23話
クリスマス。
それは、かつてこの世界で神と崇められた(いや今も崇められているが)男性の聖誕祭。
ただ今では、その男性の信者でなはない人々も、大切な人、大好きな人と共に一年を祝うイベントとなっている。
この世界に来て、まだ二年と経たない俺でも、これだけ世間で盛り上がれば、なぞの高揚感を覚える。
とは言え、去年はまだこちらの世界のこともよくわかっていなかった。エルダさんと二人きりの生活だったため、気がついたらクリスマスが終わっていた。
そして今年こそは何かをしたいとは思うのだが、こちらの世界であまりコミュニティを広げず、オタクライフを満喫している身としては、クリスマスに誰かと会うなんていう予定もあろうはずがない。
マホ研で、冬コミに向けて必死にマンガを描いているマオを見ると、そんなことも言い出しずらい。
マオは似顔絵師のリディア(そういう名前だったらしい。そう言えば名前すら知らなかった)さんの下から戻ってから、ずっとマンガを描いている。
内容は、勇者に負けた祖父の仇を討つため、冒険の旅に出る魔王の話しらしい。なんともマオらしい。
俺も見てるだけなのもなんなので、簡単な作業を手伝っている。最近はそんな感じだ。
マオがマンガを描き、俺がそれを手伝う。葵先輩はそれをチラチラ見ながら、自前のマンガを読み、ダイちゃん先輩は格ゲーをやっている。ダイちゃん先輩も気を使ってか、ヘッドセットをしているので、マホ研内には、ダイちゃん先輩のアケコンを弾く音とマオのペンを走らせる音だけが響き、そして時間が過ぎていく。
「晴人、マオちゃん。そろそろ行こうか」
気づけば、窓の外は薄暗くなっていた。
ん? そろそろ行く?
「へ? どこへですか?」
「何言ってんだ晴人。今日はエルダさんとこでクリスマスパーティーやるんだろ?」
「マジですか? マオ知ってたの?」
「あれ? 言ってなかったか?」
マオの頭上に、キョトンという文字が浮かび上がる。
「カス子がな。調べてくれたんだ。この世界にはクリスマスっていう日があるらしい。それで葵殿に聞いたら、大切な人と食事をする日だそうじゃないか。だから葵殿とダイちゃん殿を誘ったのだ」
そう言いながら、マオは手早く広げた原稿を片付け始める。
「さあ帰るぞ。エルダが美味い料理を用意して待っているはずだ」
「聞いてねぇよ」
そして俺たち4人は、エルダさんの食堂へと向かう。
『臨時休業』の紙が貼られた扉を開けて、食堂に入ると、いつもと様子が違った。
普段はお客さんが座っている、いくつかあるテーブルは中央にひとまとめにされ、その上には、いくつもの豪華な料理がならんでいた。
「おかえりなさいみんな。料理できてるわよ」
エルダさんが厨房から顔をのぞかせる。リナも忙しそうに配膳をしていた。
「葵くん、ダイちゃんくん、クリスマスの料理ってよくわからなくて。調べてなんとなく作ってみたんだけど。お口に合うかしら」
「いえいえお構いなく。とても美味しそうです」
「さぁ、皆さん座ってください。お酒もありますよ」
あまりの豪華さに、入口で棒立ちしていた俺たち4人を、リナが席へと促す。
「晴人様はこちらへ」
そうリナが引いてくれた椅子に座ると、その隣にマオが座る。
「なんであなたがそこに座るんですか」
「いいだろうどこに座っても。なら貴様が座るかカス子」
「そんな晴人様の隣に座るだなんて、恐れ多い」
「ならいいではないか」
「もう、なに揉めてるんだよ二人とも。ならリナはこっちに座ればいいだろ」
そうマオとは反対側をリナに勧め、リナも「では、お言葉にあまえて」と言いながら座る。
「なんで晴人の周りばかり女が集まるんだ」
「じゃあ葵先輩変わりますか?」
「俺は二次元にしか興味ないから」
とかみんな勝手なことを言い出す。
「そういえば、ガイは呼ばなかったのか?」
「あんな奴、呼ばなくて結構です」
俺がマオに聞くと、すかさずリナが声を上げる。
「あぁ、一応声はかけたんだが、なんでも仕事があるから来れないらしい。忙しい男だ」
仕事? あぁ、あれか。そう思い、スマホを開くと、ガイは動画配信サイトのヨーチューブでクリスマス生配信をしていた。ヨーチュー員も大変だ。
「じゃあマオちゃん。乾杯の音頭できるかい」
「なんだそれは」
葵先輩の言葉に、マオは聞き返す。
「今日みんなを集めたのは、マオちゃんだろ? その感謝の気持ちを伝えて乾杯っていうんだ」
「あぁ、以前やった飲み会とやらで葵殿がやっていたやつか。わかったやっていみよう」
そう言って、マオは立ち上がる。
「今日は皆、集まってくれてありがとう。エルダもリナもこんな豪華な料理を用意してくれて感謝してる。リナや葵殿から聞いた話では、今日は自分の大切な者と一緒に食事を取る日のようだ。こちらの世界に来て、皆には本当に世話になった。皆、私の大切な人だと思っている。なので今日は、皆と一緒に楽しみたいと思う。皆、ありがとう。乾杯!」
「「「乾杯」」」
そして、何もない普通の日を過ごすと思っていた今年のクリスマスは、俺にとっても忘れられない、楽しい一日となった。




