なんか聖女とか言われてますが、私は営業課の死神です
ノルマなんてものを考えた奴は死ねばいいと思う。そんな言葉をぼそりと溢せばすかさず先輩から拳骨を喰らった。先輩に言ったわけじゃないのに怒るなんて短気にも程がある。カルシウム足りなさ過ぎて骨粗鬆症になればいいのに。そして私の教育係別の人になればいいのにと心の底から思う。
「お前、一回激務区間行くか」
「お願いします先輩止めてください私先輩が本当は優しいってことよく分かってるつもりです。顔に似合わず子供と小動物が好きってこと知って裏で笑ってたことあるくらいですから」
「お前って言葉で人生損するタイプだよな」
「今のは褒められたんですか? ありがとうございます」
「今のを褒め言葉と受け取れるお前に殺意通り越して感動するよ」
殺意通り越したら感動になるとか先輩やっぱりめちゃくちゃ変わってるわ。変人揃いって言われてるウチの課の中でも人間一つ飛びぬけて変わってる。先頭を切ってるよね流石先輩。死んでも真似したくない。
「俺もお前には敵わないよ」
「人の心読むの止めて貰っていいですか」
「全部口に出てたぞ」
「……どこからどこまで聞いてました?」
「最初から最後までだな。人生にお別れは済んだか?」
「違うんです。私には逆立ちしたって先輩の真似なんて出来ないから悔しくて言っただけなんです」
必死に言い訳するも意味なく、無情に振り下ろされた拳骨に私はまた目を回した。いくら私が本当は死なないからって手加減しなさすぎる……死なないっていったって痛いものは痛いんだからな! なんで死神に痛覚なんて残ってるんだよばっかみたい!
ご挨拶がおくれました。私、蘇生労働省魂保管局特別回収部死神課の新人死神でございます。肩書き長くてすみませんね。これ覚えるのに三日はかかりましたよね。毎度自分の名刺を見なくては挨拶も出来なかったポンコツですが、最近は先輩がいなくても一人で魂の回収が出来るようになりましたよ。因みに先輩はここ数百年に一度の逸材だそうで、とても重宝されています。だからか私に対しての扱いが何とも雑です。いくら私が久々の新人だからってそこまでビシビシやらなくていいと思うんですよ。背骨折れろ。
「お前のその口の悪さは他の課でも有名だぞ」
「どうせ先輩があることないこと広めたからでしょう。言われもない噂を立てられて悲しむ私の姿は見えないんですかその目はシールですか?」
「俺はあることしか言わない。火のない所に煙は立たぬというように、お前に非かあるからそういう噂が立つんだ」
「私に非。火だけにってか。はは、つまんな」
「とうとう敬語も忘れてきたな」
目は笑ってないのに口角だけは上がって額には青筋立てるとか器用だな。なんてそんな呑気なことを考えていたら突然目の前が真っ白になった。まだ負けてないのに何故だ?!
「ほれ、お前の次の仕事だ。喜べ、今月の集大成を飾れるような大きいものを持ってきてやった。ちゃんと書類目を通して頭に入れておけよ」
「わーいありがとうございます先輩滅べ~」
「もう何も言わんぞ俺は。……明日には業務開始だからな。今から準備してさっさと移動部行ってこいよ。あーあこれで暫くお前から解放されるな」
「悪徳仏頂面と暫くおさらば出来るのは私だって嬉しいですけど、この仕事ちょっと私には荷が重くないですか?」
「お前って悪口挟まないと会話出来ないのか? ……部長から直々にお前にだとよ。光栄に思って笑顔で行って暫く返って来るな。結果だけ残して速やかに帰って来い」
「先輩、矛盾っていう言葉知ってます?」
薄々気づいてたけどやっぱウチってブラックだったんだな……公務員は給料良いし安定性あるって言葉に騙されたよ……やっぱり友達と一緒に騙し課へ入れば良かった……だけどあそこはお父さんに反対されたんだよなぁ……禿げろ……。
「そもそもこの仕事って騙し課の仕事じゃないんですか? なんでウチに……」
「部長がな。折角何千年ぶりにウチの課に女の子が入ってきたんだからそういう仕事もやらせようってわざわざ交渉して持ってきたんだ」
「マジですか。部長って既に禿げてましたもんね。じゃあ娘さんに嫌われろ。パンツ一緒に洗わないでって言われて、授業参観に来ないでって泣かれろ」
「的確に傷つく言葉を言ってくるよなお前は。絶対に部長には言うなよそれ」
「先輩にならいいですか? 年の離れた妹さんに足臭いって言われて暫く距離置かれて下さい」
「お前いつか刺されて死ぬと思うから夜道は出来るだけ一人で歩けよ」
