第八十話 ライバルあるいは仲間
毎度、投稿が遅くなりすみません。
前回投稿から気が付けば一季節経過していました……。
何か料理音楽イベントの規模がちょっとした事で全世界規模の事になってしまったが、一応は最大の目的である縁結びも忘れられておらず、大会の趣旨には則っている為に文句は言えなかった。
何より、唖然としている間に全てはもう動いてしまっていた。
今更何を言おうとも、全世界規模になってしまった事には変わりない。
ならば、受け容れる他ないのだ。
「おっ、これも完璧な味の調和だね。百万点!」
「そう言いつつ、完全に食べ物で買収されていませんか?」
「そ、そんな事はないよ。僕はただ、皆の努力を無駄にはしたくないだけなんだよ」
そう、もう駆り立てられた人々は動いてしまっているのだ。
既に激戦を繰り広げられている人々も多い。
それなのに、やっぱり止めますとは言えないのだ。
加えて、人の数だけ出逢いがある。
多くの人々が挑めば、それだけ縁結びの可能性も広がるのだ。
真の目的の助けになるものを止める理由はない。
「既に激動を止められない以上、今はこのイベントをどう成功へと導くかを考えよう」
「それもそうですが、厳正なる審査をする他は、視る以外にやれる事は有るのですか?」
「色々とあるよ。参加人数が大幅に増えたから、新しいお題食材を指定したり、その食材の在り処を縁結びが成功し易そうな環境に改造したり」
「なるほど、目的地を縁結びに合った形にするは良い考えですね」
と言う事で、僕達もただ座視するのでは無く、直接イベントに干渉する事にした。
「どのような改良を加えますか?」
「まずは誰かと協力して攻略する、協力しないと攻略出来ない様な場所を創ろう。ライバル関係も良いけど、仲間と協力して攻略した方が縁は結ばれると思うんだよね」
「確かに物語でも、ライバル関係から発展する恋は少ない様な気がしますね。初めはライバル関係でも、結ばれるのは仲間になった後であったりしますし。加えて、チーム戦でもライバル関係は作れるので、その方針で良いかと」
コアさんの賛同も得られたので、新たな世界の創造に着手する。世界をゼロから創ってしまえば土地は使いたい放題だし、どんな使い方をしても問題ない。
仮に大失敗しても新しい世界なら全く問題ないのも素晴らしい特徴だ。
ここで成功したものを他の世界でも行えば、万事上手く行くだろう。
「世界は取り敢えず、平たい世界にしようか」
「広さも少し広め、地球十個分程度にしておきましょう」
僕達は新たな世界を創り、大雑把に整えてゆく。
平たい世界にしたのは、これまでの戦いを視たところ、英雄級の人達がぶつかり合えば星であれば真っ二つになっていたり、砕けたりしていたからだ。
裏も世界が広がる球状の世界では、強過ぎる力は表裏で二倍の被害を受けてしまっていた。
特に星型なんて地殻の下はマントルだから、露出して圧力が下がると共に重力バランスが崩れたらマグマとして噴き出し、大気も千切れあっという間に壊滅していた。
そのような世界では同じ様にすぐに壊れ、激しいイベントを開催出来ない。参加者の全力を引き出せないまま終わってしまう。
と言う事で、比較的被害が少なそうな形状にしたのだ。
ただ、一番の問題はどうやって協力関係を強制する様な場所にするかだ。
「やっぱり協力関係を築く様に誘導するには、難易度を上げるのが手っ取り早いかな?」
「確かにそれが確実な気もしますが、それでは今までのものと大差無いのでは? せっかく一から世界ごと創るのですし、もう少し縁結びに特化させた方が良いのではないかと思います」
「それもそうだね。でも、具体的にはどうしようか?」
一人では解決できない難題があるなら、人は誰かと協力し乗り越えようとするだろう。それが弱い人が他の生き物より優れる点、今日まで生き残りここまで繁栄して来た根源とも言える力だ。
だから困難な課題さえ与えれば人は自然と協力し乗り越えようとする。ただ協力させるだけなら簡単だ。
しかしコアさんの言う通り、それでは今までの課題と大して変わらない。
