魔王さん、拾った少女を恐怖させるけれど
短かった。
「……あったかい……ここは天国……?」
「いや、むしろ地獄に近いぞ。なんて言ったって、ここは俺の城だからな」
ベッドの上で寝ぼける少女に、俺は丁寧に答える。
寝ぼけながらも、いまだに目を開けない人間を見る俺こと魔王。
俺はいま、椅子に座ってじっと、その人間……少女を見ている。
ここは魔族たちがはびこる魔王城の寝室だ。
寝室も含めて魔王城はどこも光はない。外も常に吹雪いている。陽が射す時間などない。
そんな暗い空間で、幸せそうに寝ている女。
俺が魔王だと知ったら、驚くだろうか。いや、ショック死の可能性もあるな。
人間と魔族は相容れない存在だ。人間は魔族を殺すし、魔族は人間を殺す。そこに理屈はない。ただどちらかが滅びるまで殺し尽くす。
そんな殺戮対象の親玉が目の前にいるのだ。驚かないはずがない。
そして、その時はきた。
少女はまぶたをゆっくりと開け、こちらを見た。
「目覚めたか、愚かな人間……」
いつもより低い声で言う。なおかつ、俺は自身を怖く見せるべく、少し前に体を傾け、少女に顔を近づけた。
俺は人間よりはるかに筋肉があり、身体も二回りほど大きい。対して少女はよく現れる冒険者より小さい。髪が腰まで伸びるほど長く、瞳が大きいことで、より幼さが出ているのだろう。
そんな幼い瞳を瞬かせ、俺をじっと見た。
「恐怖せよ、俺は魔族を統べる王……魔王だ」
「あ……温かいベッド、ありがとうございました。寒くて死んじゃうところでした」
「人間の肌にも合うベッドと、お湯で温めたタオルを指に巻いたかいがあったな……ではない! 恐怖、せよ! 俺は魔王だぞ!」
俺はつい立ち上がって、少女に向かって怒鳴りつけた。
怒りの波動に、つい寝室の家具がカタカタとゆれ動く。魔王城を徘徊しているネズミのような小動物の気配が瞬時に消える。
しかし、少女の瞳は、起きた時からまったく変わっていない。
「恐怖せよ!」
「えっと、恐怖ですか?」
「そうだ、恐怖せよと言っている」
「うーん……」
少女は首をかしげる。
なぜ恐怖しない!
「いや、そこは、考える必要があるのか?」
「……と言われましても、恐怖する要素がなくて……」
「俺は魔王だぞ? まさか、信じていないのか?」
「それは信じています。私、魔王を討伐しにきたのですから」
「そういえばそんなことを言ってたな。じゃあなぜ恐怖しない?」
「何故って……優しくしてくれたあなたに、恐怖する必要がどこにあるんでしょうか?」
俺は椅子に座り、深呼吸をし、心を落ち着かせる。
人間を容赦なく駆逐する魔族の王たる俺が、ここまで恐怖されないことは想定外だった。
こいつは丸腰で軽装だが、魔王を討伐しに来たらしい。そうであるなら、なおさら俺の無慈悲な言い伝えを知っていてもおかしくないはずだ。
それを、ただベッドに運んだだけで優しいなどと、魔王に対する愚弄にもほどがある。むしろ魔王によって監禁されていると考えた方が自然だ。
俺は再度、恐さを込め、低い声で言ってみる。
「俺のことを何か誤解しているな、娘よ。俺は魔族の王、魔王だぞ? 人間を虐殺し、魔族の版図を広げ、この世界を支配する魔王だぞ? まさか貴様、救われたなどと思ってはいないだろうな?」
「え、救ってくれたんじゃなかったんですか?」
ここにきてようやく、少女の顔に驚きが現れた。
「当たり前だ。魔王が敵である人間を救ってどうする!? 仲良くなると思ったのか、それとも嫁になれるとでも? 魔王をバカにするのも大概にしろ」
「ああ、う……ゴメンなさい」
少女は目に涙を浮かべはじめた。
ここから恐怖させていけば、予定通りに事が進む。
ようやく俺の気分が優れてくる。
が、少女はそんな俺の楽しい気持ちを一蹴する一言を放った。
「でも恐怖はやはりできないです。今はもっと恐い存在がいるので……」
「俺よりもっと恐い存在、だと?」
俺はイスから転げ落ちそうになった。
恐怖の魔王より恐い存在とは何だ?
俺の魔王としての矜持が崩れ、当時に、体のバランスも崩れた。
「……魔王さん、聞きますか、私の話? 少し長くなりますけど……」
魔王さん、などという呼ばれ方は馴れ馴れしく不快だった。
だが、それより好奇心の方が勝っていた。
「ああ、聞いてやる。貴様の言う恐怖の存在、この耳に焼きつけてやろう」
それから俺は聞かされることになる。
この少女……女勇者・アイリがパーティーを追放されるまでのいきさつを。
短いので数時間後に続き投稿します。
またこのお話と違い少々長いエピソード(2話分割)、一人称の語りは少女(女勇者アイリちゃん)な回想シーンであり、シリアス追放エピソードです。