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一緒に暮らしてもいいですか

最終回です。

「これでようやく完成か」

「長かったねー。気が遠くなったけど、よかったねー」


 俺はルトンとともに、再建した魔王城を見上げた。


 人間たちがやってきたあの一件と、人間のスキルによって、この魔王城は残念なことに半壊した。吹き飛んだ場所はもちろん、その周囲も崩れたりヒビが入ったりと、魔族の王としての威厳ある建築物では最早なくなっていた。


 だから残ったものを土台に、一生懸命再建することにした。

 各地に点在する魔族たちには人間との闘争を辞めさせ、資材集めを命じた。ワイバーン部隊は世界中を飛び回り、ゾルディアックスは僻地の村人と物々交換をするようになった。

 おかげで思いのほか早く完成を迎えることができた。


「魔王様、なかなかいいセンスしてるじゃないの」


 そう言ったのはフルゥだった。相変わらず大きな谷間を見せつける。サキュバスの癖なのだろう。ただ俺はそんなものにはつられない。


「ちなみに聞くが、いいセンスとはどこのことだ?」

「城の中よ。明るくて素敵だったわ」

「ああ、あれか。ロウソクの明かりがあれほど綺麗だとは俺も思わなかったよ」


 以前まで紫の炎を放っていた暗いロウソク。それを俺は赤い炎を灯すロウソクに変えた。

 買いつけは人間に見える魔族だけで行った。硬貨の確保は各地で物品を販売して集めたものだ。

 俺はフードをかぶり、外骨格の身体を覆う服を着れば何とかなるので、俺も人間の街に出て買い物を行った。


 その時に感じたことだが、人間社会は案外悪くはなかった。というより、驚きに満ち溢れていた。見たこともないもの、聞いたこともないもの、見たことで便利だと感じるものが意外なほど多かったのだ。

 人間と魔族が文明に壁を作ったのは、随分とまえの話だ。その間に人間は華奢な体で、そういった欠点を補う立派な知恵と文明を身に付けたのだった。


「魔王様、ところで玄関のあれはなに?」


 あれ、と言ってフルゥが指で示す。天井にある無数のロウソクの束が気になったようだ。


「あれはシャンデリアだ。広い空間を明るくするにはロウソク数本じゃ足りない。だから、何十本もつけることのできるシャンデリアを人間の街で買ってきた。いい道具だろう?」

「そうね、とてもいいわ」


 そこでフルゥは一呼吸置いて言う。


「変わったわね」

「うん? ああ、魔王城はとても明るくなるな」

「それもそうだけど、そうじゃなくて魔王様のこと。人間に対して、寛容になってきた。最近は部下たちに撤退か人間との交渉しか指示を出していない。その上、駆逐という言葉はもう使わなくなった」

「そういえば、そうかもしれないな」

「人間に対して優しくなったの?」


 俺は考える。果たして俺は人間にとって優しくなったのだろうか。

 いや、たぶんそれは少しちがう。

 人間にとって優しい存在であれば、共同生活でも同盟でも結べばいい。小競り合い程度の戦いは今も起こっているので、各国に対して休戦の申し込みでもするべきだ。


 だが、俺はそこまでする気はない。

 それは俺が魔族で、魔王だからだ。完全な相互理解など望むことはできない。現に俺は、かつて流れ星にした男の死を、これっぽっちもやりすぎだと感じていない。もし同じような苛立ちを覚える人間が現れれば、もう一度、同じことをやってしまってもいいと思っている。