得られる結果も似たようなものになるだろう。
それではより縁結びを成功させようと言う目的上、好ましくない。
どうにかして単に難易度を上げた場合とは少し異なった協力関係を築かせる、もしくは相手に向ける感情が異なるようにしたいものだ。
「今までの難易度から協力関係に導く方法では、英雄と呼ばれる程の力を持った方々でも攻略困難にする必要があると言う条件上、命をかける必要がある環境を用意して来ました。その場合、強い一体感等を生むように誘導出来ても、多くの場合は細かな心情等を理解する余裕も奪ってしまいます。
ですので、まずは過度な緊張感を生まない事が方法に差異をつける為には重要であると思います」
なる程、確かに極限までの協力関係、命を預ける関係を生み出せても、共に極限まで協力し合った仲間と言う認識以外、残せないかも知れない。
仲間と言う認識は恋人への近道かも知れないが、極限まで協力した関係だからと言って、コアさんの言う通り生き残る事に、乗り越える事に全てを賭けては、それそのものが恋愛感情を生むのは難しい気がする。
勿論、強いきっかけの一つにはなるだろうが、恋愛感情を生むのはきっとその先で友としての時間を過ごす中でだ。
少なくとも、命がけの戦いの最中に他の事に気を取られる、気を取れ恋愛感情にまで発展しかつ生き残れる者など色々な意味だ相当なツワモノだ。
縁結びとしての効力を上げるなら、挑む中で恋愛感情そのものを生み育てた方が良い。
その為にはある程度の余裕も必要となる。
「じゃあ、協力した方が得られるものが多い様に創るのはどうかな?」
「きっかけこそ打算的にはなってしまいますが、共に行う内容次第では如何様にも縁結びが行えそうですね」
と言う事で、僕達は協力した方が得をする、かつ恋愛感情にまで発展する仕掛けを多数用意した世界の創造を始めた。
縁結びの為の世界を創っている間にも、当然各地での食材採集や料理は進んでいる。
目的に近付く毎に交戦も共戦も全てが激しさを増し、物語が求むべきページを増やしていた。
採点も行わなければいけないので、僕達は世界創造手をしつつも注視し続ける。
どこもかしこも縁結びと言う目的を除いても目が放せない。
例えば鰹節採集が行われているグハロマハヤ塩砂漠。
おばちゃん達のチームが一番に鰹節を持ってきたが、ルール上一番最初に持って来なくては点にならない訳では無い。
なるべく多く欲しいのだから当然だ。
「私利私欲に塗れた理由ですね」
「目的の食べ物が残る分だけ競争は続くのだから、縁結びと言う目的としても望ましい。多く食べたいと言うのは否定しないけど、利害の一致と言うやつだよ」
「一つの方が競争は激しさを増し、より物語が生まれるのでは?」
「参加者には何個あるかなんて簡単には分からないから大丈夫だよ」
そう簡単に見付けられるものは元々指定していないし、場所は分かってもそう容易く手に入るものでは無い。
例えば鰹節の場合、塩砂漠の奥を縦横無尽に泳いでいる。
全体数を把握する以前に一体探すのも困難だし、誰かが手に入れれば難易度が下がる訳では無い。寧ろ数が減った分は難易度が上がる。
つまり誰かが攻略した後も同等の試練は続くのだ。
それだけ縁結びのきっかけとなる物語は生まれ続ける。
そもそも競技であり勝者を決めるが食材採集の段階で必ずしも競う必要は無いのだ。
別に初めから協力して攻略しても良い。
それも僕達の望む攻略法の一つだ。
だから何も問題はない。
「確かにそれは理に適っていますね。現に、鰹節採集は続いていますし」
コアさんの言う通り、グハロマハヤ塩砂漠の鰹節採集では激しい競争が続いていた。
先行したおばちゃん達に負けまいと力を振り絞り、おばちゃん達が鰹節を採集した後も加速した勢いが収まらなかったのだ。
「おい! まだあのミイラ魚の気配が地下からするぞ!」
「何だと!? 早く捕まえろ!」
「吉報に感謝します。しかし手に入れるのは我々衛兵科チーム、食材も貴方達の身柄も確保します」
「ふん、出来るもんならやってみやがれ」
