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第一話 遭難

時は39年前に遡ります。

――1908年(明治41年)6月 ツングースカ


 周囲には見渡す限り巨大な針葉樹トウヒが立ち並んでいる。時刻は夕方だが6月の太陽はまだ高い位置にある。しかし日光は密集した太い幹と常緑の葉に遮られ地面にはほとんど届いてない。


 その薄暗い針葉樹林タイガの中を一頭のアムール虎が歩いていた。


 身を隠す下草の少ない樹林の中を彼女は出来る限り姿勢を低くして進んでいる。200㎏を超える巨体にも関わらず足音はほとんど聞こえない。ネコ科特有のしなやかな筋肉は滑らかに彼女の身体を前へと進めていた。


 彼女の向かう先には薄暗い森林の中にぽっかりと開けた空き地があった。恐らく倒木で一時的に日光が差し込む様になったのだろう。そこだけが明るい陽だまりとなり背の高い草が生い茂っていた。その草をヘラジカの群れが食んでいる。


 彼女は本日の夕食を得るべくその群れに風下から近づこうとしていた。


 ふと彼女はその足を止め空を見上げた。どこからか自分を見つめる視線を感じたのだ。仲間の中でも特に勘の鋭い彼女は、その勘に何度も命を救われまた狩りの助けも得ていた。


 彼女はじっと空を見つめた。しかし木立の隙間からわずかに見える空には断雲が流れているだけである。しばらく空を見上げていたが何もおかしい所は見つからない。彼女は珍しく気のせいだったかと気を取り直すと改めてヘラジカの群れへの接近を再開した。



 確かに空には一見何の異常も無かった。だが彼女がもう少し注意深く雲の流れを観察すれば空の一部がわずかに歪んでいる事に気付いたかもしれない。


 彼女が見つめたそこには実は巨大な物体が浮かんでいたのである。


 周囲の光を屈折させ身を隠しているソレは細長い葉巻のような形状をしていた。その全長は400mに達し直径も40m程もある。しかも不思議な事に一切の音も光も発さずに空中に静止していた。


 おそらくは気が遠くなる程の長期間に渡って宇宙を旅して来たのだろう。その表面は赤茶色の分厚い堆積物と無数のクレーターで覆われていた。一見すると細長いちょっと変わった形の小惑星にしか見えない。


 だがソレは小惑星などではなかった。


 よくよく見れば堆積物の層を通して人工的な構造物の姿が朧げに浮かんでくる。


 一方の端はやや太くなり複雑な構造物が集中している。中央部は単調な円柱形のブロックで構成されその表面を多数のパイプが走っている。そしてもう一方の端は細く尖り反対側とはまた異なる複雑な構造物に取り囲まれていた。


 そう、ソレは膨大な時を経て恒星間の海を渡ってきた宇宙船であった。



 尖った先端部にある艦橋で5体の生命体がフロア中央の立体モニタを見ながら談笑していた。その外見はバラバラであった。


 人型に近い個体もあれば8肢を持つ者、外骨格や更には不定形の者まで居る。しかしその意思疎通に何ら問題は無さそうであった。不思議な事に()()は声を一切発せずに会話をしていた。


「不可視シールド越しでも我々の観測に気付いた様でス」


「あの捕食生物の個体はこの惑星ではシグマ因子が比較的高い方でス。しかしそれでも監察星域平均の十分の一にも達さないでス」


「おぼろげな感情伝達程度は可能でスが、意思疎通には遠く及ばないレベルでス」


「この惑星のシグマ因子は微弱でス。一万二千公転周期前の前回調査時にもその事実は指摘されていまス」


 宇宙に存在するほとんどの生命体はその成り立ちが違えどシグマ因子と呼ばれる共通の基質を有している。これにより元となる文明や種族が違ってもこうして意思の疎通が可能であった。


「この星の最多知的生命体の方は更に因子が弱いでス。液相領域の準知的生命体の方がまだ高いでス。この星で争いが絶えないのも理解できまス」


「前回調査時より全般的な技術レベルが大きく低下していまス」


「おそらくまた文明ステージが後退する規模の内戦が発生したと思われまス」


 残念ながらこの惑星の生命体はシグマ因子が非常に弱かった。音声と視覚情報だけでは思考の百分の一も伝達出来ない。真意が逆に伝わる可能性すらある。


 永きに渡って多くの星を見てきた()()は、この星の様にシグマ因子の弱い星では争いが絶えない事をその経験から良く知っていた。


「シグマ因子改良措置を適用しなければ、この星はずっと第5種調査対象に留まると思われまス」


「本船にシグマ因子改良能力は無いでス。個体能力も低いので同化措置も我々に利点が無いでス」


「では、このまま予定通り1000周期の監視を続行しまス」



 ()()が次の調査ポイントである大陸東岸へ向かおうとしたその時、突如艦橋にアラート音が鳴り響いた。


「高速物体が接近していまス!」


「斥力シールド展開間に合いません!」


「対消滅砲、発砲準備間に合いません!」


「主機始動間に合いません。本船に接触まで6……5……4……」


 大気圏内調査のため超長距離センサを切り、更に不可視シールド展開のため斥力シールドも切っていたのが災いした。


 秒速20kmの速度で惑星の大気圏に突入した直径7mの隕石は、大気との摩擦で白熱しながら、まるで狙ったかの様に文字通り天文学的な確率で彼らの船に向かって真っ直ぐ落ちてきていた。


