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慢心

まさか火曜とは……。

 俺の鉄拳により気を失ったオンゾを地下の牢へと運ぶ。

 ほこりっぽくて咳き込みそうになるのは、あまり使っていないせいでもあった。

 あまり牢を使わないのは、人間を魔王城に入れることがまずない上に、たどり着いた人間をわざわざ生かす理由もないからだ。

 先代の魔王たちは拷問と遊びのために使ったそうだが、俺にはそこに遊びを見い出す神経があまり分からない。疲れるだけだろう。それに少なくとも、アイリたち人間はドン引きすることは分かっていた。


 オンゾを牢に運んだ俺はさっそく、オンゾの両手に手先がしっかり隠れる硬く重い手錠をかけ、牢の鍵を閉めた。

 オンゾの持っていたやたらと重い袋は牢の外へと放り出しておいた。中身はガラクタのような道具と、彼の体に似合わない装飾過多な剣などがあった。

  こんなものを持ち歩いて奴が何をしたかったのかはよく分からないが、遠くの山へと捨てていくのは面倒だ。


 牢の床は冷たく、なかは暗い。懲罰なのだから待遇としては適切だろう。

 少しすると異変に気付いたのか、それとも床の冷たさに気付いたのか、オンゾは目を覚ました。


「あ、頭がいてえ……てか、ろ、牢屋だと!? なんだ、これ、おい! 俺は犯罪者かよ、出せ! クソ魔王!」


 地下なのでオンゾの大声がぐわんぐわんと響く。不快な声だ。


「魔王である俺をクソ呼ばわりとはいい度胸だな。本来なら万死に値するのだが、今回は聞かなかったことにしよう。しかしこれは貴様のためではなく、アイリのためだ」

「アイリのため……? お前、魔王のクセに人間のためとか言うのか? それもアイリ? あのサキュバス女といい、アイリは魔族に惚れられるスキルでも持ってるのかよ、ははは……はっ!? あがっ!」


 俺はその辺に落ちていた指先ほどの大きさの小石をつかみ、オンゾの目をめがけて投げた。

 小石はオンゾの左目のなかに入り、眼球を破壊する。「あぐう!」とうめき声をあげたオンゾは、手錠の枷のことなど知らないかのように、手で目を抑えようとしていた。

 滑稽だ。


「フルゥ……俺のサキュバスがアイリのことをどうして気にかけていたか、その本心は分からない。だが俺がアイリのことを気にかけているのは事実だ。なぜなら、アイリはお前と話をしたがっているからな」

「俺と……話を?」

「そうだ。だから話をするまでは生かしておく。もっとも、そのあとは殺す。お前のようなゴミは、人間の社会にもいらないだろう」


 俺は破棄捨てるように言ってから、そっと足元に小さなクロスボウを置き、その場を去った。

 クロスボウはあとから入る人間のためのものだ。クロスボウであれば、牢屋の鉄格子の間から撃てるだろう。

 その選択を嫌に思うかもしれないが、それを手に取る可能性がないとまでは思っていない。


 オンゾは何かを叫んでいるようだったが、俺は無視をして、牢のある部屋の扉を閉めた。


「オンゾ、目を覚ましたのですね」


 扉を開けると、そこにはアイリがいた。その隣にはペルもいる。

 二人とも目を真っ赤にして、先ほどまで泣いていた跡を残していた。ペルに至っては疲労のせいか、体をアイリに寄せていた。

 大丈夫か、休むか、と声をかけた方がいいのかもしれない。しかしそれは人間的な優しさだろう。

 俺はあえてその言葉をここで口にはせず、別のことを言った。


「ああ、気絶していたが、今は元気だ。会話もできるだろう。入るか?」


 二人とも、コクリと首を縦に振った。

 俺は牢の部屋の扉を開け、二人をなかへと入れた。オンゾの叫び声がスッと消える。驚いているのか、それとも喜んでいるのか、戸惑っているのか、ゴミの思考は分からないが、その表情を見ることなく俺はその場を去った。




「いいの、あの人、危険っぽいよ?」


 廊下に、その危険人物を連れ込んだフルゥが言う。


「大丈夫だろう。ユニークスキルで鍵を作れるそうだが、あの手錠では何もできまい。手先はしっかり封じている」

「そう、ならいいけど」

「……何かいいたげだな?」

「別に? アイリちゃんがもしクロスボウを打つことがあれば、魔王様はそれを見たいんじゃないかなって思っただけよ」

「今は、結果が分かればそれでいい」


 俺はこれ以上、フルゥに余計なことを言われないよう、早々に立ち去った。

 見たくないと言えば嘘になるが、かといって気持ちのいいものではないことは明白だと、今は思えたからだ。



 俺は避難するかのように水晶の部屋へと入った。

 この部屋だけは外の光が入らず、水晶の光だけで部屋を明るく照らしていた。

 特にやることのない俺は、とりあえず水晶に手を振れ、ゾルディアックスの戦況を調べ様とした。

 ゾルディアックスの名を呼んだ。


『――はっ、魔王様。どうなさいました?』

「いや、ゾルディアックスがちゃんと人間を駆逐できたかどうかが気になってな」

『外にいる魔族の心配ですか、珍しいですね。しかしご安心を。魔王様の呼んだワイバーンの増援のおかげで、何とか私は無事に生き残ることができました』


 俺はホッとしつつも、魔王としての威厳を保ちながら言葉を続けた。


「こちら側の残存勢力は?」

『五分の一か、それ以下……これについては最悪の結果です。回復の魔法を唱えて、何とか傷は癒えてきていますが――』


 ガシャン、ドン、ドドン! という大きな音がゾルディアックスの声を遮った。魔王城が少し揺れた。ゾルディアックスは水晶越しに「なんだなんだ?」と騒ぐ。


 地震、あるいは地震を扱う魔族や人間の仕業かと考えた。だが、この土地で地震が起きることはなく、地震を扱う魔族や人間がこの魔王城に影響を及ぼすことができるとは思えなかった。そもそも、どの魔法でも魔王城の外側を攻撃することはできない。吹雪とは別に、強襲にそなえ、強力な魔法障壁を貼っているからだ。


 つまり、この魔王城で何かが起こっているに違いない。

 しかし何が起こっているのか、分からない。

 何だ?