例えば裸体美術部のヴァンリード先輩やカナタ先輩達のチームと衛兵科の先輩達からなるチームは既に一触即発の状態だ。
「“デザートストーム”!」
「“サンドストーム”! くっ!」
カナタ先輩と衛兵科のヴィリアン先輩の砂嵐同士がぶつかり合う。
軍配はカナタ先輩に上がった。
ヴィリアン先輩の砂の壁の如き砂嵐は、カナタ先輩の一帯を呑み込む竜巻の如き砂の大嵐に呑み込まれ吸収される。
ダンジョンマスターであるカナタ先輩にとって環境を変え支配する魔術は十八番らしく、優秀な魔術師ではあるが広域魔法に特化している訳では無いヴィリアン先輩では分が悪かったようだ。
しかし完全に敗れる訳でもなく、何とか直撃しない様に砂嵐の壁を維持して結界代わりにして耐えている。
「“鉄影豪雨”!」
「“ブルーバースト”!」
何とか打開しようとエイード先輩が分身させた手裏剣の雨を放ち、アリメド先輩がガスを燃焼させた圧縮させた高火力の火炎爆弾を放つも、砂に呑まれて掻き消える。
「攻防一体か! もう奴等がどこに居たかも分からない! 探知は出来るか!?」
「出来ません! 砂嵐に含まれる高濃度の魔力が魔力干渉そのものを妨害しています!」
視界的、魔力的に裸体美術部チームは隠れても、砂嵐の感触からカナタ先輩には衛兵科チームの居場所が丸判り。
「上から来ます!」
この前のダンジョン攻略には来なかった裸体美術部のユタカ先輩が、砂嵐に比較的邪魔されない上空から隕石の様な槍を降らした。
「“投影――城塞――”!!」
エイード先輩は砦の模型を上に翳し、砂嵐に影を投影すると拡大された模型の影を実体化させた。
厚さ数十メートルもある鋼鉄の壁が一撃毎に吹き飛んで砕かれ影に還る。
「“アースホール”! 地下に退避するぞ!」
「“アースホール”!」
「“アースホール”!」
ヴィリアン先輩とエイード先輩がそれぞれ砂嵐と天槍を防ぐ間に、土属性魔術の使える先輩達は交互に穴掘り魔術を使った。
一瞬の内に深い穴が穿たれて落ちてゆく。
そして百メートル近く降りると、今度は横に穴を掘りそこに駆け込んだ。
直後、要塞を砕き突き抜けた天槍が縦穴を吹き飛ばし、穴は消えた。
衛兵科チームは砂嵐から逃れ、居場所も隠す事に成功した。
他のチームも砂嵐から逃げる為に地下へと隠れ、戦いは次のステージへと移った。
「“影結び”! “影剥ぎ”! “|影魔〈ドッペルゲンガー〉”!」
「“遮光結界”! “魔力偽装”!」
「“ディメンションバインド”! “ディメンションストレージ”!」
敵は他のチームだけでは無い。
縦横無尽に襲いかかるミイラ魚アンデット達に対して、エイード先輩は影を縫い止め動きを止め、影を剥ぎ取りその影で本物そっくりな使い魔を生み出した。
ただ倒すだけでなくそれを勝利の布石に転換しようと考えたらしく、ヴィリアン先輩は影の使い魔に弱点である光から守る結界を張り、更に影の使い魔の魔力を本物そっくりに偽装した。
空間属性魔術師のゼガード先輩は影の大元であり、影の供給源として影の使い魔を維持する為には倒す訳にはいかない本体を拘束し、異空間に閉じ込めた。
そして影の使い魔が各所へと解き放たれる。
攻撃目標である裸体美術部チームも砂に穴を空けて地下へ、そこで鰹節の探知に集中している。
アンデットはそんな先輩達にも迫るが、振り向きもせずに武器を振るい粉砕。
脅威でない故に気にも留めていない。
しかしそんな意識から半ば外れた存在の中にそれは紛れていた。
「“影渡り”」
「“レンボーランス”!」「“ブルーソード”!」「“ディメンションインパクト”!」
突如アンデットと、影の使い魔と入れ代わり現れた衛兵科チームが奇襲を仕掛ける。
火や水、光や闇の槍が、超高温の炎刀が、ネジ曲がった空間による衝撃波が裸体美術部を襲う。
「なっ!」「グオッ!」「だはっ!」「あばばっ!」
防御する間もなく攻撃は直撃。
衛兵科チームは間髪入れず追い撃ちをかける。
「“破壊と創造よ”!」「“インフィニティシャイン”!」
