逃げろ。
最終回じゃないです。
「俺のこと、魔王は舐めすぎてたみたいだな?」
それはそうだろう。サキュバスのフルゥに負け、行動原理はクズそのもの。そんな卑怯な生き物が、強いとは到底思えない。
だが、目の前にいるオンゾは、そんなオンゾでは最早なかった。
かつて痩せていたオンゾの体は、弾けるように筋肉が隆起し、浮き上がった血管は脈を打っている。身長は天井までのび、俺よりはるかに大きい。そのためか、下半身のズボン以外はもうすでに着ていたあとがない。手錠も、腕に跡は残っているが、見当たらない。
そして俺の一撃の跡は、腹に赤いアザを少し残しただけで、致命傷にはなっていないようだった。
「ピンチか?」
オンゾがニヤニヤと笑う。オーバードーズなのか、薬の作用でオンゾの口からは血が垂れている。何がおかしいのか分からないあたり、脳の方もおかしくなっている可能性はある。
だが、
「バカにするな。人間に力で圧倒されることは、これまでも、これからも、決してない」
だからといって恐れるような相手ではなかった。
薬をやろうが、体つきが変わろうが、しょせんは人間。魔族の王たる魔王に敵う相手にはとても見えない。
俺は一瞬で間合いを詰めた。オンゾとの距離はゼロ。そして腰より下から繰り出す拳でアゴを殴った。手は抜いてないので、通常の人間であれば首は飛ぶ。しかし強化されたオンゾの肉体は耐えた。
見事、と思うと同時にぐらつくオンゾの頭を両手でつかみ、それから両目を両手で覆い、手のうちから魔法を放った。オンゾの目と俺の手の間からは黒い闇がほとばしり、それから「ぎゃあああ」という悲鳴が牢屋にこだました。
俺の放った魔法は氷。つららのように鋭い氷を形成し、それが人間の部位のなかで最も柔らかい眼球に放たれたのだ。痛くて叫ぶのは当然と言えた。
もう一生、奴の視界に見えるものはないだろう。
「どうだ、魔王との一対一の近接戦闘は? 瞬殺してもよかったが、挑発に対する特別サービスだ」
俺はオンゾの目をつかみ喋りながら、アイリたちに目配せをする。
逃げろ、外へ出ろ、と。
その思いが伝わったのか、アイリはコクリとうなずき、傷を手でおさえながらペルをかついで扉へと向かった。
俺はアイリたちの動向に注意を払う。
一方でオンゾの動きは鈍くなってきていたので、オンゾが死んだあとのことを考えようとしていた。少なくとも、抵抗することはもうないだろうと感じていた。
そんな一瞬に、俺の隙が生まれた。
オンゾはズボンのポケットをまさぐり、薬瓶を取り出した。
目の見えないオンゾのそんな奇妙な動きは意図が読めず、気付くのが遅れる。
オンゾの目から両手を離したのは、薬瓶を俺の頭上に持ってきた時だった。
俺の反応は遅かった。
薬瓶はフタを開けられることもなく、オンゾの手と俺の頭の間で勢いよく押しつぶされた。
割れた薬瓶の破片が頭に少し刺さる。俺は人間ではないからかすり傷程度ですむが、それでも頭上に痛みが走る。
そして痛みのあとから、異様な香りと、刺激が俺の顔にまとわりついた。
「な、なんだこれは……?!」
体がしびれ、動かなくなる。立っているだけでもやっとな状況だ。
オンゾがそんな俺を見て、目を見開きニンマリと笑みを浮かべた。
「これは対魔族用の毒薬のなかでも、特に先代魔王によく効いた毒薬らしい。あの雪山にある最後の町の最高級品のなかの一つだ。普通に買うと、一生払えない金額を請求されるが、出るまえにくすねてきてよかった。酔ったフリをしていたから、誰も盗みには気付かないし、あの道具袋にこんなものが入っているだなんて想像もできない。お前も含めて。
あとこれも、魔王特攻のある優れた武器だ」
そう見せつけたのは、アイリに振るっていた大剣だった。
オンゾはその筋肉の塊となっている腕で、大剣を何度も俺の肩に振るい降ろした。
「これは歴代の魔王の血を吸った勇者の剣……らしい。よく分からないが、これは最後の町に飾られていたな。こんなものを飾るだなんて、宝の持ち腐れだと思っかから持ってきた。厳重に保管されていたが、しょせん、鍵なんて開けられれば何とでもなる。
いやあ、ユニークスキルの鍵精製がこうやって役立つと気付いたのは、リーダーのゲイツぐらいだったな。おかげで俺はあの小娘のように追放されずに済んだ。ゲイツも人間としてはクズだったが、クズなりに人を見る目はあったということだ」
大剣を何度も振り降ろしながらも、オンゾは淡々と喋る。
俺の体は外骨格でできているため、そうたやすく切れることはない。だが魔王特攻武器というだけあって効果はあり、肩の骨格には大きなヒビが入り、血が流れ出ていた。
いつ肩の肉が斬られてしまうか、分かったものではない。
だが体のしびれは酷く、動けない。
ピンチ、というやつだ。
こういったツメの甘さが、ヘタレと言われてしまうのだろう。
「さて、じゃあ人類史上初の魔王ソロ討伐といこうかね」
刃先は肉に食い込み、激痛が走る。しびれはマシになってきている気がするが、依然として動ける気配はない。
俺は生まれて初めて、死を覚悟する。怖くはないが、痛みとめまいで気持ちが悪い。
だがいつの間にか、振り下ろされる剣は動きを止めた。何が起こっているのか分からなかったが、オンゾの頭に拳大の石が飛んできたことで、俺はすべてを理解した。
そして視線を、そちらにやった。
石を投げてきたのは、外へ逃げたはずのアイリだった。
「だ、誰だ……? この石コロ攻撃、魔王ではないな? ペルか? アイリか?」
オンゾはいま、目が見えていない。
俺はアイリに対して「逃げろ」と首だけ動かして指示を飛ばす。
だがアイリは首を横に振るだけだ。
ペルがそばにいない辺り、上手く逃がしたのかもしれない。
ただ、だからといって大丈夫なわけがなかった。
アイリが死ぬ。それは俺にとって痛くはない。だが怖く、気持ちが悪い。想像もしたくない。
だから、逃げろ。
最終回直前の話が6000文字を超えたので、急遽分割しました。
ということでストックとして置かずに、明日投稿します。
次が最終回1話前です。




