第六話 反撃
彼らの妙な兵器がいよいよ米軍に対して牙をむきます。
――1944年(昭和19年)11月24日 浜松上空 B-29 ドーントレス・ドッティ
「指揮官機より各機。無線封止を解除する。各機コールサインを発信。針路90に変更。高度30000フィートを維持。これより東京へ向かう」
この日、サイパン島のイズリ―飛行場を発進した第73爆撃団のB-29爆撃機111機は、1機の脱落を許したもののドゥーリットル以来となる東京爆撃に向けて進んでいた。
編隊は太平洋を北上し浜松から日本上空へと侵入した。そこで針路を東へ変えて偏西風に乗り、富士山付近で編隊を整えて東京へ向かう作戦となっている。
「思ったより偏西風が強いな……」
操縦桿を握るエメット・オドンネル准将が呟いた。彼はこの第73爆撃団の司令官であるが、今日は督戦のため自ら作戦に参加していた。
「編隊をまとめるのが厳しいかもしれませんね」
呟きを聞いた副機長のロバート・K・モーガン少佐が答える。彼はこの42-24592号機「ドーントレス・ドッティ」の本来の機長であるが、今日はその席をオドンネル准将に譲っていた。
モーガン少佐はかつて欧州で25回出撃し生還したB-17「メンフィス・ベル」の機長であった。彼はその後本国に戻り戦意高揚の巡業をした後、B-29機長として戦場に戻ってきていた。
「まだ最初の作戦だ。この経験を次に生かせばいい。今回は無理はせず帰還を優先しよう。君のその幸運に期待するよ」
オドンネル准将はそう言うと遠く前方に見えてきた富士山を見つめた。
――1944年(昭和19年)11月24日 城ヶ島砲台
「敵爆撃機多数、浜松上空を通過。数80乃至100。高度1万m。速度400ノット。関東方面へ向けて進行中とのことです!」
砲兵大隊本部からの通信を終えた無線兵は、振り返ると叫ぶ様に報告した。
それを聞いた中村少佐は迷っていた。高射砲部隊でないにも関わらず自分の部隊には例の妙な高射砲が配備されている。であるならば敵に対応すべきだ。しかし一体どうすれば良い?
そこで中村はふと例の板の事を思い出した。あれから机に放置していた板を手に取りガラスに表示された地図を見る。すると確かに左端の焼津あたりに多数の光点が表示されていた。どうやらこれが今報告のあった敵の爆撃機編隊らしい。
確か声で指示すれば良かったか?しかしどう指示すれば良いんだ?少佐が悩んでいると兵舎の外で音がした。
慌てて外を見ると例の高射砲がしゃがんだ状態から勝手に立ち上がっていた。砲塔部が滑らかに回転し西の空へその奇妙な砲身を指向する。
それを見て中村は一人納得した。
そう言えば、あの変な技術中尉は「自動で敵を発見して照準して発砲する」とか言っていたな。ならば自分が成すべき事は何も無い。そう中村が安堵した瞬間、周囲に青白い閃光が走った。
思わず目を瞑った中村が恐る恐る目を開けると、高射砲の砲身の先端から青白く眩しい光が空へ放たれているのが見えた。ブゥンという聞きなれない音と共にその光の線は途切れることなく放たれ続けている。周囲には空気が電離したのか微かな金属臭が漂っていた。
中村は東の方角からも別の光線が西へ延びているのに気付いた。方角から見ておそらく富津の金谷砲台からだろう。そうか、向こうにもあの変な高射砲が配備されていたのか。中村はなぜか妙に落ち着いた気持ちでそう思った。
――焼津上空 B-29 ドーントレス・ドッティ
敵の攻撃は突然で、かつ予想外だった。
正面から2条の光が伸びてきた。それに触れた僚機が通信も脱出も行う間もなく次々と爆散していく。
「敵の対空砲か!?」
オドンネル准将が驚きの声をあげた。本作戦の爆撃ルートは敵の裏をかいたはずである。迎撃は戦闘機だけだと思っていた彼は逆に意表をつかれた気分だった。