ヴィリアン先輩は無数のスキルと魔術を同時発動し、創造魔法により纏めた混沌世界、荒れ狂う原初世界の再現を行った。
火が水が重力が、刃が槍が塊が、あらゆるものがあらゆる形をとって発生し衝突し再び発生し、破壊と創造を繰り返している。
一つ一つの威力は高位の攻撃魔術を下回るが、その数と密度は凄まじく、ヴィリアン先輩が魔術の制御を放しても一向に治まる気配がない。
アリメド先輩は疑似太陽を顕現させた。
凄まじい熱を放ち続けるガスの球だ。太陽に近付いたそれに太陽の概念を付与し疑似太陽としている。
それによって凄まじいガスの燃焼は更なる火力と持続力を得ていた。
しかし幾ら持続力が上がったとしても、それは物理法則として通常有り得ない極限状態。
それを維持するには莫大な力が必要となる。
拡散し平衡に移ろうとする力を押し留めるには、発動するよりも大きな対価が必要だ。
「“奈落落し”!」「“ディメンションホールド”」
だが、衛兵科チームはそんな事も折り込み済み。
エイード先輩が底も上下左右も無い影で攻撃ごと裸体美術部の先輩達を包み込み、それをゼガード先輩が更に縦横無尽に繋ぎ合わせた空間で閉じ込めた。
ゲートを無数に繋ぎ合わせた様な二つの空間は破壊の嵐を直接受け止める事なく、かつ攻撃を拡散させることも無く威力を保持している。
これによってそれぞれの術の対価を極限まで減らしつつ、最大限のダメージを裸体美術部の先輩達に浴びせ続けていた。
「よし、今の内に目標物を探すぞ! 動けるか!?」
「いや、想定以上に影の維持が難しい! 俺はここで術の維持に集中する! 後は頼んだ!」
「俺もここを動けません! 後はお願いします!」
「任せとけ」
ヴィリアン先輩とアリメド先輩は何本かポーションを飲み干し、術の維持で動けない二人にもポーションを飲ませると移動を開始した。
あれだけの攻撃に成功しても一切気を抜かず、勝利に向けて全力を尽くすようだ。
あれで勝てたとは欠片も思っていないらしい。
実際、裸体美術部の先輩達は誰一人も倒れていなかった。
装備は破壊され全裸だが、ピンピンしている。
「くそ〜、鰹節は俺のもんだ〜!!」
「こんな所で、足止めされてたまるかぁ!!」
攻撃の威力に関してはあまり意識していない程に元気だ……。
相変わらず頑丈である。
「全部呑み込んでやる!! “暴食の狼”!!」
ヴァンリード先輩は闇に血を与え狼の形にし攻撃を喰らわせた。闇に吸収されて次々と攻撃が消失してゆく。
しかし術全般ではなくエネルギーを喰らう技らしく、閉ざされた空間は破れず、闇狼は自分達にも襲いかかった。
「”天墜“!! 危ないたろうが!!」
「”地母山産“!! お前もだ!! ママに言いつけるぞ!!」
ユタカ先輩は狼を地に隕石のような勢いで叩きつけるが、重力も乱れた中では予期せぬ方向に、ヒロタカ先輩の方に闇狼は飛ばされ、それを防ごうと山を生み出す。
しかしヒロタカ先輩の技は創造魔法に近いらしく、ただ防ぐに留まらず闇狼に喰われた分のエネルギーを混沌に与えてしまった。
「おいマザコン、お前もだろ!! お前の魔法のせいでせっかく消した魔法の嵐が活性化して元通りじゃねぇか!!」
「母の力は偉大なのさ」
「なら本物のモンスターなペアレントだな」
「……ママを侮辱するとは、どうやら、死にたいようだな」
そしてチーム内での乱闘に発展する……。
そのぶつかり合いの余波で異空間は吹っ飛んだが気が付かずに戦闘を続けている。
裸体美術部チームを封じる程の力は無かったが、足止め作戦としては大成功だ。
しかし衛兵科チームの鰹節探しは難航している。
鰹節アンデットは特段強い訳では無い。格段に良い出汁が取れるだけだ。
この砂の中にいるアンデットと力や気配的に大きく変わる訳では無い。
幸いにしておばちゃんチームが実物を手に入れた事で本物の気配を僅かながら知っているがそれだけ。
広大な砂の中から、しかも動き回る対象を探すのは非常に難しい。
加えて砂に潜り直射日光を避けたとしても、水分を奪う力は変わらない。それどころか上回っていた。
