アイリちゃん、追放を語る(後編)
用事のため更新、少し遅れました。
まだシリアス。前回よりも多いです。
「さっき全会一致って言っただろ? つまりペルも、お前の追放を願っているんだよ」
体の大きいメルトさんは、手を叩きながらクククと笑ってみせました。
何が面白いのか私には分かりませんでしたが、
「ということでアイリ、渡せよ」
突然、私に手を差し出しました。
私は最初、その手が何を示しているのか分かりませんでした。
しかし、メルトさんが私の剣のベルトを強引に引っ張り、恐怖を感じたことで、それがメルトさんの暴力なのだと気付きました。
私はその場から逃げたくなりましたが、もう逃げられませんでした。
黒魔導士のサリュウさんは魔法で私の動きを止めました。
メルトさんは動かない私に対して、容赦なく手を出し、何かもをはぎとりました。アクセサリーも、腰のポーチも、靴も、すべて私の身から離れ、メルトさんの手の内へと収まっていきました。
「メルト先輩ー、僕も混ざっていいっすか?」
そう言ったのは、それまで事態を静観していた男、オンゾさんでした。
オンゾさんは即席で開かずの扉の鍵を作るというといった、ユニークスキルのみでこのパーティーに入った男性でした。強くはありません。ただ、女性に対する嫌がらせは強さとは無縁の気持ち悪さがありました。
「てかメルト先輩、これどうするつもりですか?」
メルトさんの手の内にある私の物を、オンゾさんはニヤニヤと見る。
「こいつは売り飛ばす。追放するやつに、パーティーの財産を持っていかせるわけにはいかないからな」
「つまりそれって、全部脱がしてもいいってことですか!?」
オンゾさんの笑みにつられるようにして、メルトさんも笑みを浮かべました。
「オンゾは容赦ねえな。下着ぐらいは残してやれよ。きたねえ下着なんて、金にならんだろ」
「マニアには売れると思いますよ」
「そうか? じゃあ下着も全部とっちまえ」
そこからは、ただただ地獄でした。
オンゾさんは容赦なく私の着ているものすべてを、本当に奪い去りました。
高価なローブも、綺麗だった下着も、何もかもがオンゾの手の内へとすぐに収まっていきました。
もちろん抵抗はしたかったのですが、サリュウさんの魔法のせいで、身動きは取れませんでした。
私はふと、またペルに助けを求めようと思い、視線だけ送りました。
しかし親友だったペルは特に何もせず、口だけ動かし、何かを小声で言いながら、うつむくだけでした。
私はなすすべなく、宿屋の二階の一室で、パーティーみんなの前で、裸にされてしまいました。
「アイリ、恥じらうなよ。僕は別に、君で欲情とかしないから。たぶん」
手で胸を隠す私に対して、オンゾさんは笑いながら言いました。
いつの間にか宿屋の一室には日の光が薄らと入ってきていました。
朝になったのです。
「さて、出るとしよう。この瞬間にも、魔王に苦しめられている人々がいる。魔王城へ急ごう」
朝の支度を済ませ、リーダーのゲイツさんは言いました。もちろん、苦しんでいる私のことは無視でした。
私は裸だったのでどうしようもなかったのですが、ゲイツさんはすかさず、ボロとはいえ布の服を渡してくれました。
「今すぐこれを着ろ。この宿から出るときに、お前みたいなガキに淫行を働いたと勘違いされては困る。お前も一緒に、この宿屋から出るぞ」
私は虐げられているにも関わらず、このゲイツさんの言葉に優しさを感じ、少しだけ笑みを浮かべました。
今考えると、どこも優しくはないのですが、まだ一緒にいれるという所に、安心感を覚えたのです。
それにゲイツさんから荒っぽく渡された布の服はボロボロで薄かったのですが、どこか温かい気がしました。
宿屋から一歩外に出ると、素足から伝わる冷たさに、つい私は「冷たっ!」と声が出てしまいました。外は吹雪。雪が大量に積もっている。素足でまともに歩ける場所は、どこにも見当たりませんでした。
だが、ゲイツさんたちは、そんな私を無視しました。私の靴を持っているのはオンゾさんでしたが、無視されてしまいました。ペルの耐寒魔法で身体を温め、「あったけえー」と私の方を見て言うだけでした。
仕方がなく私は素足のまま、吹雪く雪原の大地に足を踏み込みました。
宿屋に入るまえと比べ、別人のようにみすぼらしくなった私は、持ち前の体力でなんとかパーティーのうしろをついていきました。足も手も、凍傷で感覚がなくなり、皮膚は白くなっていきましたが、まだ体力はありました。
普通の人間の体力なら死んでいただろうな、と思います。しかし私はそう簡単に死にません。そのことが少しだけ希望になっていました。
宿屋が見えなくなり、視界に雪原しか見えないエリアに入り、サリュウさんが地図を開きながら言いました。
「ねえ、町が近くにあるんだけど、そこ寄ってみない? 食料の調達、マジでやらないとキツいかも」
「魔王領近くの町がどんなものか、分かったものじゃないが、いいだろう。歩きでどれぐらいかかる?」
リーダーであるゲイツさんが言う。吹雪いているので大きな声だ。
「分からないわ。でも、飛翔すればすぐ着くと思う」
「飛翔魔法は魔力を使うんじゃないのか?」
「使うけど、五人なら何とかなるわよ」
五人?
