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第四話 遺跡

いよいよ松代大本営(別名:上位個体ホイホイ)の建設が始まります。

――1944年(昭和19年)3月 東京 陸軍省


 松代に送り出された調査団は、予定を超える1ヵ月の調査を終えようやく東京に戻って来た。


 そして今日、市ヶ谷にある陸軍省ではその最終報告会が開かれようとしていた。会議室には陸軍省兵務局長や運輸通信省鉄道局長をはじめ、調査の実務に携わった防衛課や中部鉄道管理局の人間も顔を揃えている。


 調査団からの中間報告では松代は移転先として極めて有望であると報告されていた。


 またその思いもかけない内容から、この報告会には宮内省や文部省、それに内務省と司法省も参加していた。


「では調査報告を聞かせてもらおう」


 議長を務める兵務局長が報告を促した。それに応え調査団長が立ち上がった。


「はい。結論から言いまス。松代の皆神山は大本営と政府機関の移転先として最適でス」


「ス?」


「ス」


 調査団長の声に兵務局長が眉を顰めた。彼はこの男の事はよく知っていたはずだが、今目の前に居る男は以前とどこか違っている様に感じられたのである。


 黒目ばかりが異様に目立つ目と、ぐいっと口角だけ上がった口が貼り付いたその顔は、笑顔であるはずだが不思議と感情が感じられない。言葉のイントネーションもおかしく声には妙な軋音が混じっている。


「山体は安山岩の一枚岩で極めて強固でス。岩はおそらく地下数百mまで続いていると思われまス」


 兵務局長の困惑をよそに調査団長は説明を続けた。


「これなら敵の10t爆弾の直撃にも十分耐えうるな」


「心配していた内部崩壊は起きていないか。重荷重鉄道や隧道掘削も大丈夫そうだ」


 手元の資料の数値を見ながら防衛課や建設課、それに中部鉄道管理局の担当者が安堵の声を漏らす。実際の工事を担当する事となる彼らは地質や地盤強度を一番心配していた。


「周囲は山に囲まれていまス。内部は十分な面積の平野もありまス」


「工事もしやすく防衛にも有利と言えるな」


「近隣住民はとても温厚で従順でス。調査にも極めて協力的でス」


「工事も進めやすそうだな。人足にも使えるか」


「その工事もほとんど要らないと思いまス」


「例の地下遺跡の話だな。そこを詳しく聞かせてくれ」


 皆神山の地下には大規模で人工的な地下空間が広がっている。中間報告で調査団はその様に報告してきていたのである。この事が兵務局や鉄道局以外の人間を報告会に呼ぶ原因となっていた。


「酒井勝軍(かつとき)は本当の事を言っていたのか……」


「偽書と考えていたが……これでは天津(あまつ)教の例の文書を再び調べる必要がありそうだな……」


 内務省と司法省の担当者らが小声で相談する。


 数年前に死去した酒井勝軍は日本にもピラミッドが存在し、皆神山もその一つであると主張していた。その彼が根拠としていたのが天津教の教祖、竹内巨麿(きよまろ)が所蔵していたとされる通称「竹内文書」である。


 そのあまりにも荒唐無稽な神話体系により、竹内巨麿は不敬罪で起訴され現在裁判中であった。竹内文書も証拠品として法務省に押収されている。しかしこうして実際に遺跡らしきものが見つかった以上は見方を変える必要があった。



「こちらが発見された地下空間の図面でス。皆さんの手元にある図面も同じものでス」


 そう言って調査団長は壁に貼られた絵図を指し示した。その上質そうな白く滑らかな紙の上には、手書きとはとても思えない程精緻で正確な図面が描かれていた。


 資料のページをめくる音に次いで会議室はどよめきで満たされる。そこには出席者たちの予想を超えた巨大な地下構造物の姿があった。


「地下空間は10層からなっていまス。各層の広さとつくりはほぼ同じでス。東西南北およそ500mの広さがありまス」


 各層は南北を貫く幅50mもある中心の大通路と碁盤目状に配された幅20mの小通路が走っていた。各小通路には大小様々な小部屋があり全体として一辺500mの大きな正方形をなしている。天井の高さも10m以上あった。


「各層は階段と縦坑で繋がっていまス」


 各層には1層から10層までを貫く大小複数の縦坑で繋がっていた。その最大のものは一辺20mもある。それらはまるで、そこに昇降機を設置しろとでも言う様に存在していた。