陽の光だって、弱まってはいるが乱反射し白に見えても透明な塩の砂に潜り込み、魔力的な要素も加わって深くまで到達している。
常時対策をしなければ干乾びるのみ。
加えてアンデットの襲撃まである。
そこで衛兵科チームは僕達の求める選択をした。
「裸体美術部から人類の品性を守る会チームの皆さん、協力しませんか?」
それは共闘の打診。
ここで男女が協力すれば、縁結びに繋がるかも知れない。
「戦利品はどう分配するのです?」
「二匹確保すれば問題ありません」
「より早く獲物を獲得する策はお有りで?」
「いえ、ですが我々が組めば安全性と安定性は格段に上がる筈です」
「では、お断りさせていただきますわ」
しかし、僕達が望む展開にはならなかった。
「何故です?」
「この環境はお肌の大敵。一刻も早く抜け出さなければなりません。多少危険でも二匹探すよりは早く終わる筈です」
「そんな理由で……」
開いた口が塞がらなくなる衛兵科チーム。
僕達も気持ちは同じだ。
「女性にとっては死活問題です」
「怪我は魔法でどうとでもなります。ですが、怪我を治すと言う概念が込められた回復魔法では怪我や傷では無いお肌のダメージは応急処置程度しか治せません」
「日焼けなど以ての外、ダメージですら無いのですから、日焼けした後では引くまで待つ必要があります。お肌の水分が少なくなっても傷では無いのですから、よほど酷く乾燥しない限り魔法では治せません」
「分かったかしら? 女性の美はちょっとやそっとではどうにもならないの。日々の積み重ねなの。分かったなら早くあっちに行ってくれる?」
「「「「は、はい……」」」」
何も言えずに立ち去る衛兵科チーム。
縁結び、ならず。
「コアさん、これ、梃入れした方が良いかな?」
「しない限り、縁結びには繋がりそうに無いですね。ですが、まだ第一ステージと言える段階ですし、ここで失敗しても問題ないのでは? 加えて今更ではありますがイベントとしても、後から難易度を上げるのは公平性に欠けるかと」
「確かに、審査委員が特定チームだけ難易度を引き上げるのは理不尽以外の何ものでも無いね……」
元々の難易度は場所毎に違うが、それを見極めるのも実力。その食材採集の難易度は参加者が勝ち取った、もしくは見極めに敗れた結果だ。
だから難易度がバラバラな事自体はなんら問題ない。
だが、だからこそ、難易度を後から変えるのはその勝敗を、そこに至るまでに積み上げたものを否定する事になる。
このイベントの目的の一つが、参加者の魅力を引き出して知ってもらう事なのに、その見極める力という魅力の一つを消してしまう事にもなるだろう。
そんな事は出来ない。
難易度を上げるには公平に全ての採集場所で難易度を上げるしかない。
もしくは難易度を上げた分だけ他を有利にするか。
「じゃあ、一律で難易度を上げてみる? 誰かに獲得された食材をそれ以降獲得しようとすると難易度が上がるようにするとか? 今ならイベントを通しておばちゃんチームしか指定食材を持って来ていないから、公平性は保てるよ?」
「勝敗の有るイベントとして、勝者を絞って行くという目的として不自然では無いルールですね。二位以下を次に進ませる事自体を救済措置とし、その対価に難易度が上がったと認識させる事も出来ます。全体的に公平性を保っていると言うだけの大義名分が有ると思います」
一律難易度上昇案はコアさんも公平であると認めてくれた。
しかし問題が無い訳でも無い。
「しかしその分、次のステージに進む方々が減ってしまうと思いますが、それで良いのですか? 先程はより多く食材を集め、より縁結びの機会を増やしたいと言っていましたが?」
「縁結びの機会は、次のステージに進めなかった人の分だけ減るかも知れないけれど、難易度が上がって一つが濃密になるから結果的に縁結びの効力としては変わらないと思うよ。
何より、より困難な試練になっても参加者の皆ならきっと乗り越えてくれるよ」
「そうでしたね。仮に今は乗り越えられなかったとしても、英雄の素質を持つ方々でしたら、きっとその経験は更に前へ進むきっかけとなる事でしょう。それもまた、新たな縁結びのきっかけと成り得ます。場合によっては縁結びの機会は増えるかも知れません」