「めっちゃ死んで欲しいんじゃないですか」
気をつけろとかじゃないじゃん。確実に殺しにかかってるっていうかもう先輩自ら殺しにかかるんじゃ? いや、まぁ私も先輩も死にませんけど。これでも死神ですからね。見た目小娘でも、もう数百年生きてるんで。
「でもなぁ。わざわざ空間次元切離装置使ってまで出張しなきゃだなんて……」
しかも中世時代とか。三日で死ぬんじゃ? 死なないのに、死なないはずなのに真水で死ぬかもしれない。もしくは死にたくなるかもしれない。死ねないのにね。笑える。先輩破ぜろ。
「……あ? これ書類違くね?」
移動部空間次元切離課にてサインを済ませた私はその時、今更ながらに書類に目を通した先輩がそんなことを呟いていたなんて、当然知る由もなかった。
「ようこそ聖女様。我が国へ」
「……誰がなんだって?」
てかそもそも、何故私が見える。
転送が終わり書類を改めて見直していると、目の前にいたらしい青年に謎の言葉と共に声をかけられた。一瞬自分の後ろにも人がいるのかと思い振り向くも、その場にいるのは私の青年の二人だけ。ということは今の言葉は私に向けての言葉で間違いないわけだ。
「貴方のことですよ、聖女様。天から降りてきた方を古来から我が国ではそう呼んでおります。貴方は突然天より降り立った光の中から現れた。これはつまり、貴方が聖女様であることの何よりの証拠なのです」
「……いやまぁ、確かに光の中から現れたっちゃ現れたけど……」
その光も、私の姿も。普通の人間には見えないはずなのだ。なら目の前の青年は死神の類か? 一瞬そうは思うが答えは否。青年は人間だ。何故なら私の目には青年の名前と寿命がばっちりと見えている。死神には決して現れないその数字が目の前の青年がただの人間であることを示す確実な証拠。
「私が見えるの」
「……ええ、勿論。もしや本来、貴方様は人には見えぬ存在なのですか?」
「そうね、うん、まぁ。本来なら見えないはずなんだけど……おかしいな。なんか上手く作動してないみたい。あっちのミスかな……」
「本来見えぬ貴方様がこうして我が国に御呼ばれされたのも何かの縁。きっと大きな使命を仰せつかってきたことでしょう」
「もうなんでもいいや。私は仕事が終わればそれで……」
ぼそりと小さく呟いた言葉は青年に伝わることはなかったらしい。その代わり、後ろを振り返ってなにやら人を呼んでいる。もう一人の現れた別の青年にも、やはり私が見えるようで。なんか聖女様がとか、予定通りにとか、上手くやるようにとか、まさかこの距離で聞こえているわけもないと思っての耳打ちなんだろうが、生憎こちらは人とは違う存在。この距離の声ならばっちり聞こえているが、正直会話自体には興味がないので何を言っているのかは右耳から左耳に抜けて今は既に地面に落ちていた。
……あれ、そういえば死神法によれば生きた人間との接触はご法度だった気が……死神帳でブラックリスト入りしている奴以外の魂回収と同じくらい禁忌だって教科書に書いてあったような書いてなかったような……。
でも私の記憶が正しければ、死ぬ間際の人間もしくは一度死んだことのある人間以外は私たちの姿は見えないはずなんだけど。あれ、もしかしてこの青年たち一度死んだの? 寿命はまだあるようだから死に際ってことはないだろうし……。
「、と言うことですので、聖女様。一度王様にお会いしていただきたいのですが」
「え、なんで? どうしてそうなった? 自己解決にも程がある。まさかの当事者を置き去りにするスタイル。友達減って孤立しそうな性格だね」
「……っすみません。説明が足りませんでしたね。王様はこの大陸で最も力の強い我が国の――」
「あー違う違う。別に君たちの王様の説明が欲しかったわけじゃないの。……なんかもう面倒になって来たな。そもそも私は何故彼らから何かの説明を受けているんだ? うん悪いけど、私もう行かなきゃいけないから。それじゃあまたいつか死んだら会おうね。アデュー」
「お待ちください」
「わぁあああ!」
「どこに行かれるのですか。城の外は、危険です」
「君の方がよっぽど危険だよ! 親になに習ってきたの?! 首元は常に人の急所! 例え私が死なないとしても普通に激痛だしその時はそれ以上の苦しみを君に与えるからね!」
進もうとしたらその前に突然やってきた腕に驚いて思わずしゃがみ込んだ。喉の位置に腕突然置いたりしたら危ないでしょそれも進行方向……人を止めるにしても他にやり方ってものがあるだろうに。何考えて日々生きてるの。食べてるものが悪いの?
