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魔王城は暗すぎる

「おい、貴様! ルトンのその裂けた口がカワイイ~と言ったか!」


 俺の叫び声に、ベッドに座っているアイリはキョトンとしてこちらを見た。

 抱きかかえられている蜘蛛童女ルトンもキョトンとしている。


「魔王様、ルトンかわいくないの? いつもかわいいって言ってたけど、嘘?」


 ルトンが目に涙を浮かべながら、俺を見つめる。

 開口一番、失言をしてしまった。


「い、いや、そんなことないぞ。ルトンはかわいい。この人間より数百倍ぐらいはかわいい」

「ホント?」

「ああ、ホントだ」


 その俺の言葉は、心の奥底から出た本音だった。

 人間にとって忌むべき姿であるルトンだが、魔族にとってその姿は普通だ。そもそも、ルトンのような人間離れした姿の魔族の方が多いので、外骨格で肉体を守る以外、他はほとんど人間そっくりである俺の方が魔族にとって少数派で気味が悪い、と我ながら思う。


 俺は悲しむルトンをなだめるべく、アイリからルトンを取り上げようとした。頭をなでるつもりだったのだ。

 しかしルトンはアイリから離れようとしなかった。


「私、アイリお姉ちゃんの方が好きー。死ななくてよかったねー」

「うん、死ななくてよかった。死んだらルトンとこうして出会うこともできなかったしね」


 キャッキャとルトンの腰を持ち上げ、たかーいたかーい、と言ってアイリはルトンを楽しませる。俺と会話している時より、はるかに元気そうだ。


「でも魔王さんに対して、冷たい態度をとるとかわいそうだよ?」


 俺がかわいそう?


「えーでも魔王様、アイリに意地悪してこいって言ったんだよー」

「どんな意地悪?」

「アイリを怖がらせろって」

「ああ、だから扉を開けたときに、大きな声を出してたんだね。やっと分かったよ」

「怖かった?」

「ちょっとは怖かったけど、襲ってこなさそうだし、いい子なんだろうなーって思ったよ」

「そう? やっぱり私はいい子なんだー」

「ふざけるな!」


 二人が楽しんでいるなかに、俺の罵声が響いた。


「ルトン、魔族としての威厳はどうした! 人間に可愛がられてどうする? 恐怖のどん底に叩き落として戦意を喪失させることが、魔族の使命ではないのか?」

「私の使命ってそうなの?」


 ルトンは不思議そうに首をかしげる。


「疑問を疑問で返すな」

「だって、考えたことない」

「子どもとはいえ、考えるべきことだ」

「でも魔王様もイゲン? とかいうの、ないよねー」

「そんな訳がない」

「でもアイリ、こわがってないよ?」


 アイリが俺を見る。

 少し顔を赤らめて、てへへと小さく笑い、居住まいを正し背筋をピンと伸ばし、かと思えばだらりと脱力してベッドに背を預け、はあーと大きくため息をついた。

 怖がっている様子は一つも見られない。

 どちらかというと、リラックスしている。


「いや、こいつに関してはこれから怖がらせる予定だ」

「つまり今はイゲンがないのー?」

「つべこべ言うな。この部屋から放りだすぞ」

「あ、今はちょっとイゲンあるかもー?」


 もう何だか頭が痛い。

 俺は部屋を出ようとする。そろそろ昼飯時だった。

 そんな時だった。

 静寂しきったこの部屋のなかで、ぐうううう、という情けない音が鳴った。


「あの……」


 口を開いたのはアイリだ。


「なんだ?」

「寝たおかげで元気が出たのですが、代わりに、お腹が減ってきたので……何かいただけないでしょうか、魔王さん」

「俺が貴様なんかに、食べ物を分け与えるとでも思っているのか?」

「正直、そうは思いません。だけど、もう、しばらくまともに食べてないので、めまいが……」


 アイリの顔色は急激に悪くなる。さっきのは空元気だったとでも言うか。

 俺はベッドの上で力が抜けて倒れ込むアイリの体を腕でささえ、そして立ち上がった。


「魔王さん?」

「このまま餓死されても困る。顔色は悪いが、食欲はあるんだな?」


 コクリとアイリは力なくうなずく。


「では食堂へと連れていく。人間向けの味でないが贅沢を言うなよ」




 人間用の靴はないので、アイリの足には布でぐるぐる巻きにしてヒモで縛る。こうすることで、床の冷たさも、凍傷の痛みも和らぐだろう。

 俺はアイリを抱えて食堂へと連れていく。

 アイリは「お姫様抱っこ、初めてです」と言って喜んでいたが、俺はアイリを喜ばせたくてこんなことをしている訳ではない。

 仕方なくやっているだけなのだ。

 足には凍傷で水泡ができており、その上、めまいがするほどに腹が減っている。そんな人間を歩かせるほど、俺の頭は悪くない。


「暗くないのですか?」


 俺に抱えられているアイリが、周囲を見ながら言う。

 アイリはきっと魔王城の暗さのことを言っているのだろう。先ほどの寝室も、今いる廊下も人間からすれば暗い。しかし俺からすれば丁度良い。

 窓からさしこむ日光は昼であっても、俺の魔法障壁によって生み出される吹雪に遮られる。人間が好む室内灯はロウソク程度で十分で、金装飾による輝きは無駄な明るさだ。


「魔族はこれぐらいがちょうどいい。人間世界が明るすぎるのだ」

「足元に何か落ちている時、明るい方が拾いやすいと思いますが」

「魔族は夜目が効く。それに、こんな所で不用意に物を落とすやつはいない」


 その時、チャリンという音が、うしろから聞こえた。

 振り向くとそこにはルトンがいた。


「古代種の秘石、落ちちゃったーレアなのにー」


 ルトンは六本の腕で器用に落とした物を探している。


「見えますか?」


 アイリが言うと、


「廊下は特に暗くて見えないよー」


 と、ルトンは悲しそうに言う。

 ルトンは暗いところでも平気だと思っていたが、そうでもないらしい。


「魔王さん、手伝いましょう」


 アイリはそう言うと、すっと自ら降りていった。

 あれ、こいつ意外と元気なのか?


