20話
昨日来た歓楽街。当然、街の雰囲気は昨日のままだ。すれ違う人々が身に付ける貴金属や派手な服の色が、店の明かりに照らされて夜の街に光り輝く。
こういった街にマオを連れて来たくはなかったが、あの似顔絵師に協力を仰ぐには、彼女に言われた通りにするしかない。
マオに俺の似顔絵を描かせて持ってくる。
そこにどういう意味があるのかわからないが、とりあえず昨日は、帰ったあと早速その話をマオにしたら、すんなり受け入れ、すぐに描いてくれた。
似顔絵師に似顔絵を描いてもらった、と言っても途中までだが、その時はそれほど何も感じなかったのに、マオに似顔絵を描いてもらった時、ものすごく恥ずかしかった。似顔絵を描くってことはこんなにも顔を見られるってことなのかと改めて思う。
ちなみにマオの描いた似顔絵は、それほど上手いとは言えない代物だった。
何か問題が起きないよう、出来るだけマオを自分の側を歩かせる。
そんな心配をしている俺をよそに、マオは街が珍しいのか、あたりをキョロキョロしながら付いてくる。
そしてなんとか似顔絵師の下へとやってきた。
彼女も、昨日と同じくシャッターが降りたビルの前に小さな机と椅子を並べ、フードを頭から被り座っている。
「持ってきたか」
似顔絵は少し顔を上げて、こちらを見ると驚いた表情を浮かべる。
「お前は、、、なるほどな。まぁよい。持ってきた物を見せてもらおう」
俺が勇者の血筋だという事にすぐに気づいたのだ。おそらくマオが魔王だということにもすぐに気づいたのだろう。そんな勇者と魔王が仲良く一緒に、頭を下げに来るという事に驚いたのかもしれない。しかし、そこで何も言わなかったのは、何かを察してくれたのか。
いや、そもそも彼女がマースフィードの人間だということはわかるが、どういった人物なのか、まだ知らない。そのため、彼女が何を考えているのかもよくわからない。
マオから似顔絵を受け取ると、それをしばらく見てから「いいだろう」といって立ち上がった。
「なんなんです? 俺たちにはさっぱり」
「似顔絵には全てが詰まっていると私は思っている。そして似顔絵を見れば、大体のことがわかる。私は、これを見てお前たちの望みに協力してやってもいいと感じたわけだ」
「ホントか。ありがとう。助かるぞ」
マオは嬉しそうに答える。それを見て、その似顔絵が少し笑った気がした。
「ついてこい」
似顔絵師は、手早く机や椅子を片付けると、歩き始める。
俺たちは、顔を見合わせると、慌ててその後を追いかける。
ビルとビルの間の細い道に入り、そのあと曲がり角を何度も曲がる。
一度では絶対に覚えられない。必ず迷子になる。
そんなふうにどんどんと進んでいくと、突然、森の中へとやってきた。
「森? いやこの街に自然公園なんてあったっけ」
「結界か」
マオがボソッとつぶやく。
小さい時に、城で魔法の勉強をしていた時に聞いたことがある。ある特定の位置に結界を張って、鍵となる呪文を唱えてから入ると、そこが全くの別空間となる魔法があると。
「さぁこっちだ」
似顔絵師はそういって、更に森の奥へと進んでいく。そこには、巨大な大木に寄り添うように、小さな家があった。
「ここが私の家だ。お前は絵が描けるようになりたいのだろう? 今日から私と共にここで暮らしながら、修行をしてもらう」
「待ってくれ。暮らしながら? なんの準備もしてきてないけど」
「何か必要か? 必要な物は己の身体だけで十分だろう。紙や筆ならここにある」
「わかった。やろう」
そう言ってマオは、似顔絵師について家に入ろうとする。
「でも俺たちには大学の講義が。まだ夏休みだが、もうすぐ終わりだし」
「それならば、それまでに絵を描けるようになるんだな」
「そうか、わかったよ」
俺も覚悟を決める。そしてその家に入ろうとしたとき、似顔絵師の手によって、静止させられた。
「ちょっとまて。お前はここまでだ。修行をするのは彼女だけだ」
「えっ? マジで? なんで?」
「だってお前からは、絵を描けるようになりたいと感じないし」
そう言えばそうだ。絵が描けるようになりたいと言っていたのはマオだけで、俺はそれに協力していただけだ。
「それにお前は男だろう。女がそうそう男を家に上げるわけないだろう。ましてや、共に暮らすなど」
そこで、男女を出すのか。
「でもいいんですか。マオは、、、」
「心配するな。彼女からは何も感じぬ。感じるのは絵を描けるようになりたいという意思だけだ」
そういうとこ、マオってまっすぐなんだよな。
「じゃあ行ってくるよ、晴人」
そうマオは言うと、二人で家の中へと入る。そして扉を閉めた途端、あたりの木々は消え、コンクリートジャングルへと戻っていた。




