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「貴様はどうする?」

前回の流れからシリアスに直行する回。

「これはコウモリの肉ですよ」

「これが? こんなもの、食べたことないぞ?」

「デーモンベアーさんから聞いたのですが、今まで丸焼きだったんですよね? それだと骨が邪魔だったので、柔らかい肉だけ使って、調味料に付けたり、香辛料を少しまぶしたりしてみたんです」

「骨は捨てるのか? 人間は勿体ない食べ方をするのだな」

「私はコウモリとか食べないですけど、たぶん残りは捨てずに田畑の肥料にするので、勿体なくはないですよ」

「そういうものなのか」


 俺は並んでいる料理を次々と味わっていた。

 言葉では冷静さを保っているが、どれも素晴らしく美味しいので、いくらでも腹に入っていく。


 しかしそんな料理を、調理をおえたアイリは信じられないスピードで平らげていく。

 俺が大皿から少し拝借して小皿に乗せて食べている最中に、アイリは大皿の一品料理そのものをすべて食べてしまっていた。ルトンには「急いで食べなくていいよー」と言っているが、アイリの方が急いで食べているように見える。


 そしてそんなアイリは、大皿四つ目へと突入しようとしていた。俺でも食べきれる量ではない。


「貴様、まだ入るのか」

「さすがに少しお腹は膨れてきましたが、まだまだ入りますね」

「魔族の胃袋は大概すごいが、人間もすごいのだな」

「こんなに食べるのは私だけですよ。それに追放される直前まで何も食べてなかったからか、普段より入りますね」


 アイリはナイフとフォークを使い、上品に食べている。しかしもう四つ目の大皿も半分食してしまっていた。


「しかしそれだけ食べるのだから、食材の確保が大変になるのも仕方ないだろうな」


 俺はアイリの語ってくれた追放時の話を思い出しながら言う。

 アイリを追放した人間どもの難癖のなかには、食材の確保にかかる費用の話も含まれていた。


「一応、食べすぎないよう気にはしていたんですけどね。体力保持のために、食べなければいけませんでしたが……」

「だが、その体力のおかげで死なずに済んだのだろう? たくさん食べるのも、その膨大な体力のためだろう。ランクはSSSといった所か?」


 人間たちはお互いの能力を区別しやすいように数値化、及びランク化を行いたがる。

 魔族にそういう文化はなかったが、あえて人間の思考に合わせて俺は言う。

 とはいえ、ランクSSSは適当もいいところで、そんな人間とは滅多に出くわさない。

 期待もない、冗談に過ぎなかった。

 だが、


「魔王さん、よく分かりましたね。あまり実感は湧かないのですが、体力だけはランクがSSSで、世界に十人もいないと言われたことがあります。ランクSSの人とどう違うのか、イマイチ今も分からないんですけどね」


 アイリは俺の冗談を冗談で返したわけではなさそうだ。

 本当にランクSSSだとは思わなかった。


 足の凍傷は、本来なら壊死してもおかしくはない状況だったが、腫れるだけで済んでいた。その上、今はもう歩くことができている。そもそも薄着の中、雪原で死なずに済んでいるだけでもすごいことだ。体力が秀でていなければ出来ないことだろう。

 ランクSSSならではの才能であったか。


「世界に十人もいない、体力SSSランクの勇者……貴様が追放されず、人間のパーティーとして対峙していれば、苦戦していたかもしれないな」

「それはないですよ。魔王さんは強そうですし、私のいたパーティーじゃ勝てなかったと思います。みなさん、強かったですけど……」


 アイリはナイフとフォークを置き、食べるのをやめて静かになった。明るく振る舞っていた先ほどまでと比べれば、今の表情は泣きそうではないものの、暗い。

 何かを考えているのだろう。無論、その内容は聞かなくとも分かる。

 だが、あえて聞く。


「追放した人間たちのことを思い出しているのか?」


 ピクリと、アイリの体が少し震える。

 当たっているらしい。


 俺は黙ったまま、食べることもやめたアイリをよそに、言葉を続けた。


「そいつらはここを目指しているのだろう? なら、俺と戦うことになる可能性は高いだろうな。もちろん全員まとめて、殺す。盾役がいないパーティーなのだから、殺すのは、容易だろう」


 俺はあえて『殺す』という部分だけ強調して言う。すると、アイリはその時だけ、体をピクリと震わせた。


「殺さない、という選択肢はもちろん取らない。敵対する人間を生かす理由もない。それに俺は貴様の話を聞いて、うんざりとしたし、腹立たしくも感じた。今すぐ出向いて殺してやってもいいぐらいだ」


