと魔力が必要だった。今度はそれを閉じる方向に持っていくしかないけど、この船の操作なんてわからないわ」
俺の疑問にリディアが答えるが、彼女自身も困惑している。
「魔界の魔力とこの世界の精霊たちの力は本来反発するもの。その二つを器用に使ったのが、ハルトのおじい様、勇者様と聞いているわ。その反発するエネルギーをこの船に叩き込めば、エンジンは暴走する。それをそのままゲートにぶつければ、ゲートは消滅する。かもしれない。かなりの荒業だけど」
「やるか、マオ」
「うん」
俺たちは、剣を頭上へと掲げる。
秋葉原の時と同じだ。空に雲がかかりだす。自然界の力である精霊たちに魔力で働きかける。雨雲を集め、雷を起こす。
「やめろぉぉぉ!」
エストリアがこちらに駆け寄る。
しかし、空から剣へと降り注ぐイカヅチの衝撃に弾き飛ばされ、船から堕ちていく。
「お母さん」
俺は、そのマオの悲しそうな一言に、気持ちを持って行かれそうになりながら、イカヅチのエネルギーを溜めた剣を、船へと突き立てた。
「うおぉぉぉぉぉ!」
毛が逆立ち、皮膚がチリチリ言っているが、そんな俺を、マオの腕が支えてくれる。
しばらくして衝撃があり、船の後方が爆発。黒煙を上げながらゆっくりと堕ちていく。
「脱出するわよ!」
リディアの声に振り向くと、彼女とリナ、イルナの三人が艦橋から飛び出してくる。
そして五人で抱きしめ合うと、リディアは精霊たちを呼び集める。
リディアの呪文と共に、風が巻き起こり、五人の身体は浮かび上がる。
五人で宙に浮かびながら、堕ちていく宇宙船を眺める。
ゲートから這い出ようとしていた巨大なモンスターたちにぶつかりながら、船の先端がゲートの中に少し入ったところで爆発を起こした。
先ほどまでゲートがあった大穴は、さらにその大きさを少し広げたが、そこにゲートはなかった。
「これからどうしましょうか」
リナがぼそっとつぶやく。
「どうする? どうしたい? マオ」
「帰りたい。みんなのところに」
俺の問いに、マオは答える。
「じゃあ、帰るか」
マオは、あえて「みんな」と言った。
ここには、俺と、リナ、リディア、イルナがいる。
でもそこでみんなと言ったということは、マオが帰りたい場所はあそこしかない、と、そう思った。
帰れるかわからない。でも、今ならそれができる気がしたんだ。