私の心臓がきゅうっと縮みました。
リーダーのゲイツさん、武闘家のメルトさん、黒魔導士のサリュウさん、回復魔導士のペル、工作スキル持ちのオンゾさん。
以上で五人。
私は含まれていません。
「あの、私は……?」
懇願するように、サリュウさんに聞く。
ここで置いていかれると、さすがに体力が尽きる。凍傷で死ぬ。こんな雪原で死ぬと、誰にも死体が発見されない。家族や友人、死んでも二度と会えない。
それだけは避けたかったのです。
しかし、サリュウさんは「ぷっ」と笑って言いました。
「というかさ、なんで一緒にいるのよ?」
「一緒に宿屋から出ようって……」
「それはあんた、ゲイツの優しさよ? 額面通り取らないでよ、頭悪い子ね」
こんなひどい優しさは優しさと言わない、と私は思いました。
だけど反論する力は残されていませんでした。
私が「あ」とか「う」と言っている間に、サリュウさんが饒舌に言いました。
「死んだら英霊として扱われる。知ってるわよね? 旅の途中で死んだ少女アイリは、素晴らしい勇者でしたーって魔王討伐の報告を王様にでもすれば、その犠牲に対する見舞金がパーティーに入るし、親も名誉の死を遂げた娘のことを想像して涙出来るはずよ?」
「そ……そんな……」
「それにこんな雪山じゃ、絶対に見つからない。どう死んだか、追求できるものはいない。証拠も隠滅。あなた以外が全員幸せになっておわり」
もう何も言葉は出ませんでした。
これはパーティーと言う名の、別の集団でした。盗賊、山賊、海賊といった類のやつです。
私は悪とは魔王のことだと、ずっと思っていましたが、この瞬間、本当の悪とはこういう人間たちのことを言うのではないかと思いました。
「あなたたちは、それでも人間なんですか?」
私は、力を振り絞って言いました。
その声を聞いたパーティーはみな、不快そうな顔を浮かべて立ち止まりました。
そして私が今まで見てきたなかで、もっとも嫌悪すべき歪んだ顔で、サリュウさんはヒヒっと声を上げながら言いました。
「見たら分かるでしょ? 人間よ。でも人間って天使にも悪魔にもなれる、素敵な生き物なの。勉強になった? あーでも、もう死ぬから、学んでも意味なかったわね? 十五年の人生、お疲れ様。ヒヒッ」
そして、サリュウさんは飛翔魔法を唱えた。
私の「待って」という声は、飛翔するときの風圧によってかき消されました。
吹雪のなか、広大な雪原に私は一人取り残されました。
どうすればいいのか分からない。一面は雪原で、山の斜面から頂上に向かう方角以外分からない。
ただ、突っ立っているだけでは本当に死んでしまうと感じたので、とりあえず頂上に向かって歩くことにしました。
目的地は魔王城。しかし理由はもうありません。魔王討伐の目的は果たせそうになかったからです。しかし寒さにより思考が奪われ、生きる気力も失おうとしている私には、過去の目的にすがるしか、動く理由を作ることができませんでした。
裸足である私の指先にはもう感覚はありません。痛みはとうに異常をすぎ、神経を麻痺させていました。頭を働かせても、自分に痛みがあるのかどうか、それすら分かりません。寒さの震えはいつの間にか止まっていました。だけど寒くないわけではありません。眉毛や髪には容赦なく雪がつき、まつ毛についた雪は視界を遮ったぐらいですから。
私は体力スキル持ちであり、自慢できるほどの守備力を備えていたはずでした。しかし、吹雪のなかを平然と歩けるわけではありません。そもそも、そんな人間は存在しません。体力は歩けば歩くほど、じりじりと減っていきます。
