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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

災害情報 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 今年も気づいたら、一週間か。本当にあっという間だったな。そろそろ人生に占める、一年の割合が小さくなってきたからかもしれん。

 味わう時はリアルタイム。振り返る時はダイジェストだからな。振り返るのにも同じ時間がかかるんだったら、あっという間なんて誰も思わないだろ。

 でも、同じような体験なぞ、二度としたくねえってもんは多い。身内の不孝だったり、災害の被害だったり……不条理を感じる極みだな。


 対岸の火事って言葉があるのは知っているな?

 他人が大変な目に遭っても、遠くにあるから知らぬ存ぜぬ。かわいそうな面をしながら、その実、面白がっている奴らもいるかもしれない。

 でもよ、それは本当に火事なのか? 火の手が見える、煙が上がる……俺らはそれらを判断材料に火事だと思っているが、全然違うものだったら? 燃える以上の被害が、知らぬ間にこちらの岸を蝕んでいたとしたら?

 そんな風に思っちまう経験が、少し前にあったんだ。聞いてみないか?


 俺がまだ学生だった時だ。

 あの頃の夏前、某国の沖合で地震があったというニュース、覚えているか? 

 俺たちの間でも、翌日、翌々日で話題になった。時事問題に出される有力候補だったからな。

 放課後。自分たちで作った問題を口頭で出し合う中、クラスメートのひとりが浮かない顔をしている。尋ねてみると、親戚がちょうど某国に住んでいるらしいんだ。

 もしや被災したのかと、気の毒に思う空気が漂ったものの、続くクラスメートの言葉は違った。

 連絡を取ってみると、無事だったというんだ。それどころか、地震があったことさえ知らない、と。


 クラスメートも、最初は息災であることを喜んだが、なぜわざわざ、「地震のことなど知らない」と答えたのか。

 まるで言いがかりだと、非難せんばかりの口調。

「学校から帰ったら、もう一度連絡してみる」というクラスメート。俺たちもますます関心が高まり、テレビに注目したよ。

 その晩。件の国では大きい余震があったと、報道がされた。


 翌日のクラスメートの報告では、親戚と連絡が取れなかったとのこと。呼び出し音が延々と鳴るばかりで、応答がなかったそうなんだ。

 俺たちは表向き心配しながらも、内心では事件の臭いを感じて、ニヤニヤしていた。

 電話に出られないというだけで、想像力が膨らむ。ケガ、誘拐、いるとしたら犯人の小細工などなど。

 テレビでは毎日のように、余震の発生が報道された。店のカウンター近くに置かれた、義援金を入れる箱の中身も、じょじょに溜まり始めている。

 親戚をめぐる熱は、一週間ほどでやむ。連絡が取れたらしいんだ。ちょっと立て込んでいて、連絡ができなかったとのこと。

 クラスメートの立場としてもそれ以上は突っ込みづらく、何があったかは分からずじまいだったとか。

 

 それからひと月ほどが経つ。

 毎週、楽しみにしているテレビ番組の最中、地震情報のテロップが画面に流れた。

 ちょうどいいところのキャラとセリフにかぶせられて、不機嫌になる俺。「さっさと消えてくんないかなあ」と頭の中でぼやきながら、続いて表示される文字もチラ見する。

 表示されたのは、俺のいとこが住んでいる地域だった。マグニチュードも5と少し大きめだ。

 階下で母親と思しき、スリッパの音。電話をかけているらしい。

 ほどなく会話が途切れ、階段を上がってくる母親。親戚一家の無事の報告だった。

「それくらいの大きさだったら、平気だよなあ」と思っていたこともあって、さほど安堵感は湧かなかったよ。


 翌日の日曜日。晴れるという予報が外れ、どんよりと黒い雲が立ち込める夕方のこと。

 部活を終えた俺のケータイに、メールが入っている。昨日、地震にあったいとこからだ。

 わざわざ無事を知らせる連絡をしてくれたのか、と内容を見て、俺は首を傾げてしまう。

「地震、大丈夫だった?」とのこと


「いやいや、むしろそちらが大丈夫なのかよ?」という旨を返信。

 部活中に疲れてふらついたことはあったが、あれを地震と呼ぶのなら局所的すぎるだろう。何度か、暗い空がゴロゴロとうなって、雷かなと見上げたことはあったけど。

 二分と経たずに、返事がくる。


「なんかあったの? こちらは地震らしい地震、なかったよ。そっちは震度5って聞いたから、ちょっと気になってさ」


 本気か? と思った。

 震度5といったら、たいていの人が警戒して動作をやめるほどという。命の危険はないだろうと思っていたが、気づかなかったかのような口を聞けるとは、考えづらい。

 そのうえ、ここでも震度5? さすがに誰でも気づく……。

 

 ふと、俺は試したくなった。

 ケータイでいとこが住んでいるところの、昨日の天気を調べる。晴れであることを確かめた後、「無事も無事だ。ところで昨日の天気って、どんな感じだったか覚えてる?」と伝えた。