 ようは、プライドだ。

 そして、そういう面倒なプライドは人間側にもある。姿形が異なる魔族を受け入れない人間どもは、たくさんいるだろう。そこはどうにもならない。


 だが、俺自身は少しぐらい変えることができる。人間側に対して、魔王からの譲歩というわけだ。

 それに人間側の流血沙汰が引き起こす悲劇。そういったものは減らした方がいい。

 そこにアイリのような人間がいると想像すれば、減らすことは自然と考えることができる。悪い人間がいると同時に、良い人間もいる。


 だから、これでいい。


 少し優しくなった恐怖のヘタレ魔王ぐらいで、ちょうどいい。



「みなさん、カルボナーラという人間の料理が出来ましたけど、食べてみます?」


 そう言ってひょっこり玄関から出てきたのは、図体のでかいデーモンベアーだった。彼ほど人間社会精通している魔族はいないだろう。カルボナーラという料理も、人間社会にある料理の本から学んだものらしい。


「中に入って食べるか、ルトン」

「そうしますー……と言いたいところですが、私はそろそろ時間ですねー」

「時間……ああ、忘れていた」

「酷いですねー。この雪山は迷子になると大変なので、私が行きますねー」

「いいのか、ルトン。お前も迷子に……」

「迷子になりませんよ。あの人と出会った時のルトンならいざ知らず、四年経ったルトンはもう大人です。ではー」


 そう言って童女改め大人の女性に近づいたルトンは、口を避けることなく、笑みを浮かべて言った。


 あの騒動……雪山で倒れていたアイリを助け、介抱し、追放した奴を流れ星に変えた日から四年。

 ゾルディアックスの持つ水晶を経由して、突然アイリは俺と連絡を取り、こんなことを軽快に言った。


「魔王さん、お久しぶりです。突然ですが、私、しばらくそちらで暮らしてみようと思っています。近々、立ち寄ることになりますが、その時はよろしくお願いしますね」


 ……暮らす?




           ※




「そうか、アイリはここから出るのか」


 四年前。

 オンゾによってボロボロになった私とペルは、魔王城で傷を癒していました。私の傷は思いのほか深く、跡の残るものでしたが、体力SSSランクのおかげで、一週間もかからずに完治することができました。ペルは大きな傷がなく、また体力が戻ってからは自分の魔法で治癒を行うほどでした。


 そして私とペルは魔王さんに考えを打ち明けました。

 魔王城をあとにして、自分たちの生活を再び始めたい、と。


「すみません、魔王城を直すお手伝いをするべきなのですが……」


 魔王さまは「気にするな」と言って首を横に振りました。


「確かにこの城は魔族しかいない。アイリもペルも言葉にしないが、気を遣うのも遣わせるのも、申し訳ない、という所か。ただ気にするな。魔族の応援はいくらでも呼んでいる。

 それより、いいのか? ペルの家庭を俺は知らないから何とも言えないが、アイリは両親のことを憎んでいるのではないのか?」


 無能な子どもを勇者パーティーに入れるため、私の両親がリーダーであるゲイツに金を払ったという話。私はそれを魔王さんに少しまえに話しました。きっとそのことだろうと思います。

 でも私は、落ち込むことなく言いました。


「あのとき、私はゲイツのことを鵜呑みにしたのですが、本当にそうだったのか、分かりません。実はペルも知らなかったことらしいのです。だから、真実を知るために、一度帰ろうと思うのです」

