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第二話 侵蝕

最初の犠牲者です。

――1908年(明治41年)6月 皆神山


 山田(トメ)は皆神山の山麓にある桑根井集落の女だった。


 20軒足らずの小さな集落で、農家の6人兄弟の末っ子として生まれた彼女は、これ以上の子は要らないとの願いを込めその名を付けられた。そして15歳で同じ村の山田家の三男坊に嫁がされた。


 長男子による家督相続が相続法に明記されていた時代である。次男三男には竈の灰一握りすら分け与えられない。田畑も持たぬ二人は小作のかたわら山野を切り開き自らの田畑を得る所から新婚生活を始めた。


 それから5年。ようやく猫の額ほどの田畑をもち一男一女の子ももうけたが未だに生活は苦しかった。今の時期ならばウワバミ草(ミズ)がちょうど採れるはず。侘しい夕餉に少しでも具材を加えようと留は山菜を探しに皆神山に分け入っていた。


「なんやこれは?」


 留の目の前には不思議な物体があった。


 大きさは二尺ほどであろうか。ソレは獣道と大差ない山道の真ん中に転がっていた。薄茶色のその物体を留は最初は大きな茸かと思った。だがその表面は固そうで、えんどう豆の鞘ような形をしていた。良く見ると表面には葉脈のような太い管が走っている。


「食えるんかいな、これ?」


 見るからに怪しい物体ではあった。しかし今の留にとっては食えるかどうかしか興味が無かった。もう少し余裕があれば売って金に換えようという発想も出たかもしれない。だが子を二人抱える貧農には日々の食料確保の方が喫緊の課題であった。


「豆やとしたら随分食いでがありそうやな」


 もし食べられるなら、この大きさなら数日は家族が助かるだろう。留はためらいなくその物体に手をばした。



 その日、留は家に帰らなかった。



――長野県松代市 桑根井集落


 本家はまったく相手にしてくれなかった。


馬鹿馬鹿しい(たあくらたあ)。どこぞに良い男でも見つけてしけこんどんやろ」


「どうせ足でも挫いて山ん中ですくだまっとんやろ。熊や狼に食われとらんなら、その内帰ってくるだに」


 山田三太が留を嫁に迎えた時、そこには愛情など何もなかった。結婚という口実で体よく実家を追い出されただけである。しかし最初は不満と欲望の捌け口でしかなかった留が、一緒に田畑を家をつくり子をなした頃には何物にも替えがたい者となっていた。


 その留が山へ山菜を採りに行くと言って出たきり帰ってこない。三太は昨晩、本家に駆け込み山狩りをお願いしていた。しかし土間に額を擦り付け頼み込んでも本家は動いてくれなかった。


 失意のうちに集落の端にある小さな家に帰ると、驚いた事にそこに留が居た。


「と……留!!」


 三太は思わず彼女に駆け寄り抱きしめた。どこにも怪我はないかと体中をさする。


 幸い留の身体にはどこにも怪我が無い様だった。しかし様子が変だった。三太の姿を見ても一言も発さない。抱きしめられても身じろぎ一つしない。


 そう言えば家に居るはずの二人の子供、初と太郎はどこへ行った?彼は妙な胸騒ぎを感じて留から身を離した。留は相変わらず無言で彼を見つめている。


「ど、どうした?怒ってるのか?俺はお前が心配で今まで本家やお前の実家に……」


 自らの不安を誤魔化す様に尋ねる三太を留は無表情で見つめていた。その瞳はガラス玉の様で感情が一切読み取れない。彼はまるで自分が蛇か蜥蜴にでも睨まれているかの様な錯覚を感じた。


 急に恐怖がこみ上げてきた彼は思わず後ずさった。しかし彼は下がる事が出来なかった。いつの間にか背後に居た彼の子供達が彼の左右の足に抱き着いてきたのである。


「な、なんだ、お前らか。おっかあが無事に帰ってきた良かったなぁ」


 彼は子供らに笑いかけた。だがその笑顔はぎこちない。なぜなら子供たちの様子もまた変だったからである。


 二人の子供は留と同じく無表情で彼を見上げていた。内心の不安を誤魔化す様にガシガシと頭を撫でてやったが子供らの様子は変わらない。逆に彼の脚を締め付ける力が増すばかりである。


「ど、どした?初、太郎。寂しかったか?腹が減ったのか?おっかあも帰ってきたから今日からまたちゃんとした飯が食えるぞ」


 なぁ、そうだろう?と同意を求めて三太は前に居るはずの留を見てギクリとした。いつの間にか留は彼のすぐ目の前に居たのである。その手には丸い大きな豆の様な物体が抱えられていた。そして相変わらず感情の無い目で彼を黙って見つめていた。


「なんだその目は!さっきも言っただろ!俺はお前が心配でずっと本家に……」


 こみ上げる不安を誤魔化す様に三太は声を荒げた。


 しかし留はそれを意に介した様子も無く手にした謎の物体を彼の顔へ近づけてきた。


 本能的に身の危険を感じた彼は二人の子を振りほどいて逃げようとした。しかし子供達はとても幼子とは思えない力で彼の脚にしがみついている。いくら身を捩っても彼は逃げる事が出来なかった。