 待っている間、部活のみんなの様子を眺めていたが、すでに半分くらいが姿を消している。残ったメンツも、地震を感じたようには見えず、のんびりとだべっていた。

 もしも、俺の予想が正しいのであれば……。


 メールの受信音。すぐに開いた。


「確か、一日中曇りだったと思うよ。ゴロゴロと何回か空が鳴ったから、雷かと思ったけど、雨は降らずじまいだった」


 予想通りだ。

 情報がねじ曲げられている。天気予報が外れるのはまだしも、地震の情報をごまかしている誰かがいるんだ。それも、放送内容に手を出せる大物が。

 俺は想像の向くまま文章を打ち、送信してみたが、先ほどまでより長めに待たされた後、「送信できませんでした」と表示される。

 ならばとLINEにしたとたん、文字入力ができなくなった。電話をしても、延々と呼び出し中。

 背筋がじんわりと冷えたよ。先ほどまで動いていたケータイの画面が、いきなり反応しなくなったんだ。

 タイミングが良すぎて、壊れたというより、例の黒幕に目をつけられたと感じたよ。

 もしかしたら、それまでのやり取りを探知されて、何かをケータイに仕込まれたのかもしれない。

 俺はすぐにケータイの電源を切り、学校を後にする。


 少し歩いたコンビニで、俺は唐揚げ串を購入。件の地震に対する義援金箱は、もう半分近くまで溜まっているのが分かった。

 一度、ケータイの電源をつけ、同じように連絡を取ろうとしてみる。キーボードすら表示されず、暗証番号のロックを外せない。

 舌打ちし、駐車場を横切りながら串の唐揚げを頬張っていく俺。肉より脂身が多いものに当たったようで、食べ応えは悪い。

 捨てるのももったいなく、残り二個をとっとと片付けようと、串に食いついた時。

 

 ずん、と揺れた。地面ではなく、空気が。

 すぐそばで、金属バットを勢いよくスイングされた、あの時の何倍も強い。突然のことでたたらを踏み、串の先が口の中で痛む。

 たまらず、べっと吐き出す。半分ちぎれかけの脂身が、串に刺さったまま足元のじゃりにまみれた。串の先端とその脇の地面に数滴、赤い点がこびりついている。

 忌々しげにそれらをしばし見下ろし、俺は家への道を急ぐ。一歩ごとに、右頬の痛みは増しているような気がした。

 帰ってすぐ、洗面所の鏡の前で大口を開く俺。痛みを感じた頬に、血がにじんでいる。すすいで血を取り払うと、小指の先ほどの穴がのぞいた。


 ――串に刺さって、こんな重症になるか、普通?


 水気に触れたせいか、傷からはじんじんと、痛みが絶え間なく発信される。親に泣きごとをいったら、口内炎だと思われたようだ。

「ちゃんとバランスよく食べなきゃだめよ」と、皿に野菜を盛られる。傷に触れないよう、おそるおそる穴が開いていない側で咀嚼していった。ややもすると歯と歯の間に、腫れた肉が入り込もうとするから、おちおち力を入れられない。

 寝る前にはもう、頬が別個に熱を持って、じくじくと苦いものがにじみ出していた。その日は眠れなかったよ。


 次の日も、痛みが治まらない。もう、野菜をどかどか食べさせられるのは勘弁で、できる限りの平静を装って登校。空気に触れるのも辛く、誰とも口を聞きたくない。

 そしてホームルーム。先生が大きい紙袋を引っ提げて、教室に入ってきた。


「先生、昨日ちょっと出かけてきてな。おみやげを買ってきたぞ。他のクラスには内緒。ほれほれ持ってけ」


 袋から取り出したお菓子の箱が、教卓の上で開かれる。みんなは「わっ」と群がった。

 俺自身、口の痛みはあったものの、お菓子の類には目がない。ひょいと手に取ると、包み紙に入った、ひと口大のチョコレートだった。書いてあるアルファベットの羅列は、英語ではなさそう、ということしか分からない。

 みんなはすでに、めいめいで紙をむき、口の中へチョコを運んでいる。俺は昨日からしているように、穴が開いていない頬の内側へ放り込んだ。

 チョコは雪でできていたかのように、あっという間に溶けてしまう。歯を閉じ、痛みへ通じる道をがっちり封鎖したはずなのに。並んだ歯のすき間から身を乗り出し、たちまち反対側の頬の穴へ殺到する。

 また痛んじまう。俺はぎゅっと目を閉じ、耐えようとしたんだ。


 チョコは甘かった。確かに穴に触れたのに、とげとげしくあたることなく、ただとどまり続ける感触。それを舌先でなめると、舌の方が溶けてしまいそうなくらい。

 代わりに、全然痛くない。試しに頬の外側から、ぽんぽんと歯に向かって押し付けるように叩いても、ただチョコの甘みが残るのみ。

 俺は思わず先生を見たけど、先生は俺の視線に少し首を傾げただけで、すぐに空っぽになったお土産の箱をしまいにかかった。

 後で、トイレで鏡を見た時、頬の穴はすっかりふさがっていたんだ。


 その日の帰り。一日中、放っておいたケータイの電源を点けてみると、キーボードはいつものように反応した。俺の打った文も残っていたが、それは結局送ることなく、下書きデータこそ消しちゃったよ。

 そしてあのコンビニに置かれた義援金は、8000円ほど集まったことを告げる紙が張られ、封をされていた。中身は一円も残っていない、すっからかんだったんだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 実際、自分で確かめられない場所については、与えられた情報をもとに考えてしまいますね。 しかし、それがハナから操作されていたものだとしたら……。怖いですね。 確かな情報を知りたいという気持ちは…
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