「だから信じよう、コアさん」
「ええ、信じましょう」
という事で、僕達は何時も通り人々を信じる事にした。
今回の場合は一律で難易度を上げる事にしたのだった。
ただ、問題はまだある。
「どのくらい難易度を上げようか?」
「一律に難易度を上げるにしても、元々食材採集毎の難易度が異なりますし、難易度を足し算方式にして同じ分だけ難易度を上げて公平性を確保するのか、掛け算方式で同じ割合だけ難易度を上げて公平性を保つのか、方式も色々とありますね」
「そうだよね。方式からして色々と有るよね」
加えてここで考えなくてはいけないのは、第二段階と言える難易度の上昇において、そもそも元の難易度を考慮するべきか否かだ。
難易度を上げる大義名分である勝者の絞り込み、そもそも第二段階自体が救済措置であるという建前からすると、元の難易度を無視しても全く問題ない。
目利き能力を魅力として評価させる意味合いから考えても、元の難易度は無視しても問題ないと言える。
一律で上げる以上は運営による介入は宣言する、しないとしても全食材採集場所で難易度が上がった時点で介入が知られ、人為的なものであると分かるのだから、見極めも何も無い。
人為的な操作の結果は後出しなのだから、仮にその大小を事前に察知出来ても見ている者からは運であると評価されてしまうだろう。
ただ、元の難易度を考慮しないとどの程度難易度を上げるかの基準が完全に無くなる。
それで難易度を上げて公平と呼べるのか。
採集場所選定の勝敗の結果ではない、運も含めた実力の結果でもない基準で適当に難易度を上げて良いのか。
しかし、食材採集勝敗が決した後の救済措置と言う建前上、救済措置の難易度まで元の難易度を基準にして果たして公平なのか。
これが敗者復活戦だとすると、元の難易度を無くした上で全ての敗者に平等な機会を与えるべきなのかも知れない。
だが元の難易度が異なる以上、どこで一位に敗れた者にも同じ難易度の試練を与えるのも果たして公平と呼べるのか。
「もう、臨機応変に場所毎に難易度を上げようか」
「一律の値で上げなくて良いのですか?」
「うん、そもそも食材採集場所の環境が違い過ぎるから、数値化して難易度を上げるなんて出来ないよ」
僕はどの試練も難易度を上げるが、その上昇幅は決めない事にした。
どうやってもこの状況下で人為的に公平性は生み出せないと気が付いたからだ。
例えば塩砂漠の戦いで難易度を二倍にしようとする。
より乾燥しやすく、より強い陽射しが差し、アンデットの強さが二倍。
全てを二倍にしたところで、果たして難易度も二倍になるだろうか。いや、ならない。
二倍にして問題ないものと、致命的なものが混在している。
最初の選択が反映されるが、それだけが全てになってしまうと言って良いだろう。
それでは全力を引き出す試練では無く、ただの選択問題になってしまう。
そんなものは何も生まない。
足し算方式では何をどのくらい足せば良いのか項目毎に考える必要性がある。
その時点で平等な足し算方式とは呼べない。それは結局臨機応変に値を決めるだけだ。
ならば、初めから臨機応変に難易度を変えた方が良い。
「確かに公平に一律難易度を上げる事は不可能に近そうですね。ならば初めから一律に理不尽な可能性を与える方が、公平と言えるかも知れませんね」
「うん、だから縁結び優先という事を第一に難易度を上げれば良いと思うんだよね」
「それでしたら縁結びが成功した場合、参加者の方々の利益にもなりますし、成功し無くとも機会を得られたと考えれば、それ自体が異なる難易度上昇に対する補填と捉える事も出来ますね。良い方式だと思います」
「じゃあ早速、難易度を上げよう。ゼファエル、アナウンスよろしく」
「御意」
僕達が塩砂漠の鰹節採集の難易度を上げたタイミングでゼファエルはアナウンスを始めた。
『おっと、皆様御覧ください! ここでグハロマハヤ塩砂漠に変化が!
