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美しい球体の大地

 アイリが死ぬ。それは俺にとって痛くはない。だが怖く、気持ちが悪い。想像もしたくない。


 だから、逃げろ。


「魔王さん、私は立派な体つきとかではないですけど、体力SSSランクの勇者なんですよ。少しは信頼してください。魔王さんを守ることぐらい、私にもできます!!」


 アイリはそう、大きな声で俺に言ってみせた。

 オンゾに気付かれるから声を出すな、と俺は言いたくなった。

 だが俺の声は出ない。

 それに、すべて遅かった。


「その声はアイリだな? 二対一なんて卑怯じゃないか?」


 オンゾの眼球がかつてあった場所から血が流れている。オンゾの視界は確実にない。だが、奴の視線は確実にアイリを捉えていた。

 やめろ、と力をふり絞って動こうとするが、まだ指先が動く程度にしか回復していない。


 剣の先は、すぐさまアイリに向かった。

 さっきも攻撃を受けてはいたが、アイリの体は華奢だ。斬られてしまう。体力SSSランクが何だ。ダメだ。ダメだ。

 ああっ!


「……SSSスキル発動、現界せし想念の衣、我が身と我が友の身を守り、反発の力を以て脅威を滅せよ!」


 オンゾの大剣の剣身がアイリの頭上にまで達する。その瞬間に、そのスキルの詠唱はおわった。

 アイリの腕から豪奢な光が現れ、その光が大きな衣になったかと思いきや、アイリを包み込んだ。そして続けざまに俺の体もそんな光に包まれた。


「ぐ、ぐおおお? なんだ、どうした? 動かんぞ?」


 オンゾはアイリの頭上まできた大剣を押しこめようとする。しかし光が弾けるだけで、一向にアイリの体は斬れる様子を見せない。それどころか、だんだん距離があき、オンゾがアイリから離れていく。


「お、お、お、おおっ????」


 ピン、という軽い音がなる。


 そして、ゴオン、ドオン、ドドン、と身体が震えるほどの大きな音が部屋中に響き、牢の部屋を覆っていた壁や天井とともに、オンゾは俺の視界から消えた。


「い、今のはなんだ……?」


 ようやく口が動いた。やっとアイリと言葉を交わせた。


「体力スキルは主に守りのスキル。ですが、カウンターという手段もあるのです。オンゾの攻撃をすべて、一撃に収束して還してみました。SSSランクの技なので、ここまで豪快にできる人は数えるほどしかいないですけどね。驚きましたか?」

「驚いた。ああ、素直に驚いた。体力が膨大にあるだけだと思っていたからな」

「それだけだと、本当にただの体力持ちなだけで、冒険者にはなれませんよ。スキルが扱えてこその冒険者です。それに『親の七光り』だとか言われてきましたけど、私は勇者の血を受け継いでいるので――」


 光に包まれたアイリが笑顔を浮かべながら言った。

 だが、すぐにそんな光は消え、言葉も途切れ、アイリは床に倒れ込んだ。


「アイリ……!」


 俺はしびれる体を無理やり動かし、ゆっくりとアイリのもとへと歩む。順調に回復はしている。しかし心臓は早鐘を打っている。

 早く、早くとアイリのもとへと走った俺は、すぐにアイリを抱き起こした。


「……あっ、魔王さん、大丈夫ですよ。雪のなかで拾ってくれたときと同じく、体力が底をつきて、眠くなっただけですから」

「いや……いやいや、だからといってここで寝るなよ。寝室へ行くぞ」

「はっきり目を開けることができないんですけど……寝室って残ってますかね?」

「……分からないな」


 俺は上を見上げる。

 地下にいたはずだが、青空が見える。高山だから、雲一つない青空だ。

 瓦礫の山がいくつもの層に重なっているのは、一階、二階のあった場所だ。魔王城全体が崩れているわけではなく、頭上のみ消え去っていて、その周囲が崩れているのだが、まるで廃墟に迷い込んだかのような光景だ。


「あ、ちなみにルトンたちは無事ですよ。あの技は私が友達だと思っている人にも魔法の衣が現れる仕組みになっているのです。魔族のみなさん、そしてペルには一切攻撃があたっていないことをお約束します」