 アイリはわなわなと震え出すが、相変わらず言葉はでない。

 何かを考えているのだろう。

 俺にはその迷いが、手に取るように分かる。

 だから俺は、笑みを浮かべて言ってやった。


「貴様はどうする? 魔王城で待機して部屋から断末魔を聞いておくか、それとも、俺と一緒に戦ってみるか?」

「え、あ……私が、魔王さんと一緒に、戦う? 相手はゲイツさんたちと、ですよね? 魔王さんには大変お世話になっていますが、それは……」

「俺は別に恩返しをして欲しくて聞いているのではない。貴様は奴らを殺したいほど恨んでいるんじゃないかと思って聞いてみたんだ。どうだ? 絶好の復讐の機会だぞ?」


「――い、いえ、そんなことしません。したくも、ありません」


 少し間をあけてアイリは返事をした。

 アイリは復讐について迷っているのかもしれない。

 これは面白い展開だ。


「じゃあ彼らの最期の声を部屋で聞くのだな?」

「魔王さん、そもそもゲイツさんたちを殺さず、生かして帰すということは本当にしてくれないのでしょうか。ほら、だって、私、こうして生かされてますし、同じようにはいきませんか?」

「ダメだ、そいつらは殺す。そもそも、それにお前を生かしているのは、恐怖を感じてもらいたいからだ。俺よりそいつらの方が恐いと言う、その考えを変えてもらうまでは生きてここに住んでもらう。それは前にも言ったよな?」

「そうですけど、ですけど……」


 アイリが目を泳がせ、口をパクパクとさせる。

 俺の魔王らしい恐さを、ようやく感じ取ったのだろう。

 まだ満足ではないが、これでいい。

 魔王っぽいことがようやく出来た感じがする。


「あら、おいしそうな料理じゃない? 私抜きでこの豪勢な食事は、ちょっと寂しいですよ、魔王様」

「フルゥか。そろそろ呼ぼうと思っていたんだ」

「えー本当は忘れていたんでしょ?」


 甘い声で、相変わらず谷間を強調しながら、召使い兼サキュバスのフルゥが現れた。呼ばなくても勝手に現れるので、呼ぶことを忘れてしまう。ただ、それを謝罪する気はない。


「あ、あなたが拾われた人間なのね? 可愛い女の子ね、こんにちは」

「こんにちは。名前を聞いてもいいかしら?」

「あ、アイリです」

「アイリちゃんね、よろしく。あ、そうだ。私は水晶部屋に用事があるから、料理は冷めないよう、何とかしておいてね、魔王様」

「俺に命令するのか?」

「お願いよ、あくまでね。じゃね」


 まるで嵐のように、フルゥは去っていった。

 何だったのだろう……。


 しかし、先ほどまで恐怖を感じていたアイリの顔が、フルゥのせいで、少しだけ和らいだ。

 俺はもっとアイリの恐怖した顔が見たかったが、まあいい。

 人の恐怖で腹は膨れないし、飯が旨くはならない。


「ところで魔王さん、さっきの話なんですけど……」


 飯の続きにしようと思っていたところに、アイリはふと口を開く。


「なんだ?」

「先ほどの話でお願いがあります」

「言ってみろ」

「魔王と敵対する以上、殺し合いが避けられないことは理解しました。でも、一人だけ殺して欲しくない人がいるんです」

「ふむ、それは誰だ?」

「ひとつだけ年下の、つまり十四歳の女の子がパーティーにいたんです。その子だけ、殺さないで欲しいんです」

「どうしてだ?」

「彼女……ペルだけは、私と仲良くしてくれた子です。直接守ってくれた訳ではなかったのですが、ゲイツさんたちと同じ考えをもっているとは思えません。そんな彼女が殺される姿だけは、見たくありません」

「分かった。だが戦闘だ。うっかり殺すことがあるかもしれない。その時は許せ」


 つまり他のやつの死に様なら見たいのだな、と俺は思ったが、あえてそれは口にしなかった。そこまで追随しなくとも、収穫はあった。アイリの真意を覗けたことだ。


 アイリはおそらく、復讐をしたがっている。

 ペルとかいうやつ以外、殺したいと思っている。

 細い体の奥底に、その暗黒の思考を眠らせているだけなのだ。

 その思考を目覚めさせるのは、何も俺でなくともよい。

 むしろ、俺が目覚めさせるより、アイリ自身が自覚した方が面白いではないか。


 ああ、想像するだけでワクワクしてくる。

 この娘、アイリには恐怖してもらわなければ、魔王のプライドに関わると思っていた。だから恐怖ばかりに固執していた。

 しかし今は、アイリが人間を恨み、復讐、殺しに手を染め、人間社会の正義から堕ちていく様を見るのも面白そうだと感じる。

 堕ちたアイリは俺に恐怖しなくなるだろうが、それでも構わない。平凡な人間に恐怖してもらえないという、俺のプライドが損なわれる事態が消えるからだ。


 おそらく少し先の未来になるだろうか。

 ああ、楽しみだ。

次回、別キャラ視点。金曜に更新したい所ですが、たぶん日曜になります……。

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