「もしそれが真実ならどうする?」

「そうですね……生まれて初めて、親に対して怒るかもしれません」


 魔王さんは、フハハと独特な笑い方をしました。


「その程度でいいのか。アイリは甘いんだな」

「甘い、というより優しいと言って欲しいです。魔王さんも、誰かに対して甘いとか、あまり言われたくはないですよね?」

「むう、まあそうだな」



 そのあと、私とペルは、魔王さんの使う飛翔魔法によって、ふもとの町まで戻りました。

 飛翔魔法は唱えた本人も同伴しなければならないので、魔王さんはフードを深々と被り、ガウンも羽織って、魔族らしさをかき消そうとしてました。

 私はその姿がとても新鮮で、かなり人間っぽくて、隣にいたにも関わらず、つい少し笑ってしまいました。


「何がおかしい」

「いえ、別に。その姿なら、人間界で暮らしても変に思われなさそうだな、なんて」

「そんなに人間っぽいか? だが俺がここで暮らすことはないな。ここにいる人間は、逃走から離れた生活を営みたいものばかりだろう。まあ、俺とは縁がないな」


 そんなことを魔王さんが言った直後、別れの挨拶も特になくあっさりと、何事もなかったかのように私たちのまえからいなくなりました。

 おそらく、飛翔魔法で魔王城にでも戻ったのでしょう。


「ここ、ラストリアの町だね。アイリの住んでいる所とは反対方向だから、ここでお別れかな?」


 ペルが寂しそうに言いました。


「そうですね」


 私は空を見上げる。大きな空。きっとこの大地は大きくどこまでも広がっているのだと思うと、別れた人とは二度と会えないのではないかと、ふと思いました。

 そんな別れを感じているのか、ペルが少しだけ瞳を潤わせました。


「私、アイリと二度と会えなかったとしても、絶対忘れないから。楽しいことはもちろん、つらいことも、つらくしちゃったことも、全部、絶対忘れないから!」

「私も忘れない。だって私たち、これからも親友でしょ?」


 少し言葉を交わし、互いに涙を浮かべたあと、私とペルは分かれました。質素な馬車に乗り、それぞれの故郷へと向かっていきました。


 私はペルの乗る馬車が視界から消えるまでずっと見ていました。






 それから四年、つまり現在。

 私は再び、性懲りもなく旅をしていました。

 今は親のいる街ではなく、雪山です。

 出かけ様に「本当に行くのかい」と心配そうに言ってくれたのは母でした。

 しかし心配そうな目で見ていたのは父も同じでした。

 でも私の決心は固く、揺らぐことはありませんでした。




 心配をするのは、当然だと思います。

 悪いパーティーに入ってしまい、旅の途中で死にかかった私が、もう一度旅に出ると聞いて、心配しないわけがありません。

 そんな悪いパーティーのリーダーであったゲイツは、私に声をかけたあとに、「娘さんがパーティーに入るのだが、手厚く保証するためには生活費が必要になる」と嘘をつき、本来なら必要のない生活費を私の親から奪い取りました。そんな嘘のなか、さらに私には「金でパーティーに入れてくれと言ってきた」と嘘の上塗りをしていたのです。


 旅にはそんな嘘つきがいると知った両親は、私を勇者の血を引き継ぐものではなく、一人の女性として私を育てあげました。


 私は十九歳になるまでの四年間、学校に入り、ひたすら勉学に励みました。主に座学ばかりだったのでSSSランクの体力は徹夜の勉学に使うだけで、戦いの日々が夢の日の出来事のように感じました。もう戦うことはないのでは、と内心感じたほどです。


 ただ私なりに未練があったのでしょう。

 次第に、勉学の進む方向は、『魔族との異文化交流』という、非常に需要が増している教科に入っていきました。何の気なしに授業を選択して、その教科にたどり着いたのだから、これには少しばかり運命を感じました。