「司令、ドイツでも見た事もない対空砲です!それに命中率が異常に高いです。ここは作戦を中止して一旦引き上げるべきです!」
副機長を務めるモーガン少佐が進言した。謎の光が左右に振られる度に10機単位で味方が撃墜されている。こんな攻撃はドイツの空でも経験した事が無かった。
オドンネル准将はそれに頷くとすぐに指示を出した。
「作戦中止!全機爆弾を投棄して退避しろ!」
しかしその命令が実行される事は無かった。既にモーガン少佐の幸運も尽きていたらしい。次の瞬間、伸びてきた光に触れたドーントレス・ドッティはオドンネル准将やモーガン少佐共々、爆散した。
――城ヶ島砲台
光の線が放たれた先の空にチカチカと光点が瞬くのが見えた。その光は恐らく敵の爆撃機が撃墜された証なのだろう。ここから百キロ以上は離れているはずである。これまでの常識では考えられない程の射程と命中率であった。
だが中村はそれを見てもあまり心が動かなかった。あの高射砲なら、まぁ当たり前なんだろうな、という感想しか湧かなかったのである。彼の常識はこの数日間で既に十分破壊し尽くされていた。
光の線は途切れることなく放たれ続けた。高射砲は光の線を放ったまま砲塔を左右に振る。それに合わせて西の空の光点も左右に広がった。
ふと手元の板を見ると地図上の敵爆撃機を示す光点は凄い勢いでその数を減らしていた。中には逃走を試みたのか向きを変えた光点もある。しかしそれも例外なく消えていった。
1分足らずで地図上の光点はすべて消え去った。唐突に高射砲の射撃は終了し辺りに元の静けさが戻る。金谷方面からの光線も同時に途絶えていた。
しばらくして大隊本部から連絡が入った。
「敵爆撃機編隊およそ100機の全滅を確認。ただいまの攻撃見事なり」
「俺は何にもしてないんだがな……」
既に何事も無かったかの様に脚を畳んでしゃがみこんでいる高射砲を眺めながら、中村は気が抜けた声で呟いた。
――1944年(昭和19年)11月 台湾北方沖 ヒ81船団
九州の伊万里湾を出航した駆逐艦樫は船団を護衛しつつ台湾の高雄に向けて進んでいた。
船団は10隻の輸送船と空母神鷹、そして呉で怪しい改装を受けた樫を含む6隻の艦艇で構成されていた。日本にしては規模の大きな護送船団である。
船団はシンガポールに向かい油槽船を満タンにすると共に、現地で足止めをくらっている資源を満載した輸送船を連れ帰る事を期待されていた。また米軍と激しい戦いの続くフィリピンへ送られる陸軍第23師団を台湾まで護衛する任務も負ってる。
つまり船団は非常に重要な任務を帯びていた。だがその作戦は暗号解読により米軍へ筒抜けとなっていた。このため船団は航海初日から敵潜水艦の待ち伏せを食らう事となる。
しかし幸いな事に、これまで船団に被害は出ていない。敵潜水艦や航空機の襲撃や接触は何度か有ったが全て撃退している。すべては出撃前に装備された例の兵装のおかげであった。
「まさに新兵器様様だな」
日没の迫る海を見つめながら駆逐艦樫の黒木艦長は兵器を受領した時の様子を思い出していた。
「敵に攻撃された時の回避運動は不要でス」
「……つまり貴官は敵に魚雷や爆弾を放たれても避けずに黙って当たるのを待てと言う訳か」
「違いまス。敵の攻撃は当たらないでス」
「おいおい、神仏か何かと同じなのか?あの新兵器とやらは」
「当たらないでス」
「……冗談としてもつまらんな。こっちは命がかかってるんだぞ。艦の乗員だけではない。船団全体だ。貴官はそれが分かっているのか!」
「攻撃は自動で行われまス。照準も装填も不要でス」
黒木の怒声にも動じず、造船中尉はどこからか取り出した拳銃を樫に向けて突然発砲した。それはとても戦場に縁のない造船中尉とは思えぬ程の早撃ちであった。黒木をはじめその場の誰もが全く反応出来なかった。
しかし駆逐艦樫に搭載された砲塔はこれに反応して見せた。文字通り目にもとまらぬ速さで砲身が動き、拳銃弾を空中で蒸発させたのである。
