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アイリちゃん、料理をする

 それからデーモンベアーと客人であるアイリは厨房で食事を作りはじめた。

 厨房からはアイリの「その皿ください」「この塩、使いますね」という声が聞こえてくる。少しドジな料理長であるデーモンベアーより、テキパキと動いている気がする。


「あ、そこ。割れたお皿の破片があるから気をつけて」

「そうなんですか、足は魔王さんが布を巻いてくれたので大丈夫です。それにしても本当に暗いですね。食材がうまく見えない」

「アイリちゃんは僕より暗いところが苦手みたいだね。無理はしなくていいよ」

「ううん、さっきからお世話になりっぱなしなので、これぐらいはしたいです」


 凍傷と空腹で寝込んでいたことが嘘のように、アイリは動き回っている。布越しとはいえ、凍傷だったはずだ。痛くないのだろうか。

 それにしても、デーモンベアーが自分のことを『僕』と呼ぶとは思わなかった。俺に対してはいつも『私』だ。それにあんなに間の抜けた、いかにも気弱そうな喋り方も初めて聞く。


「私、料理つくってもいいですか?」

「いいけど、人間向きの食材は集めてないよ。大丈夫かなあ?」


 冷蔵庫を開ける音がする。外で取ってきた氷が入った貯蔵庫だ。貯蔵庫には肉や野菜といった、とにかく腐りやすそうな物が入っている。たぶんそれは人間の生活と同じだ。

 しかしこの貯蔵庫には岩壁で取れる野草や、魔族たちの瘴気に当てられ変化した動物の肉といったものしか揃えていない。色も暗いからどうでも良いが、肉の血は紫色の方が多い。

 人間であるアイリは引いていることだろう。


「確かに食材として使ったことのないものが多いですね。コウモリやマンドラゴラ、何だかよくわからない目玉毒とかは大丈夫でしょうか?」

「毒の入った食材はないよ。毒料理は食べることができても不味いからね。そもそも、食べられないために毒があるようなものだし」

「ふうむ、なるほど。分かりました。ちょっと頑張ってみます」


 そこからは軽快な包丁の音、煮込んだスープ鍋にドボドボと食材を入れる音、リズミカルにも聞こえる軽快な料理の音が食堂に響いた。

 アイリは上手いこと順応し、引くことなく料理を作れているらしい。

 デーモンベアーはしきりに「上手だね」「そんな調理法知らなかった」などと言う。

 ドン引きして魔族の怖さを知って欲しい身としては、あまり面白くはない。


「全部できました!」


 アイリはそう言って、料理の乗った大皿をいくつも長机に並べていった。

 焼かれた肉がてんこ盛りの皿、赤色のスープの上に咲く色彩豊かな野菜の皿、スライスされた何かが何枚も並ぶ皿――とキリがないほど料理の皿が増えていく。


「おい、さすがにこれは食べきれんぞ」


 長机の上にあふれんばかりに並べられた皿を見ながら、俺はアイリに言う。


「たくさん食べるのは私です。魔王さんは魔王さんで好きなものをどうぞ」

「ちょっと待て貴様。この魔王の貯蔵庫の食材を使って、自分のための料理をたくさん作ったのか?」

「はい。それについてはデーモンベアーさんからの了解もいただいています」


 俺はギロリとデーモンベアーをにらみつける。

 小心者のデーモンベアーは大皿を両手で持ちながら、巨体をビクリと震わせたものの、堂々と丁寧な口調で言ってのけた。


「し、しかし魔王様からはアイリ様にはうんと食べさせよという指示を事前にいただいておりましたよ?」

「そうだったか?」

「料理に取り掛かるまえの話ですよ、まさか忘れてしまったのですか?」


 …………そんなことを言ったのか?

 言ったような気もするが、しかし、こんな結果になることを俺が許可するだろうか。

 そもそも、アイリは遠慮しなさすぎではなかろうか。

 追い出された理由の一つに食費の問題があったはずだ。また追い出されたいのだろうか、この人間は。いや、最終的には恐怖を感じさせて追い出すのだが。


 ただ、魔王としてのプライドが、記憶の忘却を許さない。 


「いや、覚えている。そうだ、うんと食べさせよと私は言った。アイリがたくさん食べるのであれば、これで問題はない。本当に食べるのだな」

「食べる量についても、事前にアイリ様から聞いているので問題はありません」

「なら良かろう」


 とは言ってみたものの、何も良くない。

 材料の調達にまた部下を使わなければいけない。

 しかしアイリは問題ないことを確認したのか、ニコっと微笑みながら、汗をぬぐった。



「おいしそー」


 ルトンがナイフをコンコン机で鳴らし、興奮しながら言う。

 確かに、長机に並ぶ料理の数々はどれも旨そうだ。


 まず匂いからしてもデーモンベアーの作るものとはちがう。デーモンベアーの料理も決して不味いわけではなく、むしろ料理長を務めるだけあって旨い。

 しかしアイリ主導のこの料理たちは匂いがどことなく上品だ。泥や野草の独特な香りが漂わず、香辛料の香りの方が先に鼻へとやってくる。見た目も血みどろの赤ではなく、皮膚がごけ茶にしっかりと焼けている。

 人間の料理なんて食う気すらなかったので、これまでスルーしてきたが、こうしてみると、損したような……。


 いや、魔王が人間の文明ごときに籠絡されるわけにはいかなかった。


「ふむ、確かに旨そうだが、味はどうかな?」


 そう、味。肝心なのはそこ。

 見た目や匂いはごまかせても、口に含んだときの味がダメだと料理失格だ。


「少し、食べていいか?」


 俺が試食しようとすると、アイリは、


「魔王さん、食いしん坊さんなんですか? ふふっ、別にいいですよ」


 と何か勘違いしたことを言ってきた。

 やれやれ、と思いながら俺は、茶色に焼かれた丸々とした肉のナイフで切って、その一切れを口に含んだ。

 そして、口のなかに衝撃が走った。


「な、なんだこの味は!?」


 俺は興奮して立ち上がる。ルトンはそんな俺を見て驚き、遊び道具と化したナイフを机に静かに置いた。


「だ、ダメでしたでしょうか?」


 料理に何かを盛りつけていたアイリがこちらを振り向き、戸惑いの表情を見せる。


「いや、ダメと言うわけではない。というか――」



 人間の料理ってメチャクチャ旨いじゃないか!


 ……という言葉は、魔族の王としてのプライドが許さなかった。もう口から出てしまいそうになっていたが、あえて引っ込める。


「人間の料理も意外と魔族に合うものだな」


 とりあえずこれぐらいの評価にとどめておく。

 それにしてもなんと素晴らしい味なのだろう。油と香辛料が肉を包み込み、舌に濃い味を残していく。飲み込んでしまえば、もう一度同じ味が食べたくなる。


「ルトンも食べたーい」


 そう言ってルトンは俺と同じ肉にフォークを突き刺す。そして裂けた口を豪快に開けて、ひょいと大きな肉をその口のなかに入れ込んだ。


「お、おいしいー!! なにこれ、こんなの食べたことないよー」


 ルトンは咀嚼しながら、興奮して次々と皿にあった料理を食べていく。


「ルトンちゃん、そんなに急いで食べなくてもたくさんあるからね」

「はーい」

次回、場面は変わらないまま、ほんの少しシリアス。

水曜日ぐらいに更新。

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