赦し
遅れました。
「フルゥ、これはお前がやったことなのか?」
俺はフルゥに問いかける。詰問ではなく、日常会話のような口調で言う。
「もちろん、魔王様のためよ。お手を煩わせないために、アイリの話を聞いたあと、昼食を抜け出してこいつらを探したの。二人以外は殺したけど、別にいいでしょ、魔王様?」
確かにこれでいい。別にいい。ペル以外は殺すつもりでいた。予定と少しちがい、殺す相手が代わり、時期が早まっただけだ。
ざまぁ、とかいうやつの完遂。
だが、こうも思ってしまう。
どうして今なのか。
アイリは傷ついたペルのもとへと走る。そしてギュッと、ペルを優しく抱擁する。目に浮かべた涙はいつの間にか頬をつたう。ペルもまた、同じように涙を流して頬を濡らす。
俺はただ、その様子を立ってみていた。
「あれ、魔王様。私に対する感謝の一言もないの? さすがに寂しいですよ?」
「あ、ああ。これでいい。悪の人間こそ駆逐されるべきだからな。よくやった。ビッグ・タートルはゆっくり休ませてやれ」
「はあい。ところで魔王様、あの二人の人間はどうします? 魔王様が殺しますか? それともルトンに食べさせますか?」
「いや、今は殺さない。牢屋にいれる」
「どうしてですか?」
「あいつ……アイリ自身に選択を委ねたいからだ。それに、殺すまえに会話をしてもいいと、俺はアイリと約束をした」
フルゥは少し首をかしげる。
「ふうん。人間を生かすと。魔王様はアイリちゃんのせいで骨抜きになったというか、本格的にヘタレになったというか、優しさが人間みたいになってきましたね。でも、そんな魔王様も嫌いじゃないですよ」
フルゥはそんなことを言い、鼻歌を歌いながらビッグ・タートルをどこかへと連れていった。おそらく飼育エリアだろう。
これでここには、俺とアイリとペル、さらにオンゾという男がこの場に残された。
俺は気絶したオンゾの前を通り過ぎ、アイリたちへと近づいた。
そしてアイリが抱きしめる人間――ペルへと顔を近づけた。
「貴様がアイリの友達のペルか」
「は、はっ……」
ペルは目が見開き、呼吸が激しくなり、「はい」という簡単な言葉も出てこないようだ。
アイリと最初に出会ったときに欲しかった反応を、この少女は一瞬にして出してくれた。
だが、今この少女から恐怖を見ても、満足はしない。
「ペル、心配はいらないよ。魔王さんはこう見えても、とても優しい魔族なんですよ」
「アイリ、嘘を言うな。俺は人を殺すことに躊躇しない、魔族の王、魔王だ」
ペルの呼吸がいっそう激しくなる。過呼吸のようにも見えてくる。
「魔王さん、意味もなく脅さないで」
「す、すまない」
それからアイリはペルをなだめようと声をかける。
大丈夫だよ、死なないよ、安心して、ご飯食べようね、温かい布団もあるよ、魔王城の魔族たちはみんな優しいよ……と、耳もとで、ペルが安心できる言葉を選んで聞かせる。
ペルの過呼吸はいつの間にかおさまり、流れていた涙も止まり、俺を見る目もだんだんと落ち着きを取り戻していった。
そしてようやく、ペルは俺に言った。
「あ、あなたは、本当に魔王なんですか?」
「嘘に見えるのなら、大地をひっくり返してもいいが?」
「……いえ、結構です。信じます」
ペルは弱々しく、目をそらしながら言う。
「とにかくこんなところにいたら寒いから、魔王城で休みましょう。私の寝室、使ってもいいですから」
アイリは手を握り、ペルとともに立ち上がろうとした。
しかし、ペルは立ち上がらなかった。それどころか、握られた手を振りほどいた。
「私にはそんな資格はないよ、アイリちゃん」
ペルは座り込み、下を見る。雪原で寒いはずだが、その姿勢のまま言葉を続けた。
「私はアイリちゃんを裏切った。追放される時、私は止めるべきだった。止めることができなくても、声をかけてあげるべきだった。私も一緒に追放されるべきだった。