「各層には水場がありまス」


 各層には地下水の湧く水場があった。その水は清くそのまま飲料水に使える程である。


「排水はどうなっている?下の層は冠水しているのか?」


 鉄道局の担当者が質問した。湧水がある地下坑道は排水しなければ水に浸かってしまうのは常識である。


「10層まで冠水していませんでス。水は排水坑を通って10層より更に下に排出されていまス」


「その水はどこへ行っているんだ?」


「分からないでス」


 調査団長は不気味な笑顔を貼り付けたまま顔を横に振った。



「通路や部屋の様子は?資料に遺物や文字の報告は無いが何も痕跡は無かったのか?」


 史蹟名勝天然紀念物保存法を管轄する文部省の担当者が質問した。隣に座る宮内省の担当者も興味深げに話を聞いている。


「何も無かったでス。中には物も文字も何も残されていませんでス」


「つまり、ただ空っぽの通路と部屋があるだけだと?」


「はい、そうでス。手元の写真をご覧ください」


 再び資料のページを繰る音に続いて今度は感嘆の溜息が部屋に響いた。写真は図面同様、これまで見たことない程に鮮明で精緻なものだった。


「いい写真機を使った様だな。確かに遺物どころかチリ一つ落ち取らん。まるでつい最近掘られた様にしか見えん」


 兵務局長が写真を見ながら感心した口調で言った。


 写真には通路や部屋の様子が写されていた。壁と床は滑らかで手掘りの掘削跡どころか罅や歪みもない。壁と床がどこまでも平坦で真っ直ぐに続いている。継ぎ目らしきものも見当たらない。


 日本の持つ最新機械を用いてもここまで綺麗な隧道は掘れないだろうと思われた。


 そして遺物や文字など遺跡の由来を示すものは一切残されていなかった。ただただ綺麗な通路と部屋が残されているだけであった。


「これじゃ遺跡の由来も何も分からんな……こっちは江戸期以前の鉱山や城郭の記録も見つからなかった。宮内省さんの方には何か記録はないか?」


 文部省の担当者は腕を組んで唸ると宮内省の担当者に話しかけた。


「山頂に小さな古墳はありますが他は何も……遺物も文字も無いし構造的にも陵墓に指定するには無理がありますね。こりゃ例の文書を信じるしかないですね」


 宮内省の担当者も困った顔をする。両省は史蹟や陵墓保護の観点で報告会に参加していたが、この奇妙な遺跡は扱いに困るものであった。



「まぁいい。頑丈な岩盤の下に必要十分な広さの地下空間がある。ご丁寧に連絡坑や水場まで用意されている。まるでご先祖様は我々が必要になる事を分かっていたみたいじゃないか。ならば有り難く使わせてもらう事にしよう」


