アイリちゃん、追放を語る(前編)
シリアスな回想となります。
追放エピソードです。
それが起こったのは、魔王城まであと少しの距離にある宿屋でのことでした。
二階の一室に、私たちのパーティーはいました。
夜なのでランプは灯っていたものの、外は強く吹雪いているため、月や星の光も見えません。その一室は、どこの宿屋でも見たことがないほど暗く、足元は薄ぼんやりとしか見えませんでした。
そんな暗い部屋で、体が大きく屈強な武闘家メルトさんが、突然言いました。
「そういやアイリ、お前もうパーティー、クビだから」
冗談を言わないはずのメルトさんが、珍しく冗談を言ったのかと私は思いました。
「え、メルトさん、唐突にそんな冗談キツいですよ」
「唐突なものか。今までずーっと我慢してたんだ。アイリには何度もチャンスを与えたつもりだった。だがもう無理だ」
メルトさんの目は本気でした。
私はそんな目力にキョトンとして、それからパーティーみんなの方を見渡しました。
ですが、他の人たちもメルトさんと同じく、真剣な眼差しを私に送るだけでした。
さすがに私は戸惑い、言葉を失いました。
しかし、沈黙が暗い部屋に居座っていることに、私は我慢できなくなったので、つい口を開いてしまいました。
「え、何ですか、みなさん? 私、何か悪いことしましたっけ……あ、いえ、戦闘中に体がぶつかっちゃったり、いびきがうるさかったりと、迷惑をかけることはこれまで何度もあったかと思いますが、あの、もうすぐ魔王城ですよね? ここで一人欠けると、あとの旅が大変になるはずですが――」
「お金」
私の言葉を遮ったのは、黒魔導士のサリュウさんの一言でした。
「え?」
「だから、お金、金、カネ。魔王城には近づいたけど、旅はまだ続くし出費はかさむ。この宿屋で買うべきものも多い。そんななか、パーティー六人でどう生活しろっていうのよ。無理でしょ。だから私たちはずっと『このパーティーで無駄な人間は誰か?』という話し合いをしていたの」
「なんですかそれ、私、そんなこと聞いてないですよ」
「それはそうよ。途中から話し合いは、『親の七光り様ことアイリを捨てた方がいいか?』という話し合いになったのだから。もちろん、全会一致で『捨てる』になったわ」
サリュウさんの言葉に、私は疑問を覚えました。
今さら『親の七光り』の話が出るとは思わなかったからです。
私が生まれる前、私の両親は魔王の手下であったゾルゲを倒し、勇者の称号を得ました。
その二人の間に生まれた娘である私は、親から勇者の称号を受け継ぎました。これは不正でも何でもなく、世の中のルールに基づいていました。貴族の子が貴族であるのと同じ理屈です。
ただ、私は手を抜かず、勇者らしく、両親を誇りに思いながら頑張ってきたつもりでいました。
ところが、その血や称号を妬む人が現れました。少しでも私がスランプに陥れば『親の七光り』という言葉が耳に入ってきました。実際、私は両親から引き継げた勇者スキルは、多くの体力を保持するスキルぐらいで、それほど強くありませんでした。一般人と比べれば強いものの、勇者の称号を受け継いだ者としては弱かったのです。
ただ、このパーティーはそんな『親の七光り』とは無関係に、魔王討伐パーティーのメンバーとして歓迎してくれました。体力スキルと今後の成長や将来性をかってくれたのです。
これにより私は『親の七光り』という嫌な言葉から解放されたのだと思いました。
しかし、どうも違っていたのです。
その変化に、私はついていけませんでした。
「でも私は、自分で言うのもなんですが、そんなに弱くはなかったはずです。体力スキルを使って、女の子らしくないと言われながらも盾役はちゃんとこなしてきました」
私がこう言うと、サリュウさんは「はあ~」とため息をついて、私をにらみました。
「体力はそうね、すごかったわ。盾役としての活躍は十分だった。でも、あなたは自分だけを評価しすぎている。その削れた体力を回復させたのは誰? 回復魔導士のペルでしょ? あなたを回復させるだけでペルの魔力はなくなるわ、私たちほかの前衛に回復魔法が回ってこないわ、本当に大変だったんだから。体力がある分、削れた体力を戻すのは大変。そのへん、自覚も罪の意識もなかった?」
「いつもすみませんとは思ってましたけど、罪の意識までは……」
「そういう鈍感さも罪なのよ」
サリュウさんは音をたてて、紙束を机に置きました。その紙束にはあらゆる金額と食べ物と、そして日付が書かれていました。
そして数字が大きな部分に、たくさん線が引かれていました。
