エピローグ 飛躍
前話と二話同時掲載しております。ご注意ください。
巨大な調査船が再び太陽系を訪れていた。一万二千年前に飛来したものとほぼ同型の船である。
彼らがこの星系を調査するのは前回が初めてでは無い。これまでも、およそ一万二千年おきに数百回も行われている。その度に文明の興亡は幾度となく観測されたが彼らから見れば誤差の範囲でしかなかった。
前回の調査では不幸な事故が発生したものの彼らの基準では影響は小さいはずであった。どうせシグマ因子の弱い第5種調査対象に過ぎない。だから今回もこれまで同様に彼らの興味を引く事は無いと思われていた。
しかし彼らの予想に反して今回の調査では大きな変化が有った。
第十一番惑星の軌道に入った所で、驚くべきことに彼らは宇宙船の出迎えを受けたのである。その様な事は過去に一度も無かった。
それは小さな宇宙船だった。全長は彼らの調査船の三分の一にも満たない。濃紺色と灰色に塗り分けられた紡錘形の船体の側面には大きな赤い丸が描かれている。艦の上下には警告を意味するのか赤と青の光が点滅している。
その宇宙船は船体各所からガスを噴き出し姿勢を変えていた。その事実は慣性制御をものにしていない事を示していた。艦尾にある大きなノズルは大推力を未だに反動推進に頼っている証左なのだろう。
貧弱ながら一応は武装もあるらしい。その宇宙船は艦前部に連装三基六門の砲を備えていた。解析するとレベル3b相当兵装であった。前回訪問時に彼らが供与した簡易な高射砲にも及ばない。
つまり彼らの目から見れば恐ろしく原始的な宇宙船であった。それはその宇宙船の所属する文明が、ようやく宇宙に進出し始めた段階である事を示していた。
だが彼らを驚かせたのはその技術水準ではなかった。
「こちら太陽系外周艦隊、第11艦隊所属、宙防艦『夕凪』。無許可で接近中の艦に告ぐ。貴艦の所属と目的を明らかにせよ」
彼らに敵対意思がない事は既に確認済みなのだろう。砲は向けられていない。純粋に管制業務上の誰何を行っている様だった。
「シグマ因子は前回調査時の12倍でス」
「監察星域の平均レベルに達していまス」
なんと驚くべき事に、その宇宙船は彼らに対してシグマ因子による直接意思交信を試みてきたのであった。
一万二千年という宇宙的に見れば極めて短い時間に、日本人は爆発的とも言える進化を遂げていた。具体的に言えばシグマ因子の大幅上昇である。
彼らが地球を去って以降、地球の文明は長い停滞期間に入った。なにせ進化を促す争いや生物的な危機が無いのである。このため一万年近くの間は人口が増えた以外はほとんど何も変わらない時代が続いた。
一方、日本人らは和を乱す様な言動が赤死病の発症につながる事になんとなく気付いていた。そしてその様な言動を控え、それとなく意思を相手に伝え、相手の意思を推し量る思考を強める様になる。
日本人には元々「空気を読む」という文化があった。それで多少なりとも他国に比べてシグマ因子の素養を持っていたのかもしれない。この「空気を読む」文化圧力が更に強まり、赤死病という生物的な危機も結びついた結果が爆発的なシグマ因子の進化を促したと思われた。
そして二千年ほど前にシグマ因子で意思疎通可能なレベルの人が現れ始め、千年ほど前には全日本人が言語に頼らず意思疎通可能となった。
社会的、文化的な混乱も発生したが、それは細菌の発症により最小限に抑えられた。
情報の損失や誤解なく意思の疎通が可能な事は大きな文明の進化を促す事となる。文明は一万年ぶりに新たな歩みを始めた。
それからわずか100年ほどで日本人は宇宙に進出を果たし、その100年後には細菌の非発症化に成功した。
細菌という頸木から解放された日本人は文明の進化を加速させるとともに新たな争いの時代へと突入する。ただしそれは、あくまで利害に基づいた争いに限られ、誤解による偶発的な争いはシグマ因子の意思疎通により発生しなかった。
日本人は太陽系内にも進出して行った。惑星やコロニーが国家として独立し、宇宙海賊や密輸といった犯罪も生まれた。国家紛争や犯罪の取り締まり、遭難救助のために宇宙軍も編成された。
彼らに接触してきたのは、そういった宇宙軍に所属する一艦であった。
確かに技術的には彼らから億年単位で遅れている。しかし意思疎通が可能ならば技術は教えることができる。
「第1種調査対象への分類変更が妥当でス」
「新規接触プロトコルによる交渉を開始しまス」
日本人が宇宙文明に受け入れられた瞬間だった。
日本人の新たな飛躍が始まった。
これにて「盗まれた国~ボディスナッチャー太平洋戦争」は完結です。
ハッピーエンドとなりました(日本人限定)。
最期までお付き合い頂き、ありがとうございました。