第五話 介入
日本を掌握した彼らは、戦争への介入を始めます。
――1944年(昭和19年)5月 皆神山 基地
多数の上位個体を同化した事で、彼らはこの国の置かれた状況を詳細に把握できる様になっていた。
そして改めて状況が極めて厳しい事を理解した。
日本は昨年から今年にかけて戦闘で負け続け多数の海外拠点を失っていた。失われた拠点の中には一兵残らず敵に殲滅された所もある。この事が彼らに連合国と呼ばれる敵対勢力の完全排除を強く意識させる事となる。
また、この弧状列島に資源がほとんど無い事も問題だった。
日本は資源の多くを外地に頼っている。昨年からその輸送手段である輸送船の被害が急増していた。つまり彼らは資源調達にも支障を来し始めていたのである。
「この島の支配勢力の技術は敵対勢力より劣っていまス」
「敵対勢力の気相圏内戦力、液相圏内戦力、気液相界面戦力に対応できていないでス」
「このままでは資源の調達ができなくなりまス」
「敵対勢力の上陸侵攻を阻止できないでス」
「この島の支配勢力に対して敵対勢力を排除できるだけの装備の供給が必要でス」
彼らにとって戦争とは殲滅戦と同義である。つまり彼らの安全と資源調達のためには、敵対勢力の完全排除による日本の支援が必要だった。
「必要な装備は二種類でス」
「気相圏内の敵戦力を撃退する兵装と、液相圏内の敵戦力を撃退する兵装でス」
「この惑星の兵装はレベル1c相当です。現状ここのプラントではレベル5兵装まで製造可能でス」
「敵対勢力との戦力差を考慮してレベル3a兵装の供給を進言しまス」
「現地生命体の貧弱な知性でも運用可能な様に操作系の大幅な簡略化が必要でス」
「設計と製造に直ちにとりかかりまス」
――1944年(昭和19年)8月 東京
6月に九州への爆撃が始まり、7月にはサイパンが陥落した。グアムも玉砕しマリアナでは海軍が壊滅的な損害を被っている。戦況が既に挽回不可能な状況である事は、今や誰の目にも明らかであった。
この月、早くも松代の工事完了報告を受けた政府は主要省庁とNHKの松代への移転を開始した。
しかし陛下が東京を離れ松代へ御動座する事を同意されなかったため皇居の移転は見送られる事となる。だが大本営や主要省庁の実質的な機能移転は10月に完了した。
こうして彼らは実質的に日本を動かしている個体達を同化する機会を得たのであった。
そして数週間後、日本という国家は彼らに盗まれた。
――1944年(昭和19年)11月 松代大本営
日本は10月の台湾沖航空戦に続きフィリピンのレイテ沖海戦で海軍力の大半を喪失していた。
制海権をほぼ完全に喪失したことで日本は南方からの資源輸入はほとんど絶望的となり、日本本土への敵の上陸も避けられないものと見られていた。中国大陸からのB-29による九州爆撃も続いている。
大本営では今後の戦争方針をめぐって会議が行われていた。会議とはいっても誰一人として発言していない。
大本営が皆神山に移転した事で既に政府上層部の全員が彼らに同化されていた。この場には彼らしか居ないため、もう音声による意思伝達は不要であった。
「現状では資源の輸入が途絶えていまス」
「この島も敵の直接攻撃に晒されてまス」
「対気相圏兵装と対液相圏兵装の生産は順調でス」
「敵対勢力の攻撃が予想される地域に対気相圏兵装を展開させまス」
「これから残存している気液界面戦力に対気相圏兵装と対液相圏兵装を装着させまス」
ついに彼らによる本格的な戦争への介入が始まった。
――1944年(昭和19年)11月 城ヶ島砲台
三浦半島の先端に位置する城ヶ島砲台は東京湾要塞を構成する砲台群の中で最も南に位置する砲台である。関東大震災で東京湾の第二海堡、第三海堡が復旧不可能な損害を被った後に建設されたため要塞の砲台群の中でも比較的新しい部類に入る。
その主兵装の25.4cm45口径連装の砲塔砲台2基4門はワシントン軍縮条約で廃艦となった戦艦安芸の副砲を転用したものである。これで南西方向から東京湾へ接近する敵へ睨みを利かせるのがこの砲台の役割であった。
