その後の彼女
別キャラ回。
私はとんがり帽子を目深にかぶって、周りに自分の表情が見えないようにする。それが不器用な私の処世術。
不快な表情を見られたくはない。
そんなことをしたところで、本当は無駄なのだけど、やらないよりはマシだと思ってる。
そう私に思わせてしまうぐらい、このパーティーはもうどうしようもない。
「おい、ペルちゃんも酒、飲もうぜ?」
オンゾが酒を片手に、私の隣に座る。酒臭い息だけでも耐えがたいのに、なぜか腕を私の肩に回してくる。酒癖が悪すぎるため、口調も馴れ馴れしさが倍になっている。
「私はまだ十四歳なので……大人になるまで、お酒はちょっと……」
「んな固いこと言わずにさー酒の旨さは万国共通って言うだろ? それに今日ぐらいいいじゃねえか、ほら」
と、渡してきたのはオンゾが飲んでいたコップだった。間接キスにいちいち反応することは、そろそろバカらしいと思える年齢になってきていたけれど、オンゾが口をつけたコップとなると耐え難いものがある。というか、オンゾはその間接キスが狙いなのだ。
酔うまえに吐いてしまう……。
「オンゾ~、うちの紅一点をイジメないでくれる?」
そこに酔ったサリュウがやってくる。
「ああ? ババアは引っ込んでろ」
「うるさいわよ、ロリコン野郎が。まだあんたがアイリの服を全部売らず、道具袋にこっそり入れてること、知っているんだからね?」
「は、はあ? んな訳ねーし。僕があんなしょんべん臭い田舎娘の物なんて、いらねえよ」
「だったら夜な夜な、外で何やってるのよ」
「涼んでるだけだよ、バーカ、アーホ」
「サリュウもオンゾも、それぐらいにしておけ。他の客の迷惑になる」
そう言って大人びた風格で現れたのはメルトだった。
パーティーのなかでは一番体が大きく屈強という以前に、年齢、経験ともにサリュウやオンゾよりも豊富な先輩だ。
酔っていたサリュウもオンゾも空気を読み、お互いにどこかへと行った。
オンゾは「外で探索してきまーす」と言って、なぜか外へと出ていく。寒いはずなのに。
新たな酒か、男か、女か、それは分からない。興味もない。
私はどうやら、オンゾのハランスメントから免れたらしい。
ここは最後の酒場と呼ばれている。
魔王討伐の冒険者にとって、最後に訪れる町の酒場だから、最後の酒場。
魔王領近くの町は子どもがほとんどおらず、冒険者の需要に特化した商売の町となっている。揃っているのは、最強クラスの装備品の数々。厳重に保管されているレア装備もあると言う。
冒険者もここまで旅をしてきた強者しか寄らないものだから、客となる冒険者も少ない。そのため、今いる酒場も冒険者は少ない。
普通の酒場であれば、私たちのパーティーは締め出しを食らっているはずだ。
「ちょっと、横、いいか?」
と、二人を追い払ったメルトが言った。私は断る理由がないので「どうぞ」と言った。メルトが座ると、イスがギシイと音を立てた。
巨体なメルトが座ると、ますます私は小娘なのだと実感する。
「大切な戦いの最後の息抜きだ。ペルも普段食べないものを注文するといい」
「いえ、私は遠慮しておきます……ここ、高いですよね」
「高いが、気にすることはない。余ったお金はいま、たっぷりとある。ペルは興味ないだろうが、風俗に使っても構わない」
それはダメだろう。人として。
そのお金はアイリちゃんから奪った物で出来ている。勇者が着ていた服として、十五歳の少女がつけていた物として、この町のどこかで意外と高値で売ることができたとか。
アイリの両親からもらったお金の使い道もそうだったけれど、メルトはこういった行為に罪悪感を抱かない。というより、自然の摂理ぐらいに思っている。弱肉強食を自分勝手に使っている。
ただ、私もアイリちゃんから見れば同罪なのだろう。いや、誰から見ても同罪なのかもしれない。
私はあの晩、宿屋で「もうやめてあげて」と言った。追放されるだけではなく、服まで脱がされるアイリちゃんを見て、自分の正義を貫き、その言葉を発した。
だけど、その声は小声だったせいで、誰の耳にも届かなかった。もちろん、アイリちゃんにも届いていなかっただろう。口の動きを見たところで、意味はない。
あの時の、悲しそうなアイリちゃんの顔を見れば分かる。それだけ私の正義はちっぽけで、無力で、裏切りに染まっていた。
アイリちゃんはきっともう、この世にいない。
私が見殺しにしてしまったのだ。私は人を殺したのだ。
このダメな人々に代わり、私だけはその罪を背負いたいが、その勇気がまだない。抵抗すれば同じ目にあうかもしれない。だからこそ、私はのうのうと、ダメな人たちと一緒に、この酒場にいる。魔王討伐のために。