「そうか、それは何よりだ。ただ、俺の意見を言っていいか?」

「はい」

「攻撃、いや、カウンターか。正直、魔王城は崩して欲しくなかったな。スキルの力の調節も、もっとできるだろう。魔王城の建築は、意外とめんどくさかったりするんだ」

「す、すみません。でも全力で挑まないと、オンゾは倒せないと思ったんです」

「まあ、そうだよな。薬で肉体がおかしくなった人間。それに人間が勝とうというのだから、それぐらいは当然か。何だか責めてすまないな」

「あ、はい。いえ、魔王さんが謝る必要は、やっぱりないですよ」


 オンゾはアイリだけでなく、魔族にとっても強敵になっていた。

 俺以外の魔族であれば、束になってかからないと止められなかったかもしれない。げんに、強いはずのフルゥがやられていたのだ。


 だがそんな脅威も、もういない。

 これはアイリのおかげだ。


 そう、俺は歴史上初の、人間に命を助けられた魔王となってしまったのだ。

 情けないだろうか。

 よく分からない。

 だが、悪くはない。




 俺はアイリを抱きかかえて、その場から立ち去る。

 寝室があればそこに、なければそれっぽい部屋でアイリを横にさせる必要があった。できれば窓ガラスも割れていない、風の入らない部屋がいい。高山に位置するここは、どうしてもアイリにとって冷える場所だ。


「どこへいく……」


 歩いていると、瓦礫が動き、その中から腕が伸び、次に顔が出てきた。

 オンゾだ。

 あらゆるところから出血をしているオンゾは瀕死であるにも関わらず、笑みを浮かべていた。


「貴様はしつこいな。もう帰るんだ」


 俺はそんなオンゾの頭を足で踏み、立ち去ろうとする。

 だが、オンゾはそんな俺の脚を手でつかんだ。


「待て……まだ薬はあるんだ。薬を飲めば、さらなる力を得て、魔王のお前を倒すこと……が、できる」


 オンゾの手のひらにはいくつもの薬瓶があった。じゃらじゃらと音が鳴る。いくつか割れているが、気にしてなさそうだ。


「俺に勝つことは不可能だ。そんな薬があっても、傷は治らない」

「そんなことはない。その慢心が、また、誰かを傷つけ――」


 俺はオンゾの顔を力いっぱい踏みつけ黙らせる。

 そして、アイリをその辺にあったイスに座らせた。

 これ以上、オンゾをここに置いておくわけにはいかない。


「すまないアイリ。少し待っていろ。寒いかもしれないが、すぐ戻る」

「はい?」

「あと、空を見ていると、いいものが見えるかもしれないから期待していろ」

「え、ええ?」


 アイリは要領を得ていない。眠たいのだろう。だが、少しだけ空を見上げてくれればいい。

 色々とあったし、迷いもしたが、俺はこうすることにする。


 アイリ、俺はオンゾを殺す瞬間を見せてやる。

 ただ、お前がそれだと気付かない、思いがけない方法で見せてやる。






 俺はオンゾを瓦礫から引っ張り出す。そして、オンゾの手のひらにあった薬瓶をすべて、オンゾの口の中へと放り込んだ。もちろん、開けることなく瓶ごとだ。

 咀嚼しようとしたオンゾは、瓶の破片を噛みしめることになり、すぐに吐血と嗚咽をもらした。

 だが、俺はそんな醜悪な嗚咽をアイリに聞かせたくなかったので、すぐにオンゾの首根っこをつかんで空へとのぼった。


 空をのぼっていくと、太陽に近づくので、明るくなるかと思う。しかし本当は暗くなる。不思議なことに寒くもなる。

 さらにのぼっていき、頭上に巨大な暗幕が垂れたかと思いきや、人間や魔族が暮らす大地自体が暗幕に包まれる。そして足元に巨大な大地が見える。


 初めてのぼった時に気付いたことだが、この大地はどうやら、真っ直ぐに地平線まで延々のびている訳でもなく、ビッグ・タートルの背中にいる訳でもなく、球体だ。それが人間も魔族も勘違いしている、俺だけが知っている世界の真の姿だ。