食材採集では一度誰かが採集に成功した食材を採集する場合、なんと採集難易度が上がります! その代わり誰かが一度持って来た食材を持って来ても、歌う権利を獲得可能! 逃げるも挑み続けるも自由!
果たして、挑戦者達はどの道を選ぶのか!』
ゼファエルのアナウンスは会場のみならず全ての食材採集場所まで届いており、塩砂漠にいる先輩達はそれで塩砂漠の変化の理由を知った。
その変化とは単純に新たな強敵の出現だ。
今回、元々存在するものを利用する事にした。
グハロマハヤ塩砂漠の奥深くに封印されていた邪神官グラマハヤ。
太陽神グハロドゥーブに対して行われていた生贄の儀式。それを悪用し生贄を自らに捧げさせ、次々と民を喰らい終には神の力を手にした邪悪な大神官。
そしてグハロドゥーブに挑み敗れ地下深くに封印されていた、グハロマハヤ塩砂漠を生む原因となった邪神官だ。
封印が解けかかっていたしちょうど良い。
試練に使えて討伐されれば舞台となった世界から強大な脅威が消え一石二鳥だ。
元々存在したから、環境に合わせた調整をしないで済むという利点もある。
外見はバラバラに配置された派手な色合いの五つの顔、鳥、蛇、蛙、豹、魚に、六本の腕。
背からはカラフルな翼が一対生えており、カラフルで金の装飾が多い神官服を身に纏い、その隙間から覗かせる肌や肉は干乾びている。
脚だけは人間のものと見かけは同じだが、やはりこれも干乾びており、体長は五メートル程あった。
存在するだけで周囲から水分はおろか魔力や生命力を奪っており、存在するだけで危険な存在だ。
加えて元より危険な塩砂漠が相乗効果により凄まじい勢いで水分を奪う地獄と化した。
常に結界を張っていなければ一分と保たずアンデットの仲間入りを果たしてしまうだろう。
そして他の命を喰らい神になったという起源から、生者を餌と見るアンデットの神だ。
何もしなくても勝手に参加者達を襲ってくれる。
更に太陽神の力が籠もる強烈な日光が弱点であり、浴びた部分が塩になっていた。すぐに再生しているがその分だけ弱体化している。
神話の怪物であるが、全員で協力すれば倒せる程度の討伐難易度だ。
偶然元からいた存在だが、この場にピッタリな試練と呼べるだろう。
邪神官は復活したそばから参加者達に襲いかかった。
塩に怨念を与えて無数の亡者の使い魔を生み出す。
砂嵐の様に襲いかかる死の使い魔に早くも先輩達は苦戦していた。
「コイツ等、魔法が殆ど通らない!」
「剣で斬ってもすぐに再生するぞ!」
「魔物よりも魔法に近い様ですね。術式破壊が有効です!」
「術式破壊と言っても、魔力が吸収される! 生半可な力じゃ通じない! 一撃で確実に倒すんだ!」
水どころか魔力も奪う塩は魔術の威力も減衰させていた。
加えて首や胴体があっても怨念が本体の死の使い魔に弱点は無い。先輩達の分析通り術式を破壊するか、塩を完全に吹き飛ばすかしないと倒せなかった。
効かない攻撃は無駄に体力を消耗するだけ。魔力を奪うせいで効率良く倒すのにも大きく力を必要とする。
加えて国の大部分を生贄として喰らった邪神官の持つ怨念は国一つ分、その数だけ使い魔は召喚可能であった。
つまり、生き延びる為には直接邪神官を倒すしかない。
真っ先に動いたのはゼガード先輩。
邪神官の背後に転移門を開き、転移門越しに空間のうねりで作った槍を叩き込む。
