16話
「大丈夫かエリス!」
撮影を受けていた場所で固まっているエリスの下へと駆け寄る。
「ちょ、ちょ、ちょ、何なんですかアレ」
声色が普段の山田尚子に戻っている。驚き過ぎたようだ。
それもそうだろう。突然乱入してきたガイロスとカステリーナが、闘い始めたわけだが、それは、時代劇やヒーローショーの殺陣とは訳が違う。
カステリーナの太刀筋は確実に相手を殺しに行っているし、しかもその速さも異常だ。
それもそのはず、カステリーナは剣術の達人であるだけでなく最高の魔法使いでもある。筋力だけでも格闘家以上あるが、さらに身体強化魔法でバフをかけている。おそらく10kg以上はあるであろう鋼の剣をまるで発泡スチロールかのように振り回している。挙句の果てには、普通なら重量のある長物を振れば身体がそちらに持っていかれるところを、風魔法を使用し、身体の周りに張り巡らせることで、風で振り抜いた剣を受け止め、そこから返したり、途中で剣の軌道を変えたりしている。普通に剣術や格闘術などを学んでいるだけでは、確実に避けられない。
しかしガイロスという男は、それを全てかわしている。それも、身体を動かして避けるのではなく、手のひらで剣を逸らしているのだ。
「なぜだ。なぜ当たらん」
カステリーナの焦りの声にガイロスは、さも当たり前のように答える。
「一応こちとら魔族だからね。そもそもの身体能力が君ら人間とは違うよ。更に言うと、君は身体強化魔法で自身の身体強化をしているようだが、本来魔法とは我々の得意分野だよ。当然私も身体強化魔法を使っている。君の剣の動きくらいわかって当たり前だ」
「それならその手のひらで受け流しているのはなんだ。おそらく硬化した魔力結界を張って受け止めているんだろうが、私もこの剣にあらゆる魔法を打ち消す魔法をかけている。なので受けきれないはず」
「それも聞きたいのかい? まあいいだろう。ヨーチュー員というのは、何せ語りたい人種だからね。教えてあげよう。硬化魔力結界を何重にも張り、それが手に届くまでに流しているんだよ。その剣を見た時に、何かまじないのようなモノがかかっている気がしたからね。きっとそんなことだろうと思った。ただ、あらゆる魔法を打ち消す魔法を剣に纏わせるなんて、恐ろしいことをするね君。そんなことをされたら、どんなに硬いモンスターから弾力のあるスライムまですべて豆腐のように切り刻まれてしまう」
「褒めてくれてありがとう。ならばそのお礼に貴様を切り刻んで麻婆豆腐の具にしてやろう」
カステリーナが剣を袈裟に振り下ろすと、それをガイロスがまたいなす。だが先程まではそこから剣を返していたカステリーナだったが、そのまま振り抜き、今まで剣を受け止めるのに使っていた魔法で集めていた風を破裂させる。それに一瞬ひるむガイロス。たまらず一歩後ろに下がると同時に紫に燃える炎の玉を4つ、カステリーナへと打ち込む。
カステリーナは更に前進。自身も黄色く輝く光球を4つ打ち出し、ガイロスの放った炎の玉にぶつけ、自身後ろで爆発させる。その衝撃波で身体を更に前へと押し出す。剣の柄を前へと押し出すと、勢いそのままに体当たりをする。それにはガイロスも避けきれず、受け止めるとそのまま後ろへと吹き飛んだ。
周りからは「おぉー」と歓声が上がる。みんな、仲の良いレイヤー同士が始めた余興くらいに思っているんだろう。その気になれば、この街一つくらい一瞬で焦土に出来るくらいの二人が、今殺し合っていることをわかっているのは、俺と、向こう側で「いけー、そこだー」と観客の一人になっているマオの二人だけだろう。
「まったく、私の魔法を自身の加速装置にして体当たりしてくるとは。先ほどの麻婆豆腐の具にするために切り刻むと言っていたのはなんだったのか」
ちなみになぜカステリーナが麻婆豆腐を知っているのかというと、祖父が母親の料理を懐かしんで、城の料理長にいくつか作らせたことがあったで、子供のころから城に出入りしている彼女が知っていても不思議じゃないと、断っておく。