「すみません。聖女様がお一人で城外に出るなどという危険極まりないことをしようとしてたのでつい焦ってしまって」
「焦った人間のする行動には見えなかったけどね。悪意と殺意が見えたよ」
「……まさか。我々が聖女様にそんな感情を抱くはずがないでしょう」
目、笑えてないよ青年。
結局観念してこの国の王様のところに連れていかれる私。その間も二人の青年は自己紹介やらこの国の歴史なんかを語ってくれたが私には蝉が鳴いているようにしか聞こえなくて頭にはなにも入っていなかった。持っている書類を何枚かペラペラ捲ってみると流石に空気を読んで黙ったみたいだが、横から感じる視線はさりげなく書類の中身を覗こうとしている。一瞬重要機密なので隠そうかと思ったが、流石に私の持っている書類は二人には読めないようですぐに視線を逸らして互いにアイコンタクトをしていた。忍者か君らは。
「どうぞ。この先に王がいらっしゃいます」
「はぁ」
いらっしゃいますと言われても、これでまたその人も私が見えるようじゃ完全に私の視認識完全遮断装置、通称死神バリアが正常に作動していないとしか思えない。まさかのその人も一度死んでますなんて奇跡が起きたら私は逆立ちして一日先輩の後ろを歩いてあげるよ。死んだ方がマシ。
「よくぞいらっしゃいました、聖女様。お待ちしておりました」
「はい……」
うん。もうこれ完全に効いてないね。どう考えても移動部のミスだわこれ。始末書もんだしいつも文句ばかり言われるからここぞとばかりに言ってやろ。あることないこと誇張して噂流してやる。特技は人のあげあしを取ることですって面接で答えて今の課に受かった私の実力を今見せてやろうふはは。
……で、これから私はどうすればいいんだろう。
「ということで、我が国は貴方の身柄の安全を保障します。我が国は近年戦に負けたことはなく、現在大陸にございますどの国よりも安心で――」
なんかよく分からないうちに王様の前に立たされ、敬っているような口調の割には首をあげなくては見えない目線のまま話され、さっきも青年たちが言っていた気がする歴史なんかを捲し立てているが勿論一ミクロンも興味などない。
……てかなんで私、仮にも聖女とか言われてるのにこの国から出ちゃいけないどころか城からも出る時は護衛を引きつれてとか言われなきゃいけないの? 聖女なんだから自由にされてよ。私まだ聖女とか食べたことないからよく分かんないけど。
「もし何かありましても我が国が勢力をあげて聖女様をお守りします故――」
「いや別に、大丈夫ですよ私。こう見えても死なないんで」
「……ここは貴方のいた世界とは違うのですよ聖女様。危険に満ち、命の保証などどこにもないのです」
確かに私のいた世界とは違うけども。こんなところよりも本当の危険に満ちた世界で生きてきたけども。てかそもそも私死なないから……比喩とかじゃなくて死なないようになってるから……。
「貴方の身を案じる我々の想い、どうかご察し下され」
「……」
余計なお世話なんですけど。
その言葉を寸でのところで飲み込んだ私はにっこりと笑って出口はどこですかと聞いて立ち上がった。すると私が部屋に入ってから一度も目が笑っていない彼らは間髪入れずに低い声でお待ちくださいと言って扉を槍で塞いだ。半強制的な目で、なんか変なこと言ってるぞ。言動が一致してないぞ?
あとさっきから王様の隣にいるドレス着た女、舌打ちうるせぇ。全部聞こえてっからな。今のでもう四回目だからな。
(ここで魂の回収ノルマ30人とか、出来る気がしないしもう帰りたいです先輩死ね)
連載を考えていたのですが、全くプロット進まなかったので諦めてプロローグだけ短編風に仕上げました。口の悪い女主人公が好きです。
因みに、設定ではこの国は昔「聖女」を名乗る現代からの転移者に国をしっちゃかめっちゃかにされた過去があるため、表向きは聖女を歓迎していますがその実は聖女を缶詰にして自由にさせないつもりでいる感じです。中には殺しちゃえって過激派もいたり、昔の聖女と今の聖女は違うだろって穏健派もいたり。
上記の設定は色んなパターンで書いてみたいので、思いついたらまた上げていきたいと思います。