プロローグ 廃墟の国
本作は実は「夏のホラー2018」参加を目指して書いていたのですが、全然間に合いませんでした……タイトルから分かる通り洋物ホラーをベースにした架空戦記?となっております。
――1947年(昭和22年)6月 サンフランシスコ
水雷戦隊に先導された艦隊が単縦陣で湾内へと進入していく。
その向かう先にはサンフランシスコの街並みが広がっていた。日本ではまだ珍しい高く近代的なビルが立ち並んでいる。街並みには一見何の異常も見えない。
不思議な事に日本の艦隊が湾内に侵入したにも関わらず迎撃の艦も航空機も来なかった。電探どころかラジオ放送の電波すら受信できない。
「ここも廃墟か……」
戦艦大和の第一艦橋から金門橋を見上げながら黛治夫艦長は呟いた。
海上や陸上には人の営みを示す動きは全く見えなかった。代わりに多数の海鳥が飛んでいるだけである。その様子はここへ来る途中に立ち寄った真珠湾やサンディエゴと同じだった。
「見張りを厳に。湾内の漂流船に注意しろ!」
気を取り直した黛が艦内に指示を出す。
ここサンフランシスコに来るまでも艦隊は危険な漂流船の処分を行ってきた。その中にはまだ真新しい空母すらあった。黛ももったいないとは思ったが、外洋をフラフラと漂う巨大船は極めて危険な存在である。曳航が困難ならば砲撃か雷撃で処分するしか手が無かった。
そしてこの湾内にも多数の船が漂っていた。幸い海流が弱い湾内のため漂流船にも動きが少ない。軍艦の姿も見えるが、いずれも艦上に人の気配は全く無かった。その証拠に舷側の手すりや砲身には多数の海鳥が呑気に羽を休めている。
黛が見た所、航路上の脅威となりそうな漂流船はとりあえず無さそうだった。もし処分が必要なら水路上で沈めない様に注意が必要だな。そう彼は思った。
黛の心配は杞憂に終わり、幸い艦隊は危険な漂流船に出会うこともなくアラメダ基地の桟橋沖に投錨した。
陸地が近づくとサンフランシスコ市街の様子が良く見えるようになった。
舗装の割れ目や建物の屋上には雑草が生い茂っている。暴動でも起きたのだろうか、窓ガラスが割れていたり火災が起こったらしい跡のある建物も多い。道路には打ち捨てられた車に代わって野生動物の群れが闊歩している。
そして、そこかしこに転がる白骨死体。
サンフランシスコは、まさしく廃墟と化していた。
「陸戦隊の上陸を開始しまス。航空偵察では敵戦力は無いでス。橋頭堡を確保したら物資調達隊を上陸させまス」
黛の背後に立つ小沢治三郎連合艦隊司令長官が指示を出した。その小沢の妙な口調に黛は思わず体を硬直させた。
戦況が突然逆転した頃から小沢長官は人が変わってしまった。長官だけではない。軍令部や海軍省の上層部も今は皆似た様な感じである。
彼らの指示は常に迅速で的確である。その点に疑問は無い。しかし彼らに共通する感情の見えない目や言葉遣いに黛はどうしても慣れる事ができなかった。
自分がもし軍令部にあがれば彼らと同じ様に変わってしまうのだろうか……薄気味悪さを感じながら、黛はそれを振り払う様に周辺監視に意識を戻した。
いきなり米国が負けるどころか滅んでいます。
次話から過去に遡ってここに至るまでの経緯をお送りします。