森 健太
美穂が不登校になって2、3年が過ぎた頃、我が家では順調に、恵子と美穂の二人の義務教育が行われ、美穂はグングン学力を付けていた。
たまに来て頂く担任の先生も、学校に来たらトップクラスの出来の良さだと誉めてくれる程だった。
私も恵子も、不登校の生活にも慣れだして、不登校にあまり抵抗もなくなっていた。
私の会社の休みが平日でも、たまにジャスコに行って、平日なのを忘れて買い物を楽しむようになっていた。
そんなある日の平日に、同じ会社の同期の森文子にジャスコで会った。
森文子は、職場も同じで同期であり、年も私の2歳下で近く、家も近所で直ぐそこだった。
お互い独身の頃からの知り合いであり、恋仲になることは無かったが、気の合う友達の一人であった。
『おい、森さん?今日会社休みなの?』
私は気さくに挨拶した。
ふと隣に目を向けると、中学生くらいの男の子がいた。
確かに森文子には一人男の子がいた。
私は職場で森文子に会う度に、二人目もがんばれよと、かなりのお節介を焼いたものだが、結局一人っ子になった。
しかも、森文子はただの女では無かった。
森文子は千葉信用金庫の創始者の孫であり、その一人っ子である森健太くんが、唯一その血を引く子孫であったのだ。
森文子は、既にその千葉信用金庫とは何の関係もなく、しかも、森家に嫁いではいたものの、健太くんが生まれた頃から、たまに子育ての話を聞く度に、健太くんへの子育てへの重圧をかなり抱え込んでいるのが分かった。
森文子にとって、森健太くんは、森文子の全てであるかのようだった。
健太くんが生まれて直ぐに、一回5万はする写真館を3軒も梯子し、学校が休みの日には必ず何処かに連れていき、教室では、健太くんの勉強が捗るように、何度も席替えをさせていた。
勉強も、毎日マンツーマンで3時間付きっきりで教えるという徹底振りだった。
『もう関係は無いんだけれど、街で千葉信用金庫の看板を見る度に、かなりの重圧を感じるんだよね。』
昔、森文子がボソッといった言葉に、私はかなりの寒気を感じたのを覚えている。
森文子自身も、母親からかなりの重圧をかけられて育っていた。
森文子には8歳年上のお兄さんがおり、二人とも学歴社会のど真ん中で育てられた。
何と母親は、子供一人につき、習い事に1000万近くお金をかけたそうだ。
そのため森文子は、週に6つも習い事をしており、その重圧に耐えかねて、兄共々最終学歴は高卒に終わっていた。
また、森文子の母親は、今度は健太くんの教育にまで口を出し、森文子は、40歳を過ぎた今でも、未だにお母さんが、お母さんが、であった。
独身の頃も、毎回会社から帰る頃には、お母さんに今から帰宅しますの電話をし、門限は必ず10時と決められていた。
昔ある時、私が国公立大の合格通知を6つ持っている話を得意気にしたときには、それから数ヵ月、ことあるごとに森文子から睨み付けられている視線を感じる時があった。
(この熱い視線は、きっと恋じゃない。)
そう思ったのを覚えている。
森文子と恋仲にならなかったのは、それ相応の理由があったのである。
そんな文子が、平日のジャスコで、一人息子の健太くんを連れていたので、私は不思議であると同時に、嫌な予感がした。
(まさか健太くんも不登校?)
どうしようかと思っていた矢先、文子の方から話しかけてきた。
『松葉くん、久しぶり、元気だった?』
文子は少し元気が無かった。
『久しぶりだね。健太くん?中学生になったの?』
私は差し障りなく質問した。
『そうなの、もう中学生なのよ。松葉くんの隣の子は美穂ちゃん?今日小学校も休みなの?』
文子が不思議そうに聞いてきた。
(小学校も?つまり今日は中学校は休みであり、健太くんは不登校ではないのだな。)
私はそう確信し、気兼ねなく美穂の不登校の事を話題に出した。
『違うんだよ、家の美穂はもう学校に行ってないんだよ。もう3年くらい不登校になってるんだよ。まあ、俺も妻も気にもしてないんだけどね。』
私は、文子が気を使わないように楽しそうに振る舞った。
『そ、そうなの?』
文子は美穂がいる手前、反応を少し抑えてくれていたのが分かった。
『健太くんの方はどうなの?森さんの事だから、抜かりなしですか。』
私は少し煽てて見せた。
『そうでもないのよ。色々悩んではいるのよ。』
文子はため息混じりに答えた。
すると、急にハッと私の顔を見て、
『そ、そうだ!松葉くんそう言えば、国公立大学の合格通知沢山持ってなかった?家の子中学生になったら急に勉強についていけなくなって、しかも、教えようにも段々難しくなって、私じゃ教えられないのよ。家庭教師を頼もうと思ったんだけど、とてつもなく高いの。』
文子が急にガツガツ話し出した。
相当子育てに悩んでいたのだろう。次々捲し立てて話してくる。
『松葉くん良かったらたまの休みの日で良いから、家の子の勉強見てくれない。松葉くんにとっても、小遣い稼ぎ位にはなるでしょ?』
文子の目が真剣だった。
以前から文子の千葉県信用の重圧を可愛そうに思っていた私は、小遣い稼ぎ程度なら大丈夫かという軽い気持ちで、家庭教師の件を快く引き受けた。