「逃げる豆腐を切り刻むんだ。まずは動きを止めるのが基本だろう。料理は丁寧にやらんと危険だと教わらなかったのか?」
「あいにく、君と違って長く生きているものでね。男の一人暮らしが長いと、そんなことも忘れてしまうのだよ」
ガイロスは、服に付いたホコリを払うように身体を少しはたきながら答える。
「君みたいにカワイイ子に『お前をめちゃくちゃにしてやるから動くな』と言われたら、喜んでされるがままにするけどね。SMのMは魔族のMだから」
初めて聞いた。
「『切り刻んでやるからそこを動くな』って言われると、さすがの私でも困っちゃうな」
「SMのMが魔族のMなら、さしずめSは聖戦士のSだな。なら始めようか聖戦士と魔族のSMプレイを。めちゃくちゃにされたいのなら、豆腐じゃなくてひき肉にしてあげる」
「わぁーお。それは魅力的な提案だ」
カステリーナは剣を捨て、握り拳を二つ作るとそれを構える。その拳は当然のごとく淡く光っていることから、これも何かの魔法がかかっているんだろう。
そして一気に駆け寄る、というかまるで瞬間移動のように気づいたらガイロスの目の前にカステリーナがいる形だ。そこから光速の右ストレートが放たれる。
ガイロスも、それを右へとかわしながら、合わせて右フック。
カステリーナはそれを左手で受け止めると、先ほどストレートを放った右腕でガイロスの右腕を取ると、ひねって押し倒す。
それを身体を返して抜け出すガイロス。さらに詰め寄るカステリーナに左回し蹴りを放つが、カステリーナもそれを受け止めつつ、左ブローからの左アッパー。
二人の光速の打ち合いに、会場はさらに盛り上がる。
しかし、そんな二人の殴り合いは、意外な形で終りを告げる。
ガイロスの右ストレートがカステリーナの顔面に入り、少しよろける。
その時、カステリーナと俺の目が合った。
「ちょっとタンマ」
「あっ、ごめん。入っちゃった?」
その軽いノリから、もしかしたらガイロスは少し手を抜いていたのかもしれない。一応は魔族の将というところか。
しかし、話はそういうわけではなかった。
「おいそこの女。いつまでラインハルト様にくっついている。離れろ」
そう言えば、驚きのあまり腰を抜かしかけていたエリスこと山田尚子の肩を、俺はずっと抱いていたのだ。
カステリーナとガイロスの攻防に見入って、すっかり忘れていた。
「えっ? ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ」
「それにしったってくっつき過ぎたろう。ラインハルト様を誰と心得る!」
「ごめんなさい晴人くん。私も甘えちゃって。マオちゃんと付き合っているのかと思ってたら、まさかこんなに綺麗な彼女さんがいたなんて」
「なに? ラインハルト様! マオとかいう女人と恋仲なのですか? それは誰なのです! ラインハルト様ともあろうお方。たとえ側室であっても、それなりの家柄でないと」
「付き合ってないから。ただの知り合いだから」
魔王です。そこにいます。とは言えなかった。
ガイロスをほったらかして、こちらに詰め寄ってくるカステリーナ。
そんな時、助けとなる天の声が響いた。
『このイベントは、あと30分で終了となります。皆様、終了時刻までに退場をお願いします』
その放送と共に、ガイロスとカステリーナのバトルを見ていた野次馬たち、及びエリスのファンたちから喝采が湧き上がった。
気が付くと、ガイロスは女性たちに囲まれ、サインを求められているし、カステリーナもエリスのファンのカメコたちから写真を撮られている。
これでなんとかこの場を収めることができそうだ。
マオも「やんや、やんや」と拍手している。どうやらアイツは今回の目的を完全に忘れているようだ。まあ、マオが暴れず楽しく過ごしてくれたならそれで良かった。
という事にしておこう。