 アイリとルトンは二人で手探りに落とした秘石を探す。暗い廊下で「どこだどこだー」と二人して手探りになっているあたり、廊下は本当に暗いらしい。

 しかし俺にとってはそうでもなかったので、落ちていた秘石をひょいと拾い上げた。

 指でつまめるほどの赤い石、俺にとっては使い道はないが、確かに貴重な石ではある。


「ありがとー」


 ルトンは俺から秘石を受け取ってお礼を言った。


 そして俺が再びアイリを抱きかかえ、歩きはじめると、ルトンはそのあとをついてきた。

 ルトンのような子どもの魔族は暇だ。暇つぶしにアイリと遊んだり、食事をするつもりなのだろう、やれやれ。




 食堂に入るとさっそくアイリは「暗い……」と小さな声で囁いた。だが、俺は無視してアイリを椅子になんとか座らせようとした。

 だが、


「あ、自分で座ること、できますので」


 と言うと、すんなり立ち上がり、歩き、難なくスッと座った。

 俺は少し腹を立てた。


「おい」

「はい?」

「この魔王に運ばせておいて、実はめまいも足の痛みもありませんでした……なんて言うんじゃないだろうな?」


 アイリはかぶりをぶんぶんと、力強く振る。


「そ、そんなことありません。魔王さんがここまで運んでくれたことで、回復しただけです」

「めまいもそうだが足の凍傷。そんな生易しい傷ではなかったと思うが?」

「あのときは少しはしゃいで無理をしてしまいました。でも、体力と回復には自信があるのです。少し動かなければ大抵なんとかなります。ですが、空腹だけは早めに何とかしたかったのです……利用したような感じになって、ごめんなさい」


 こちらが言葉をはさむ隙もなく、アイリは一気に言った。


「ああ、いや……嘘じゃなければいいのだ。嘘は嫌いだからな」


 しぶしぶ俺は納得する。そこまで言うのなら本当なのだろうと。


 しかし腑には落ちない。

 体力と回復に自信があるからといって、俺に抱きかかえられている間に回復するものなのだろうか。いや、足の凍傷が酷いままであれば、ルトンの秘石探しもできない。そもそも、あんな環境下で人間の足が壊死していなかったことも不思議だ。


「魔王さんは食べないのですか?」

「あ、ああ。食べるぞ。俺も体力が命だ。昼飯を抜くことは決してない」


 考え込みすぎて、立ち止まっていたらしい。ルトンも不思議そうに俺を見つめていた。


「えー、ではデーモンベアーよ。今日はルトンや俺だけではなく、この人間のためにも料理を作れ。特にこいつはケガの上に腹をすかせているので、うんと食べさせよ」

「分かりました。そこの子どもの料理ですね? 人間用は初めてですが、作ってみせましょう」


 巨体でありかつ料理長でもあるデーモンベアー鋭い爪を隠し、そのふさふさな毛並みを立てながらも、丁寧に料理をしはじめた。



「デーモンベアーさんの料理、おいしいんだよー」

「へー楽しみ!」


 ルトンとアイリが隣り合って、楽しそうに会話をしている。

 それを俺はテーブル越しに、対面で聞いている。

 俺はちっとも楽しくはない。ルトンはともかくアイリとなれ合う気などさらさらないから、別にいいのだが。


「いたっ」


 厨房からそんな声と、低いうなり声が響く。

 デーモンベアーの声だろう。何かやらかしたに違いない。

 さしずめ、指でも切ったのだろう。

 デーモンベアーの血統は本来なら戦闘向きであり、室内での料理長などという役職にはつかない。だが、あまりにもドジをするので、室内向きの仕事しか与えることができなかった。力はあるので、魔族たちが集まる立食パーティーなどの皿運びなどでは非常に役に立つが、人間は倒せない。


 今度は皿が割れる音がする。少しドジがすぎる。

 いつもとちがう客人がいるせいで、緊張をしているのかもしれない。


「わ、私、手伝いますよ!」


 アイリは突然立ち上がり、デーモンベアーのいる厨房へと足を運ぶ。

 俺は「おい」と声をかけ静止させようとするものの、アイリは無視。

 そのままデーモンベアーのいる厨房へと入ってしまった。


「すごく暗いですけど、見えるんですか?」

「いえ、全然……でも魔王様にはこれぐらいがちょうどいいみたい」


 暗いところが平気なのは、実は俺だけなのだろうか?

 今度、集会を開いたときに聞いてみた方がいいのかもしれない。

 しかし人間が使うような松明は好まないのだがな……。

日曜更新予定。次回もまったり回。

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