 兵務局長の言葉にその場の全員が頷いた。その決定に調査団長は口角を更に吊り上げた。


「では資料を基に兵務局と鉄道局で改装案と日程をまとめてくれ。それで上に報告しよう」


「その前に鉄道省と陸軍省の責任者に現地を見てもらった方が良いと思いまス」


「あぁ、確かにその通りだな。早い方がいい。来週にでも行ける様に話をつけておこう」


 調査団長の提案に兵務局長は頷いた。



――1944年(昭和19年)3月 皆神山


「ここが調査で発見した地下空間の入口でス」


 調査団長の案内で陸軍省、海軍省、宮内省、内務省、そして工事を担当する建設会社の人間が現地視察に訪れていた。


 遺跡の入口は皆神山の南斜面に口を開けていた。


「ここが例の遺跡か。どうしてこれ程のものが今まで見つからなかったのか……」


「入り口は古い社の建物で隠されていたでス。地下空間のことは地元のごく一部の者にだけ代々語り継がれていたそうでス」


 ここまで案内した調査団長が説明した。その後ろには松代町の町長と助役も同行している。


 似た様な不気味な笑み顔に貼り付けたた3人に促され、見学者らは入り口をくぐり大通路に入った。懐中電灯が点けられ内部が照らされるとあちこちで驚きの声が挙がった。


「確かに綺麗だな。チリ一つ落ちていない。まるで昨日今日掘ったと言われても信じてしまいそうだ」


「おい掘削痕が無いぞ。壁も床も人の手で掘ったとは思えんくらい滑らかだ。一体どうやって掘ったんだ?」


「天井が高いな。これなら機関車も十分引き入れられるぞ」


 見学者達は調査団長に先導され地下空間の奥へ奥へと進んでいった。


「こちらが水場でス」


「こちらが縦坑でス」


 直径20mはあろうかという水場は清浄な水が滾々と湧き出し、10層を貫く縦坑はまるで昇降機を設置してくださいと言わんばかりに複数個所に空いている。


 そして報告の通り遺物らしきものは一切残されていなかった。壁面に文字や彫刻の類も無い。ただ何もない通路と部屋が広がっているだけである。


 どこをどう見ても只の遺跡には見えなかった。見学者達には酒井勝軍の唱える超古代文明、ピラミッド説が俄に真実味を帯びて感じられた。日本はやはり神国だったと浮かれている者も居る。



 地下空間には照明が無い。調査団長の持つ懐中電灯の照らす範囲以外は漆黒の闇に覆われている。


「!」


 突然、最後尾を歩く者が何かに口を覆われた。手足もいつの間にか何かに押さえつけられている。


「……っ!!……っ!!!」


 彼は必死に助けを求めた。しかし口を塞がれ声を出すことが出来ない。抗う事もできないまま彼の身体は暗闇の奥へと引きずられていく。彼は限界まで見開いた目で遠ざかる懐中電灯の灯を見つめた。それが彼の見た最後の光景だった。


 背後で起きているその異常事態を見学者達は誰も気付かなかった。そして見学者達は一人また一人と暗闇に消えて行った。



「ここが1層の一番奥となりまス」


 中央通路の突き当りの壁に辿り着いた所で調査団長が振り向いた。


「いやぁ、実にすばらしい。これなら手を掛けずに移転ができそうだ。そうだろう?」


 兵務局長が満足げに言った。同意を求めて己の左右を見て初めて彼は異常に気付いた。どういう訳か自分以外の見学者の姿が見えない。真っ暗な地底に調査団長と松代町の町長と助役の他は自分しか居ない事に彼は不安を感じた。


「お、おい。他の皆はどこへ行ったんだ?」


「皆さんは先に休んでいまス」


 そう答えながら調査団長は兵務局長に近づく。背後からは町長と助長も近づいてきた。


「な、なんだ!?」


 本能的に身の危険を感じた兵務局長は思わず後ずさった。だがすぐに背後の町長と助長にぶつかって足が止まる。すかさず()()は兵務局長の腕と身体を押さえて動きを封じた。


「おい!何をする!俺に何かあったら大変な事に……」


 喚く兵務局長は口を町長の手が塞ぐ。


「…………!!!」


「では別の場所でゆっくり今後の方針を協議しまス」


 暴れる兵務局長を担ぎ上げた()()は暗闇の奥へと消えて行った。



 その後、三日で終わるはずだった現地見学を二週間に延長するとの電報が東京の陸軍省に届けられた。



 言うまでもない事だが、この地下空間は()()が作り上げたものである。大空洞の上部に位置するこの空間はごく最近、調査団の訪問後に作られた。チリ一つ落ちていなかったのはそのためである。


 地下空間の構造が大本営の移転に適していたのも当然である。()()は岩盤の組成にすら手を加え調査団の目的に合致した強度と構造をもつ施設を作り上げたのである。


 だが()()の目的は異なっていた。あくまでここは支配階級の個体を招きよせる餌にしか過ぎなかった。



――1944年(昭和19年)4月 市ヶ谷 大本営陸軍部


「地下空間はそのまま利用できまス。大本営と政府機関の移転先として最適でス」


「ス?」


「ス」


 兵務局長が大本営にて陸軍参謀総長と陸軍大臣への報告を行っていた。当然ながら調査から戻った彼の表情や声は調査団長や町長と同じ様に変わっている。


「防衛課と建築課、それに鉄道局と建設会社の見立てでは掘削はほぼ不要とのことでス」


「……それは良い話だな。それで、どれくらいで完成できるのだ?」


「電気、上下水道、照明、空調の設置と各所の隔壁や昇降機の設置をするだけで済みまス。上層階だけならば3ヵ月もあれば完成できまス。最下層の10層までも半年で使用可能とできまス」


「では速やかに設計を行い計画書を提出しろ」


 その後、なぜか既に完了していた設計を元に移転計画は翌月の閣議で了承され、5月吉日をもって松代大本営の工事が開始された。

これでとうとう、国は盗られてしまいます……

次話よりやっと架空戦記っぽくなる予定です。

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