「緊急脱出船を分離しまス!短距離咄嗟転移!」


 それは400mに達する巨大な宇宙船に比べればちっぽけな隕石だったが、()()を宇宙船ごと蒸発させるには十分なエネルギーを持っていた。()()に出来たのは緊急脱出船となっている艦橋部分を分離し空間転移で逃げる事だけだった。



 下草に身を潜めたアムール虎がヘラジカの群れにあと一歩の所にまで近づいた時、突然上空から奇妙な音が響いた。呑気に下草を食んでいたヘラジカ達は驚いて彼女と反対の方向へ逃げ去っていく。


 彼女は忌々しげに空を見上げ夕食の邪魔をした犯人を捜した。それはすぐに見つかった。先程見上げた時には何も無かった空に巨大なモノが浮かんでいたのである。


 彼女が不満げに唸り声をあげると、そのモノの先端部が掻き消えた様に見えた。そして空から降ってきた白い光がモノ貫く。それが彼女の見た最後の光景だった。


 次の瞬間、周囲は眩い光に包まれた。



――1908年(明治41年)6月 日本海上空


「本船部の消失を確認したでス」


「他のクルーの脱出は確認できないでス」


「現在のクルーはここに居る5体のみでス」


 からくも隕石衝突から逃れた()()の脱出船は大陸東端の弧状列島に隔たれた内海の上に浮かんでいた。西の空が明るく輝いている。爆心からこの惑星の直径の四分の一程も離れたこの場所からでも隕石と調査船による大爆発の光を見る事ができた。


 ()()の居る緊急脱出船は短距離の転移や大気圏内飛行に加え、ある程度の宇宙空間航行も可能ではあった。しかしこの銀河辺境腕から()()の支配領域へ達する様な恒星間航行能力は無かった。


 もちろん長距離通信による遭難信号は既に発していたが、救助か次の調査船が来るのは少なくともこの惑星の1万公転周期以上先になると思われた。


 つまり今や()()はこの惑星に囚われの身となってしまったのである。


 小さな脱出船のため資源も食料も限られていた。食料はこの惑星の1ヵ月分ほどしかなく燃料はこの恒星系を脱出するにも足りない。シグマ因子の乏しい現地生命体との交渉も困難である。


 ()()の目下の課題はこの辺境の未開惑星でどのように生き延びるかであった。


「近傍の島にサイトがありまス」


「サイトは損傷していまス。しかし一部機能は稼働を維持していまス」


「まずはサイトへ移動を行いまス」


 幸い付近の弧状列島中央部に以前の調査時に作成された基地がある事が分かっていた。この惑星上には他にもいくつか基地が設けられていたが地殻変動により現在も機能を維持しているのはそこだけであった。


 しかしそこも機能の多くは損なわれている。かつては調査船をまるごと収容できた内部空洞も今ではほとんどが泥と水で埋まっていた。だが幸いなことに()()の脱出船を納める程度の空間は十分残っており管理機能もまだ生きていた。


 こうして()()はこの惑星上で日本と呼ばれる国の中央部、長野県松代にある皆神山の内部空洞へ移動した。




――長野県松代市 皆神山


 皆神山はおよそ30万年前に形成された火山の溶岩ドームである。今は活動を終えたその山体は安山岩と火山堆積物で形成されている。


 しかしそれは表面部分だけの話である。その内部には溶岩の下降により形成された地下空洞を利用した巨大な基地があった。その壁面も原子レベルで調整され極めて強固なものへと変わっていた。


 しかしいくら強化されたとはいえ大きな地殻変動には耐えられない。壁のあちこちに出来た亀裂から水や土砂が侵入した結果、本来ならば巨大な調査船を丸々収容できた内部空洞は半ばが泥で埋め尽くされ、その上に水が溜まり、今では巨大な地底湖となっていた。


 そして現在、脱出船はその地底湖に浮かんでいた。


「管理機能の12%、プラント機能の9%は稼働可能でス」


「脱出船の修理は可能でス。しかし本船の建造は不可能でス」


「サイトの修復を開始しまス」


 幸い基地は生きており修理をすれば使えそうであった。多少のエネルギーも残されていた。様々なものを製造できるプラントもある。しかしその機能は限られており本船の建造までは出来なかった。


 つまり()()は、死にたくなければ、この惑星上でこれから生活していく事を強いられる事になったのである。


「資源と食料の調達が必要でス」


 幸い()()種族の寿命は無限に近い。次の探査船が来るまで生きていく事は可能である。しかしそれには資源と食料が必要だった。


「活動に必要な個体数が不足していまス」


 基地やプラントの修理、それに用いる資源の採集、そして()()自身の食料調達。やるべき事は無数にあった。しかし現状ここには5体の同胞しか居ない。どう考えても人手が足りなかった。特に資源と食料の調達は外部活動が必須である。


「個体数確保のため知的生命体の同化措置が必要でス」


「繭の生成を行いまス」


 ()()がその決断を下した瞬間、()()の身体に異変が生じた。それぞれ異なる体躯をした彼らの中心に線が生じたのである。その線はみるみる広がりとうとう身体が左右にぱっくりと二つに割れた。


 そしてその中から奇妙な物体がごとりと床に落とされた。


 床に転がった幼子程の大きさの物体は、豆科の植物の鞘の様な形をしていた。

ツングースカ!オウムアウア!皆神山ピラミッド!異星人!


……本作は架空戦記です。多分。

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