「メルト、ダメだ。最後の町じゃ、新たな盾役は見つからない」
酒場にやってきたのはリーダーのゲイツ。前衛の戦士だ。ゲイツも常識人の皮をかぶった極悪人の一人であり、メルトとは旧知の仲だ。
少女を一人平気で追放できる冷酷さも、二人の結託があるおかげかもしれない。
「盾役が見つからない? 一人もか?」
「ああ、一人もだ。そもそも余っている冒険者がいなかった」
「そうか、ならあいつ……誰だっけ。あの勇者を追放しなくてもよかったかもしれないな」
「ああ、そうだな」
じゃあ追放するなよ頭おかしいんじゃねえの、と私は言いたくなったが、言えない。勇気がない。
「しかしながらこのパーティーは優秀だ。実際、あの勇者が来る前から強敵を倒し続けていたのだから、魔王だって討伐できるだろう。そもそも、そのための追放だったはずだ」
と言うのはリーダーのゲイツ。
そもそも盾役の勇者を入れたのは、親からお金をふんだくる以上に、盾役を必要としていた、ということを忘れている。確かにこのパーティー一人一人の能力はケタ外れにすごいのだが、それでもだんだん苦戦するようになっていったのだ。
本当に、どうしようもないパーティーだ。
「ペル、何が言いたそうな顔をしているが、どうした?」
「えっ?」
私の顔を突然見たゲイツが言う。
見下していた、この嫌らしい顔がバレたのかもしれない。
私は咄嗟に、とんがり帽子を目深にかぶりなおし、テーブルにあったジュースをずずずと飲んだ。味は緊張していて分からないが、とにかく冷たい。
そして、心を落ち着けてから、言った。
「いえ、特には。何とか勝てる気が、します」
勝てる気はもちろんしない。
※
次の日の早朝、私たちは最後の町をあとにした。
サリュウとオンゾは二日酔いと戦っていた。それに加え、オンゾは背中にある道具袋が膨らみ、重そうにしていた。どこでそんな荷物を手に入れたのかは分からないが、それでもリーダーのゲイツは計画通り歩みを進めようとしていた。
向かうのはもちろん、魔王城だ。
「うえっ……飲みすぎた。何やってたかよく覚えてないや」
「飲みすぎだ、オンゾ。魔王城までには酔いをさますように」
「分かりました、メルト先輩。ところで魔王城までは、どのぐらいかかりますかね」
「徒歩のみだから五日。吹雪のなか歩き続ける。たいした距離はないが、もちろんペルの耐寒魔法が必須になる。ペルの魔法が尽きないよう、休息は多めに取る。ペル、魔力残量に気をつけろ」
「はい」
私は憂鬱な心持ちのなか、から元気に答える。
やはりアイリちゃんに対する罪が消えない。このままでいいのか、それも分からない。
「あの、メルト先輩、ちょっといいですか?」
「なんだ、吐くなら離れてくれ」
「じゃなくて、あの、山が動いている気がするんですけど、酔ってるせいですかね……? メルト先輩、どうですか?」
「酔っているのだろう。たく、オンゾは酒に弱いクセに――」
と、そこでメルトの言葉が途切れた。
「おい、どうしたメルト」
と、声をかけるのはゲイツ。
「ゲイツ、どう見える。あれ」
メルトは普段通り、落ち着いた声色でゲイツに言う。
しかし『あれ』と言って示す、その指自体は、震えているように見える。
私の気のせいでなければ。
「あれは、動いている。雪崩ではないな」
そして、山が動いていることも、気のせいではない。
私にも、そして同じく酔っていたサリュウにも見えているようだった。
「魔王領特有の魔族か何かだろう。気を引き締めていけ」
私はギュッと魔法の杖を握る。そして雪風が消えるとともに、その山は姿を現した。
もちろん山ではなく、魔族の類だった。ゴツゴツとした岩肌をもつ、巨大な亀の魔族だった。
私はその大きさに身震いをする。驚き、恐怖し、足がすくんだ。
だが、それ以上に驚くことが、続いて起こった。
「ア・イ・リ・ヲ・シ・ツ・テ・イ・ル・カ」
巨大な亀の魔族から聞こえる声だ。
最初は何を言っているのか分からなかった。変わった魔族の遠吠えだと感じた。だが、耳をすましてみればそうじゃないことに気付く。
『アイリを知っているか』
アイリは名前だ。
そう、私たちが追放した女勇者の名前だ。
「知ってるぞ、アイリ。追放したやつと同じ名前だ。下着、すげえんだ、へへ。それがどうかしたか、亀野郎」
酔いからさめていないオンゾが、笑いながら言った。
次回は魔王さん視点。
水曜か木曜に更新します。(このまま週2回更新になってしまいそう)