 そして、ふと思いました。

 もう一度、魔王さんと会ってみたい。


 とある日、学校主体の村の調査の際に、水晶をもつ魔族と出会いました。

 その魔族の方はゾルディアックスという名で、最近は戦うのではなく、村人と交流を深め、物々交換をしているということでした。


「その水晶は一体何に使うのでしょう?」


 私がそう聞くと、


「これは魔王様に報告するために使うんだ」


 と答えてくれました。

 なので、ちょっとだけ、無理やり拝借して、水晶をいきなり起動して、魔王さんの顔が映ったことを確認してから、こう言いました。


「魔王さん、お久しぶりです。突然ですが、私、しばらくそちらで暮らしてみようと思っています。近々、立ち寄ることになりますが、その時はよろしくお願いしますね」






 名目は教科『魔族との異文化交流』の実地調査。これには教授の了承も得ています。

 でも私はそれだけで終わらせたくはありませんでした。

 ボロボロになり、自分たちの生活を再スタートしなくてはならないほど、疲弊していたあの頃には出来なかったこと……。


 例えば、何度も助けてくれたことに対する感謝や、城に穴をあけてしまったことへの謝罪など、挙げていけばキリがありません。


 調査期間は半年。長いようで、短い気もします。延長も考える必要があるかもしれません。





「遠いところから、わざわざゴメンねー」


 一瞬、その少女が誰だか分からなかったのですが、笑顔になり口が裂ける様子を見て、その魔族がルトンだということに気付きました。


「いえいえ、こちらこそお迎えすみません、ルトンちゃん」

「いいよー。魔王城、そんな人間が踏み込めるようには出来ていないからねー雪山の雪、消すつもりはないみたいだし」


 ルトンが雪山の雪を踏みしめます。

 その雪はかつて私を懲らしめ、死に近づけさせた雪と同じものです。しかし今は、白く綺麗に見えました。


「で、馬車とか乗り物とかあるのですか?」


 ルトンは首を縦に振ります。

 すると、ドン、という地鳴りとともに、山が――ではなく、巨大な亀が現れました。


「ビッグ・タートルに乗っていくの。乗り心地はイマイチだけど、耐寒魔法を唱えて座っているだけですぐに着くよー」


 私はルトンに言われるがまま、そのビッグ・タートルの甲羅の上に乗りました。というより、ビッグ・タートルが私の服の襟をくわえて、背中にまでもっていきました。


 そして快適な甲羅の旅がしばらく続くと、次第に魔王城が現れました。


「魔王城、綺麗になったのですか?」

「気の遠くなるような再建だったよー」

「それは、ごめんなさい」

「いいよいいよ、アイリちゃん。あの技はしょうがなかったんだし、壊れた部分のついでの改装が多かった感じかな? シャンデリアとかつけちゃったし」

「しゃ、シャンデリア!?」


 シャンデリアには驚きを隠せませんでした。

 なぜなら暗い部屋や廊下に美徳を感じていた魔王さんのことだから、そこまで明るくするとは想像できなかったのです。


「そんなに驚くこと? 人間の家では当たり前についてるんじゃないの?」

「い、いえ……たぶんそれ貴族とか、酒場とか、そういう人が集まりそうな所ばかりですよ」

「へえ。じゃあ魔族の方が一歩リードしたって感じなんだね」

「そうかもしれませんね……」




 そして私はビッグ・タートルの背中から降りて、魔王城の扉のまえに立ちました。

 懐かしい魔王城。そばには人間の三倍以上大きなゴーレムが黙って立っています。このゴーレムもかつてあったな、と思い出に浸るとともに、何故だか、心臓がドキドキしてきました。


 そういえば魔王さんの顔、当時はあまり意識していなかったけれど、美形だった気がするな、という変な形で思い出が蘇ってきます。


 どうしてだか、分かりません。

 それに、この胸の高鳴りを、どう表現していいのかも分かりません。


「大丈夫?」


 心配そうに見つめるルトンが言いました。


「ええ、大丈夫で、ですよ?」


 ちょっと私は大丈夫ではない気がしました。


 が、そんな気持ちとは関係なく、魔王城の玄関の扉は、ゆっくりと音をたてて開きました。


「アイリか。久しぶりだな。いまデーモンベアーが調理した人間の料理、カルボナーラを食べているんだ。しかし人間の料理の再現度まではデーモンベアーも分からない。

 アイリ、食べてみてくれないか」


 まるで昨日まで一緒にいたかのような、そんな口調で淡々と魔王さんは言いました。

 ただ、私はそんな落ち着いた気持ちにはなれませんでした。

 だから、カルボナーラのことなんて忘れて、思ったことをそのまま口にしました。


「あの、今日からしばらくの間……いつまでか、分かりませんが、魔王さんと、その、えっと、一緒に暮らしてもいいですかっ!」

これでおしまいです。ご愛読ありがとうございました。

ブクマ、ポイント、感想、大変励みになりました。おかげでラストまで書ききることが出来たと思っています。


少し長めのあとがきは18年12月10日の活動報告として挙げています。

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