それを見た黒木らは驚きのあまり口をあんぐりと開けたまま、しばらく固まってしまった。
渡された奇妙な板といい今の実演といい、どうやら自分らの艦はとんでもない装備を受け取ったらしい。その事だけは良く理解できた。
黒木が物思いに耽っていると艦橋に小さく甲高い音が響いた。彼ははっと我に返る。音は呉で渡された二つの板の一つから鳴っていた。
「一体どういう仕組みなんだか……」
彼は首を捻りながら板を手に取った。それは艦底に「しがみついた」方の兵器に対応した板だった。
表面のガラスには艦を模した小さな絵とそれを中心にした同心円が描かれている。その周辺には規則正しく光点が並んでいた。それが船団の他の船を示している事は呉を離れてすぐに黒木にも分かった。それを目安にすれば同心円のひと目盛はおよそ2000mくらいらしい。つまりガラス板全体では10000m先まで表示されている事になる。
そして今、ガラスには新たな光点が増えていた。その表示に従えば10時方向10000m付近に何か居るらしい。これまでの短い経験に従えば、おそらくは敵の潜水艦なのだろう。
念のため見張に確認させたが何も見えないとの事だった。聴音や電探も何も捉えていない。だがこれまでの実績からガラス板の表示に間違いは無いはずだった。
一体全体どういう原理で探知してるのか皆目見当がつかないが、黒木はとりあえず敵潜発見の報告を発光信号で船団旗艦の聖川丸へ入れた。
既に他の海防艦からも報告が上がっていたのだろう。2隻の海防艦、択捉と対馬が敵潜水艦の潜む方向へ向かっていった。その様子を黒木少佐はガラス板で観察していた。
2隻が敵まで5000mくらいの距離に近づいた所で敵潜水艦を示す光点が消えた。海防艦2隻が何か攻撃を行った様子は無い。ただガラス板から光点が消えただけである。
しばらくして聴音から遠くで爆発音と圧壊音が聞こえたと報告があがってきた。やはり敵潜水艦は間違いなく撃沈できたらしい。2隻の海防艦もUターンして船団にもどってくる。
一事が万事この調子だった。
その後も敵潜水艦の接触は続いたが、船団がシンガポールに到着して物資を満載し、新たにヒ82船団を編成して日本へ帰還するまで損害は一切発生しなかった。
逆に船団は往復で合計12隻もの敵潜水艦を撃沈していた。あくまで例のガラス板の表示を信じればの話であったが。
こうしてヒ81/82船団の成功後、例の装備は他の艦艇へも速やかに展開され日本の資源輸入と海運は復活していった。
――1945年(昭和20年)1月 南沙諸島西方 TF34
暗い夜の海を艦隊が西へと向かっていた。まもなく艦隊は目標に接触するとみられている。既に輪形陣は解かれ戦隊ごとに単縦陣を成していた。
「レーダーに反応。方位280、距離22マイル(約40㎞)」
艦隊旗艦であるニュージャージーのSGレーダーが最初に敵を発見した。レーダーの搭載位置が高い分、先行する駆逐艦より先に敵船団を発見できた事になる。
「進路このまま。艦隊速度26ノットに増速。敵船団の頭を抑えるぞ」
薄暗いCICの中でクリアボードのプロットを見ながら司令官のウィリス・A・リー中将が指示を出した。艦長が命令を復唱しテレグラフが回され巨大な船体がわずかに増速する。
「うまく会敵できましたね」
船速が安定したところで艦長がリーに話しかけた。
「輸送船の足は遅い。潜水艦も触接も継続している。敵船団を見失うことはない」
司令官席に座るリーが答える。
「我が軍の潜水艦も航空機も手出しできない相手です。我々は勝てるでしょうか……」
艦長が小声で言った。どうやらリーに話しかけたのは不安を感じている為らしい。その声に気づいた近くの士官達も会話に聞き耳を立てている様子だった。皆、艦長と同様に不安なのだろう。
「戦艦が簡単に沈むか。薄っぺらなジュラルミンの爆撃機や脆弱な潜水艦とは違う。安心しろ」
