1話
いつもの廊下を歩き、いつもの階段を登る。
今日は春先にしては、少し暖かい気がする。
この大学に入学して今日でまる一年。今日から二回生だ。
そう魔法研究会。略してマホ研に通い出してから二年目ということになる。
先輩たちは来ているだろうか。後輩は、、、あまり望めないかな。何せマイナーサークルだし。
部室棟の階段を二つ半登る。この部室棟は古く、増改築を重ねているため、いびつな形をしている。二階と三階の間にその部屋はある。俺たちは勝手にそこを中二病の集まる世界、中二階と読んでいる。ダサいが、案外気に入っている。
その中二階に唯一ある部屋。扉には、段ボールが貼ってあり、油性マジックで小汚く「魔法研究会」と書かれている。
マジックと魔法。ちょっとしたこだわりだ。実にくだらないがそこがいい。
扉を開けた。狭い6畳ほどの広さに、長テーブルが一つ。椅子が六つ。少しの魔導参考書の他、大量のマンガとフィギアの収められた本棚。それだけの部屋。それだけの部屋のはずが、異様なものが一つあった。いや一人だ。
少女だ。黒髪、黒いシャツ、黒いスカートを着た、全身黒づくめの少女。姿勢正しく椅子に腰掛けている。扉を開ける音に反応したのか、こちらを向いてきた。
思わず、扉をしめ扉に貼られた段ボールを見直す。確かに魔法研究会と書かれている。
それを確認してから、もう一度、恐る恐る扉を開けた。
やはり少女だ。少女がいる。男子メンバーしかいないマホ研に少女がいるのだ。
彼女は、立ち上がるとこちらに近づいてきた。
「魔法研究会のものか?」
「そうですけど、どちら様?」
「今日この大学に入学した、魔王のエグゼローザだ。この魔法研究会という会がどのような活動をされているのか知りたく、こちらに来たのだが、誰もいなかったので、勝手に中で待たせてもらった。ところで、君は先輩ってことでいいのか?」
一気にまくし立てられる。
「えっと、一応先輩かな。今日から二回生の宮間晴人といいます。よろしく。魔王のエグゼローザさん? 外国の方ってことでいいのかな? ん? 魔王? どういうこと?」
「あぁ私は、こことは違う世界、異世界マースフィードで魔王をやらせてもらっている」
「へぇ、そうなんだぁ。マースフィードで魔王をねぇ。えええええ!」
今日、我が魔法研究会に魔王がやってきた。
それも、めちゃくちゃ可愛い魔王が。
◆
彼女が自分のことを魔王と言ったこと。それに、なぜ俺が驚いたのかは、俺の生い立ちが少し特殊だからだ。
普通なら、ヲタ系のサークルに来た新入生の女の子が「私は魔王です」といったところで「あぁ、イタい娘なのね」で済んでしまうだろう。
でも俺は違う。実は、俺は勇者の孫なのだ。
はい今、俺のこともイタい奴だって思ったでしょ。でも本当に勇者の孫なのです。
今から約五十年ほど昔のこと。俺の祖父、宮間透は田舎のごく一般的なオタク高校生だった。東京の秋葉原に憧れを抱いた祖父は、東京の大学に進学。ヲタ系のサークルに入ると、大学生活の全てをアニメやゲームに費やしたそうだ。
その結果か、ろくに就職活動をしなかった祖父が入った会社はブラック企業。心身ともに疲れ果て、帰り道で車にはねられ死んだらしい。
しかし、気が付くとそこは天国ではなく中世ヨーロッパを思わせる謎の世界だった。
その世界では、人間と魔族が戦争しており、戦況の厳しかった人間側は、古代魔法である召喚魔法を使ったところ、祖父を召喚できたとのこと。
祖父は、どうせ死んだ命と、王様から木の棒と50Gを貰い旅にでると、見事、魔族軍の親玉である魔王を倒したそうだ。
その世界は平和となり、祖父は英雄となると、王の申し出で王女と結婚、王が隠居したあとはその国を治めるようになった。
言ってしまえば、クエスト内容「魔王討伐」前金「木の棒と50G」成功報酬「王女との結婚」だが、明らかに前金だけおかしい。
それから、祖父に子供が生まれ、孫が生まれ。その孫が俺である。
前々から、祖父は元の世界に残してきた家族が心配で、自分を召喚した魔法師たちに元の世界に戻る魔法の研究をさせていたらしい。それが完成し、元の世界に戻ると、当然自分は死んだことになっていて、残された家族は普通に幸せに暮らしていたので、今自分が出て行くと、その幸せを壊しかねないと、そのまま帰ってきて、元の世界に戻る魔法を封印してしまった。
だが、そんな話を聞いた俺は、祖父の世界が気になり、その世界のオタク文化というものがどのような物か見てみたくなった。現王である父にお願いし、俺は、こちらの世界へとやってきたのだ。
つまり俺は、勇者の孫であり、そして彼女が魔王というのもあながち嘘ではない可能性があるのだ。
もし祖父が魔王を倒しきれていなかったのなら。しかし祖父が戦った魔王はもっと禍々しい怪物のようだったという。姿を変えているのか。
それとも、祖父が魔王を倒したとき、実は子供がいて、ひっそり生き延びていたとか。いろいろ考えられる。
そして勇者に恨みを持った現魔王が勇者一族に復讐するために、現れたとか。
そうだとしたら、俺がこちらの世界に来ていることは、王国でも一部の限られた者しかしらない。どこで魔族側にバレたのか。
というか、そうだとして、わざわざ魔王が単身乗り込んでくるか?