「魔王様―! 探したよー」


 水晶部屋にルトンが現れた。ルトンは大きな口を開閉しながら、呼吸を荒げていた。走ってきたようだ。


「どうしたルトン、何があった?」

「牢屋で、何かものすごい音と、アイリちゃんの悲鳴が聞こえて……怖くなって……」


 ルトンはその場で泣き崩れた。きっと逃げてきたのだろう。まだルトンは闘える魔族ではないから、逃げても責められることはない。むしろ、逃げて正解だ。


『魔王様?』


 ゾルディアックスが心配そうに、水晶越しに尋ねた。


「急用ができた。ゾルディアックス、すまないがルトンをなだめてやってくれ」

『ええ、私が、ルトンをですか……?』


 戸惑うゾルディアックスをあとにして、俺は水晶の部屋をすぐに出た。




 俺は急ぎ魔王城の牢へと向かった。

 アイリ、ペル、そして捕らわたオンゾの三人しかいないなか、何かが起きたのかもしれない。しかしその何かは、想像できないでいる。


 クロスボウを撃っただけとは考えられなかった。オンゾが手錠を外すことも考えられない。オンゾの鍵の作成スキルは手錠をすることで封じている。自力での脱出は不可能だ。


 では、アイリとペルが手助けをしたか。それも考えられない。俺はペルのことをよく知らないので信用できていないが、アイリの話を聞く限り、オンゾを助ける人間だとはあまり思えない。もちろん、アイリが手助けすることはないだろう。


 走って牢のある部屋へと近づくと、そこには倒れたフルゥがいた。

 豊満な胸をひけらかす余裕のある微笑みは、今のフルゥにはない。苦悶の表情を浮かべ、腰から流れた血を手でおさえていた。


「どうしたんだ!?」


 俺はフルゥを魔法で治癒させながら、聞く。


「どうしたもこうしたも、あのオンゾって男のユニークスキルを舐めてたわ。あいつ、鍵を作って牢から出て、それで秘薬か何か、ヤバいものを使ったのよ」

「秘薬? そんなもの、特にはなかったが……」

「オンゾが後生大事に持っていたあの袋の中身がそれだったのよ」


 あの袋――俺が牢の外に置いたガラクタ入りの袋が、そんな道具だったとは気付きもしなかった。魔族のものならともかく、俺は人間たちが何を作っているのか知りはしない。人間の文化をアイリに教えてもらうほど、俺は無知なのだ。

 だが、その無知さ加減で油断してしまうとは思わなかった。

 自分が、とてつもなく情けない。


「私の治癒は後回しでいいから、今はアイリちゃんたちが危ないわ……」

「分かった、治癒はあとでする。だからその辺にいてくれ。あんな人間ぐらい、すぐに片付けてやる」


 俺はフルゥを牢から少し離れた安全そうな場所まで運ぶ。出血は止まっているから、これ以上体力が削られることはないだろう。

 そんなフルゥの様子を見て、少し安心してから、すぐに牢の部屋の扉を開いた。


 するとそこには、開かれた牢と、ペルをかばう血だらけのアイリの姿と、そして天井に頭がつくほど巨大化したオンゾらしき姿があった。


 巨大化したオンゾは、手に持った大剣を容赦なくアイリに振るっていた。

 今のアイリには武具はない。だから、アイリの体にはその大剣が作り出したアザや深い切り傷の跡が増えていく。

 普通の人間なら即死だが、体力SSSのアイリだからかろうじて耐えている。そんなダメージだ。


「やめろっ!」


 俺はオンゾに近づき、腹に渾身の一撃を食らわせた。

 ゴキュッと骨が粉砕する音が聞こえ、牢の壁まで吹っ飛んでいった。壁はオンゾの体がぶつかるとともに音を立てて壊れ、この魔王城の地下水路が露出した。

 即死だと感じた。

 だが、


「いてえな、魔王」


 倒れながらもオンゾが言う。


「今の一撃で生きているのか?」


 俺は素直に驚く。戦いにおいて驚くことは久しぶりだった。

 そして不穏な、不快な笑い声が、響く。


「フヒヒ……魔王の慢心か? 俺のユニークスキルを甘く見た結果だ。鍵が作れると聞かされていたから、両手を封じたのだろう? だが、それは想像力の欠如だ、フヒ……なぜなら俺は――」


 オンゾは口から紫色の血を吐きながら、舌を出し、それを見せつける。

 舌に金属製の鍵が生えている。


「俺は物がなくても、体を使って鍵を作ることができる。大抵は鉄を使い精製してきたが、指だろうが舌だろうが、何でも良かったんだよ! 魔王討伐パーティーを舐めるなよ。

 まあ、牢屋の鍵穴にキスをして鍵をあけて脱出するのは気持ち悪かったが、秘薬も大剣もガラクタのように放置するし、俺のこと、魔王は舐めすぎてたみたいだな?」

次回か、次々回ぐらいに最終回です。(本編書いてないので、どうなるか分かりません)

日曜か、それより早めに……今度こそ。

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