 魔族の審美眼は人間とちがうので、人間が見ればデコボコしたものに見えるかもしれない。しかし俺にとってのそれは、やってきた数々の闘争がちっぽけに見え、その元凶ともなる人間と魔族を生み出した酔狂な創造神を感じるほどのものだった。

 魔族の王たる俺が、唯一畏敬の念を抱く存在。球体の大地。


 俺は、そんな大地が美しいと感じた。

 青々としたその球体を何と呼べばいいか、それは分からない。名前をつけたがる人間のことだから、きっと、誰かが、相応しい名前をつけてくれるだろう。



 だが、今日は相応しい名前をつけることのない人間を、俺はここに連れてきた。

 オンゾだ。


「見えるか、オンゾ」

「あ、あう……?」

「そういやお前、目がなかったんだな。これでどうだ?」


 そう言って俺はオンゾの首根っこをつかむ。そして魔法を流し込んだ。今、俺が見ている視界だ。こうすることで、相手には俺と同じ物が見える。

 これは本来なら、処刑される自分自身を見るという、胸くその悪い処刑に使われていたが、俺は魔法を使うことがなかった。

 だが、こんな形で使えるとは思ってもみなかった。

 まあ、あまり上品な使い方ではないが。


「これは大地の上だ。信じられないだろう」

「だいち?」


 オーバードーズが思いのほか進行してきているようだ。脳がもうダメなのだろう。体の筋肉は膨張しすぎてはじけ、血が噴き出している。吹き出した血は無数の小さな球となり、暗闇をふわふわと浮遊する。


「お前からみて、どうだ? 美しいか?」

「き、きれ、い」

「そうか、綺麗か。それはよかった。案外、人間と魔族の審美眼は同じなのかもしれないな。ただオンゾ、残念なお知らせがある。俺はもっと大切な目的を果たすためにここへ来たんだ」

「あ、えう?」

「俺は貴様を心底なめていた。それをまず詫びたい。魔王として詫びたい。だから今度はなめることなく叩きのめす」

「た、たき、のめ?」

「そう。そしてその詫びと同時に、アイリにはしっかりと、追放したものが、どのようにして最期を迎えるのか、その目で確かめておいて欲しいと思ったのさ。いや、アイリは気が付かないだろうから、俺が一方的に見せるだけなのだが、まあどこかで殺す想像ぐらいはするだろう」

「え、あ、う……お、おまえ、なにを……?」

「長々と喋ったらが、まあ、あれだ。魔王に歯向かう代償は、こんなものだ」


 オンゾの顔が正気に戻ったが、一瞬にして強張った。


 そうそう、それが魔王を見る人間の当然の反応なのだ。

 魔王イコール死。アイリには結局見せる機会はなくなった上に、見せる気もなくなったが、それこそが本来の姿なのだ。


「最近知ったのだが、これぐらい高いところから物を落とすとよく燃えるんだ」


 俺はオンゾの背中を、青々とした大地へ向けて蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばしたのは、勢いのある方が燃えると知っていたからだ。




 ※




 私は眠たい眼を何とか我慢して開き、青空を見上げていました。

 魔王さんの言っていた意味を、ちゃんと確かめたかったからです。


 そして、


「あっ」


 それらしき物が見えました。


「流れ星」


 その流れ星は尾を引き、白と赤の光を放ちながら、地上に降り立つまえに消えてしまいました。

 あまりの一瞬の出来事だったので、現れてから消えるまで、私は本当に何も考えることができませんでした。


 あまりにも一瞬――だけど、綺麗なだけではなく、その光は、少し怖く、何か不自然に気持ち悪いものを感じました。

 魔王さんがオンゾを連れてどこかへ行ったことと関係があるのかもしれません。

 いえ、関係がないとは思えません。


 でも私は、心の奥底から恐怖を感じたわけではなく、その光が消える最後の瞬間には、どうしてだが、今まで心につっかえていた、何か複雑でいびつなものが、スッと雪のように溶けて消えた気がしました。


 そうして私は、ようやく眠ることが出来たのです。

次回、最終回。明日の更新を目指して頑張ります。

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