……あの、魔王、一つお願いごとをしてもいい?」
「魔王である俺にお願いだと?」
呼び捨てである上に、人間風情が馴れ馴れしいと感じたが、ペルの真剣な表情を見ていると、断る気は起きない。
「この場では、魔王にしかできないから……」
「ほほう、聞いてやる。どんな願いだ?」
「私を殺して。アイリちゃんのいる目の前で。私の罪はそれだけ重いから……」
ペルは俺につめよる。殺されるために俺に近づいているのだろう。それは俺を見るアイリの視線からも知ることができた。
やれやれ、これだから人間は面倒なのだ。
「俺はいますぐ殺してもいいが、アイリはそれを望んでいるのか?」
俺はペルの目を見て問いかける。「え?」と声を漏らす。魔王がこうして、人間側の意見に寄りそうなどと、思ってもみなかったのだろう。まあ、他の魔族が見ても驚くだろうが。
「死ぬことでゆるされる。よく聞く人間の美徳だ。だが、ゆるすのは誰だ? アイリだろう。貴様がどう苦悩しようが勝手だが、それにどう決着をつけるか。傷つけた者がいるのなら、そいつに聞くべきだろう。……アイリ、殺してもいいか?」
「ダメです!」
アイリは俺とペルの間をわって、入ってくる。
そしてペルの顔を、ペチンと平手で打った。寒いなかで、そんなことをするので、ペルの顔はすぐに赤くなる。
「死んだら、私は今度こそ、ペルを許さない! だから反省するなら、生きて!」
アイリの声はこの雪原に響いた。俺が聞いたことのあるアイリの声のなかで、一番大きな声だった。
ペルはそんなアイリの言葉を聞いて、えづき、そして泣き出した。
この魔王城で少女の泣き声が響いたのは、俺が魔王になってから初めての出来事だった。
魔王城で処刑した人々はよく泣いたが、それは汚い心を持つ大人ばかりだった。
「じゃあさ、アイリちゃん。俺が裸にして下着を売りさばいたことも許してくれよ。反省するからさ」
気を失っていた男、オンゾが股間を抑えながら立ち上がるやいなや、そんなことを口にした。
どこにそんな余裕があるのか分からないが、顔はヘラヘラと笑っている。
一目みた時から不快になったが、声を聴いてさらに不快になった。
「アイリ、こいつも許すのか」
俺はアイリに耳打ちする。
アイリは強く首を横に振った。
「絶対に許さない。下着を売ったとか、信じられない。でも、まだ殺さないでください」
「こいつはおそらくクソだ。話し合っても、何も解決しないと思うぞ」
「それは少し分かります。でも、私のなかのモヤモヤはきっと、こんな人でも話さないと、解決しないと思います」
「……分かった。ならその意見を尊重しよう。ただ、こいつは不快だから今日中に殺す」
俺はオンゾに迫る。腰にある短刀を握ろうとするが、なっていない。体全身が恐怖と寒さで震えているのか、しっかり握れる気配がしなかった。
「えっと、話聞いてたけど、俺、生きていいってことになったんだよな? もうお前を討伐するとか言わないから、ホント逃げていいっすか?」
「ダメだ」
俺は外骨格でできた拳で、オンゾの顔面を殴りつけた。
「おっごおッ!!???」
オンゾの顔は歪み、鼻、目、耳から血を流し、一瞬だけ宙に浮かんだあと、転がり、魔王城の柱にぶつかった。外骨格の拳は硬く、オンゾの柔らかい肌は一瞬にして爆ぜ、頬の骨も中で砕けていた。
もちろん、気絶した。
「魔王さん!」
アイリの怒った声が聞こえる。死んだと思っているのだろう。手加減をしたので、死んでいるはずはないのだが、心配性だ。
「大丈夫だ、まだ死んでない。とりあえず、あいつは牢屋にでも突っ込んでおく。喋りたいことがあれば、牢屋越しにでも話せばいい」
日常生活が落ち着いたので、さすがに次回も日曜日更新とかにはしないつもりですが、水曜更新は厳しいかもしれません。
しかしここまで来たので、完結まで書くつもりです。もう少しのお付き合い、よろしくお願いします。