 はっとして前を見ると、留の差し出した物体が彼の鼻の先にあった。


 その物体にすぅっと割れ目ができた。割れ目は脈打つようにゆっくりと開きはじめる。同時に中からシュルシュルと何か多数の物が擦れる様な音が聞こえてきた。


「なんなんだよ、なんなんだよぉ……」


 事態は田舎の貧農に過ぎない三太の理解がまったく及ばない状況になっていた。


 そうするうち、豆の様な物体の割れ目からいくつもの触手が這い出てきた。それは次々と三太の顔に絡みついてきた。


「ひ!ひぃぃぃぃ!」


 彼は振りほどこうとした。しかし手も頭も動かない。いつの間にか留が彼の背後に回ってがっちりと彼を羽交い絞めにしていたのである。


 三太は今や唯一動かせる目を必死に動かして助けを探した。だが狭いあばら家には自分達以外は誰も居ない。集落の外れに位置するこの家から隣家の丸山家までは2町ほども離れている。いくら三太が叫び声をあげても声は届きそうになかった。


 無駄な足掻きを続ける三太をよそに、彼の頭に絡みつけた触手を支えにして謎の物体は三太の頭上に持ち上がった。そして徐々に割れ目を大きく開いていく。血管の様な管が網の目の様に走るその赤黒い内部は不気味に脈打っていた。


「いや……やめ……」


 不気味な物体の中を見つめながら涙を流して命乞いする三太の頭を、ソレはゆっくりと包み込んでいった。



――皆神山 基地


「4体の現地生命体を同化しましたでス」


「しかし2体は幼体のため能力が限られまス」


「成体の方も知識や能力がとても低いでス」


「幸いこの4体は他の生命体集団から孤立した共同体の様でス」


「同化が馴染むまで他の生命体に気付かれる危険は少ないでス」


 ()()が最初に同化措置を行った留の家族は村はずれでほとんど孤立した生活を送っていた。知識の量も少なく質も低い。とてもでないが()()の望む資源や情報を得る力は無かった。


「次の同化繭の生成は1公転周期ほど先になりまス」


「今回同化した4体で他の生命体を少しずつ誘導同化していきまス」


「個体数が増えればいずれ資源の調達も可能になりまス」


 新たに同化した者も1年もすれば繭を生み出せる様になる。最初の数年こそ個体数が増えるスピードは遅いが、倍々ゲームでいずれ加速度的に増やす事ができるだろう。


 留の家族を囮に少しずつ周辺の生命体を同化していけば、いずれ影響力のある生命体に行きつくはずである。そうすれば資源も情報も自由に入る様になる。


 幸い彼らの基地がある山塊は周辺の現地生命体から「皆神山」と呼ばれ信仰の対象とされていた。過去に出入りした調査船の目撃事例が信仰の発端なのかもしれない。


 おかげで無闇に現地生命体が山へ立ち入る事も少ない。ここは三方を外輪山の様な山に囲まれ地形的にほぼ隔離されている。外部との交流も少ない。周辺の生命体を全て同化してしまえば基地の秘匿は簡単であった。


 ()()は他の地域との交流を最小限に抑えながら周辺の個体を次々と同化し、この地域の掌握と隔離を着々と進めていった。



 この時点で()()には別に現地生命体と敵対したり征服する意思は無かった。文明を発展させる気もない。あくまで彼らの支配星域へ帰還する船を建造するために拠点と人手を必要としていただけである。


 手間は掛かるが焦る必要は無い。無限に等しい寿命を持つ彼らには時間が有り余るほどあった。



 1909年(明治42年)、隣の丸山一家6人を同化完了。


 1912年(明治45年/大正元年)、桑根井集落、全18戸92人を同化完了。


 1917年(大正6年)、皆神山周辺町村、全413戸2,158人を同化完了。


 1919年(大正8年)、松代町全戸7,246人を同化完了。



 ()()は10年程をかけて慎重に皆神山周辺の同化を行った。今後は資源の入手と基地の修復を優先するが、並行して現地情勢の把握にも努める事とした。


 ()()が当初は無関心だった現地生命体の情勢把握に感心を示しはじめた理由は、この弧状列島の置かれた状況にあった。


 ある程度、社会的上位個体の同化に成功した結果、この列島を支配する知的生命体集団(現地生命体は「日本」と呼んでいるらしい)が度々戦争を起こしている事が判ったからである。


 戦争のために日本の支配階級は被支配個体に対して兵役を義務付けていた。徴兵検査で()()の存在が明るみに出る恐れがあるが、()()は壮丁名簿と呼ばれる徴兵適齢個体リストで該当個体を死亡したと報告し誤魔化していた。


 今の所、日本は戦争に勝ち続けているらしい。しかしいずれ負ける時が来るかもしれない。


 ()()に害が及ばない限り日本に手を貸すつもりは一切無いが、万が一()()の基地や存在に被害が及ぶ可能性がある場合には対応できる用意はしておく必要がある。


 記録も残っていない程の太古からSIMUと呼ばれる集合意識生命体と星間戦争を続けている()()には、敵対勢力との和解や妥協といった事は選択肢の外にあった。


 もし日本の敵対勢力がこの弧状列島に手を伸ばす状況になったら、()()が日本に代わって敵対勢力を排除する必要があるだろう。


 その様な面倒くさい事態にならない事を祈りつつ、()()は地域の掌握と情報の収集を進めていった。

松代町の方、ごめんなさい。


繰り返しますが本作は架空戦記です。次話からようやく日本軍が登場します。

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