だが建設当時と違い敵戦艦の主砲は16インチに達し、更に航空攻撃が当たり前となった昨今では、この要塞砲がどれくらい有効なのか些か以上に疑問であった。
そして今日、この砲台に展開する重砲兵聯隊第一大隊第一中隊は島の船着き場で新装備の受領を行っていた。
「これが新型の高射砲か?」
中隊指揮官の中村少佐が桟橋に横付けされた台船上の兵器を見上げて言った。第9陸軍技術研究所の方から来たとか言う技術中尉の説明によれば、この兵器の名は四式十五糎高射砲とのことだった。
「はい、そうでス」
「ス?」
「ス」
中村は技術中尉の妙なしゃべり方が気に障った。感情の読めない瞳と無表情な顔もなんとなく異様に感じる。あまり近づきたくない気持ちを抑えて中村は受領の手続きを進めた。
「……また随分と変わった形だな」
「新型でス」
防水布が取り払われ露わになったその兵器は、従来の高射砲とは随分と趣が異なって見えた。
大きさは海軍の駆逐艦の砲塔くらいだろうか。色こそ陸軍標準の枯草色に塗られていたが従来の兵器との類似点はそれだけだった。
砲塔自体は何枚かの曲面の装甲板を重ねて作ったらしい饅頭の様な丸い形状だった。表面はリベットも溶接痕も見えず滑らかである。その前面から突き出た大小二本の砲身が上下に重なっている事も相まって、その姿は高射砲と言うよりは以前に雑誌で見た南方のカブトムシを連想させた。
「事前連絡では重機も基礎工事も不要との話だったが……工兵は居ない様だな。砲台は島の上だぞ。どうやって運んで設置するつもりだ?」
城ヶ島砲台は断崖で囲まれた島の南端にある。この巨大な物体をどうやってそこまで運ぶのか中村には皆目見当がつかなかった。
「問題ないでス」
中村の心配を技術中尉は一蹴した。次の瞬間、高射砲が文字通り立ち上がった。
「うおっ!」
予想外の展開に中村は思わず飛びのいた。
信じられない事にその高射砲には下部に6本の脚が生えていた。台船上では砲塔の下に折り畳んでいたらしい。
「では移動を開始しまス」
驚き固まっている中村を置きざりにして技術中尉は島の高台へ向けて歩き出した。その後を追う様に高射砲は自分で台船を降りた。そして節足動物に似たその脚をワシャワシャと動かして急な坂道を器用に登っていく。
数秒後、ようやく再起動した中村は慌てて彼らの後を追った。
「ず、随分と我が国の技術も進歩したものだな」
なんとか気味の悪い高射砲?を追い抜いて技術中尉に追いついた中村は、背後を気にしながら技術中尉に話しかけた。
「不整地での移動を考慮した移動装置でス」
「な、なるほど……ところで部隊はいつ来る?連絡を受けているのは機材の搬入だけだが」
「来ないでス」
「は?」
「来ないでス」
「ちょっと待て!うちは重砲中隊だ。高射砲中隊じゃないぞ。ここには25糎砲の要員しかおらん。いったい誰がこいつの面倒を見るんだ?!」
中村が背後の気味悪い高射砲を指さして叫ぶ。だが技術中尉は彼を無視して足を進めていく。そして島の南端に到着してようやく少佐に振り返った。
「設置場所はどこでスか?」
「おい!」
「どこでスか?」
技術中尉は中村の罵声を無視して尋ねる。その埒があかなさそうな雰囲気に結局中村は折れ、仕方なく場所を指示した。高射砲はその場所へ自分で移動すると脚を器用に折り畳んで蹲った。
「では操作を説明しまス」
「おい待て。だからうちは重砲中隊だと言っただろう!そもそも俺はここの指揮官だ。兵隊ではない!」
中村の抗議を無視して技術中尉はどこからか取り出した画板の様な板状の物体を少佐に押し付けた。
「な、何だ!?」
その大き目の雑誌程の大きさの物体は表面のほとんどをガラス板が占めていた。そこにはどういう原理か分からないが精緻な画像が映し出されていた。
どうやらこの三浦半島を中心とした地図らしい。地図は西は焼津付近から東は犬吠埼あたりまで表示されている。
良く見ると地図上をモヤモヤした影と光点がゆっくり動いていのが分かった。影がある方の空を見るとそこには分厚い雲があった。影が雲を表すならば、もしかして光点は航空機や艦船を示すのだろうか?