次第に、私の手の指には水疱がいくつもできました。虫さされによる腫れなどとは比べ物にならない大きさで、指でつまめるほどの大きさでした。私は気持ち悪さを感じて、ナイフでその水疱を刺してしまおうと考えました。しかしどこにもナイフはありません。オンゾさんかメルトさんに取られたのでしょう。私は対処法として、そういう腫れは見ないことにしました。神経が麻痺してるので、見ないことで、存在しないように振る舞えると考えたからです。
まだ大丈夫だと、思い込むことにしました。
そして、
魔王を討伐しサリュウさんもオンゾさんも「よくやったな」と褒めつつエルド王国への凱旋を果たしました。パレードがおこなわれ温かいスープが出て、広々としたお風呂にも入りました。のぼせるほど温泉に入ったアイリは「うーん……寒くないかなあ」と感じました。
という幻覚も見ました。
気が付くと、そこは雪原しかありません。
魔王は討伐されてない。スープも風呂もない。延々と続く雪原だけが、現実にある。
冒険者は旅に出るまえ、死の危険性のことを考慮します。私は十五歳ですが、それでも遺書っぽいものを親に渡しました。そのため、少しは死ぬ覚悟もしていたつもりでした。
だけど、
こんな形で、
死ぬの?
冗談じゃない――
※
「――と、思いました。これが私の覚えていることのすべてです。ここにやってきた時のことは覚えていません。魔王さんの声で、再び息を吹き返しました。でも、これで分かりましたよね? 私が恐怖しないのは、パーティーの面々の追放がきっかけなのです。だから、あの、無理して恐怖せよとか、あまり言わなくても……って魔王さん?」
俺はアイリの指先の治癒をしつつも、目頭を指で抑えていた。
アイリに……人間の女に、今の顔を見られたくなかったからだ。
魔王である俺が、人間の所業に対してドン引きし、なおかつ、この少女の不遇に何故だか涙が出てきたそんな顔を、見られたくはなかった。
しかし!
アイリの周り人間は、想像以上に酷すぎる!
しかも、よりにもよって若い女に平然としたその仕打ち……非道、悪道、外道!
数々の人間に対する罵倒が、俺の頭のなかで渦巻く。
人間同士の殺し合いのことを知らないわけがなかったが、同族でこの仕打ちは、魔族だってやらない。いや、魔族同士でこんなことを考えるやつがいれば、八つ裂きにしてやってもいい。
「あの、魔王さん、どうかしましたか?」
アイリが心配そうに声をかける。
ようやく俺は我に返った。浮かべていた涙も、ようやく引っ込んでくれた。
「……ああ、珍しく考えごとをしていたのだ。いや、人間もなかなかエグいことをするものだ。確かに、アイリが俺を恐怖しない理由も分かった……」
そして俺は考える。
それでも俺は魔王なのだ。人間に敵対する魔族の王。そのプライドは、しっかりと胸の内にある。
そして決意する。
このプライドは必ず、守らなければならない。そのために、俺は考えていることを、口にした。
「だが、俺は魔王だ! 今は優しいと勘違いしているのかもしれないが、俺は人間の敵であり、貴様の敵でもある! 俺に恐怖しない……なんてことは許されない! よって、貴様が恐怖するまで、ここで俺は貴様を監禁してやろうと思う!
……っふ、ふふふふ、ふはははは! 魔王の監禁の日々にこれからうち震え、次第に精神は蝕まれ、廃人となってから人間の巣窟に戻るがいい!」
「……あっ、つまり泊めてくれるんですね。やっぱり優しいですね、魔王さん」
アイリはニコっと笑みを浮かべた。
今日見たなかで一番の笑みだった。
……だが、どう考えても、勘違いをしているとしか思えない。
監禁すると言っているのだが。
やはり人間は想像力がないらしい。自分の笑みが消えるその瞬間を想像することが、アイリは決定的に出来ていない。
人間は愚かだ。うん。
次からは魔王とアイリちゃんの日常パート回帰ですが、1日だけ空けます。
平日は隔日ペースぐらいでやっていこうと思います。