よくわからなくなってきたが、しかし恐怖は拭えない。
いくら伝説の勇者の孫だといっても、祖父が魔王と戦ったときの伝説の装備は城にあるし、武術の訓練も多少はしたけど、平和な世の中で、そこまで本腰入れてやらなかったし。
今、襲われたら確実に殺される。日本の教会では絶対復活できない。おそらく神社でも無理だろ。
とりあえず彼女が、どういうつもりでここに来たのか、本当に俺が勇者の孫だということを知っているのかを、まず知る必要がある。
「あの、エグゼローザさん? その、魔王とか、マースフィード? とかっていうのは、よくわからないんだけど、何かのゲームの設定とかかな?」
めちゃめちゃしらばっくれてみる。
「いや、こことは違う世界、マースフィードだ。私はそこの魔王なのだ」
なのだって何? ちょっと可愛いかよ。何か私おかしなこと言ってますかと言わんばかりの目をやめろよ。しかもマースフィードを知らない俺がおかしな奴みたいになってる。いや俺は知ってるよ。だってマースフィード出身だし。なんなら王子だし。でも、この世界の人から見たら、おかしいの君だからね。そこんとこわかってる? わかってないよね?
「そうなんだ。じゃあ今日はここに何しに来たのかな?」
「さき程も言ったが、ここではどのような活動をしているのかと。私は魔王。その辺の者とは比べるべくもないくらいには、魔法を使えるつもりだ。しかしこちらの世界の魔法というものについての知識がなく、どのようなモノか興味を持ったのだ」
真面目か! めっちゃええ子やん。
魔法の研究をしているようだな、私がこの世界の魔法をも扱えるようになり、この世界を支配してくれよう。ぐらい言えんのか、この魔王さまは。
しかし、実のところこの世界に魔法などというものはない。
ここ魔法研究会もそういう場所ではないのだ。
初めは、西洋の魔法、東洋魔術などに興味を持っていた先輩が作ったと聞いている。なので、本棚にもそういった魔導書などもある。しかし今はそんなものを読む人もいない。俺も、魔法と魔術と魔導の違いもわからない。
初代の先輩が卒業されてからは、魔法なんかが出てくるようなTVゲーム好きが集まる場所となり、今ではただのオタクのたまり場と化している。俺自身、ここに入って1年経つが「魔法」というワードそのものを前回、いつ発したのか思い出せないくらいだ。
「えーと、だとすると、ここはちょっと違うかなぁ」
俺がやんわり断ろうとした瞬間、勢いよく部屋の扉が開く。
「おっはよー晴人くん。今日も元気かい? 昨日の『のがにわ』見た?」
『のがにわ』とは、今絶賛放送中のラノベ原作アニメ『勇者の俺が宮廷庭師になった訳』のことである。
勢いよく入ってきたのは、今年で三回生。1年先輩の山崎葵さんである。超ド級のオタクだ。
ちなみに超ド級って、昔ドレッドノートっていうすんごい戦艦があって、それを越えるくらいすごいって意味らしいぞ。
「で、この可愛い娘はだれ?」
事情を説明する俺。
「へぇー、マオ・エグゼローザっていうんだ、変わった名前だね。外国人? 魔法に興味があるのね。じゃあさ、俺の好きなアニメ『魔法戦士マジヤイバー』見る? 古い作品だけど、作画がかなりヤバイんだよね、もちろんいい意味でだよ」
そう言うと葵先輩は、ウキウキしながら本棚からマジヤイバーのVHSを取り出すと、テレビデオに差し込んだ。
そして、なぜか三人でマジヤイバーを見ることになった。
そして、魔王エグゼローザは、マオというあだ名に決定した。