「これはパーティーの食費よ。見て? あなたが食べたものに線を引いてみたんだけど、あなただけ、値段が二倍以上あるの。過大評価、親の七光りは目をつむったとしても、これだけはもう見過ごせない。さっきも言ったけど、金がない。このままだと、魔王城に到達するまえに、あなたを除いてパーティーは餓死するわ」
「で、でも、盾役は体力をつけろと言ってましたし、体力をつけるために飯を食えって言ったのはみんなです……」
「そんなの本音なわけないでしょ!? 話を額面通りに受け取らないで、七光りクソ勇者!」
そしてサリュウさんは舌打ちをする。そして背を向ける。
言い負かされた私は泣きそうになりました。いえ、実際に泣きました。ただ、誰も憐れんでくれなかったので、すぐに涙は引っ込み、泣いた実感を得ることができませんでした。
そうして、次に口を開いたのは、パーティーのリーダーであり、男の戦士でもあるゲイツさんでした。
「追放するから説明もいらないと思ったんだが……説明してやろう」
ゲイツさんは私をにらんでいませんでした。しかし憐れんでもいません。
他人と接するときとほとんど変わらない眼差しを私に向けながら、淡々と説明をしました。
「血統書付きの犬と同じく、勇者の血筋にも価値はある。ただ、勇者の子どもが勇者と同じ力を有しているかというと、それは違う。お前もそれは感じているはずだ。ただ、一部の親たちは無能であろうが何であろうが、自分たちの血筋の高貴さを失わないために、優秀な勇者としてパーティーに自分の子どもたちを加入させたがっている。そこで慣例的に、ある裏取引が行われているんだ。アイリ、どんなものだと思う?」
私は首を横に振りました。検討もつきません。
「そういやアイリは頭が悪かったよな、すまない。まあ正解を言うと、将来有望なパーティーに加入させるべく、親たちがパーティーに金を払うんだ。ちなみにその金で、俺たちは風俗に入り浸ったよ。出発前には、スッキリさせていきたいからな。ありがたかったよ」
「……えっ? ちょっとまってください。それじゃあ私の成長を見込んで誘ったという話は?」
「嘘をつくことも取引のなかに含まれていた。それだけだ」
私はショックを受けました。今まで信じてきたパーティーだけでなく、親も含めてすべて嘘だったのです。
一日にして私は、信じてきたものをすべて奪われた気持ちになりました。
私はそんな自分の状況を信じたくなくて、回復魔導士のペルに助けを求めました。
私は十五歳でしたが、ペルは一つ年下で十四歳です。年齢が近いこともあり、旅の途中、何度も本音のお喋りを交わしてきました。それだけ私とペルは仲が良かったのです。
「ペル……」
救いを求め、私は仲の良かったペルの名前を呼びました。
しかしペルは、無言のまま、そっぽを向きました。
しばらくしても、ペルは私と視線を合わそうとしませんでした。
※
魔王城のベッドで横になりながら、アイリはここで一呼吸置いた。
俺はうんうんとうなりながらも、思ったことを口にした。
「人間はやはり酷い生き物だな。ペルという女の子も、仲良しのようでいながら、結局悪いやつだった。酷い裏切り者だ。しかし貴様、それでは俺の恐怖に勝てないのではないか?」
アイリは少しだけ笑みを浮かべ、首を横に振る。
「ここまでなら、魔王さんのほうがまだ恐いです。でも、まだ続きがあるんです」
「……本当か?」
「ええ、だから続きを今から……くっ、痛い!」
しかしアイリは苦悶の表情を突然浮かべた。
恐怖したか、と考えたが、それは違うとすぐに分かった。
凍傷が痛むのだろう。
話が進まなければ恐怖しない理由も分かりそうにない。
俺はしぶしぶ、仕方なく、本来ならやりたくもないことをやろうと思った。
「どこが痛む?」
「足指……」
俺はかけていた布団を少しめくり、アイリの足先を確認した。
「うむ、少し腫れてるな。細胞が壊死していないのは、体力があるおかげだろうか……」
アイリの指先には大きな水疱ができ、腫れあがっていた。凍傷が進むとここからさらに細胞が壊死し黒くなる。壊死していない理由は、いま生きて喋るほどの体力と関係があるのだろうか。普通の人間の体力ではない。
「どうしたんですか、魔王さん?」
「いや、なんでもない。ちょっと腫れてるだけだ。気にするな。それより貴様は恐怖できない理由を話せ。続きがあるのだろう?」
俺は魔王として、話を聞かなければならない。そのためにやむなく、足指に治癒魔法を唱える。
痛みがやわらいできたのか、アイリは饒舌に、壮絶な話をさらに語ってくれた。
後編は明日。