艦長や他の士官らを安心させる様にリーは落ち着いた大きな声で答えた。
昨年末から日本軍の対空、対潜能力が突然に劇的な向上をしていた。このため日本の船団へ攻撃を試みた航空機や潜水艦は軒並み未帰還となっている。
日本本土に対する攻撃も同様だった。100機を超える最新鋭の爆撃機で行われた作戦は全滅という最悪の結果に終わったらしい。爆撃団はその後もう一度、同規模の空襲を試みたそうだが再び同じ結果に終わったとの事だった。
業を煮やした米軍は輸送船団に対し第38任務部隊(TF38)による航空攻撃を行った。しかし護衛戦闘機を含む出撃した全ての航空機を一度に喪失するという本土爆撃と同様の結果に終わっている。
そこで今回、水上打撃部隊による船団の直接攻撃がリーに命令されたのだった。
彼はTF38から抽出した艦艇も加えた第34任務部隊(TF34)を率いていた。この艦隊に航空母艦は含まれていない。純粋な砲戦を目的とした水上打撃部隊である。
その中核となるのはリーの座乗するニュージャージーをはじめとしたアイオワ、アラバマ、ワシントン、マサチューセッツ、インディアナ、サウスダコタの7隻から成る高速戦艦部隊であった。
「3万ヤード(約27㎞)で始めるぞ」
リーが命じる。
彼我の距離はまだ40㎞近くあるため、設置位置の高い戦艦のレーダーで敵のマストを捉えただけである。敵船団を砲撃するにはもう少し距離を詰める必要があった。
自軍が敵より優れた電子兵装を持っていると自負しているリーは、その優位を生かし、かつ自艦隊の安全を確保するため遠距離砲撃による夜襲を画策していた。
だが敵船団がその姿をかろうじて水平線上に現わした時、リーが想定したより遥かに遠い距離でTF34は船団から逆に先制攻撃を受けた。
航空機に対して恐るべき威力を発揮した日本の新しい両用砲は、相手が例え戦艦であっても同様の効果を発揮した。それをリーらTF34の艦艇と将兵はその身をもって味わう事となる。
CICの司令官席に座るリーは突然軽い衝撃を感じた。
「な……」
それに気づいたリーが疑問を口にする。しかし彼はそれを言い終える事が出来なかった。
TF34を率いるアイオワ級戦艦ニュージャージーは自艦の16インチ砲にすら耐えうる19度傾斜した330mmの舷側装甲を持つ。しかしこの夜の戦闘では、それは何の役にも立たなかった。
ニュージャージーの舷側外板を易々と貫いた光線が内装された舷側装甲に命中した瞬間、その衝撃だけで鋼鉄の原子が弾け飛び装甲板の表面にクレーターが形成された。
そして艦の動揺や彼我の動きを全く無視するかの様に寸分のずれも無く連続照射される光線は、クレーター周囲の装甲板を瞬時に白熱化させた。
0.1秒後に融点を、その次の瞬間には沸点を超えた装甲板はそれ自体で金属蒸気爆発を起こして爆散し、周囲に高温の溶融金属と金属蒸気をまき散らす。
遮るものの無くなった光線は艦内隔壁を薄紙の様に容易に貫通し、反対舷の装甲板も蒸発させるとニュージャージーを貫通した。
更に数条の光線が立て続けにニュージャージーを貫く。
艦内に数千度に達する複数の熱源が突然出現した結果、船体内に居る乗員は脱出する間もなく蒸発するか焼け死んだ。そして全てのボイラーと弾薬庫が爆発する。ニュージャージーはただの一人の生存者もなく爆沈した。
そして指揮権の継承を行う間もなく、同じような悲劇が次々とTF34の艦艇に襲いかかった。
その結果、TF34はすべての戦艦と大型艦艇を失い、何一つ戦果をあげることなく後退した。生還できたのは最後尾に居たわずか3隻の駆逐艦だけであった。
この戦闘を最後に米軍の前線活動は極めて低調となり、原子爆弾計画にその資源を集中していく事となる。
一方的な戦いですが、まだ米軍の侵攻を防いだだけに過ぎません。
殲滅戦はこれからとなります。