電探用のオシロ管かとも思ったが板の厚みは3センチも無い。常識を根底から覆す事の連続に中村は更に混乱した。
「この釦を押しまス」
中村の混乱を気にする風もなく技術中尉は板の右上にある釦を指さした。
「だから人の話を聞け!俺が砲を操作する訳じゃ……」
「押しまス」
無表情で繰り返す技術中尉の圧力に屈して、中村は渋々釦を押した。するとガラス板の中央に「登録完了」の文字が表示された。そしてしばらくすると元の地図の絵にもどった。
「以上でス」
「は?」
予想外の答えに中村は間の抜けた声を出してしまった。
「以上でス」
「おい、まだ運用を聞いてないぞ!装填は?照準は?整備は?燃料はどうする?そもそも兵が居ないと何度言ったら……」
「不要でス」
「は?」
「コレは自動で敵を発見して照準して発砲しまス。砲弾も燃料も不要でス」
この時点で中村は、もうありのままを受け入れるしかないという諦めの境地に達していた。
「そ、それは凄い砲だな」
「指示すれば移動しまス」
「どうやって指示するんだ?」
「これに向かって話しまス」
そう言って技術中尉は手元の板を指さした。
「話す?」
「そうでス」
中村が半信半疑で板に向かって5m前へ進めというと、高射砲は脚をワシャワシャ動かして移動した。
「では、後は宜しくお願いしまス」
あっけに取られたままの中村を置き去りにして技術中尉は砲台を去っていった。
――1944年(昭和19年)11月 呉海軍工廠
工廠内は相変わらず喧騒に包まれていた。周囲には打鋲の音が響き渡り、構内道路は人や資材を積んだ車両が所狭しと行き交っている。それにも関わらず工廠にはどこか寂しさが漂っていた。
おそらく誰もが負け戦だと悟っているからだろう。艤装岸壁で船を待つ造船部長の福田烈はそう思った。
最近は戦局の悪化に伴い大型艦艇の建造は次々と取りやめになっていた。空母葛城を最後に大型艦の建造は無くなっていた。空母阿蘇も今月に入って工事が中止されている。今ここの船渠で建造されているのは潜水艦と駆逐艦ばかりであった。
そして福田が居る艤装岸壁にも作業を待つ艦艇が横付けされていた。全て駆逐艦と海防艦ばかりである。そこに並んでいたのは駆逐艦樫と海防艦択捉、対馬、大東、昭南、久米の6隻であった。
彼女らは今月シンガポールへ向けて出発するヒ81船団を護衛するために集められていた。だが不思議な事にそれらの艦はすべて主砲を取り外されていた。
福田はその艦長らと共にもうすぐ接岸する輸送船を待っていた。その輸送船は新しい両用砲と対潜兵器を運んでくる事になっていた。
ようやく目的の輸送船の舫いが止められ甲板のデリックで荷卸しが開始された。その作業を眺めながら、福田は輸送船と一緒にきた責任者に話しかけた。
「言われた通り高角砲や速射砲は全て取り外した。そっちは砲座から引き抜くだけだから大して手間は掛かっとらん。だがそれ以上の事は言われておらんから何もしておらんぞ」
「問題ないでス」
「ス?」
「ス」
艦政本部の方から来たとか言うその造船中尉は妙な男だった。福田も以前は艦政本部に在籍していたのだが、自律兵器部とかいう中尉の部署の名前など聞いたことが無かった。