槍を邪神官を穿き、空間が元に戻る反動により邪神官の内部で炸裂する。
空間に二重干渉するかなりの高等技術だ。
その効果は絶大で、邪神官の心臓付近には大きな穴が出来ている。
乾燥した体躯から血は一滴も出ていないがどう見ても致命傷。
たが、何事も無かったかのように邪神官は動いた。
杖を一振りすると黒い光線が一直線にゼガード先輩へと迫った。
転移して回避しようとするも、光線は直撃せずともエネルギーを奪い術式は発動しなかった。
咄嗟に魔力任せで空間の壁を生み出し、一瞬の拮抗の間に横に跳んで避ける。
何とか避ける事に成功するも、避ける事に集中したせいで塩に触れてしまい、触れた部分の水分を急激に奪われあちらこちらに火傷した様な傷を負ってしまった。
魔力や生命力まで一瞬の内にかなりの量を奪われている。
他の先輩達が邪神官に攻撃し、注意を引いた事で追撃は無かったがダメージは大きい。
注意を引いている間に没落公爵令嬢のアンナマリア先輩が駆け寄り、回復魔法をかける。
「ちゃんと今回は協力してくれたね」
「はい、期待通りですね」
難易度を上げた甲斐があるというものだ。
「考えようによってはライバル関係からの仲間だし、今回こそは完璧かもね」
「ええ、きっと良き関係のきっかけを育んでいただけるでしょう」
「この調子で誰か一人が食材を採集したところは次々と難易度を上げていこうか」
「そうしましょう」
舞台となる世界からは何か悲鳴とかが聴こえる気もするが、今はそれも福音に聞こえる。
《用語解説》
・グハロマハヤ塩砂漠
ナハムマハヤ世界にある通称【死の亜大陸】、その中央にある砂漠。海が干上がり出来た為に八割は塩で構成されている。
一万年近く前、この地はジャングルに覆われた地であり、古代文明が繁栄していたが、ある時祭司長にして王であったグラマハヤがそれまでの太陽神信仰から、自身を信仰させる王信仰に国教を変更し、それまでの神に対する儀式を流用し、本物の神に成り代わろうとした。
その行いにより神の怒りに触れた古代王国グハロマハヤは海へと沈んだ。
しかし、その大規模な犠牲をも仕組んだ術式によって自らのものとし、神に至ったグラマハヤは神々に挑んだ。
神罰を下し、更には信者を失ったことで弱体化していた神々をグラマハヤは次々と降し、最後には最高神である太陽神グハロドゥーブとの戦いになった。
グハロドゥーブがこの地に降臨したことにより海は枯れ、塩砂漠の島としてグハロマハヤは再び地上に現れる。海の神は隠れた事により海に戻る事はなく、その他の神々もこの地で散った為に草木の一本も生えない死の地になった。
最後は他の地にも信者がいた太陽神グハロドゥーブがグラマハヤを滅ぼす事には失敗するも、塩砂漠の奥深くに封印する事には成功し、グラマハヤを封印するための激しい日光が降り注ぎ、それを増幅させる白い山脈に囲まれた、グラマハヤの邪気により水分を異常に奪う極限の塩砂漠となった。
ナハムマハヤ世界の人類は死の亜大陸の沿岸部付近で探索を諦めており、古代王国も滅びた為に不完全な形の伝説としてしかこの地の事を知らない。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次話は、遅くとも一季節は挟まないようにしたいと思います……。
追伸、あらすじをリニューアルしました。