それに中尉の言葉づかいもイントネーションもおかしかった。彼と話していると福田はまるで外地の地方人と話している様な気分になった。それに加えて感情の読めない目と、とって付けた様な笑顔もなんとなく不気味に感じた。
「……それで新型砲や聴音機の搭載はどうするんだ?こっちは言われた通り撤去作業の工程表しか引いてないぞ。船渠にも空きは無い。陸にあげんと聴音機の交換なんぞ無理だぞ」
個人的な嫌悪は脇に置いて福田はとにかく先に言うべき事を言っておこうと考えた。
「問題ないでス」
「どうやって搭載するつもりだ?残念ながらこのご時勢だ。こっちも人手が足りん。人も機材も手伝いを出す余裕は無いぞ」
「では搭載をはじめまス」
「おい、ちょっと待て。人の話を聞いてるのか……」
更に問い詰めようとする福田を無視して中尉は背後の荷台から防水布を外させた。
そこには二種類の機械が居た。福田は知らなかったが一つは城ヶ島砲台に配備された高射砲を一回り小さくしたものだった。
そしてもう一つの機械は平べったい流線型の機械であった。両用砲がカブトムシならば、その機械は例えるならばゲンゴロウに似ていた。
中尉が何か命ずると、四式十二糎七高角砲と四式聴音対潜砲とか言うそれらの兵器が立ち上がった。
「うわわっ!!」
突然の事に福田や艦長らは飛びのく。
二種類の機械は福田らの動きを気にする様子もなく、自らの脚をワシャワシャと動かして荷台から降り、岸壁の艦艇へと移動し始めた。
「な……な……!?」
福田や艦長たちは予想外の事態に驚き声も出ない。
唖然とする彼らを尻目に高射砲型の機械はさっさと艦上にあがり砲座に脚を潜り込ませて自らを固定した。流線型の機械は岸壁から水中に潜っていく。どうやら自らの脚で艦底に抱き付くつもりらしい。
そしてものの10分程で6隻の艦艇の改装は完了した。
「搭載完了でス」
「おい。あれは何だ。ちゃんと説明しろ!」
いち早く再起動した福田が中尉に食って掛かった。
「新型の両用砲と対潜兵器でス」
造船中尉は作り物の様な笑顔で言った。
「それは分かる。だが載せただけじゃ使えんぞ。動力や信号線の接続はどうするんだ?さっきも言ったがそんな工程は引いておらん。砲弾も受けとっとらん」
「不要でス」
「は?」
「動力も砲弾も不要でス。アレは単体で機能しまス」
「あの様なモノを作れるとは我が国もまだまだ大丈夫だなと安心させてもらったよ。それでどうやって使うんだい?」
常識を破壊されて再び黙り込んでしまった福田の代わりに樫の駆逐艦長の黒木俊思郎少佐が尋ねた。
「外した砲の要員はもう船を降ろしたよ。でも新たな操作要員が配属されるとは聞いていないがね」
「不要でス」
「は?」
「不要でス」
「いやいや、いくらなんでも何も聞かずにアレを使えと言われても無理だぞ」
ふざけているのかと声を荒げた黒木に、造船中尉はどこからか例の板を取り出し押し付けた。同じものを他の艦長達にも渡す。
そして城ヶ島砲台の時と同様に登録作業をさせ、その力の一端を披露すると、あっと言う間に工廠を去っていった。
福田や黒木らは、去っていく輸送船を唖然とした顔で見送るしかできなかった。
いよいよ次話では新装備を受け取った日本軍と米軍の戦闘になります。
ようやく架空戦記らしくなる予定です。